二十七話 記憶の抹消
半分はオリジナルです。
褒姒が早く出てきてますが、ここで明確な存在理由を書いております!
空間にある城の寝床に幸助を寝かせ、雪姫に確認を取る。
「其方は元々人として生を受けた身じゃ。じゃから、それなりには気付いておるかと思う」
「私に関係……そういうことね」
雪姫はある事を思い出し、來嘛羅が話そうとする話を黙って聞くことにした。
落ち着いた態度で雪姫に幸助の精神状態を語る。
「人間は傲慢であるのだが、時には臆病な側面も持っておる。人の世を何千年と見てきたから分かるのじゃが、幸助殿は生涯一度たりとも殺生をした事がないのじゃ。それ故、今日さっき起きた出来事に気が動転してしまい、精神に乱れが生じた。己で同じ同胞を殺めた罪の意識は計り知れない。人間界では人を死に至らしめる行為は禁忌じゃが、此方は違う。言い聞かせてはみるが、恐らくは罪の意識は消えぬ仕舞いじゃ…」
幸助が犯した罪を話す來嘛羅の表情に曇りはないが、何処か隠せない気持ちがあった。
会って一日ばかりしか経っていないが、來嘛羅は名を貰った事に敬意はある。自分の庇護下にある幸助が精神的に損傷させてしまったことを悔やんでいるのである。
妖怪と人間との価値観はあまりにも違う。
幸助はれっきとした人間だ。人間の世界に居た時の感性を持つ幸助は、罪の意識の重さに潰される。人に手を下すこと自体をした事がない彼では、最悪廃人に至るだろう…。
雪姫ではどうしようもできない。それは重々承知であるし、來嘛羅も雪姫に確認を取る。
「少し記憶を弄いじる。其方はどうするかの?かなり荒治療になるが」
助けたい人間を救う術はない。精神に干渉するとなれば尚更だ。
雪姫は苦汁を飲むように、
「構わない。私では幸助は救えない…。あなたが救って、お願い」
「承った。じゃが、妾が今からする事は其方の心を傷めるものじゃよ?」
來嘛羅は確認を取る。雪姫は、その言葉に何の意味があるのかを既に知り得ている。
「……あなたのまやかしが必要よね?化け狐のその男を惑わす妖術で幸助の概念を変え、罪の意識を消し去るのでしょ?」
「うむ、その通りじゃ。妾の妖力を幸助殿に流し込み、妾が妖術で脳へ直接干渉して思考の概念を上書きする。幸い、名付けによって深く繋がった故、簡単な作業にはなるのじゃがな。脳を操作するにあたって—」
來嘛羅は記憶を操作する際、ある行為を兼ねる。
記憶を改変する神経に深く干渉する必要があり、脳に近い部分から施すのが最も記憶を改変しやすい。だが、その部分が人にとっては不可領域の部位なのである。
それも、幸助にとっては初物。
雪姫は恥ずかしさを殺し、ある事をお願いする。
「でも、幸助の……初めてを貰わせて」
來嘛羅は耳をピクッとさせる。
來嘛羅は雪姫の気持ちを察する。
「……そうじゃったな。其方、幸助殿に心底惚れておったな」
雪姫は幸助が好きなのだ。
「違う。あなたが余計な事をしないのを防ぐため。それに、ひとつやっておきたい事がある」
だからこそ、幸助に渡したい物がある。
來嘛羅はそれを踏まえて、雪姫に聞いたのだ。雪姫はそれを理解した上でその行為に及ぶことを望む。
「良かろう。本当なら、妾が初物を奪うつもりじゃが、其方が強く望むなら今だけは譲ろう。5分消えておるから雪姫、気が済むまで好きにすれば良い」
空間を展開し、來嘛羅は空間内から消えた。
「随分アッサリなのね。…そっか、化け狐は男を食い散らかしていたから、私に譲ってくれたのね?」
嫌味を言いながらも口元は正直だった。
眠っている幸助に歩み、幸助の顔を手で持ち上げ、顔を近くする。
「起きていたらもっと良かった。でも、初めてを貰えるなら、どんな形でも受け入れる」
一人だからなのか、雪姫は悦んだ。
雪姫は唇を湿らせ、幸助の唇に接吻した。
接吻はとても優しく、唇にある体温を分けるような思いやりが込められていた。
(懐かしい気分。こんなに想いやる口づけが落ち着くなんて。これなら、私の一部を幸助の中に…)
雪姫の頬は紅潮し、一度唇を離す。
そして、再び唇を重ねる。
今度は普通の接吻ではなく、雪姫自身の妖力を口から通して幸助に流し込む。
己の妖力を人間に与える行為は、妖界において滅多に見られない。妖怪が人間の真似事こういをする自体が希少であり、ましてや、妖力を与える事自体が超希少なのである。
妖力は人間にもあるが、妖怪の妖力とは異なる性質を持つ。
人間に妖怪が妖力を注ぎ込む事例が確認できてない中、雪姫が初めて行ったのだ。
加護を持つ人間。それも、自分の妖術を扱える幸助ならば可能だと。賭けではなく、愛する確信として捧げる。
雪姫は躊躇う事なく、妖力を許容範囲で注ぎ込む。
自分の物と誇示するように、幸助の黒髪に雪姫と同じ色が僅かに混じる。青色のメッシュに染まり、幸助の前髪と後髪に変化が生じる。
今度は幸助の生気を自分の中に取り込む。
この行為はよくあり得るのだが、
自分に大きな変化を与えることになるとは、雪姫自身が知る由もなかった……。
接吻を終えた雪姫は、酔いしれるように幸助の顔を優しく愛でる。
「これで、もう大丈夫。私が離さないから……」
満足したのか、雪姫は5分が経過するまでそれ以上干渉する事はなかった。
心待ちしている來嘛羅が戻り、雪姫を見て思った事を口にする。
「ふむ。其方も愛が深いの。我が物としたいが為に妖力を捧げるとは。正気の沙汰じゃないぞ?それ程まで、妾がせんとする事に嫉妬するのじゃな」
雪姫の表情に人間らしい生気が宿ったのか、その笑みは大人びたものだった。
「嫉妬する。私の幸助の初めてはあげたくないもの。もう、この子は私と一心同体。妖力を共に分かち合った仲だから」
雰囲気がガラリと変わった。雪女だった筈の雪姫は、内面すらも人間らしく明るくなった。
幸助の生気を雪姫の妖力を同じ量で交換した為、幸助に準ずるものを獲得したのだ。
「フッフッフ、大層なことを言うおる。混妖の特性を十二分に発揮しおって。まさか、新たな種族になるとはの。妖精……人間と妖怪の狭間の存在へと進化した者は其方が初めてじゃ。これはこれは、誠に不思議じゃよ」
妖精。純妖とは違う種族であり、人の血肉や生気を糧にする必要がなく、人間とあまり変わらない種族。
來嘛羅が指摘する以前に、既に進化していた。
進化するのは通常二つに分けられる。
人間になりたいと願い、力の大半を失う代わりに人間と同じく異能を獲得する。これにはリスクがあり、人間になった妖怪は死ねば自我も魂もなくなる。
純妖になりたいと願い、強力な力と『妖怪万象』を獲得する。しかし、進化することで人間に対する殺意や食欲が抑えられなくなる危険を持っている。大抵の妖怪はそれを気にしないが、雪女であった雪姫は違う。
力は欲しい。でも人間は食べたくない。
その願いが受諾されたように、雪姫は幸助に『雪姫』と名を貰った直後、進化を果たしていたのだ。
純妖のように強力な存在でありながら、血肉を必要としない超克者の誕生は、妖界では雪姫が初めてだった。
雪姫の姿は変わらないが、その内面に大きな変化を及ぼした。そして、雪姫の持つ願望が開花していた………。
來嘛羅は上機嫌だ。目の前に様変わりした雪姫を見て、僅かに込み上げてくる興奮を覚える。
「あなたもやってみれば?でも、純妖じゃあ私みたいにはなれない」
「よく喋ること。やはり、幸助殿の生気は一味違うのじゃな?」
來嘛羅は雪姫の言葉を羨ましがる。
今度は自分の番とばかりに、眠る幸助の唇に深い接吻をする。
雪姫とは違い、來嘛羅にはやるべき事がある。
幸助の頭に尻尾を被せ記憶を読み取り、その記憶そのものに干渉し改竄する。
接吻をしたまま、幸助の深層心理まで入り込む。
約束通り、幸助の記憶を改竄し、自身の妖力をふんだんに注ぎ込む。
接吻が終えたことで來嘛羅は落ち着いた様子で雪姫に言う。
「終わったぞ。これで、幸助殿はもう死生観で怯える事はない。数日は目覚めぬから、妾の棲家で休まるがよい」
その表情は、母性に溢れた麗しい笑顔であると雪姫は感じた。それでも、容易に受け入れるには感情が許せなかった。
「信用…して良いのね?」
「不満のようじゃな。じゃが、このまま妖都へ戻れば、秋水に奪われてしまうであろう。其方も感じたはずじゃ、彼奴らが特異な力を行使出来るのを」
異能を使う者達が如何に危険なのかを説く。決して、油断ならない相手には変わりない。しかも、下っ端である黒山姉弟を遣わしたとなれば……。
「次は親玉が来るってことね。それに、私は目を付けられる『雪女』の伝承妖怪。恰好の餌食ね」
「そうじゃ。妾は暫し身を潜め、時期を見極めようと思う。それに、其方を知っておきたいしの」
「そう…勝手にすれば良い。その代わり、幸助には指一つ触れさせない。目覚めるまで、私が看病する」
「良い。好きにすればよい」
帰りを待つ秋水の元に分華と九華が現れる。
二人は頭を下げ、片膝をついて無言で挨拶を交わす。その顔はどちらも雲行きが怪しかった。
「遅かったな?どうだ、奴は捕まえられそうだったか?」
「申し訳ございません。俺達では捕まえるのは困難と判断し、影分身を二体使わざる得ませんでした」
分華は淡々と伝える。
分華は《分身》を扱い、自分と九華の分身体を生み出して幸助達の目を欺いたのだ。
仕込みは早く、幸助達を最初に見つけた時から《分身》で監視していたのだ。尚、この分身体が死んだとしても本体に影響はない。
「そっか…悪かったな。流石に死ぬのは期待してなかったが、お前の分身が殺されるとなると武が悪いな」
特に感情は籠っていない。視線だけは向けるが、特に悪びれることをしない。
(分華を二体を簡単に倒されるとなると、単なる女誑しというわけでもないか)
爪を噛みながら考え込む秋水。
「しかし秋水や。今回は手の内を明かされてしまったのと同然。幻術で他者の思考を操ったのだろう。ワシらは拠点を移り変えた方が良いだろう。話を聞くに、太古の妖怪である九尾狐が情報を洗いざらい得てしまったことだ。この拠点を捨て、宵河に落ち延びるのも良かろう」
拠点を捨てろと強要する。
考えるまでもなく、意外にも秋水はそれを承諾する。
「分かったぜ。テメェらの案を受けるさ。だが、此処にいる妖怪共はどうしよっか。大移動させるとしても、俺の転移能力じゃあ10が限界だ」
200いる妖怪の処遇を決めかねている。手を打たなければ、後で反発を受けるかもという危険が頭に過る。
考え込む秋水に名妓は悪魔の囁きをする。
「秋水様、陽動で妖怪共をお使いすればよろしくて?」
「ん?それはどういう意味だ?」
「この妖都を壊滅出来るかを試してみてはどうでしょう。混乱に乗じ、瞬間移動を使える異世界人を使い、私達は宵河に向かえば良いのでは?」
名妓の案を理解した秋水は不敵に笑う。
「いいぜ。じゃあ1ヶ月後に始めるか。それまでに、この妖都にいる妖怪を捕まえてこい!分華テメェの影分身で九尾狐と雪女を出来るだけ監視しとけ。名妓と貞信、俺様で妖怪狩りを進める」
「しかしだ秋水やよ。“太古の妖怪”が動くかも知れぬぞ?」
「あーそんな奴いたっけな。大丈夫だ、閻魔の野郎が根回ししてくれている。そいつら全員に契約を結ばせたんだとよ」
秋水は妖都を支配する上で、閻魔大王に“太古の妖怪”への不侵略の契りを強制させた。
これにより、妖都:夜城の守護者である來嘛羅ですら余儀なくされている。
今日より1ヶ月後、秋水達の妖都征服が完遂する。そう決断を下す。
秋水達は、片っ端から定めた妖怪を手にかけていく。
「貴様らかっ‼︎我が同胞を狩る者とは⁉︎」
妖都にも有数の妖怪である見上入道は身体からだを巨大化させ、見上げる秋水を見下ろす。
「よく吠えるぜ妖怪の分際で。オレ様が従えてやる」
秋水は見下ろしてくる見上入道に駆け走る。
手に青い光を灯し、触れた途端、その光は魂のように揺らぎ始める。
「アウトだぜ?これでオレ様に従うしかないぜ」
手に持つ魂を握り潰すと、あまりの激痛に見上入道が巨体を維持出来なくなり、指程度の大きさになる。
「俺様の超能力は支配だ!テメェら妖怪なんざオレ様の敵にすらねえーんだよ‼︎黙って駒になれ‼︎」
秋水に敵う者がいないと言わんばかりに、次々と妖怪達を休む事なく狩り続き駒にしていく。
その噂を聞きつけた妖怪達が次々と秋水達を襲うが、全て返り討ちに遭う。
「ギャッハッハ‼︎オレ様に勝てるわけがねえーんだよ雑魚共が‼︎いずれ世界は俺様の物になるんだ。新たな妖怪の王として君臨してやるんだ、感謝するんだな‼︎」
秋水の計画の為に妖怪は狩られ、今までにない程の速度で妖怪は秋水に跪く。
これを容認出来ない者達が、密かに現れ団結する。
妖怪を駒としか見ない仕業に積怒を抱くのは、なにも幸助達だけではなかった。
秋水の計画の為に妖怪は狩られ、今までにない程の速度で妖怪は秋水に跪く。
その魔の手は、幸助達が行った妖都にある店や人間にまで累が及ぶ。
予め分華達に張らせていた店であり、人間を捕らえることが命じられていた。
疲れたままだが、分華と九華はその寿司屋に乗り込もうとすぐ近くまで迫っていた。秋水も分華達が弱らせた後に現れる手筈である。
双子は『サーラメーヤ』の加護を受けており、身体能力と異能は底上げされ、常人では目で追えない速さで妖都:夜城を我が物で駆ける。
「チッ!あの幸助という奴、憶えてやがれ‼︎」
「分華、あんまり興奮するんじゃない。早く寿司屋の奴らを捕まえるわよ」
「分かってんよ!うるせえんだよ」
「……」
双子があと少しで目的地に辿り着く直前、立ちはだかる者が現れた。
九華は分華を止め、その者を睨みつける。
「何者?」
「妖都を荒らす不届き者よ、今すぐに荒野へ消えなさい!私はあなた方の悪行を許しません」
古剣を持ち、甚平を着る女性が現れた。
その人物は、幸助が初めて出会った女性店員だった。
「その服装…そうか⁉︎テメェーは寿司屋の奴だな!」
分華は忍ばせている手裏剣を投げる。
女性店員は剣で弾き、途轍もない脚力で分華に斬りかかろうとする。自分達よりも速いのではと思えるほどの身のこなしを披露する。
(この女出来る!)
九華は女性店員が只者でないことを察知する。
分華が放った手裏剣は自身の異能を付与した影手裏剣であり、視認不可能な攻撃だった。影に隠れる手裏剣を容易に弾いたその技量に警戒する。
分華に刃が当たる直前、九華が印を結んで《忍法》を発動させる。
「水遁:水鉄砲‼︎」
口から水弾が放たれる。間一髪、分華に刃は届かず、女性店員は肩を撃ち抜かれて距離を置く。
「っ…この程度…」
女性店員は撃たれた肩を優しく触る。すると、一瞬で傷と服の縫い目まで治した。
「へへっ、やるじゃねえか!」
「待って分華。この女は容易に挑んだらやられる」
「黙れよ九華!コイツは俺の獲物だろうが‼︎引っ込んでろ!」
「やめなさいよ分華!あの人は……」
九華の静止を聞かず、分華は異能を発動させる。
「ごちゃごちゃ言うな!俺はコイツを捕まえてアイツを怒らせてやるんだ!足を斬りやがった恨み晴らさなくちゃ腹の虫が収まらねえんだよ‼︎」
「……何をする気です?」
危険な匂いを感じ取った女性店員の持つ剣に力が入る。
「決まってんだろ⁉︎テメェーの四股でももぎ取ってやるんだよ!来い、精鋭分身‼︎」
分華の影から五人の人間と妖怪が現れた。
女性店員は隙のない構えをする。あまりにも理不尽な異能を目の前にして、自分が勝てる見込みは薄いと察したからだ。
分華の《分身》で生み出された者達は危険な妖怪もいた。
「あなた方…『鬼娘』と『金色姫』、それに『水虎様』まで⁉︎一体いつの間に」
日本妖怪がここまで支配されているとは予想外であった。
彼らはそれぞれの時代で名を馳せた妖怪達。『鬼』に属する『鬼娘』と『水虎様が捕まることなど、女性店員からすれば驚きを隠せない。
「へへへ!その顔が見たかったんだ!いい面を見せやがる」
分華は勝ち誇ったように不敵に笑う。
女性店員は表情だけで動揺は見せるが、内心は特に感情が乱れる様子はない。口だけで感情を出しているように振る舞う。
「そのようですね…。私はあなた方を排除させて貰います」
「簡単に言うじゃねえか?言っとくが、俺の隣に立つ貞信と名妓も参戦するからな」
《分身》で生み出された貞信と名妓。その実力は未知数で、女性店員は貞信を見て嫌な表情を見せた。
勝ち目はないと踏んだ女性店員は、脱兎の如く逃走を選んだ。
「おい!チッ、やれ‼︎」
分華に生み出された『鬼娘』と『水虎様』は女性店員の逃走を阻み、容赦ない連携攻撃を繰り出す。
『鬼娘』は鬼の身体能力に加え、現代でも様々な鱗片の伝承で知名度を回復している。その為、その実力は恐ろしい妖怪である。
インターネットや些細な噂で囁かれば強さを発揮する妖怪は、女性店員には苦しい相手である。
「目を覚まして……いいえ、彼らは分身でした。こんな言葉など意味をなさない…」
分華の《分身》は触れた相手をコピーするもの。一度でも触れた妖怪や人間を召喚するように分身を作り、同じ能力が扱える同一人物のような存在が容易に生み出せる。
分華は捕らえた妖怪の大半の分身を召喚出来る。その理不尽さは強者である彼女を追い込むほど。
女性店員は半ば諦め、彼らの説得は無しに力を解放する。
「妖怪の尊厳を奪った報い、恨みを込めて……『仙帝晩孤』‼︎」
剣から放たれたのは妖術を纏った斬撃だった。
放たれた斬撃をモロに喰らった三人の妖怪は消滅した。
「クソッ‼︎しくじりやがった‼︎」
「今のは……えっ?」
悔しがる分華とは対照的に、女性店員の姿を見た九華は顔を青褪めた。
妖術を放った途端、彼女の体は擬態が解け、妖怪の正体を曝す。
九本の尻尾に無表情の美女が包まれるように立っていた。
「……駄目ですね。手出しは禁じられていたのに…。流石に正体まで明かしてしまうのは迂闊でした」
そう感情なく言うと、元の女性店員へと姿に戻る。
「アンタ一体…何者?」
九華は普段の粗さから想像出来ない冷静さで尋ねる。
女性店員は何も無かったように沈黙を貫く。
「九華!コイツは《妖術》を使うんじゃねえのか⁉︎見たことがねえが、多分そうだ!」
「そ、そうね!アタシ達は嫌なものを見たかと思ったじゃん…」
動揺するが、今のは幻だと自分に言い聞かせる二人。
そこに、望まぬ相手が現れた。音もなく現れた秋水は女性店員を見て下卑た笑みを向ける。
「足止めご苦労。この人間はオレ様が支配してやるから、早く触ってこい」
分華に命令する秋水。分華は自分自身の分身を生み出し、女性店員へ襲わせる。
分身でもさわればコピーが出来る。本体は動かず、相手の動きに注意して観察をする。
数は先程の三倍の十五人。これらの数を一気に消すのは難しい。
触れられないように女性店員は身体をしなやかに動かし、必死の抵抗を見せる。
秋水もただ見ているだけではない。人差し指を構え、女性店員に指を向ける。
それは、九華の異能の一部行使を意味する。
パァンと乾いた音がしたと思えば、分身の分華が頭を貫かれ死んだ。
「なあ⁉︎テメェ…‼︎」
自分の分身が撃たれて激怒する分華。
秋水は舌を出して嘲笑う。
「テメェらはオレの道具だって分かってんだろ?別に分身一人殺したって構わねえじゃねえかよ。どうせ情なんか抱かないコピー人形なんだしよ」
そう言いながら次々と分身を撃ち抜いていく。何がしたいと思わせられる行動に、女性店員は秋水の行動を探る。
空中から何かの気配を感じた。
その気配の正体を直視した瞬間、本能が逃走しか思考が回らなくなった。
今この場で、最も遭遇したくない狩人。己の命を一度奪った本人であった。
「その顔…何処かで見た気がするぞ?はて…何処でか?」
秋水の頼れる用心棒であり、最強たる武士の佐藤貞信だ。
偽物やコピーではなく、間違いなく本物の彼が現れた。
心の底から震え上がる恐怖。自身が臆しているわけじゃないのに、魂が貞信という男を根源的恐怖で拒絶していた。
「……気のせいです…ね」
明らかに歯切れが悪くなった。
そのせいで、握っている剣まで迂闊に落としてしまう始末。
秋水はニヤリと笑う。
「コイツ、貞信を見て震えてやがるぜ?」
「そうか…?いや間違いないようだな。秋水や、ワシはこの者を数百年前に一度見たことがあるのだが」
女性店員の正体に気付いたような節を見せる貞信。
そうなのだ。この二人に深い因縁があったのだ。
二人は遥か昔、敵同士で相まみえた仲なのである。
その際、彼女は貞信に敗れ、その記憶と力が消失して転生したのだ。
その事実を後から知った彼女は、不本意にも貞信を恐怖してしまっていた。
「面白え冗談を言うな?まさか、“妖怪大戦争”っていう大戦のきっかけを生んだ奴とかか?」
「数多く妖怪を討伐して名や顔までは覚えられたものではない。だがしかし、この女だけは何かあった気がする」
「へぇー。じゃあとっととやっちまえよ。どうせ瀕死にして支配すれば分かるんだからな」
「御意…」
貞信は研ぎ澄ました闘気を隠さず、女性店員を威圧する。
本能から恐れる相手を目の前にし、動きもままならない彼女は、分華に触られてしまう。
「へへっ!ノロマになったなぁ⁉︎」
「しまった‼︎」
分華の分身は消え、貞信が彼女の正面に堂々と構える。
戦乱の時代に生まれた武士から放たれる覇気は恐怖を抱かせる。
「妖怪や。その幻の姿は真の姿ではないな?その正体、ワシが斬って明かしてみせよう‼︎」
刀身に生気を付与する。その輝きは陰陽術に酷似している。
貞信は距離を詰め、輝く刀を振るう。
武器を握る事を忘れ、女性店員は一目散に逃げ出す。
「勝負はお預けです。勝ち目のない勝負に留まるほどの愚者ではございませんので」
そう、彼女は逃げる一択しかない。
「そうか⁉︎主殿はワシが葬った仙狐だな⁉︎」
「見抜かれたからにはただで済むと思わないで下さい!」
正体を暴き、貞信は再び宿敵である妖怪を祓う。
そう思われたが、そこへ介入した妖怪が討伐を許さなかった。
「助太刀入りますぞ!」
羽ばたいた翼は漆黒を纏い、巨大な翼から放たれた砂塵が秋水達の目眩しとなる。
「なんだ⁉︎クソッ!分華!九華!早く動け‼︎」
秋水は命令し、女性店員を探すが見つからない。秋水、分華、九華は見失ったが、貞信だけはその動きを目視していた。
「上空か……」
しかし、気付いた時には遅かった。
遥か上空へ飛んだ女性店員は異能を発動する準備をする。
姿を解除し、その素体は狐の人型へと変化する。
「申し訳ありません。わたくしめの為に無茶をさせてしまいまして」
「とんでもない。同じ災禍様としてお助けしたに過ぎないです。あの者達、『九尾狐』様の支配地を荒らしやがって‼︎この『大天狗』が成敗してやる!二人なら問題なく殺せる。やりますぞ!」
女性店員を助けたのは『大天狗』という“災禍様”に属する天狗の長。自然を操る妖術を得意とし、自然を手懐けられる種族特性を持つ。
不死性もあり、天狗の伝承は日本では広く知れ渡っている。
二人で挑めば勝てると踏む大天狗に女性店員は首を横に振る。
「いいえ。來嘛羅様はわたくしめ達に待機を命じられています。決して手を出すなとご命令が」
「なんだと⁉︎もう40年も我慢してるのだぞ⁉︎重ね重ねの我慢はこりごりだ!」
冷静になった彼女の言葉に不満を露わにする大天狗。
訳があってのことだ。しかも、これをしなければならない理由がある。
自らの正体を知られた者の記憶を消さなければならない。
「大天狗である貴方様が出向くのは今ではありません。この者は松下幸助という人間に任せろと仰せつかっております。もし、彼が失敗した時、その時は我々“災禍様”全員が秋水を滅ぼすことになっております」
「グゥ…ならば何故だ⁉︎何故『九尾狐』様は早く動かなかった!答えろ『褒姒』‼︎」
女性店員の正体は、中国妖怪の『褒姒』であった。
“災禍様”の者には見抜かれるのは当然であり、正体を隠せるのはせいぜい“災厄”以下の妖怪と人間のみ。
「今は兎に角、戦闘は禁じられているのです。7年後……この事態よりも更なる深刻な事態が勃発すると予言した者がおります。今戦えば、その時期を早めるだけ。現代妖怪と“三妖魔”が動き出すのです」
褒姒はそう告げる。
これは“災禍様”以上の妖怪ですら一部しか知り得ない事実。
大天狗は衝撃を受ける。
「馬鹿な⁉︎あの方々は1000年捕まらない大罪人なのだぞ⁉︎信じられん!まさか、あの三方が…」
「いいえ、一人を除き、二人が妖界を滅ぼそうと動き出します。ここで戦力を使えば、その手の内は暴かれ、多くの死者を被る結果となるでしょう。特に…わたくしめらの末裔は何をしでかすか分かったものではありません。ここは撤退し、人間である松下幸助に託すのです」
あまりにも理不尽な未来を告げられ、大天狗も先ほどの強気の態度は失せた。
今は鷹の爪を隠さなければならない。大天狗は悔しさを押し殺し、上空を褒姒と共に飛ぶ。
その時、褒姒は妖都:夜城を中心とした支配領域に異能を仕掛ける。
「大天狗、あとはお願いします」
「分かっている。貴様の異能は大量の妖力を費やすからな。肩は貸すぞ!」
褒姒は複雑な印を結ぶ。
自らの妖力を妖都全体に拡散させ、都市や町に至る者達に妖力の鱗粉が降り注ぐ。
この鱗粉の領域内にいる者は、褒姒の異能の干渉の下に記憶が改竄される。
しかし、万能ではない。一人に暗示をかければ大したことはないが、大勢の生きるものに働きかけることは多大な危険が伴う。
多大な妖力を使うにしては改竄出来る記憶は明確なものでなければならない。
褒姒は異能に銘じる。
「我が事実及び接触した者の記憶よ去れ。この『褒姒』を知る人間妖怪、老舗を営む姿を見た者の記憶の抹消を‼︎我が《形骸》の名に全てを無にせしたまえ‼︎」
眩く妖都全体を太陽の如く照らした。
秋水達もその光に視界が光に覆われる。
数十秒輝くうちに大天狗が必死に気を失った褒姒を抱え、気配を消して建物の中へ消えた。
褒姒に関する妖都での行動が全て消えた。結果は直ぐに反映された。
「おい!早く人間と妖怪を狩るぞ!もたもたすんな!」
「分かってるわよ!分華はしゃぐんじゃないわよ」
双子は光の後、特に変わらない様子で妖怪を探す。
秋水と貞信は出張った理由が思い出せず、地下空間へと戻って行った。
《形骸》は褒姒の感情から由来して獲得した異能。
その効力はあらゆる物質や生物に存在する概念の無を体現する能力を有する。
相手の力を奪うといった使い方は出来ず、相手の記憶を支配するのに用いられる。褒姒はこれを使い、妖都全土に自身の妖力を降らせ、自らの記憶を抹消した。
抹消した記憶は永遠に戻らず、再び出会っても記憶は戻らない。
完璧な記憶消去を為せる褒姒は、自身の記憶を無かったことにし、一切の痕跡を消し去ったのだ。
だが、妖怪や人間の捕獲の手は緩まない。
秋水達の蹂躙は長期間続き、妖都の六割が彼らの支配下に落ちた。




