十五話 地獄より復活せし亡者
2日ぶりです。すみません体調が優れず、仕事終わりに寝込んでいました。疲れが抜けきれず、まだ社会人になって日も浅いので、なかなか調整が難しいところです。申し訳ございません。
後1話投稿させていただきます。本当にお待たせしてしまいすみませんでした。
カラスより封のされた一通の手紙が届いた事により、雪姫の平穏が崩れ去る。
「ん?それ手紙か⁉︎この世界で初めて見たぞ」
「私も…通達のような物は初めて」
雪姫は他人からの手紙や広告などを受け取ったことがなく、忌み嫌われている身としては当然のような扱いを受けてきたので、手紙の存在を知らなかった。まさか、自分に届く相手がいるだなんて思わない。
内容が気になり、手紙を手に取り封を切る。
中に入っていたのは、達筆な字で書かれたお誘い内容と小包の丸みを帯びた何かだった。
「飴玉みてえだな?……ふむふむ、狐の姉ちゃんが差出人か」
幸助は手紙を取り、雪姫は飴玉らしき物を手に取る。
「コレ、ガラス玉よ。どうしてこんな物を?」
雪姫が手に取った飴玉らしい物の小包を開けると、中に入っていたのは至って普通のビー玉。特に細工もなく、歪みも傷もない透き通るような青みのあるビー玉である。
「後でくれよ」
「別にいらないから良いけど」
幸助はビー玉を見ては、嬉しくなって欲しがる。こんな物の何処が良いのかと、雪姫は呆れつつも渡す。
そして、幸助は手紙の内容を読み上げる。
「なになに…『この前はどうもありがとうございます。難しい言葉はお控え致しますので、あなた様でも読み易く書き添えてあげられているかと思います。先ず、先日の方、お助けいただき有難く、感謝を述べさせていただきます。つきましては、こちらから御礼を申し上げたく、わたしの住居の方にご招待させて頂けないでしょうか?カラスにご返信をお返しして下されば誠に恐縮なのですが』……おおっ‼︎デートの誘いか⁉︎」
妖怪からのお誘いとなれば、幸助が首を横にするなど絶対にない。それに、一度ならず二度も出会い、その命を互いに賭けた仲。了承する以外の選択などない。
「……行くの?」
雪姫は冷たい視線を送り、嫌そうな顔をする。妖怪からの誘いを断って欲しいと表情のみで意思表示をする。
これ以上、幸助が我儘になる事を阻止したい。
しかし……。
「勿論だ!せっかく俺を指名して誘ってんだ!チャンスを棒に振えるかよ‼︎」
行く気満々の幸助を見てしまうと、どうしても隠していると言う罪悪感が込み上げる。
無理に引き止めれば、幸助の機嫌を損ない、自分へ縋り付くことなどなくなってしまう。
「そうね…行きたいのよね」
本当は何処にも行って欲しくない。幸助がこのまま側を離れ、消えてしまうのが心の虚無となり、また妖怪を恨み続ける。
「行きたい!頼むっ‼︎」
手を合わせ、真剣な表情で行きたい表明をみせる。
これを断るのは簡単だが、幸助の今後を変えてしまうきっかけになる事を危惧する。
(断れば、幸助はもう私に頼らなくなってしまう。でも……幸助を行かせたら、妖怪に興味を持って頑張ろうとしてしまう……。どっちも最悪ね)
最も、幸助が妖狐に出会えば、間違いなく妖術について聞こうとする。そこで嘘がバレる可能性は高いが、相手は『九尾狐』の末端の眷属、逆に上手く話しに取り込まれてくれるかもしれない。
(妖狐が幸助を上手く騙してくれるならそれで良い。所詮は得られない力、納得して貰うより、知らないまま無力に悔やんで貰った方があの子には幸せに違いない。余計な事をさせない為に、妖狐と幸助の接触は気をつけるべきね)
一応、監視は怠らなければ幸助に余計な事はさせないと考える。
「幸助。私も同行するという条件なら行っていい。但し、調子に乗らないこと」
「えっ⁉︎良いのか⁉︎」
「いい。あなたが望みたいこと、叶えてあげる」
「うっしゃぁああっっーーー‼︎サンキューな!」
上から目線で言うが、幸助は気にする素振りがない。それ程まで、雪姫に行く事を了承して貰えたのが嬉しかったのだ。
幸助の望む事をさせてしまうという、雪姫らしくない決断をしてしまう。
幸助が執筆し、慣れない手書きの文章を妖狐へ送る。その返事は数日を待つ。
そして、無事に手紙が届き、妖狐の手元に渡り、返事が返ってきた。
こうして、幸助は念願の妖怪との交流を行うことが叶った。
俺は狐の姉ちゃんに会える事を楽しみに、身だしなみを意識し始めた。
お洒落はしないとだしな。久しぶりにポケットの中を探ってみると、懐かしいものが出てきた。
「おっ?携帯じゃん!」
まさかの携帯が入っていた。しかも、携帯の重さに気付かずにずっとポケットに入っていたことに気付き、アホみたいに落ち込んだ。
「なんで気付かなかったんだよ⁉︎馬鹿じゃねえか‼︎」
コレがあれば写真が撮れる。そう思い、俺は急いで電源を入れようとする。
がしかし……。
「電源入らねえじゃんかよ‼︎」
当たり前だが、4ヶ月以上放置していたのなら当然だ。
なんで携帯の存在に気付けなかったのかが、今になっては後悔でしかない。
悔しいが、コレは使えないな……。ポケットに入れ直し、渋々現実を受け止めた。
次だ!そう思い、素早く行動に移す。
「服が欲しい?どうして?」
「いや、会いに行くんだしちゃんとした服をだなって…」
俺が求める物を伝えるが、雪姫は首を横に振る。
「そんな物、この町には置いてない。それで我慢して」
「いつも洗ってくれてるのは助かるけどさ?俺だって着こなしをだな——」
「お風呂に入っている間に洗ってあげてるでしょ?我慢して」
「っ…でもぉ」
「言う事聞かないの?」
「はい……すいません」
まるでお母さんのような食い気味の返答に、俺は何も答えられなかった。雪姫にして貰っているのは事実だし、そこに決定権はないのは確かだ。
服は変えようにも、此処にはそんなものがあるわけがない。服に関しては、この町には本当に何もない。売ってはいなくもないが、せいぜい着物のような重い羽織物ばかり。それを着れば良いと思うが、どうにも女物しかないので買おうとは思っていない。
俺は別に我慢して着ても良いが、世間的には変な誤解を生みかねない。女装趣味はないし、せっかくのお誘いにそんなの着たら笑われ者になっちまうぜ。
仕方がない……諦めて待つしかないな。
約束の日まで、俺は雪姫と特訓を再会して貰い、ある程度動けるところまで鍛えて貰った。
なんでやって貰ったかって?やっぱ強い方が好印象持たれると思うだろ?
雪姫にしごいて貰う形で、限界まで引き上げて貰ったつもりだ。一応、浮かない顔をしながら相手されたのは嫌だったけど。
亡夜襲撃からひと月が経過し、妖都:夜城にいる秋水は連絡が途絶えたことを気にし始めた。
「遅いな……織姫と彦星、そして牛鬼と人形を人間の元へ送ったはずだ。腐っても“災厄”の実力者だぞ?」
過剰戦力ではあったが、負ける筈がないと自他と共に思っていた。しかし、織姫と彦星の消息が確認出来ず、亡夜へ送った妖怪が全員帰還しない事態。焦らずにはいられない。
「えぇ、遅過ぎますわ。もう1ヶ月は経っております。秋水様、もしかとすると既に倒されたのでは?」
「…そうなると、オレに匹敵する人間かも知れねえな」
女の問いに秋水は警戒心を抱く。
倒されたから焦っているのではない。亡夜にいる人間が四人の妖怪を相手に退け、祓ったと言う事実が本物であれば、その人間は只者ではないと疑わざる得ない。
自身を邪魔する存在であるのならば、排除する一択を取る。
「分かった名妓。ここらでオレ様の僕を試してみよう」
「僕⁉︎…ですか?しかし、あの人間は制御にまだ時間が…」
「構わん。制御の効いてるヤツの方がやられる。妖怪がダメなら、今度は超能力を暴走させた人間を投入するのが良いだろ?なに、もう生捕りは温い…殺しちまおうか?」
不敵な笑みを浮かべ、人間抹殺の意思を口にする。
秋水にとって、人間とは自身の保存材料。活かす者は活かし、活かせないと判断した排除物は容赦なく捨てることを躊躇わない。目的の為に、人間と妖怪の数を増やしているに過ぎず、今後の為に根を絶つことが最優先だと危惧する。
「それが宜しいのであれば。秋水様、さっそく僕五匹ほど解き放ちましょうか?」
「おっ⁉︎随分威勢の良い事を言うじゃねえか!そうだな、五匹いれば亡夜は壊滅できるだろうぜ」
制御不能の人間を使い、大々的に行動に出ようとする秋水に、名妓は閃いたように不敵に笑う。
「まぁ!私としてもここは一つ、向かわせたい人間がいますわ!」
「おっ?ソイツは誰だ」
興味があるとばかりに笑う秋水。
とある人物の名を口にして誇らしげに開示する。
「閻魔様より賜りましたスイ=ロバリアの魂をほんの一部頂きました。彼女の魂をこの核に封じ込めておりまして、誰かの肉体に埋め込むことで受肉します、と伝えられておりますわ!」
紅く禍々しい光を放つ玉は、秋水の目には魅惑の光明に見えた。
光を見た途端、秋水は妙な気配に意識が奪われたように動く。
「秋水…様?」
名妓が差し出した光の玉を握りしめ、秋水はその玉に導かれるように宵河へ跳ぶ。
秋水は異能によって他者の力が使え、その力の一端を利用して妖都:夜城へ跳べる。
一人の人間を摘み出し、再び夜城へ戻る。
「おいテメェ。この光を飲め」
脅迫し、連れ出した男の口に強引に押し込む。
「や、やめてくれっ‼︎そんなもん飲めない!」
「飲め!殺すぞ」
その玉は口の大きさと同等、男の口に押し込むにしても大き過ぎる。それでも、秋水は執拗に喉へ通す。
激痛はなかった。しかし、喉へ紅い玉が通過し体内に入った直後、男の容態が急変する。
「あ…あぁ…ウゥッ⁉︎ぐぁあああッッ…‼︎」
強い刺激が心臓に負荷をかけ、激しい衝撃が走る。しかし……。
「ああああッッ……あっ………」
あまりの心臓の負荷に耐え切れず、男は悶えた末に死んだ。
「……おい名妓。話が違うぞ」
強い失望を向ける。名妓はこんな筈ではないと、突然の恐怖に震える。
「い、いいえ!死ぬだなんて……申し訳ございません秋水様‼︎」
「名妓、今すぐ閻魔のヤツに文句言ってこい!スイ=ロバリアなんて変な魂を渡してきたことに文句を言え‼︎」
非常に人間の感性が欠如した秋水は、名妓に襲い掛かろうとする。
「やめて下さい!私はただ…貴方様に従っただけですわ!」
その時、死んだ男が僅かにピクッと指が動き、瞬く間に秋水の腕を掴んだ。
「っ⁉︎なんだコイツ…動けたのか⁉︎」
死んだ筈の男が自らの腕を掴む不可解な現象を目にし、動揺を隠せない。
そして、男の肉体は魂に引っ張られるように女体化し始め、見た事のない人間の姿をした女性が現れる。
女であるが、何処か異質な妖気を纏うソレは人間ではなかった。人間というかより、悍ましい妖怪を召喚してしまったような気分を感じる。
「誰に言っている?下賤が!」
「がはっ⁉︎」
言葉を発した途端、秋水は地面にめり込んだ。女による言霊によって、秋水は無様な姿を晒す。
「秋水様⁉︎貴様よくもぉっ‼︎」
従う主人がやられて反抗しない者はいない。名妓は異能で彼女を捕える。
だが、二人はこの女の恐ろしさを知らない。閻魔大王より与えられた彼女は、この世に存在してはならないバケモノだと。
「この程度で童を捕まえると?大層な抜かし者もいたものだ」
名妓の異能は視認不可能な異形種。だが、それを物とせず、女であるロバリアの体が捕えられない。
「馬鹿な⁉︎名妓の不可視の攻撃が視えてるだと⁉︎」
秋水も驚く。名妓の攻撃を捉えられる人間など存在しない。なのに、ロバリアは視えているように躱し、名妓へ視えぬ攻撃をする。
「この時代の人間とは笑止なものね。時代が進むと廃ると言うけれど、こんなザマとは驚いた。コレが九尾様を脅かしているだなんて信じれない」
ロバリアの不確定要素は多数。誰にも明かせられない攻撃と無慈悲な暴力。秋水と名妓を二人を相手にしても尚、その余裕はあった。
彼女は旧い人間であり、それ以上に恐ろしい思想を持った化身でもある。魂のひと握りのみであっても、その力の前に人間では到底太刀打ちが出来ない。異能を有する二人が手も足も出ず、名妓は視えぬ攻撃の前に気絶寸前まで追い込まれる。
「うっ…強い。この女、私よりもずっと恐ろしいわ」
何も出来ない名妓の体はボロボロになっていた。トドメを刺そうと言うならば簡単である。
「フッ…気力だけは一人前と言ったところかしら?これ以上は簡単に殺してしまう。女は大事にしてあげなくちゃね」
しかし、ロバリアは女である名妓を謎の独り言で注視する。その顔には冷たい笑みがあり、今度は秋水へ向けられる。
「男の方は壊していいよね?こんなちっぽけな童よりいない方がマシな人間なんて……どう壊してあげようかしら」
告げた瞬間、秋水は命の危険を感じ、力を発揮させようと全身の霊力を解放する。
「っ⁉︎オレ様を舐めるな死人が⁉︎テメェこそ、閻魔のヤツに復活してくれなきゃ死んだも同然なんだよ⁉︎」
「へぇ、童に勝てると?」
自らの恐怖を克服し奮い立たせ、ロバリアへ挑もうとする。勝ち目はあるとほざき、早速手駒を使う手段を取る。
「へっ!テメェのような女に先に使っちまうのは勿体ねえけどな?オレ様の五匹を倒せるかなぁ⁉︎」
秋水の命令により、力を封じられていた制御不可の五人を解放。理性の飛んだ狂戦士化とした人間を相手に生き残れるとは思えない。出し惜しみなく使い、幸助への手札を捨ててまで発動したカードの強さは……。
「ふーん?異能を暴走させた精神崩壊した人間ね。閻魔大王が『秘匿開示』に絡んでるね」
「コイツ…見ただけで見抜いただと⁉︎」
一瞬で狂化した方法を見破られてしまう。
ロバリアは観察眼も有する。一目見ただけで人間妖怪問わず判別が出来る。
「見抜くなんて普通。誰かの手が混んでいるなら尚更。じゃあどうする?童を殺してみる?」
挑発するようにクイっと手で招きをする。見た目が淑女であるが故に、秋水の我慢を簡単に破くことが出来てしまう。
完全に舐め切った態度に秋水は激昂する。
「畜生っ‼︎ぶっ殺してやるぜ‼︎」
制御をはずした途端、五人はロバリアに向けて走る。恐怖を捨てた狂戦士を相手に、またしても余裕の態度を見せる。
「へぇ…確かに余計な理性って要らないよね。そこは凄く分かるし、何より、雑魚を強化するならこれがベストなのは確か。少しは考え無しに動いてることは見直してあげる」
「チッ…褒められた気分じゃねえぜ」
「童が褒めるなんて滅多にない。九尾様以外に褒めるなんて数もない。潔く受けとれば良いのに」
受肉したばかりの肉体で軽々と動き、狂戦士化した人間を簡単に押し勝っていく。無駄がなく、一人ずつ容赦なく破壊しようと心臓と脳を狙う。
「くだらない。程度の強さで殺したい人間が殺せるの?本当に。なんで思い上がれたんだろう…」
その動きは暗殺者で、一瞬の瞬きの間に心臓と脳が飛び散っていた。心臓を握り潰した動作はなく、頭を潰したという瞬間は見ていない。しかし、一瞬にしてその両方が行われていたのは理解出来た。
攻撃自体が無動作で無発動に放たれているのだ。彼等には見えない極地に至り、その実力は秋水を軽く凌駕していた。
暇潰しにすらならず、ロバリアの周りは血の海となる。
退屈に笑い、次の相手を指名する。
「次は雑魚ね。童に何をさせようとしたのか、その身で知ると良いよ」
軽々と体を動かし、秋水の目の前に移動する。捉えられない動きをする彼女を前にして、秋水に恐怖心が植え付けられる。
「く、クソッタレ……」
「童が女だからと侮った?だとしたら、惨たらしく殺してあげるしかない」
表情に生気はない。ただ、何か執着している目をしていて、目の底で渦巻く欲望は計り知れない。髪は男の黒髪から変色して赤く染まり、本物の血を滲ませたような赤黒さの染色。なのに、その顔は美貌を有している。
秋水は生涯、その顔を忘れることはないほどに鮮明に記憶する。
何も出来ない状況の中、名妓は死ぬ覚悟でロバリアの足にしがみ付く。
「殺されたい?せっかく可哀想だから生かしてあげようと思ったのに」
冷たく吐かれるが、名妓は離れようとしない。恐怖を殺し、震えながらも許しを乞う。
「お願い!秋水様は私の唯一の人ですわ!必要としてくれる男です!その方を殺すのなら、私も一緒に殺してちょうだい‼︎」
名妓は秋水に恨みはない。秋水を純粋に慕い、その心を捧げられる人間として愛情を持っている。彼を失えば、自分の存在意義を失いかねないとせがむ。
だが、残念ながらロバリアにはそれが何なのか理解出来なかった。
「……一緒なら良いのね?待ってて、ちゃんと殺してあげるから」
無頓着に答えを返す。それが彼女の持つ精神的な特徴なのである。
ロバリアには協調性がなく、人格としてはかなり問題があった。自身以外に興味はなく、強さの執着もない。ただ、己が行くままに従い、その場で行動に示す。慈悲や情けもなく、人を殺す事に頓着もしなければ躊躇いもない。殺したいという感情はなく、そこにいるものを壊すような感覚しか持っていない。彼女にとって、他人など興味の対象ではなかった。
しかし、例外なる人物がこの世界にいたら、その人格に人間性が芽生える。
彼女にしか感知出来ない何かに反応をする。
「……この気配?九尾様の妖気‼︎あぁ…なんという神々しい神霊。神の域に達する愛しいお人が感じられる。蘇った甲斐というものが魂を持って幸福に感じられる。お側にいてあげたいお人がぁ…‼︎あぁっ!童、倖せことたまぬれない」
まるで人が変わったかのように、独り言によだれを垂らし、紅潮と愉悦な笑みが冷たい表情に温もりが宿る。
ロバリアの性格を変えた人物が、妖界には今尚生き続けている。それを漸く感知して捉え、はじめて隙が生じた。
「しめた!」
愉悦に浸るロバリアの隙を突き、彼女を蹴りで吹き飛ばし、何とか名妓も拾い上げて距離を取る。
しかし、秋水の攻撃を無防備で受けたのに関わらず、一切のダメージを受けていない。それどころか、秋水に興味を示さなくなり、一人天上へ笑う。
「九尾様…童は生き返りましたぞ!是非とも、童に愛の御加護をたんまりと。九割区分失ったけど、それでも愛してくれる神女で在らせましょう!早う童に特上の愛を廻らせてくれましょう‼︎」
助かったとは言えないが、秋水達がロバリアの興味から外れた時点で死ぬことはなくなった。
異常なまでのロバリアの執着。それを見た秋水は使えると判断した。
「おいロバリア。オマエの欲しいものはなんだ?」
態度を上げ、ロバリアへ愚かにも勇敢に近付く。その声にロバリアは反応を見せ、薄く笑う。
「欲しいもの?勿論、九尾様がこれ以上にないものよ」
「じゃあよ、オレがソイツを捕まえてきてやるよ」
自身ありげに言うと、ロバリアが首を横に振る。
「男には無理。と言うか、童より力のない塵が九尾様を捕まえるなんて天の川を素で渡るようなものよ」
「そうかもな。その天の川を渡れるように、オレに協力して欲しいんだ」
話を合わせ、ロバリアを上手く丸め込ませようと策を練る。
「オレは亡夜にいる人間が本当は気になってしょうがないんだ。殺そうとは思っていたが、妖怪を祓える力を持つ特異体質を持っている人間が欲しい。対九尾狐への——」
続けて話そうとするが、突如、ロバリアの表情が鬼のように変わる。
「九尾様と呼べ。下衆が!」
「ウォッ…す、すまん。九尾様を支配出来る力をオレは持っている。その力を使うには、大抵の強さまで引き摺り下ろさなくちゃならねえんだ」
「九尾様は太古の妖怪だ。力が落ちることなどあり得るものか」
妖怪をよく知るロバリアの言っていることは正しく、力の弱体化を狙える方法が限られている事を頭に入れており、それは不可能と知っている。
「っ……じゃあよ、陰陽術のような祓除の力を持つ人間だと言ったら?」
秋水は嘘を吐いた。
幸助について何ひとつ判らず、どのような人間なのかを把握することは出来ない。人を覚える事に彼は興味が無いため、どんな力を持っているのかを調べてすらいない。そもそもの話、幸助が亡夜にいると言う事実すら認知していない。
デマかせの嘘であり、まるで幸助が除霊術や陰陽術を持っている希少な人間であると言う。この嘘がバレれば、秋水の命は亡きに等しい。
しかし、嘘とは案外バレない。この世界ではとある情報網があるからだ。
“噂”は、妖界における情報としての信憑性の手掛かりとなり、人間の噂や大妖怪の仕業までが勝手に情報として流され広まっていく。無から広まるわけではなく、実際を見た者から安易に広まり、それが否応がなく情報が流出する。
中にはアリもしない嘘も含まれるが、噂には敏感なのかロバリアは興味を抱く。
「陰陽術、ね?どうせ、“災厄”以下の妖怪しか捕まえられてないのでしょ?」
「…さぁ、それはどうかな?」
事実を突かれ、秋水はロバリアを単なるバケモノとは思えない。
秋水は妖怪を支配する。それらは“災厄”以下の妖怪のみであるが、戦力としては数ならば相当なものであり、都市を攻め滅ぼすなら可能かも知れないと自負している。現在も拘束した妖怪を支配下に置き、数を増やしている。
しかし、秋水は“災厄”の一段領域に存在する“災禍様”には出会ったことがない。
こちらの全てが知られているような気分を味わい続けることに苦痛を強いられる。
「“災禍様”と“災厄”とでは差は歴然よ。童なら、その上の“太古の妖怪”を相手に出来る。だけど、今は力の一割にも満たない状態。せいぜい“災禍様”に挑んで肉体が保つかどうかね」
ロバリアは自ら受肉した肉体の精度を計る。
受肉したばかりとは言え、力の大半を奪われてしまった彼女では、この世界に現界していられる時間は限られている。先程の軽い戦闘程度で霊力が削られているのを知り、僅かに苦い顔をする。
他者の肉体を奪う場合、その持ち主の霊力に己の魂が引っ張られてしまい、本来の力に遠く及ばないケースが多い。
ロバリアは生前、その力で“太古の妖怪”に魅入られ、この世界における戦争で絶大な強さを見せつけたのだが、“太古の妖怪”に葬られた。
「肉体がなんだよ?」
「この肉体、性別がまず違う。童に合致しない。それと、霊力しかないこの肉体だと、3日と言ったところか」
「はぁっ⁉︎なんでそんなに短えんだ!」
「お前が持ってきた人間、それがマズかったのだろうね。拒絶反応が酷い…」
受肉した肉体が拒絶反応を起こしているのか、霊力のみならず肉体の表面上ですら拒絶反応を視認出来る。皮膚が腐り、美形の肉付きが腐食で台無しとなっている。
そして、拒絶反応により活動制限があり、肉体が保って3日と言ったところ。全力も出せず、ただ肉体が朽ちて魂が地獄へ戻るのを待つしかない。
時間は僅かと有限である彼女にとってはかなり痛手。自らが実行すべく目的を果たさなければならない。
突如、ロバリアに頭痛が襲う。
『スイ=ロバリアよ。亡夜へイケェ…』
とある人物からの強い命令信号を受け取る。すると、勝手に霊力が解放され、肉体が動く。肉体を引っ張るのは魂であり、魂に刻まれた命令によりロバリアは自由を失う。
「っ……地獄の番王。童を弄ぶか⁉︎」
しかし、ロバリアはただの人間とは違う。力を剥奪されても尚、命令信号の発信源である者の命令を背こうと抵抗する。
『ほう?腐っても人智を超えた人間だったな貴様。ワシの全力を持って完全に意識を奪ってやる』
抵抗するロバリアに対し、更なる支配を重ねられる。
「約束が違う。童を九尾様に会わ…せ、る……と」
体の自由の次は意識の剥奪まで施される。ロバリアは自我のみで抵抗を見せるが、支配者の制御に敵わず、徐々に意識が消えていく。
『そんな約束、罪人の貴様に必要ない。お前には、ヤツが手懐けようとする人間を始末させる。己の後継者たる人間を始末できるのだ、最愛の記憶ぐらいならあの狐も貴様のことを忘れまい』
「ふ…ザケンナ⁉︎九尾…様の後継者……は、童の意思で……コろして……」
力を奪われ、肉体の主導権を奪われ、しまいには意識まで停止してしまった。ロバリアに人権や尊重などない。
ただの殺戮人形として傀儡となり、支配者の実行役者となり、完全な生きた人形となった。
「へ…へへっ、ブッハハハ‼︎ザマァみやがれ女が‼︎オレをコケにしやがって‼︎」
ロバリアの無様な様を見て、秋水は先程の恐怖が消えたかのように狂い笑いだす。
調子が良いのか、秋水はロバリアの顔面を一発重い一撃を放った。反抗してこないのを良いことに、秋水の暴力は過激化する。
「何が童だ⁉︎時代の古いヤツなんざダセェ。オレ様を満足するしか出来ない道具がでしゃばりやがってよ⁉︎女だからって、オレが手加減すると思うな!」
鬱憤を晴らすかのように恐ろしい暴力をぶつけ、自分の惨めさを無かったことにしようと動けないロバリアに拳を撃つ。
腐食した肉体であるが、その顔や肉体に傷は付かない。哀れにも、秋水では彼女に傷のひとつも与えられない。
ロバリアの瞳だけはしっかりと秋水を睨んでいた。
ロバリアはその先のモノを見据えているかのように、秋水を見る目はとても薄気味悪く笑っているようだった。
秋水の未来を視ているのか、この世界を見ているのか、将又、自身が望む未来を視ているのか………。




