十八話 憧憬と怨嗟
お久しぶりです!
すみません、こちらの方の投稿がかなり間が空いてしまいまして。
一応、『妖界放浪記』の3章までの内容に追記した物語で書かせて頂きます!
明日は転スラの新規投稿です。
“太古の妖怪”に加護を受けられたロバリアの人間性は崩壊していた。
生前、彼女は異能で多くの人間妖怪の力をその身に取り込んだ。
空間を跳躍して架空の伝承に刻まれた効果を発揮する武器の使役。自らの魂を憑依させ、他者の権限を奪う支配。加護を失っても尚、衰えることのない身体能力。これらはすべてを自力で成してしまった。
もはや、人間ではなく妖怪そのものになっていたロバリア。人間を捨て、力と寵愛を欲するが為にしでかした数々は、多くの惨劇を生み、史上最悪の戦争を仕掛けた。
だが、ロバリアにとって、完全に扱えなかった力があった。
それが妖怪にしか扱えない妖術である。
人間妖怪の力を奪ってみせたが、所詮は借り物に過ぎない。自身の力ではないと、こればかりには強い拘りを生前より持ち続けていた。
目の前の人間である彼が、その力を模倣するだけではなく、源流を披露してみせたことで、ロバリアの魂は彼を強く拒む。
見せた笑みには、渦巻く黒い嫉妬の憎悪が向けられていたのだ。
「小僧……お前の力、この世界に存在させてはいけない。童にすべてを渡せ!その命も魂も意思もすべてだ‼︎その力を持って、この世界に君臨せし寵愛者様にこの身を捧げる」
当然、強欲に幸助そのものを欲する。
だが、幸助がそれに応じるなど微塵もない。
「無理な話だな。俺には妖術が使える才能があったってわけだ。あんたにはなかっただけ、それだけだ」
幸助が人に好感を持たず、ましてや、殺された妖怪の仇に頷く筈がなかった。
力を欲するロバリアであるが、今は完全な状態ではなく、他人から力を奪うことは不可能。承諾を得た上でしか、相手の力を奪うことが出来ない。誓約により、完全に解放されたと言っても、本来の異能に宿る性能までは解放されていなかった。
奪えないと分かった瞬間、これ以上にない殺意がロバリアの行動に明確な殺意を持たせる。
「残念。童の力で地獄以上の恐怖を味わえ」
確実に幸助を殺す余力は十分に持っている。この世界でも希少な陰陽術を行使する。
「濡れど穢れど、我が大星を閉す悪夢を祓え‼︎寄るべに従え、顕現せよ‼︎」
言霊を唱え、儀式を行う。自らの霊力を消費し式神を召喚する。
召喚陣が浮かび上がり、異界より召喚された式神が彼女の召喚に応じてこの世界へ召喚される。禍々しいロバリアの霊力を分け与えた式神の数は十二体。
その姿を見た途端、幸助の顔は恐怖に引き攣る。
「ゲェッ⁉︎こいつら…十二天将じゃねえか⁉︎」
先程の真剣さが嘘のように抜けた反応をする幸助。
「そんな……これがあの女の奥義だなんて…」
雪姫が絶望に膝から落ちる。
それもその筈。ロバリアが召喚した式神は、かの有名な陰陽師が使役したとされる悪行罰示そのもの。妖怪を殲滅せし個体を十二体も従える彼女の恐ろしさが窺える。
通常、式神を調伏しなければ扱えないのだが、それらをすべて支配下に置き、更には式神への強化も付与することからも、完全にロバリアが幸助達を亡き者とせんと強制調伏召喚を実行した。異能に宿る支配力により、十二天将の全てを調伏を踏み倒して強制的に操る。
ロバリアを倒すことで解呪される支配だが、その当人は不死に近い存在。故に、幸助達に確実な勝利は失せた。
これ程の歴然の差を見せつけられ、勝ち目がないと諦めてしまうのも無理もない。妖怪にとって、式神は天敵でしかなく、妖怪の身である雪姫では勝ち目が皆無。幸助も同様に、力不足であり、熟練度のない妖術では擦り傷すら付けられないという理不尽な壁。
「松下幸助。お前は童の敵だ。最愛の寵愛を受けて良いのはこの童のみ。断じてお前如きではない⁉︎」
もはや、説得や降伏は無効。幸助自身も死を覚悟して、彼女と十二天将を相手するしかない。
「敵認定されちまったなら仕方がねえ!雪姫!一緒に戦うぞ‼︎」
「幸助……うん、あなたと共になら」
再び戦う意思を得る。雪姫は刀を掴み、立ち上がって幸助の隣に立つ。
「死ぬ時は一緒…ある意味、俺の中でサイコーのシチュエーションだな!」
「呑気ね。勝てないと分かって挑むだなんて……でも、誉でもある」
死ぬと分かる戦いで、雪姫は笑みを浮かべる。死期を察したかのような最期の笑顔で後悔の念を感じさせない。
「笑ってくれるのかよ…。最初から、ずっとその笑みが見たかったんだがな」
思わず本音が漏れる。幸助も最期と分かり、気合いの入れ方が違った。完全に妖術の体得を得た彼に不可能はないとばかりの自信に満ち溢れる。
「そうね……あなたが普通の人の子じゃないのは分かってた。拒もうとして閉じ込めようとしたこと謝る。だから、せめてでも幸助の側にいてあげようと思った」
「そういうことかよ。死んだら一緒に過ごそうな。地獄だろうけど」
「笑えないわね。そういうところが……いいえ、何でもない」
「ちゃんと言ってくれよ!ったく…あんたらしいな」
まるで熟年夫婦のような仲になった二人。これが平和な時間であったのならば微笑ましい光景なのだろう。だが、今は戦場となったど真ん中にいる。死ぬという選択以外は残されてはいない。
二人はロバリアへ最後の抵抗を見せようと、互いに闘志を燃やす。
だが、この場に居てはならない妖怪が、この状況を見計らったように天より姿を現す。
遥か遠く、妖都:夜城の別空間に籠る『九尾狐』は感知する。
「うむ…。閻魔め、妾の統治するこの都市にだけ飽き足らず、スイを復活させおったか⁉︎」
妖都全土ならば、彼女の感知に反応しないわけがない。しかし、異様な気配を二つ感知。ひとつはスイ=ロバリアの気配で間違いないが、もうひとつは、以前に一瞬だけ亡夜で感じた妖怪の気配。二つがぶつかり、今にももうひとつの気配が消えかけていた。
「意思が燃えているようじゃが、スイ相手に単なる妖怪では太刀打ちはあり得まい。彼奴は次元が違う相手じゃ。どれ…『千里眼』で確かねば」
『千里眼』で見通せぬ今はない。妖都となれば、彼女の目には確実な情報が映し出される。遥か遠くの亡夜の状況や会話までも盗み聞き出来る。
「妖怪ではなかったか。以前、天邪鬼に本意で近付いた松下幸助という人間じゃな。まさか、スイと出会しておろうとは⁉︎見殺しにすれば、未来が変わってしまうじゃろう」
幸助の存在は認知していた。だからこそ、本来妖都に来る彼らが死亡することは望まない。
未来が変われば、自分が思い描く今後が大きく変わり、望まぬ世界となってしまう。それを阻止する上で、彼女が動かなければならなかった。
「閻魔は妾と契約を結んでおるが、状況が状況じゃ。緊急と参上し、亡夜を崩壊せし妖怪を感知したと偽っておけば良かろうて。なに、妾を裁くことは出来ぬ。真実を突き付ければ容易く黙らせられる」
閻魔大王に脅しをかける準備も怠らない。妖都の守護者である彼女は、許可が無ければ通常の外出は禁じられている。唯一、妖都における危機や新たな妖怪の出現に関しては例外として都市を脱することが出来る。
「彼奴を葬るのが妾の償いじゃ。せめてもの夢心地をくれてやろう」
彼女はスイ=ロバリアへの情けがある。幸助への危害が手遅れになる前に、自らの手で万全な状態で再び葬る事を使命とする。
今回ばかりは、彼女の想定外の事態に重い腰を上げなければならない。
そして、『瞬間移動』した彼女は幸助達の前に現れたのだ。
はっきりこの目で見て、幸助達を襲う人物が紛れもないスイ=ロバリアだと認識する。
「変わらぬなスイよ」
「っっ‼︎」
声はロバリアにのみ耳に入る。途端に態度が急変する。
「久しいあまり、随分派手な戯れを望むかの?のう、スイよ」
突如現れた妖怪は、黄金に髪を揺らめかせ、金瞳の狐目を星の輝きのように放つ。威厳を持ち、その妖怪の象徴である九本の巨大な尾が太陽を隠す。
その姿を地上より見上げるロバリアは頬を高調させ、神を崇めるように両手を握りしめる。
涙を流し、この世の幸福に歓喜する。
「あぁ…‼︎九尾様!なんという偶然⁉︎童をお迎えに来てくださったのですね⁉︎」
手のひらを返したように態度が変わる。突然の行動に、幸助達も何が起きたと不審がる。
「あいつ…天に向かって何言ってんだ?なんか、凄え上を振り向きたいんだけど……」
流石に状況が状況であるので、上を向く暇がない。しかし、何か転機がこっちへ来たのだというのはなんとなく察した。
幸助と雪姫は共に走る。息ぴったりにそばを離れず、雪姫が彼の速さに調整して式神へ挑む。
二人の無謀な行動に彼女は苦笑いする。
「死に急ぐ必要はないじゃろうて。妾が干渉せねば死ぬじゃろう」
そう言いつつも、死なすわけにはいかないと妖術を発動させる。手印を結び、幸助達の助力をするという慈悲で、十二天将の式神としての機能の簒奪と二人の強化を同時に施す。
それを知らぬ幸助達は、ただ必死に式神へ全力で臨んで腕を振るう。
「流石は神獣に在らせられる神なるお人九尾様‼︎抗う弱者に施しをお与えするだなんて⁉︎なんと慈悲深い!そして、強者である童を心配してくださってわざわざその身でお越し頂けるだなんて。このスイ=ロバリアは幸せに溺れてしまいそうです‼︎」
ロバリアも空中へ滞空し、これみよがしに自分の気持ちを露わにする。
「やはり変わっておらぬかスイよ。そのダダ漏れの欲望は相変わらずじゃ。間違いなく、スイ本人で間違っておらぬ」
「ヤァ〜ン!九尾様のお色気様…」
人間の部分があるように、ロバリアの嬉々とした興奮は人間味を感じるも、何処か不快に見える。
九尾狐はそんな彼女の様子を見て、幾度なく味わった不快感を思い出す。
「ちと…お主を地獄へ返上する為じゃ。妾の全力を披露するとしようかの」
九尾狐の言葉と共に、上空が生きる龍のように蠢く。天候を操り、自らの意思を付与した妖術を発動したのだ。
「来るのですね⁉︎九尾様の本領が!」
一番心が浮き立っているのはロバリアだと自負する。しかし、それ以上に久しく心臓が激しく脈を打っている本人は、自らの手で寵愛者を葬る事を全うする。
「龍は天より来降し、雷鳴を呼び嵐を吹き荒らす。我が寵愛せし者へ断罪の裁きをくれん‼︎」
空を掌握し、刀印という掌印を組み、巨大な尻尾に宿る妖力を一部上限を解放する。
彼女は印と掌印を使い分ける。印は十二支の手印を結び、それらに見合う技を発動出来る人間や妖怪が存在する。
しかし、掌印となると使い勝手が違ってくる。技の完結する速さと精度が格段と上がり、能力の向上に作用するだけではなく、自らの伝承を更なる上位へと高められる。この事実を知る彼女は迷いなく掌印を組んだ。
“太古の妖怪”の一部の妖怪にしか扱えない神の力を発揮してみせるのだった。
「龍の雷⁉︎これは『麒麟』や【雷鼓】を遥かに上回る雷撃の衝撃!素晴らしいです‼︎」
避けることすらなく、ロバリアは興奮に心身を震わす。まともに受ければ焼死では済まない一撃なのだが、その肉体は明らかに異常な体質を有する。
「魂が肉体を変化させておるのか?既にその肉体を物としたのじゃな……」
彼女目に映るロバリアは、まったくの別人と化した進化を果たしていた。
肉体が魂に引っ張られ、既に男の肉体はロバリアの所有物となった。これにより、ロバリアが自ら閻魔大王の誓約から解放されている事を示唆する。
「その通りでございますわ‼︎九尾様のご期待に応えなくては存在意義がありませんので!あんな男より、この童を再び寵愛して下さいませ‼︎」
寿命は変わりないが、肉体を捨て魂を他人へ移すことが出来る秘技を持っていると考え、彼女は再び掌印を組む。
「面白い冗談じゃ。妾がお主を愛でる日など二度と来ないと分かっておるじゃろ?200年前、限りない暴虐を忘れたわけではあるまい。全盛の力をもって葬った人間を今更愛するなどせぬ」
美女として有名な九尾狐の顔に笑顔がない。人理を見てきた彼女からすれば、ロバリアの数々の行動は万死に値し、自らの手で消え去らなければならない。
これを思わせる事をしたロバリアは、一切の反省の素振りを見せない。
「何をおっしゃいますでしょうか⁉︎童はあなた様が神となる手助けをしたまで。その力さえあれば、たとえ『人間』や『鬼』ですら簡単に消せます!この童もお付沿い致せば更なる確証があること!」
「それが妾の気を患っている……と言ったらどうじゃ?」
「とんでもございません!九尾様のご期待に応えただけですので、お気を悪くしたなど思えません!」
自己愛が絶えないロバリアの言動。まるで、自分が彼女の意思で動いているとばかり吐く。
閻魔天印を組み、寿命を迎えるロバリアに最大の一撃を与える。
「その無感な善意で妾の同胞を世界から消し去ったというのじゃ!世界を危うさせ、ヤツらと手を組むのだけに飽き足らず、その聖剣らで消した妖怪が報われぬ。地獄に堕ちたお主など、もはや寵愛の対象ではない。妾のすべてを持ってその存在、二度と復活出来ぬようにしてやろう‼︎」
「おおっ…⁉︎童を本気で殺して下さるのですね⁉︎しかも、二度も自らその手で‼︎」
ロバリアを殺す事は実質不可能である。何故なら、人間を超えてしまった彼女の力は九尾狐の力をもってしても完全に消す事は出来ない。
悪性の邪心を抱くロバリアを寵愛してしまった事を後悔し、その心を自らに依存させようと精神を陥落させた。結果、由々しき事態へと至った。
完全に心酔してしまった精神は歪み、彼女の為と動いた行動全てが厄災となり、多くの死者や存在抹消を余儀なくされた。伝承も一つや二つ消えたでは済まされず、聖剣で斬られた妖怪の伝承は跡形もなく消えた。
その責務を全うしなければ、“太古の妖怪”としての立場がない。そんな事は分かっているが、彼女はロバリアへ深い謝罪をしたかった。
「すまぬが、もう地獄へ帰っておくれ。お主の後継人が決まった今、妖界の秩序を正すのはお主ではない。早急に帰られよ」
しかし、口で言うのは逆効果。建前のように言い、自らの為すべき事を伝えた。
ロバリアにとって、聞き捨てならない事があった。
「後継者…ですと⁉︎」
「お主は歴代の寵愛者では力には優れておった。じゃが、その心は清らかに出来ぬ、適さなかったのじゃ。その代わり、下の者は力はなくとも、いずれはお主を越える救世主とやらになりそうじゃ。未来を見たから解る……お主は、彼奴に——」
九尾狐は未来を透す。その未来を口にしようとした途端、ロバリアの態度が激変する。
「あの人間如きが…‼︎九尾様の寵愛を受けるに値すると⁉︎甚だ図々しい‼︎殺してやるぅっ‼︎」
他人を褒められる事がこの上なく屈辱に感じた。
ロバリアにとって、九尾狐が全てであり、他者は何者でもなく下等。自分が愛されなくなる恐怖からか、ロバリアは自らの霊力全てを聖剣に注ぎ込む。
初めて感じた他者への劣等感。ロバリアは感情の制御が出来なくなり、聖剣を下にいる幸助へ投げ飛ばす。注いだ霊力は自身が妖界に顕現出来る時間全て。それでも、当たれば即死で存在が抹消される。
自らが持つ聖剣を投げてまで殺そうとするロバリアの行動を見て、彼女は情けをかけるように微笑する。
「お主と言う者が嫉妬に狂おうとはの。じゃから、全盛ではないお主などコレで充分じゃ!」
閻魔天印の真価を発揮する。
彼女とロバリアの空間が閉ざされる。
「これは一体…?」
ロバリアすら知らない彼女の真価。驚く顔を見て、彼女はうっすら笑う。
「信じ難いじゃろ?しかし安心するのじゃ、妾の技ではない」
「なんですと⁉︎」
ロバリアは重ねて驚く。彼女の未だに計れない力の底が知れない恐怖が、好奇心へと変換され、ますます彼女へ興味を向ける。
「改心した妾の眷族が得た力を模倣したのじゃよ。この技の起源は確定しておる。お主が得られなかった完璧な“妖怪万象”のその先、特異をとくと魅よ!」
『九尾狐』は未来で見た未知の技を模倣する才がある。一目見ただけで完全再現をしてしまえる技量と緻密な操作をものとし、相手を凌駕する脅威を知らしめる。
彼女の目は未来すらも模倣してしまう。誰かが使うであろう名のない秘術は行使される。
空間を閉じたその場所は、明らかに風景が異なる世界だった。
無の境地に放り出されたような何もない空間。その中に、完全解放した真なる姿をした『九尾狐』が凛々しい姿で閻魔天印を結んでいる。
空間に閉じ込められたロバリアは、自身の肉体及び魂に何らかの違和感を感じ、この勝負を放棄した。
「あぁ……美しい見事な神業。もはや、あなた様は妖怪を超越した神の中の神です。潔く、負けを認めます……」
楽観視するロバリアの口からは、自身の敗北を認める意思。心の底から、『九尾狐』に勝てないと理解したからだ。
恐怖の顔はなく、その場に似合わないうっとりする美顔を見せたのだった。
彼女がロバリアへ与えるのは絶対なる裁き。神聖と化した妖術がロバリアの肉体を破壊する。
「魂だけは喰らわないでおこう。じゃが、肉体の主だけでも弔ってやろう。地縛せし魂よ、地獄の燼滅を受けよ‼︎」
ロバリアの魂の器として機能する肉体を、肉体の内側より炎焼させ、内臓や骨が一気に燃え盛る。
既に男の肉体の主は、ロバリアの魂に打ち勝てず粉砕しており、精神的に死亡している。ロバリア本来の肉体であれば、この妖術にも抵抗は出来たはず。
しかし、一割の力も持たないロバリアでは彼女の妖術に抵抗する術がない。肉体が燃やされ、魂を収納する器がなければ、まもなくロバリアは地獄へ堕ちる。
肉体が燃えた事で、ロバリアが放った聖剣は空中で消滅する。これにより、幸助への被害はなくなり、式神も共に消えてゆく。
消える直前、彼女はロバリアに聞きたい事があった。
「どうしてじゃ?何故、妖怪に愛を注がなわなかったのじゃ?」
強者として、寵愛者として認めたロバリアが、何故悪道へ走ったのか。ずっと聞けなかった事を彼女は自らの口から聞きたがっていた。
愛を与え、自らの手で育てた人間の末路を二度も見送る事になり、その心は複雑だった。
しかし、彼女が求めていた答えは、決して善行とは思えない最悪なものとなる。
「他人に愛を向けられるほどの素晴らしい興味があるものはなかった。あなた様以外がゴミ以下でしかなかった。今更…人間も妖怪も人として見れる気がしないね」
「……そうか」
死ぬ人間とは思えない強靭な生存抵抗により、僅かに死期が延びる。
「九尾様、童の人としての生き方は絶望でした。それは知ってますよね?人間という下等種族の血が流れていた肉体を持っていた頃、何度自殺を考えたでしょう。傲慢で自己勝手な人間そのものが大嫌いでした。そして、あなた様を愛し、妖怪へ好意を向けるようにと教育をなさってくれましたが……すべてが無駄でした。妖怪も所詮は煩悩まみれ。ですが……」
憎たらしくも、人間と妖怪を嫌悪する。ロバリアにとっての生物への拒絶は、長い年月を掛けて構築され、心までもが生物を受け入れられなくなっていた。
その過去を知る彼女は、ロバリアの気持ちを汲み取り、何も言わない。
「九尾様だけは違った。あなた様はいつまでも童の心に寄り添ってくれたただ一人。救われただけでこの童、ちゃんと愛せる人間だと思えて心地が良かったです」
それでも、微かに抱いた感情が、彼女の崩壊を留めていたのも事実だった。
死んでも尚、変わらぬ怨みがロバリアを苦しめているのだと、苦渋の表情を浮かべた。
「古より古き妖怪の魂を持つ根源妖怪の皆んなだけは、どうしても恨めませんでした。あの人達は特別で……童もその一人になれたら良かったのですがね」
「本心が聞けたの。お主も人間じゃな」
「人間……えぇ、人間です。童はこの魂が童であり続ける限り、人間という呪縛からは逃れられない。こんな辛い種族に生まれて……妖怪だったら、どれほどあなた様に手が届ける存在へ至れたのでしょうか?」
ロバリアは人間を本当の意味で捨てたかった。だが、彼女と出会い、その心が人間でいることを無意識に望んでしまった。
人間性のあった肉体や精神を捨て去ったが、肝心な魂までは人間のままだった。
「仮にじゃスイよ。お主が妾と対等に地位を得た時、妾をどうするつもりじゃ?」
謎の問い。スイはその意図をしっかり理解している。
「同じ立ち位置ではこの感情はなかったと思いますわ。だって、今の童だから感じる感情がコレなんですから。九尾様を超えてしまっては、誰も欲さない無欲な人形となるでしょう。殺戮者として、妖界を滅ぼしたかもしれません…」
本心を語る。ロバリアには、彼女という妖怪に圧倒された記憶があるからこそ、強き者である彼女に愛を捧げた。弱き者には気にすら留めない性格だが、唯一、『九尾狐』という妖怪には本心を語れるほど気を許していた。
だが、その紅い瞳は違った。怨嗟を望み、彼女へ執着する黒い感情が揺らめき、手に入らなかった失望に堕ち、瞳に先程の力が見えない。
「今も失望しておるのか?」
「失望し続けることが人間の活力となります。それに、今は僅かな時間生き返って、この初めて抱いた感情が解りました。松下幸助……九尾様が今後寵愛する人間に対し、童はこれ以上なく嫉妬が芽生えました!」
眉を顰める。ロバリアがこれからの未来を言い当てた事に、僅かな動揺を見せる。
「未来を予言するかスイ」
「未来なんてクソ食らえでしたが、意外と面白い未来が待っているようですね?どうやら、童の復活も確定しつつありそうですし……」
悪道へ堕ちた者とは思えない他愛のない笑顔を見せる。笑顔に満ちるその目には、確かなる野望の炎が揺らめいていた。
「お主……一体何処まで未来が視えておるのじゃ?」
寿命が残り僅かとなった瞬間、ロバリアは目を見開き、悪魔のように笑う。
「クッハハハ!そりゃあ、全世界の崩落がですよ⁉︎妖界、人間界、天界、地獄が混沌に乱れ、現代妖怪!“三妖魔”!“災獄兇変”!“八部覇尾”!“特級怨霊”!“放浪者”!“神命者”!“太古の妖怪”!のすべてが均衡を破壊するように暴れるでしょう⁉︎その狭間、童は完全復活を遂げ、九尾様のすべてを貰いますわ‼︎その力、使わないのでしたらちょうだい下さい」
世界の崩壊を見たロバリア。彼女は真実を隠せなかったとばかりに笑う。
「成長したようじゃな。地獄での生活が恋しくなっておろう、早う消えるがよい」
「えぇっ、帰って時期を待ちます。今度………楽しみにしていますので」
肉体は消滅し、魂は閻魔大王へ帰依する。
為す事を終えた彼女は、疲れ果てた幸助達を見て、何かを確信したかのように金瞳は二人を凝視める。
「次は其方らの番じゃ。妾が導きをくれてやるからの、松下幸助と『雪女』の名を捨てた者よ。いずれ会うとしよう」
彼女はそう言い残し、亡夜を超速で脱した。




