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妖界放浪記・長編  作者: 善童のぶ
一章 亡夜の妖術使い
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十四話 手料理の温かみ

明日も投稿します!

そろそろ、妖界放浪記の最初のボスである秋水も出てきます。少し可哀想な扱いにはなりますが、彼のしてきたことでしたら納得の仕打ちが待ってますのでお楽しみを。

幸助が意識を失い、無名の妖怪をその実力で何とか討伐し、倒れている彼に寄る。

「坊や!大丈夫かえ⁉︎」

背後を任せていた幸助の容態を確認する。心臓は絶えず脈を打ち、息もしっかり確認取れる。

生きていると安堵し、我が子を抱えるように涙を流す。

「あうぅ…良かったさえ。わっちの為に命張るやなんて…っ⁉︎お人好しだよ本当に」

感謝を伝え、意識のない幸助を背負い、安全な場所へ連れて行こうとする。

そこへ、妖力が散漫する雪姫が帰還する。

「幸助を返しなさい!」

雪姫が敵意剥き出しに、妖狐へ氷結した刀で攻撃をする。

敵か味方かを判別出来る状況ではない彼女は、咄嗟に幸助を雪姫から庇うように刀身を左脇腹で庇う体勢となる。

「うっ…」

本来、生物は血を流す。しかし、雪姫の攻撃は血液すら凍らせてしまう。受けた傷も当然凍結し、妖狐は凄まじい冷たさと激痛を味わう。

「なんやえ?…この坊やを連れ去りに来たかえ?」

痛みで悶絶するところを妖狐は息を乱しながらも、幸助を庇う『雪女ユキオンナ』だと遅れて理解する。

決して敵意を見せてはならない。雪姫には敵の敵意を見破る鋭い勘がある。妖狐は痛みによる恨みよりも、幸助の心配で激痛の感触に歯を食いしばる。

「……あなた、もしかして幸助を?」

「やっと気付いたさかい。そうやえ、わっちが保護しておったんや」

妖狐の言葉に偽りはない。そう分かると、雪姫は傷口を冷気で冷やすように刀を引き抜く。

「ごめんなさい。状況が混乱していて」

「気付いたらええよ。この子が生きておれば、それだけで生きた心地がするもんや」

「そう…。返してちょうだい」

態度が軟化するも、幸助を強引に引き剥がし、両手で抱く。その目は明らかに不信感のある疑惑の目をして妖狐に向けられる。

言い返したいが、相手が相手なので仕方がなく手を引くこととする。

「そうかえ。では雪女、後日その坊やにお礼を支払って貰うさかえ。たんと覚えとき」

妖艶に微笑み、最後にそんな事を言い残し、その場を後にする。


雪姫は心底複雑な気分だった。

「何だったの今の……誘いのつもり?」

まだ、雪姫はその意味を知らなかった。




眠る幸助を連れて戻ろうとするが、上空から堕ちてくる気配を察知する。

「まだ追ってくるのね……しつこい」

降ってくる物体を避け、その正体を見て雪姫は苛立ちを覚える。

幸助を抱えたまま、片手で刀を構える。上空に浮かぶ二人を見て、大幅に妖力を消耗している織姫と彦星に勝てる算段を練る。

「やってくれたじゃないですか⁉︎くたばってくれて清々するわ!」

「漸くだ。死に損ないめが…」

上空から再び攻撃を再開する。しかし、先程の妖術の精度はなく、星屑は雨の粒程度、大河は小川と明らかに火力不足が見られる。

「チッ!妖力が足らん……おのれ牛鬼ぃ!」

牛鬼が最期に暴走した功績により、二人の妖力は雪姫の妖力を下回り、“災厄”の領域では回復は遅い。妖力の消費が激しい技を多用したことにより、既に大技の妖術を行使することが不可能となっていた。

この好機を逃さない雪姫。最大限発揮出来る溜め込んだ妖力を妖術として解放する。

「凍て付く氷よ、冬を知らぬ者に『銀世界ギンセカイ』よ」

肉体から妖術を織り込んだ妖術を広範囲に放出する。雪姫の周りを囲うように、上空まで妖術は展開される。

銀世界ギンセカイ』で展開される場所は冬景色となり、視認する限りの広範囲を支配する。そこに、『雪女ユキオンナ』に存在する伝承を強制的に発動する。囚われた者は、雪姫の妖術を必中で受ける事となる。

広範囲の為、逃げる事は不可能となり、妖怪や人間を地面に引き寄せる。

「ぐっ⁉︎飛行能力がぁ…」

「重力とは違う。コレは伝承⁉︎」

飛行能力を消失させ、同じ土台に立たせる。

そして『銀世界ギンセカイ』は、夏を生きる『織姫オリヒメ』と『彦星ヒコボシ』にとって相性が最悪な妖術でもあった。

七夕より生まれし二人の季節は夏と知られる。しかし、冬となったこの範囲において、二人の力は一気に弱体化する。

「そう。あなた達は冬を知らない。古代より生まれし者には明確な弱点が存在する。『七夕たなばた』という夏を限定とした限定妖術を使えなくさせれば、ただの人間と変わらない。これで終わりにする」

戒めや腹いせなどなく、雪姫は幸助を抱えながらも見事な動きを魅せる。

「待っ——」

最期の言葉すら聞かず、雪姫は織姫を凍結させる。

それを見た彦星は、雪姫への恐怖が増幅する。

「ヒィッ⁉︎ユ、許してくれ!俺達はやらされていただけなんだ⁉︎もう襲わない!俺だけでも逃がしてくれ‼︎」

情けない命乞い。勝てないと分かり、先程の態度が嘘のように変わる。

雪姫はそんな妖怪を見飽きる程見てきた。だからこそ、この命乞いに同情などしない。

「……そう。自分の花嫁である彼女を見捨て、自分だけ逃げるつもり?」

「あ……いや、それは…」

「あなたが本当に織姫を伝承のどおり愛しているのなら、“二人”でと言う筈でしょ?でも、あなたはその命が欲しいばかり、彼女を見捨てて逃げようとした。それは、あなたが一番してはいけない罪でしょ」

彦星は何も言えなかった。自分の命乞いばかりしようとして、本当に愛した織姫を忘れていた。それは、秋水への恐怖が日頃より植え付けられ、愛情を忘れてしまっていた。

その目からは、思い出すように涙が滴る。

「……すまない」

想いを拗らせるように、その言葉には情愛が込められていた。

それでも、慈悲はくれてやらない。

「あなたがした事は許さない。人間を脅かそうとしたその大罪。死を持って償いなさい」

雪姫が吹雪かせる冷気で、彦星の心臓まで凍結させた。

これで一件落着。凍結した彼らを冷めた目で凝視める。

「人間こそが尊い。それを奪う妖怪は嫌い。残念だけど、このまま死んで貰う……」

雪姫の刀によって、二人の魂はこの場で砕かれた。それは完全な死を意味し、復活するには100年の年月を要する。


雪姫には、妖怪を殺す理由が存在する。

人間を脅かし、食い殺す妖怪が憎くて仕方がない。そして、人間への愛があるから孤独に戦う覚悟を持つ。

人間の味方として貫く彼女は、その揺るぎない意思を貫き通そうとする。




俺は雪姫に正座させられている。同じく、雪姫も目の前で正座して俺を凝視する。

その訳は、俺に非があるようだ。

「なんで正座させられてるんだ?」

「分かってるでしょ?勝手に外に出たことについて」

「いや、あれは仕方がないだろ?逃げねえと死ぬかもしれなかったし」

俺は雪姫の凍結された扉を何とか溶かして開けた。その理由について語る。

「無名から貰った剣があるだろ?これに俺が熱で開けたいと念じたんだ。そしたら溶けて開けられたんだ。この剣は俺の意思に呼応して反応する万能剣とも言える、これがなかったら、多分死んでたぜ?」

あの時、俺は刀剣で扉を開こうとしたが、まったくびくともしない事に焦り、死ぬ気で開けたいと握りしめた。高温で熱を帯びた状態に変化し、雪姫の凍結を破った。

とりあえず、命懸けでやってみれば刀剣が反応すると言うことが分かった。


それより、俺は気になることがある。


妖術は、俺の刀剣から溢れ出ていた。上手くいって喜んだが、刀剣が放った力が妖力類いのもので、本当は妖術は使えていなかったのではないだろうか?

そればかりが、俺の不安となって心残りである。

「それはない。私が扱う妖術であれば、あの扉が無名の妖怪に破壊される事はまず無い。お陰で、一昨日は大変な目に遭った」

そりゃあ、こっちの台詞でもあるんだけどな。人形と戦って五体満足は不思議過ぎる。何処に行っちまったのかは気になるところだが、死ななくて良かったぜ。

「それは謝れねえよ。だって、俺悪くねえし」

普通に危機的状況なら逃げるだろ?大人しくしてる方が可笑しいんだって。

しかし、雪姫はそんな事はお構いなしの様子。ご立腹な様子で、冷気で冷たい妖気を放つ。

「もし、あなたが出て行かなければ、私は遠回りして探し回る必要はなかった。仮に死んだら、あなたは私を恨むでしょ?」

なんで俺が死ぬ前提になる。

「はぁ…俺は恨まねえよ。雪姫、俺はあんたに監禁される方に恨み抱くぜ?年頃の男子って言ったら外出がしたい。色んな出会いがしたいって言う年頃だぜ?死ぬより、何も出来ねえ方がヤダ!」

我儘に言わせて貰った。

そもそも、俺は死んだとはいえ、年齢相応に持て余すことが大嫌いな歳だ。死んで聖者になるなんてアホはマジで馬鹿だ!俺は自由に外出して、妖怪のいる世界を知りたいんだ!亡夜の町も全然回れてねえし。会った妖怪も、天邪鬼・雪女・すねこすい・人形ぐらいだしよ。もっと有名どころの妖怪に出会いたいぜ!そんで、俺の好きな妖怪に出会って……。

とにかく!俺は遊びに出掛けたいんだ‼︎

雪姫が俺を閉じ込めたいなんて、本当は従いたくもない。その主旨を伝え、納得して貰おうとするが……。

「駄目。あなたの命が優先。生きているだけで十分な筈。これ以上、私を困らせる発言するなら……嫌でも言うことを聞かせる」

冷気で部屋を氷点下にしようとする。俺を寒さで言うことを効かせる寸法か?

だが、俺はその寒さに慣れたのか、あまり寒く感じなくなっていた。

「今日は…ヤケに優しいんだな?」

思わず口にしてしまった。だが、雪姫は俺の言葉に驚くも、更に冷気を強める。

「優しい?私が…?」

「あぁ、寒くねえんだわ。何ヶ月も寒い所にいりゃあ慣れちまうかもな⁉︎寧ろ、快適ぐらいだぜ」

「……そう」

俺が嬉々と言うと、雪姫は俺の身体を舐め回すように口元を押さえながら凝視する。今日はヤケに俺の身体を見ることが多い雪姫。

なんだか、いつにもなく俺の目と合うのは気のせいか?何度も雪姫が視線を俺に向けるんだが。

「な、なんだよ⁉︎」

「本当に妖術を……いいえ、それに関しては絶対にあり得ない」

「んあ?妖術がどうしたんだよ?」

「……なんでもない」

疑問の表情を浮かべたまま、何故か立ち上がって台所に立つ。


料理の支度を始め、何事もないように無心に取り掛かってしまった。

俺は立っていいと思い、雪姫の料理の手伝いをしようと台所へ向かう。

「っ⁉︎」

なんでいるの?という冷たく睨む雪姫。

「なぁ…いい加減、俺にも作らせてくれ。ちゃんとお礼がしたいんだ」

「……どうして?」

「感謝だよ、ただの感謝。俺も雪姫に味わって欲しいんだ。お手製の男料理を」

なんて言うが、もう雪姫の冷凍食品並みのご飯に限界を感じ、命の危機を感じ始めていたのだった。温かいものを口にしないと、本当に低体温症になりかねん!

「今日は俺が全部作るから、雪姫は見ていてくれ」

「でも…」

「頼む!俺の料理を食べて欲しいんだ!見てるだけで手を出さないでくれ!」

強く言うと、雪姫は寂しそうに後ろへ退がってくれた。

そうなれば、俺が全部作ってあげられる。舐めるなよ、俺の料理の腕を!

「料理なんていつぶりだろうな⁉︎まぁ、今日は炊き込みご飯と汁物…と、後は野菜を使ってみるか!」

まず、雪姫の影響で凍ってしまった魚を釜で沸かした湯に魚丸ごとを解凍しながら火を軽く通していく。生まで戻すのは難しいので、ここでは中身に火が少し通っていれば上々だ。

火が通った魚を食べやすく捌き、頭と尻尾、内臓類は取り除く。内臓は食べれないものが多いので処分し、頭と尻尾は後で使う料理に残しておく。

「手際…良いのね」

「当たり前だろ。普通、作れねえと駄目だろ?」

「男が作るなんて…信じられない」

「信じられねえか……じゃあ、初めて食うな!男料理」

俺は調理を進める。

骨も取り除き、身だけになった魚を研いだ米に乗せ、分量を測りながら水を入れる。そこに家にある醤油と砂糖少々、酒、みりん、カツオの出汁を使い、釜に蓋をして一旦置く。

「なんで置くの?」

「いや…他の料理するのに釜で火吹かしてたら時間掛かるぜ?」

昔の生活をする妻は偉大だと実感させられるぜ。炊飯器なんてねえから、釜で米を炊かなきゃいけねえし、その間一人だと調理に手間が掛かってしまう。

炊く前に他の料理を作り、鎌を吹かなくて良い料理に手を出していく。幸い、釜を置く場所が三ヶ所あるので、フライパンらしきものを使えば野菜炒めが作れる。

次の料理は味噌汁を作る。

買い揃えてあるじゃがいも、長ネギ、わかめをサイズごとに切り分け、ジャガイモのみを先に釜で茹でる。

沸かしている間、俺は野菜炒めを作る。

この世界で牛肉が食えるなんて、学生だった俺には高級品だぜ。そのまま焼いて食うのも良いが、ここはバラ肉にして活用しよう。

「牛肉…使うの?」

「高いけど、初めてこの世界で作る料理だから使わせてくれ」

「分かった…任せる」

雪姫はあっさり承諾してくれた。

野菜はキャベツ、もやしを使う。キャベツを刻み、もやしの根を取る。この作業はかなり時間がかかるが、やり甲斐を感じる。シンプルの方が牛肉の味を堪能出来る。

そして、もやしの根を取り除いたタイミングでジャガイモが程よく柔らかく茹で上がる。取り出して、別の鍋に入れた後、鍋に水を入れ、長ネギとわかめを投入する。ギリギリ沸騰させて味が染みるように出汁が取れる鰹節やその他の食材も一緒に入れる。いつもなら、出汁の素を入れれば簡単だが、このやり方は祖父の家でやったぐらいしかないから自信がない。

「じゃあ、メインディッシュの野菜炒めと行きますか!」

火にフライパンを焚べ、火力はやや劣るままの火加減で牛肉をゆっくりかき混ぜながら炒めていく。肉は高火力で焼くのが好ましいのだが、あまり高いと肉の柔らかみや味が落ちてしまう場合がある。なので、今回は火に焚べた薪の火力にお任せするのが適任だ。

あまり強火にはならないので、様子を見ながら炒められる。なので、炊き込みご飯を炊いていく。

俺は慎重に火加減を調整していきながら、米が炊けるまで息を吹きかけていく。昔の方法はネットで調べていたのが助かった。こう言うこともあろうかと、俺は料理に惜しみしない。途中、炒め具合を見て、キャベツともやしを投入する。

ここで気を付けないといけないのが、料理が完成する品の順番だ。

「どうして野菜炒めを先にしないの?」

「そりゃあ、一番冷えやすいのを後にする必要があるんだよ。でなきゃ、ご飯も汁物も良くても、主菜が台無しだとつまんねだろ?」

先に出来て欲しかったのは炊き込みご飯だ。火加減を上手く出来たおかげで、釜が鳴り始める。火から取り出し、暫く蒸らす。

次に味噌汁の具がいい具合に溶け込み、出汁も程よく浸透する。沸騰させないように火を止め、味噌を溶かして味噌汁の完成だ。

そして、ちょくちょく回して調理していた野菜炒めに力を入れ、塩と胡椒のみの味付けで完成させる。

「まっ!こんなもんだろう」

完成品を皿と茶碗、お椀によそい、机に並べる。取りやすいように、野菜炒めだけは大皿にして置いた。

「凄い…これが幸助の」

心惹かれるような表情をし、褒め言葉を頂きました。

俺は嬉しくなり、思わず照れてしまった。

この世界で料理を体験した。そして、それを食べて貰えるのが妖怪だと言う嬉しさ。これを勝る喜びはまだあるだろうが、雪姫の口に入る事を想像すると嬉しくて堪らない。


「では…」

「「いただきます」」

息ぴったり、同時に味噌汁に手が伸びる。雪姫は猫舌なのか、弱々しく息を吹きかけ、熱を冷まそうとする。この時、雪姫が妖力で冷ましていないのを見て、本当に楽しみにしてくれていたんだと胸が躍る。

味を確認するように、そっと味噌汁の汁を口に含む。すると、雪姫の表情が衝撃的とばかりに変わる。

「美味しい…⁉︎それに、温かい…」

味をもう一度味わいたいのか、雪姫はもう一度啜る。今度は、口に含んだ状態でジャガイモを口にする。

「柔らかい。こんなに柔らかいのね…」

頬笑を見せ、雪姫が心温まるような表情を見せる。意外と表情が冷たい以外にも優しい表情があると知れて良かった。

「今まで何食ってたんだよ」

と、思わずツッコミたくなる。

「妖怪だから特にコレと言ったものは。妖力を取り込むだけで通常の食事は不要なの。でも、純妖ではない私だと、ある程度はこうして食べ物を介して補給する必要がある」

「へぇ…そんな面倒な体質なのか⁉︎」

「だから、妖力を回復する効率を考えて、あまり食事に拘りがなかった。せいぜい、人の子が栄養不足に陥らない程度の程しか……」

それが駄目な気がするんだが。人が口にするものには細心の配慮というものをだな…。

「そりゃあ……逃げたくなるわな」

俺はそう言って、自分の作った料理をかき込む。炊き込みご飯と野菜炒めで食うとこれがまた美味いんだよな。

「でも、あなたは逃げないでしょ?」

「おう!逃げねえよ」

「そう……なら良かった」

寂しげな表情はなく、何処か安心感を得た穏やかな顔をしていた。雪姫も人が恋しいんだな、そりゃあそうか、『雪女ユキオンナ』は孤独に寂しがる妖怪だしな。

また、新たな笑みが見られたのは良かった。そうだな、明日も俺が料理して喜ばせよう!


そう思ったのだが翌日……。


「私が作ってあげる」

「いや!今日も俺に作らせてくれぇ‼︎」

「駄目…幸助のように作れるようになる」

何故か見栄を張りたいのか、雪姫がそれ以降台所を譲りたがらなくなった。最悪だ……あの冷え冷え料理を食わされる羽目に…。




特訓は続く。しかし、俺が妖術の感覚が掴めていないせいか、あの時の感覚がまるで思い出せない。雪姫の妖術を使った気がしたのだが、それか幻なのではと言う疑心暗鬼に陥っていた。

すっかりやる気がなくなり、俺は雪姫に世話されながら日々を過ごしていた。

「なぁ雪姫。今日は俺に作らせてくれ」

「どうして?昨日はあなただったじゃない」

「特訓しないからさ、どうしても暇潰しに手を動かしておきたくて」

「分かった。そしたら作ってちょうだい」

あれから2週間、特訓は欠かさずにやった。なのに、人形との死闘以来、音沙汰すらなく力が使えない。あの感覚を再現しようにも、俺はまったく出来なかった。

なんでだろうな?お陰で、やる気が失せた今、雪姫の猶予を迎えるのを待つしかなくなっている。

俺は妖術が使えないのか。そんな不安が付き纏う。




雪姫が出した半年の猶予もひと月と少しと、無慈悲に過ぎていた。

約束の半年を刻一刻と迎える雪姫は、嬉しさで頬が緩んでいた。

(あんなに頑張っていたのに、残念ね。でも、人間が妖術を体得するなんて不可能だから当然だけど。これで、幸助は私の元から離れなくなる)

妖術を獲得出来ないと言わないのは、幸助の自信を喪失させないため。頑張る者を蔑むような真似はしないが、真実を包み隠す事は平気でする。

相手を信頼出来ないのではなく、相手を自分の元から離れさせない為に敢えて言わない。

人である彼を手放したいとも見捨てたいとも考えておらず、今は尽くしたいという感情が勝る。それは、幸助に気を許しているという事である。

些細なきっかけだが、幸助が作った料理に心が動かされたのだ。

(このまま何もなければ、私にあの料理を作ってくれる。女である私が作るべきだけど、幸助の手の込んだ料理は、私のよりも遥かに口当たりも良い。あの味…私も作れるようになって……)

少々、雪姫は浮かれていた。

料理を食べたというだけで、幸助をより気に入ってしまう。しかも、もう既に幸助が約束を果たせないと確信しているので、心の余裕が出来ていた。幸助が自身へ何を言おうが、特に言い返さず、言うとおりに尽くす。

「ご馳走様。幸助…今日も美味しかった」

「お、おう…」

「元気、ないね?」

幸助が夕食を終えるたび、暗い表情が目立つようになってきた。

夕食を終え就寝すれば、1日は終わってしまう。つまり、カウントダウンが迫っている事を意味する。幸助が暗い表情を見せるのは、思い残している事である妖術習得の約束が迫っているからである。雪姫はその度、心の中で静かに迫る約束の日が来る事を喜ぶ。

穏やかな心で待ち、幸助が屈した日には優しく受け入れるつもりでいた。

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