二十三話 初恋 出会う
少し台詞が変わっている部分があります。
この調子で三章までの内容を投稿した場合、転スラの再開投稿は10月中旬あたりになるかと思われます。一応、物語を書き進めておりますが、一度データーが消えてしまっているので思った以上に上手く書けていないのが続いています。
頑張って進めていきます。
九尾狐は、雪姫に近寄る。雪姫は怯え、後ろに下がる。
だが刀を構え直し、冷たい妖気を放つ。その瞳に宿る意思は健在。
「私を殺せば加護は消える。あなたは、私から彼を奪う気ね?」
妖怪は死なない。だが、殺せないわけではない。加護を与える妖怪を殺せば、加護は消滅する。
雪姫の問いに女は答えない。ただ、笑みが深まるばかり。
雪姫はそれが気に入らない。こんな自分よりも親密など欠片もない知らない、自分の物にしようとする女を排除したいと。嫉妬と怒りが混じる。
雪姫は燃え上がるような怒りを覚える。全身から感じる怒りが殺意へと変わる。
早く消さないと、居なくなってしまう。
傍に居て欲しい幸助が取られる。そんな焦りとも思える雪姫の恐怖が怒りに変換される。
思考より身体が先に動いた。
「死ね‼︎」
雪姫の冷たい目が、完全に九尾狐を敵と認識した。
ゆっくり近寄る九尾狐に容赦ない刀が放たれる。
「『報仇雪恨』‼︎」
恨みを込めた一振りが、九尾狐の首を襲う。
「甘い踏み込みじゃな?煽られ吹かれよ『狐笠』」
九尾狐は無造作に扇子を広げて、旋風を巻き起こす。風力でその太刀は届かず、雪姫は遠くに飛ばされる。
「きゃっ!」
空間の壁に激突し、強く背中を強打する。
血反吐を吐くがなんとか持ち直し、刀を強く握り絞める。雪姫の殺意の目を、九尾狐は興味ありげに見る。
「ほう?妾を前に気を落とさぬか。これが雪女の格というものかの」
「黙りなさい。雪女はもう違う……。私の名前は雪姫。彼から貰った大切な名よ!」
名で呼ばれたい。そんな怒りが籠った声と呼応して、雪姫の体から禍々しい冷気の妖気が漏れ出てくる。
「これは面白い。雪姫と言ったのじゃな?実に良き名じゃ。愛でるだけと思ったが…妾も興に乗ろうかの?」
「化け狐、私の幸助を返せ。私の気がまだ保つ内に返すというならいい。だが、返さないなら…」
「妾を殺してでも取り返す。そんなくどい事を申すとは、噂に聞いていたのと全く別物じゃな。娘よ、この人間の子に何故肩入れする?その血気盛んな怒りを妾に向ける理由はなんじゃ?」
九尾狐はもっと変化するのではという期待を雪姫に抱く。
「そこで寝ておる此奴は危機感がない。じゃが、嬉しいことにどうやら妾に気があるようじゃった。尻尾から漏れ出る此奴好みの欲を掻き立てる色香でこの有り様。見捨てて置けば娘には関係ない事で済むじゃろう。なのに、何故取り返したいのじゃ?人間を幾多も救い見捨てられ、愛憎が増しておろうに。さあ、大人しく帰られよ。さもなくば、妾が一度、其方を死なすとする」
九尾狐は火に油を注ぐように、言葉で刺激する。
妖怪にとって人間は糧でしかない。そんな存在に肩入れすること自体がない。
何故なら、大抵が悪意だから。
雪姫は感情があるもので染まっていくのを感じる。純粋な感情に染まる雪姫の表情は更なる冷たさを強調する。
嫉妬。今の雪姫の抱く最も純粋な感情に雰囲気が変わった。
本当の自分がなんなのか?それは間違ってはいないと雪姫の心を渦巻く。渦巻く感情を鮮明に思い描く。
今の自分では救えない。また同じ結果になるのなら……。
シリウスの目がドス黒い青へと変貌し、口元は歪んだ笑みを浮かべている。死装束が白無垢仕様へと様変わりする。
吹雪が舞い、雪姫の周囲が雪に覆われ、吹雪に触れた草木が凍り付く。
本来の『雪女』は嫉妬深い。一途の深い愛を持つ妖怪が、他の者に愛する者を奪われたと嫉み、嫉妬に目醒める事で、本来の雪女となる。
混妖であるが、雪女は他の妖怪と違う何かを持っていた。
初めてだった。堂々と奪った九尾狐を殺したいと本気で思った。
「そっか……あなた、随分癪に触る言い方をするね?いいわ、殺してあげる。幸助を返さないと言うなら、立派な尾を凍らせてあげる」
雪姫は薄ら笑いをして、無動作で猛吹雪が荒れる。
「これが嫉妬……かなり執念深い奴じゃ。妾の空間を一部とはいえ侵食するとは!よもや、『妖怪万象』を混妖が獲得するとはの。完璧な人型は初めてじゃ」
変貌を遂げた雪姫を見て、九尾狐は満悦だった。金瞳はその姿を拝められ、瞳孔が揺れる。
「黙りなさい。幸助は渡さない。それに、私は今怒ってるから、死ぬかもね?」
刀を構え、一振りする。
九尾狐は避けた。居た場所は大地を斬り凍結していた。雪が咲いたように、地面に雪の結晶が凍てつく。
「ほう…。興味深い事態じゃ。やはり、あの者には途轍もない力があるのじゃな?」
幸助に対する興味が高まる九尾狐は雪姫に聞く。
しかし、雪姫は全く聞く耳を持たないのか、容赦なく刀で襲う。
直後、雪姫の鋭い踏み込みが九尾狐の全身に衝撃を与える。
「速さが異質じゃの。太刀筋が読めぬか…。その力、初めて解放したのじゃろ?気分はどうじゃ?」
扇子で全てを弾くが、一振りが致命傷に至るぐらいの攻撃に手が痺れる。押される気分も悪くないと九尾狐は愉快だと抱く。
「最悪ね!私が傍に置いておきたい幸助を奪った報い、存分に受けなさい‼︎」
人が変わったというべきか。雪姫は嫉妬狂う雪女として、その力を振るう。
実力は拮抗しているように見えるが、九尾狐には余裕が有り余っている。
今の状況を整理し、興味深い真実を解き明かす。九尾狐は最初から幸助達に敵意は向けていない。
殺すつもりならばとっくにやっている。興味ある人間であるならば、その者に好意を抱く。
多少なりとも本気であることを見せつけることで、雪姫の実力を測っている。
九尾狐が披露する。扇子を収め、青い炎を尻尾の先から点火する。
「我が『狐火』に煽られるがよい!」
『狐火』を雪姫に放つ。軌道を自由自在に操り、雪姫を翻弄する。大抵の妖怪には、これだけで敵かどうかを見極められる。
……かに見えたがそれは間違いだと、瞬時に九尾狐は理解する。
雪姫は襲ってくる火を全て冷気で弱体化させ、凍てついた刀身で狐火を斬り捨てる。
先程の感情任せによる太刀ではなく、認識した上での立ち回りをしている。
数多の妖怪や人間を見てきた九尾狐であるが、雪姫の強さが異常だとその金瞳で解き明かす。
(並ならぬ芸当。しかも、己の意思だけで撥ね除けるとは…。これが先程の此奴なのか?)
警戒まではいかないが、用心に越した事はない。そう思い、九尾狐は次の一手に出る事を躊躇わない。
久方ぶりに指を切り、滴る血を媒体に召喚術を行使する。
この妖界で召喚術を身に付けている存在は僅かのみ。召喚により、妖獣か自身と所縁ある妖怪を喚び出せる。
自身の血を贄に空中に召喚門を描く。
「口寄せ:『地孤』!」
九尾狐が描いた召喚門から六匹の小狐が現れ、命令して雪姫を襲わせる。
小狐は百年程生きた狐であるが、一個体だけでも凶暴さは凄まじく、狙いを定めた者を容赦なく噛み殺すという妖獣である。
九尾狐は、少しは楽しんで貰えると良いと考え、雪姫の相手を小狐にさせ、自身は眠ったままの幸助に視線を向ける。
九尾狐の能力は、人の心を読み取り、その心を捕らえる事を得意とする。元々、人間から妖怪として進化した雪姫と人間の幸助の思考を読むなど造作もない。人間には到底辿り着けない領域である。
それ以外にも、どんな存在にも成り済ませる妖怪変化。
自他の視覚や聴覚などの五感を操る幻術。
全知全能の力を使い熟せる程の技術力と精神力。
そんな九尾狐は、幸助という一人の人間を見て、何を思ったのだろう…。
「フッフッフ、遂に…遂に出会えたぞ。数多の人間の中でお主は奇跡の力を持つ者。妖怪に愛を抱き、その愛を今も抱き続ける純粋者。妾は欲しかったのじゃ!妾を本気にしてくれるお主を‼︎」
刮目せよと言わんばかりに、九尾狐は幸助を強く抱きしめた。
その表情は妖艶で、誰も見せたことがないばかりの満足した表情だった。まるで、愛したいものを離さんばかりに嬉しさを表現する。
「おおっ‼︎異能もやはり初物じゃ!妾が大事にお主を保護せねば。うむ、この者が秋水とやらに支配されなくて安堵した。…違うな。九尾狐である妾に恋するから巡り会えたのじゃ。雪女には感謝せねば。後で謝罪の一つでもしてやろうかの〜」
幸助をこの手で抱え、想いが溢れてくる。数百年ぶりの熱情に心が生き返る心地を感じた。
九尾狐は多幸で幸助を抱きしめる。
雪姫は必死に幸助を助けようとする。声は聞こえ、その様子を見た雪姫の殺意は更に増す。
「また…幸助。そっか、殺せばいい話ね」
雪姫は噛み付く地狐を真っ二つに斬り裂く。だが、ただ斬ると地狐は瞬く間に復活する。
九尾狐の血を得た地狐は並の妖怪とは違う。一個体が純妖の“厄災”に勝る強さなのだ。混妖の雪姫では武が悪過ぎる。
刀身に冷気を込め、地狐を斬り捨てる。今度は再生せず、傷は癒えない。
突然変異した雪姫の強さは格段に上がっていた。この現象に似た力を持つ存在は純妖に限られた話である。
『妖怪万象』と呼ばれる、純妖が潜在的に持つ逸脱した伝承を元に解放した姿。人型で留まることの多い純妖は力を隠し持っている。力を抑制することで、人型である状態で妖術を自在に操れるように制御している。
真の姿とも言われる『真体』とも呼ばれ、純妖にとって切り札であり、同時に己の尊厳を捨てた姿を得る。
感情由来、精神的影響、伝承左右となり、人型を愛する妖怪にとって本来の姿とは醜いものでしかないのだ。
人間に化ける妖怪は人間の姿に愛着を抱き、その姿で人間界も妖界も生きている。
力を得る代わりの代償とは、妖怪にとって屈辱でしかない。妖怪同士は兎も角、人間相手に使うとなった時の屈辱は計り知れないだろう。
人型で制御する『妖怪万象』は、今だに確認されていない。
たった今、その壁を越えたと思われる存在が出現した。
20分ほど時が経ち、異様な静けさになった。
「ん?地孤の気配が消え——」
九尾狐の背後に迫る血塗られた雪姫が接近し、鋭い太刀筋で首に刃を通す。
「っ…やっぱり弱点は首ではないのね」
首に刃は通らず、あまりの硬さに雪姫は引き退がる。
視覚とは違う、別の感覚器官が九尾狐に危険を知らせた。
それを感じ、視線を向ける。九尾狐は静かに感心した。
「ほぉう……妾の子達が」
目に映るのは、雪姫が小狐達を全て倒し、九尾狐を睨み付けていた。
雪姫の強さを認める。
「よくぞ倒した。妾の血を飲んだ小狐らを倒せる実力を持つとは。じゃが…」
九尾狐は笑う。
雪姫はさっきの小狐達を相手にして倒せたものの、その身は既に疲労し、息が上がっていた。
それでも尚、その目に殺意が満ちたまま、恐ろしい程の執着心が渦巻いていた。
「黙りなさい…。幸助を返して貰うまでは……」
「もう良いじゃろう。妾も満足した。もう此処らで終わりにせぬか?」
雪姫は諦める様子がない。それどころか、ますます殺意が高まる。
力を引き出してしまった雪姫は止まらない。
「終わり?ふざけるな!私から奪うな化け狐!返せ…返しなさい‼︎」
疲労した肉体を無理やり動かし、雪姫は刀と妖術を放つ。
「愛を知ったか雪女。それも一興じゃが、今は鎮まれ。妾は其方を—っ‼︎」
「黙れ黙れ黙れ‼︎お前なんか消えろ!幸助を返しなさい‼︎」
殺さんとばかりに襲う雪姫。一度解放された衝動、そう簡単に抑えられない。
仕方がなく、九尾狐は再び扇子を取り出し、本当の実力を見せつけようとする。
唯一、雪姫を止められるのは、ただひとり。
色香に堕ちた意識が覚醒し、幸助は眠っていた体を起こす。
「うっ…。頭が、ボヤッとしやがる…」
俺は頭を押さえ、状況を判断する。
確か、口論してたら眠らされたんだな。それから…良い匂いと甘い声で大人びた俺好みの声が聞こえて。
寝てたのか?それだけで?
まだ意識が朧気で眠気が酷かったが耳に聴こえる鋭い金属音で、俺の意識は覚醒した。
その音の方に目を向けた。
俺はまさかの出来事に顔が真っ青になった。
「雪姫っ‼︎」
寝起きの体を動かし、真っ先に突っ込んで行った。
本当に衝動的だった。
九尾狐と雪姫の間に、幸助が割り込んだ。雪姫は突然の出来事に対応出来ず、力を込めた刀をそのまま幸助に振り下ろす形になってしまった。
(嘘……)
急な事態に雪姫は困惑する。手を止めようにも、力んだ力が制御できない。必死に心の中で叫ぶ。
(止まってお願い‼︎)
幸助は背中に背負った刀剣を抜き、瞬時に受け身に入る。
「お主、目醒めてしまったのかの?」
九尾狐は微笑む。
「こ…幸助?」
受け止めた幸助に、雪姫は驚きを隠せない。幸助を見た瞬間、白無垢から死装束へと戻り、目も光を取り戻す。
「何やってんだよ⁉︎逃げるって言ったのに、あんたが戦ってどうすんだよ!」
状況の整理出来ていない幸助は文句を吐く。それを聞いた雪姫は、イラッとした。
「幸助。あなたに警告した。なのに、私を無視した。自分勝手に動くからこうなった」
雪姫は冷淡に言う。だが、幸助も言い返してくる。
「あそこで襲われるだなんて思わねえよ!っていうか、俺にだけ非があるみたいに言っているが、雪姫にだってあるだろうが!」
「幸助…‼︎」
雪姫は怒りに発展しそうな勢いだった。
このままだと埒が明かないと判断した九尾狐は、軽く扇子で風を起こす。
その風に二人は吹き飛ばされるも、両者とも受け身を取る。
同時に気持ちは沈静化する。
「これ!妾を差し置いて、随分賑やかな事をしおるな?痴話喧嘩をする暇があるのか?」
わざと声を大きくして、自分に目線を向かせる。
幸助も視線を向けた。
その瞬間、幸助の心情に大きな変化が起きた。
俺は声を出した彼女の姿を見て、心を鷲掴みにされた。
心臓がドクンと強く打ち付けられた。
一目惚れ。いや違う!ずっと前から会いたかった故のもどかしさだ。
居るのは知っていたが…まさか、こんなところで…‼︎
ああ…俺は何を見ているんだ?これは幻じゃない。
俺が一番会いたかった。この世界で最も会いたい妖怪が、俺の目の前にいる。
「なんで、貴女が……」
駄目だ、駄目なんだ!胸が苦しい!立てないのではないかというぐらい、俺は彼女の姿を見て心臓の高鳴りが激しく打ち付ける。
「どうした?何故震えておる?」
雪姫が俺の様子が可笑しいことに気付く。九尾狐は優しい口調で聞いてくれた。
そんな優しく、俺に聞いてくれるなんて。そんなに優しい妖怪なんですか⁉︎
この気持ちを知っている。胸を締め付けるこの感情を、初めて味わった。
刀剣を落とし、片手で目元を隠す。膝からガクッと崩れる。涙の滴が落ちる。
「幸助⁉︎化け狐、何をした‼︎」
雪姫は九尾狐に何かされたと思い、もの凄い形相になる。
抑えてるのに涙が止まらない。苦しい……。
「……っ、違う、そうじゃねぇ…んだよ」
下を俯いて、俺の気持ちを訴えた。
九尾狐は近付き、膝をついて俺に触れようとする。
「触るな!」
雪姫はその手を払う。
「ごめん…」
「雪姫。そんな事をしないでくれ」
啜り泣きしながらも立ち上がる。
そのまま、目に浮かんだ涙を手で拭い、九尾狐に目を向ける。
だが、俺の目から再び涙が溢れる。拭ってもまた滴れる。
「あ…ああっ!もう、こんな…こんな人の前で情けねえ…」
声が上手く出ねえ。俺は胸糞悪い気分にいた。
でも、胸糞嬉しくて。あまりの光景に、凄い優しく包み込まれた気分で。
人の告白でたじろがなかった俺が、こんな出会いに心が絞めつけられる気分を味わうだなんて。思うわけがねえだろ。
これが恋する気持ちか………。
俺には、好きな妖怪がいる。
幼稚園児のある日、ある伝記でその妖怪を知った。漢字が読めず、先生に解読して貰いながら伝記の内容を説明して貰った。
様々な妖怪の中で、俺は九尾狐が目に止まる。
多くの人々の命を奪い、人の世を終わらせようとした傾国の美女と呼ばれた人間に化けた狐。国の頂点たる者から寵愛を受け、その者を虜にする。
俺はそこに好感を抱いた。
目を付けた者を全て虜にする程、その姿は美しいのだと。
もしも、こんな美女なんかに俺が目を付けられたのなら……。そう思うことは少なくなかった。
これが恋になるには、そう時間は掛からなかった。
だが、それが叶う事はないのだと、心の中では理解していた。
現実と理想を合わせるなんて烏滸がましい。俺はそう思い、心の奥底に、想いを封じた。
叶わない恋なら、もう苦しみたくない。
だが、それは目の前の彼女を見て、気持ちが抑えられなくなった。涙が溢れる程、俺は苦しんでいたのだと、初めて知ったんだ。
「嬉しい……です」
俺は彼女に、思わず抱きついてしまった。
雪姫は目を見開いて驚き、身体が硬直してしまう。九尾狐は幸助を胸で受け止めだが、呆然として身じろぎもしない。
「はて…何があったのじゃ?」
九尾狐の疑問に幸助は涙ながらも答える。
「会いたかったんだ……あんたに!」
純粋な眼差しを九尾狐に向け、会いたかった気持ちを伝えた。
九尾狐は沈黙に入る。そして、思案を巡らす。
(好きだと心理を読んだから知っておったが、まさかな……。ここまで拗れた情熱的な子じゃとは)
九尾狐は、動揺していた。
数百年ぶりに味わった気分だった。
長生きすると表情に出なくなるのだと、九尾狐は静かに悟り、幸助を自身の胸に引き寄せる。
幸助は九尾狐の胸に倒れ、再び涙が滴れる。
九尾狐は幸助の頭を撫でて、愛嬌を見せる。猫を撫でるように撫で、迎えるような温もりを放つ。
「煩悶する気持ち、よく分かった。人に言えぬ恋を抑える、それは並ならぬ苦痛を伴うものじゃ。人に隠し事をしてまで貫いた恋はさぞ苦しかろう。妾に恋心を抱き続けたお主よ、胸を貸してやろう。なに、遠慮する事はないぞ」
その言葉に、俺は人に見られたくない程、九尾狐に縋って泣いた。
「あ、あぁ…うわぁァァ…‼︎」
この世界に来て初めて、俺の願いが実現した嬉しさが込み上げ、自分の感情を素直に発露したのだった。
数十分泣き続けた俺は疲れてしまい、座り込んでしまった。
そんな様子に驚いた雪姫は、心配そうに声を掛ける。
「大丈夫?落ち着いた?」
「ああ…。もう大丈夫だ…」
俺は息を吸って落ち着く。泣き過ぎた。
「幸助、怪我や痛み、大丈夫?」
「怪我?何もないが」
「違う。私の攻撃、止めたから冷気が…」
俺は両手を確認する。なんともないと表情で伝える。
雪姫はホッと胸を撫で下ろす。
俺達は九尾狐に聞きたい事を聞いた。
なんで、俺達に目を付けたのか。なんで、俺を拐ったのか。この二つが俺にとっては謎過ぎた。
「なぁ、なんで俺を拐ったんだ?」
でも、九尾狐に目を付けられて拐われたのだと思うと、俺は嬉しさを噛み締めた。
俺の質問に、九尾狐は答えてくれた。
「順を追って説明するとじゃな。お主のその類稀なる奇行とそこにおる雪姫という雪女じゃ。お主、妖怪に名をくれてやった事で噂になっておったぞ?それ故、妾はお主の存在を知っておったのじゃ。名をくれる行為、目にした事がないのでな」
九尾狐は思慮深く考えながら説明してくれた。
「でも、俺以外にも居たんじゃないのか?あっ、いや…居たんじゃないですか?」
どうしても、九尾狐には敬語を使ってしまう。この人ばかりには、気を遣ってしまうな。
「なんじゃ、喋り難いじゃろ?敬い言葉は使わなくてよい。心言葉で話してくれれば妾も口を挟まなくて済む」
そんな俺に気遣ってくれるのか、九尾狐は微笑んで言ってくれた。
「ありがとうございます。じゃあ、気を取り直して語らせて貰う。俺以外に名前を付ける人は居たんじゃないのか?名前って、そんなに珍しい事なのか?」
「うむ。妖怪相手に名を与えるというのは浅ましき行為。常なら、誰もが妖怪として定着した名で呼ばれておるし、誰も名を欲しがらないというのが適当じゃな。じゃが…」
九尾狐は真剣な表情をして、ある事を口にした。
「それは一般的にそう認知されているだけであって、本当は誰もが、その付け名を恐れておるのじゃ。畏敬に近しい故、誰もが禁忌としておる。人間からの愛の結晶とも呼べる賜物、それが名じゃ。人間は赤子に名を付けるのと同様、それに値する価値あるものなのじゃ。同時に“ある禁忌”を犯す事態にもなる。そんな事を出来る人間は、本当の意味で妖怪である妾達を人と思っておる証。じゃから不思議なのじゃ、お主という人間の存在は」
九尾狐は覗くように俺の顔を見て、不思議な表情を浮かべていた。
この話を聞く限り、俺は妖怪に愛を持っている意味なのだと理解した。
「うむ。お主の異能も大体検討できたことだし、妾が面白う話を語ってやろう」
そう言って椅子を出現させ、九尾狐は腰掛ける。
九尾狐は重大な事を言い出した。




