二十話 解消
半年間の彼らの思い出を書き切りました。辻褄合わせにもなりますし、後々の伏線もあります。
明日は五等分の花嫁を投稿させて頂きます!
そして、俺も発作が治ったのか、体が軽くなった。
「なぁ…恥ずかしいんだが、もう降ろしてくれねえか?お姫様抱っこ、女性にされちまうのはちょっと、な?」
動けなかったとはいえ、抱えられている状態は正直恥ずかしい。
しかし、頑なに降ろそうとしない。瞑った冷たい笑顔をやめない。
「駄目。幸助の疲労は私より回復が遅い。無理をせず、私に世話をさせて」
「はい…」
拒否出来るわけがなく、そのまま運ばれるのであった。
ただ、狐の姉ちゃんに助けられたのと、亡骸が倒れている場所に行きたいと伝えると急いで向かってくれた。
朧げながらも、狐の姉ちゃんが居た棲家を思い出すように辿る。
そして、漸く辿って着いた場所は、建物の残骸も結界も、狐の姉ちゃんの亡骸も跡形もなかった。だが、此処がそうなのだと、俺の心は間違いなく認識している。
俺は膝をつき、現実と幻のどちらかを探るように、当時の光景を鮮明に思い出す。
「此処は?」
雪姫は何故か知らない口ぶり。
「……狐の姉ちゃんが住んで居たんだ。憶えてるだろ?」
雪姫は対面どころか喧嘩までした仲だ。忘れるわけがないと安心を求めたのだが、これがいけなかった。
「知らない。あなたの知り合いのようだけど。私は知らないわ」
その言葉を聞いて、俺の中でまた苦痛がぶり返す。
あぁ。また俺は………。
「幸助。しっかりして」
「……此処は?」
「私達の家よ。ねえ幸助、あの場所に妖狐が居たって本当なの?」
どうやら、また気を失っていたらしい。
「悪かったよ雪姫。運んでくれて」
俺がお礼を言おうとすると、雪姫は神妙な顔付きになる。
「大丈夫。それより、妖狐の事を聞かせてくれない?以前、幸助が茂美という人の子が神隠しに遭って、幸助以外の記憶に残らなかった話と似てる。もしかしたら、何か関係があるかもしれない」
知らないと言ったものの、俺を信じてくれるその目に安堵を覚える。冷たいと恐れられる『雪女』の瞳にほんのり温かさが映る。
この妖怪には信じて貰える。初めて俺の心境を理解してくれる理解者を得た。
俺に味方してくれる事が、信じられないぐらいに嬉しかった。
雪姫に全てを話し、絡み糸を解すように説いた。俺が知る狐の姉ちゃんの容姿や素性、俺への告白と“名付け”の代償、謎の敵が現れて俺を庇って死んだこと、何者かが現れて敵の討伐に協力して貰ったこと。式神を倒し、俺が妖術を使えるようになったことも余す事なく話した。
雪姫は黙って聞いてくれた。それどころか、俺の話が嘘ではないと信じてくれた。
「謎の敵……あの人の女は知ってる。そして、式神を討伐する為に一緒に戦ったことも」
なんと、雪姫は全てを忘れているわけではなかったのだ。しかし、狐の姉ちゃんがいたであろう記憶はすっぽり消えてしまっているようだ。
どうやら、俺以外の記憶からは狐の姉ちゃんの存在が消えてしまった。俺だけがあの人のことを思い出せるという不安。何故、自分だけなのかという疑問が引っ掛かる。
「でも、あなたが妖術を使えるなんて、アレは本当なのか。実戦で試させて貰っても良い?」
「え?いきなりだな」
「妖怪にしか扱えない妖。その力、私に見せて」
「明日でも良いか?少し気持ちを落ち着かせたいから」
「いいえ。今お願い。私に見せてくれるとあなたは言った」
話を切り上げるかのように、目覚めた俺に手合わせをして欲しいと言う。
何故だ?
雪姫は妖狐以外の記憶を憶えていた。幸助の話に辻褄を合わせるように彼女の存在を埋めていけば、これまでの自分の行動原理を再度認識が可能だった。このまま休ませ、万全な状態になってから手合わせも考えた。
ただ、約束の期間が今日なのだ。『契り』を結んだ両者に猶予はなく、幸助が妖術をものとしたのかを確認する必要がある。
彼が見せてくれる妖怪の象徴である妖術を使い熟し、如何なるものなのかを見定める。
一緒に暮らし始めて半年が経ち、二人の関係性も親密さが濃くなった。互いに自分の気持ちを上手く交わせる程の仲となり、幸助と雪姫の生活は馴染んでいた。
訓練もそれなりに積んだ幸助は雪姫から本格的に剣術を学び、人間としてはかなり成長した。
元々、スポーツに精通していた幸助の身体の扱いやそれに伴う立ち回り、瞬時に状況に応じた行動の取れる思考力を見抜いた雪姫は、重点的に幸助の育成に精を出していた。
それは、あくまで幸助の視点である。
偽り、嘘を吐いてまで彼の望みを踏み躙ろうとし、自身の手から離れられない条件を無理やり交わし、半年という無謀な期間を与えた。
妖狐と会いたいという要望を聞き入れたばかりに、彼の成長の機会を与えてしまい、自分の元から離れてしまうことを最も恐れている。
「幸助。今から会得した妖術を私にぶつけてきなさい。そうすれば、後は好きに行きなさい」
「あんた何言ってんだ?しかも真剣って…」
雪姫の手に握られているのは刀。木刀でもなく、真剣そのもの。
そして、幸助を単なる人間として扱わない。敵と認識し、その手で叩きのめすことを覚悟する。
「あなたは私の約束を守り、その力を獲得した。それはつまり、私は要らないという意味でもある。でも、最期にその力を見せて、好きに生きていきなさい」
「何言ってんださっきからよ⁉︎約束は果たしたが、俺は——」
「私を倒す気で挑みなさい。今のあなたなら、私など容易いでしょ?」
成長を可能にする幸助に対し、妖怪である雪姫は成長の兆しはない。そう思い込み、ただ悲観に自身を恨む。
刀を握り、雪姫は最初から幸助を敵と定め、手合わせを強制する。
「なんでだよ⁉︎最後まで話聞けよ!」
「あなたは出て行く。妖術を会得してしまった以上、私の存在理由はもうないの。お願いだから……言う事を聞きなさい」
妖術を解放した瞬間、『銀世界』を展開する。本気だと理解した幸助は、逃げる選択を捨てるしかなくなる。
「チッ!誤解を解くしかなさそうだな。俺の話を聞いてくれるまで疲れさせるしかねえな」
「倒す?ではなくて?」
「倒さねえよ。あんたは絶対に」
雪姫と幸助はそれぞれの心境を抱え、望まぬ勝負をする。
両者、緊張感のある真剣な睨み合い。雪姫は両手で刀を構え、幸助は利き腕で刀剣を構える。
間合いは2.2メートル。お互い、刀身を合わせる。
「勝負は一騎勝負。私が倒れれば幸助の勝ち。幸助が傷を負ったら負け。単純だけど、あなたが私を倒せば好きに行きなさい。でも、かすり傷ひとつ負えば私の好きにする」
実に理不尽な賭け。雪姫に武があるように見えるが、その中身は………。
「分かった。但し、俺があんたを押し倒したら話を聞いてくれ。それを条件になら呑んでやる」
「……分かった」
幸助はとある条件を呑ませる。雪姫の思惑がなんなのか、彼は僅かに勘付く。
雪姫の領域の中で、幸助が先に動く。雪だというのに、その動きに鈍化は見られない。その時点で、幸助が妖術を物としていると確定する。
「やっぱりそうなのね。私の『雪歩』を使い熟してる」
「へへっ!深い雪を歩くなら下駄が必要だろ?」
幸助は既に妖術の感覚を掴み、妖怪の伝承を肉体を通じて行使出来る。明らかに離れ業であり、人間が妖術を依代なく使える事例は彼が初めてであった。
「それにしても、初見で使った技でしょ?私よりも使い方が上手ね」
剣技よりも妖術の扱いを評価する。
「だろ?俺あんたの使ってみたかったんだ!雪って凄え深い意味あるし、俺は冬が好きなんだ」
評価され、嬉しさが隠せないものの、しっかり刀剣を振るう。
「単純ね。でも……それがあなたの魅力ね」
同時に、使いたいと込めた力ならば、彼はこの力を最大限まで発揮出来る才能を持っている。妖怪を知る智能がそれを可能とし、『雪女』を網羅する彼には彼女の妖術はほぼ全て扱う。
その原動力は幸助自身が持つ異能に由来するのだが、彼らはそれに気付かない。
そんな暇を考えるほどの余裕がない程に、二人の時間が過ぎて行く。
交え、ほぼ互角とも思える剣技。実は雪姫はかなり手を抜いていた。
(式神が弱っていたとはいえ、アレに勝てたのは奇跡に近い。こんな剣技、私なら一瞬で終わらせられる。けど……)
この勝負に幸助の勝利は最初からなかった。だが、雪姫は決して勝つつもりはなかった。
実力で会得出来ない妖術をものとしてしまった存在を瞳に映す度、非情になれない己に苦悩する。
(本来、約束を守った人の子が私の目の前に現れることはなかった。人間界のあの男だって、私の存在を私に打ち明けてしまったのだから。人の子は平気で約束を破る。それは人に共通する……そう思い込んでいた。なのに、この子は約束を守ってしまった)
『雪女』は悲しき妖怪。人間に約束を契り、それを何度破られたか。その結果、殺さざる得ない状況を渡り歩いた。
子供を身籠り、夫となった人間にさえ約束は守って貰えず、彼女は失望した。人間の浅はかな嘘を信じてしまったことで、人を模した存在を嫌悪していた。妖界で妖怪を殺すのも、その私怨が混ざった結果なのかもしれない。
だが、己の約束を果たすまで破らず、その身で叶えてしまった松下幸助という人間に、凄まじい感情を抱いてしまった。
尊敬以上の好感を抱いた自分を恐れ、手元から離さなければ自身が何をしでかすか分からなくなった。
初めて約束を守られ、その人間の胸の内を明かされ、彼を離したくない葛藤がこの勝負を仕掛けるきっかけになった。
この勝負に勝敗は決まっていた。幸助に善戦させ、潔く敗れたように演じ、自由になった彼は何処かで活躍することに苦渋の選択を勝負の最中で決めた。
次々と妖術を使い、自身へ無駄な攻撃を幾度なく仕掛けてくる幸助に呆れるも、その実力よりも、彼の人間性に惹かれたのだ。
純粋な妖怪好きで約束を守るなど、妖怪からすれば恰好の餌。だが、そんな人間を傍に置きたいという雪姫の心は彼を手放す事に酷い喪失感を与える。
葛藤する雪姫は、自らの手で敗者となり、幸助から退く事を苦渋の決断をする。
常に冷静で冷酷と恐れられた雪姫は、自分の感情に制御がなくなる。
だから、幸助にはすべて見抜かれてしまうであった。
「……」
刀剣が雪姫の胸に目掛けて突っ込んでくる。この攻撃を避けようならば簡単なこと。しかし、雪姫は攻撃に対して防御すらしなかった。
「そんな。私が人の子に敗れるだなんて………」
消えそうなことで感情のない声で負けを宣言する。
だが、雪姫に突っ込んだ刀剣を持つ幸助は鞘へ収め、勢いを殺し切れないまま突っ込む。
押し倒す形で倒れ、雪姫が初めて背中を着いた。
「よしっ!押し倒したから一旦話聞けよな」
そんな約束をしていたことを思い出し、雪姫は倒れたまま聞く。
「そうね。今更、私との約束を無かった事なんてしないでしょ?」
「しないさ。俺があんたの約束を破るなんてことはしねえよ。妖術が使えるようになったから、もう自由だろ?」
「そうよ。あなたは私の嘘を現実にしてしまった。あなたを騙して、約束を強制した愚かな妖怪よ。そんな私より好きな人の元へ行けば良いのよ」
冷めたようにこれまでの嘘を告白する。その顔は幸助に向けられるも、瞳が悲しさに揺れる。
「なぁ…まだそんなこと言うのかよ?」
「私は人が好きと言った。だけど、約束を破る人は嫌い。あなたは見事に約束を果たした」
「じゃあ嫌いじゃねえんだよな?」
「そうね。あなたは特別に今後を好きにする権利がある。だから、私なんていう平気で欺こうとする妖怪に捕まらないことね」
一方的に引き離そうとする雪姫に対し、幸助は何が言いたげに不満を浮かべる。
「あのなぁ雪姫。なんで出て行かなきゃなんねえんだよ」
その言葉は予想していなかったのか、静かに驚く。
「どう言うこと?」
「そのままの意味だ。俺に嘘を吐いてまで拘束しておきたかった癖に俺を手放すって可笑しな話だな?そもそもだ、このまま野宿で外出たら死んじまうのが分かんねえのか?散々人が死ぬところを見て胸を痛めやがった癖によ!」
雪姫の理解が遅れる。何故、見下ろすように自身に乗る彼に怒られているのかが。
否、怒る点が予想だにしていないもので、嘘を吐いた己に罵詈雑言を吐くのではなく、勝手に外に出させられる事に怒っているのかが理解出来ないのだ。
「どうして?どうして私が嘘を吐いた事に怒らないの?」
もしかしたら、自身を正統に裁いて欲しかったのかも知れない。表面上だけでも許されないのであれば納得はしただろう。
「俺はあんたに嘘を吐かれて嫌な奴なんて思っちゃいねえよ。俺を想って真剣に嘘を吐いてまで守ろうと護身術を教えてくれただろ?あのお陰で剣が使えるようになったんだしよ」
感謝される覚えはない。
「違う。私はただ無駄に時間を過ごさせようとした。あなたの為じゃない」
否定する。なのに、彼から向けられる表情には怒りや悲しみがなかった。
「そう言ってもな?本人からすればマジで助かったもんだぜ。剣なんて人生で使わねえからよ。死んで使うなんて珍しいものだろ?」
罪悪感が募るだけ。雪姫の心は我慢できなくなり、とうとう弱音を吐く。
「お願い幸助……私を叱って」
それがあれば縁を切れる。雪姫は幸助に怒って欲しかった。怒涛の怒りを向けられ、捨てられる方がマシさえ思ってしまうほど、彼女の罪悪感は度を超えている。
「分かった。俺が言いたい事を聞いたら、この勝負はなくせよ?」
「……分かった。お願い叱ってちょうだい」
その願いは叶うも、彼女の望む形はあり得ない。
「俺はあんたと居たい。なのに、俺を追い出すのは酷え話だ!まだ教えて欲しい事、あんたの事知りたいんだよ。嘘や誤魔化しで守ってくれる優しさがあるあんたが俺を煙たがるのはどうなんだよ⁉︎」
「っ⁉︎」
幸助の言葉に目を覚ましたように思い返す。すると、涙が溢れそうな気持ちになる。
自身は人間を守りたいと強い使命感に駆られていた。
人が妖怪に殺される連鎖を絶つために命を賭けた討伐を繰り返してきた。だが、決して救えないと思い込んでしまった時があった。
亡骸を抱き、自らの目には本当の涙が溢れなくなった瞬間である。
心が壊れ始め、ただの作業のようになっていた人間の救済は、誰も欲さない。
薄々は気付いていたが、幸助から“名付け”を受けたのは自暴自棄になっていたのだ。妖怪としての呪いを受けた彼女の選択は、自らの妖怪の名を捨てることしかなかったのだ。
しかし、妖怪の力は衰えず、人間的感情を得てしまった。
手元から離れてしまう寂しさが、雪姫の葛藤が揺らぐ。
「俺はあんたから離れるつもりはねえよ。野宿して死ぬよりかは、雪姫の傍にいた方が安心だ。あんたはどう——」
幸助の声を遮るように、その声は震える。消え入りそうな声で懇願の意を吐く。
「私は……幸助と一緒に過ごしたい。生きて、私と居て下さい」
雪姫の願望は、人間との共生だった。
初めて人間への弱音である本音を吐き、この勝負の決着は意味を成さなくなる。
「おう!暫くはよろしくな!」
「ありがとう。幸助」
死なずに人間が『雪女』と過ごし、『雪女』を畏怖しない精神力に折れた。
否、彼女は松下幸助という人間を心の底から受け入れたのだった。
「じゃあよ。今日は休んでいてくれて良いぜ?ご飯は俺が作るから」
「あなたが休んでいなさい。料理は私が作るから」
「えぇ……」
「なに?」
「じゃあ…一緒に作るか」
「ユフフ。そうしましょう」
漸く、二人の心が通じ合えるようになった。




