十三話 成長と脅威
3日ぶりです!
『妖界放浪記』にはない展開ですが、後々のストーリーにおける重要なきっかけとなります。後付けですが、幸助が妖術を会得する工程で書いておきたかったので、書かせてもらいました!
人形は世界共通認識で、様々な伝承や恐怖体験、都市伝説が存在する人が生み出した人を模した物体の実物を持つ。
人間からの愛情や憎悪を一身に受け止め、呪いとしての機能を有する呪物となった人形まで世界には存在する。これらが畏怖の対象となって『人形』が生まれた。
望まれて生まれるものでもなく、ただ何かの依代で作られた人形。彼らには人間と外見は同じであって、心はなかった。
しかし、人形に生命という心が宿る事は稀に事例がある。愛を与える事で、その事例は起きやすいと言われている。人形の持ち主より感情を与えられ、人形が享受し自我を得る。その方法は様々な現象をもたらす。
どれほどの感情と見合う意味を込めて作ったのか?そして、人形へ何を与えるかによって、人形とは別の存在に進化する。
俺は刀剣を振り回し、人形から無数に伸びてくる手を破壊していく。早速、剣の扱いが上達したのか、かなり的確に破壊していけている。
「こりゃあ…妖怪というのは羨ましいぜ。自分の思い通りに力が使えるだなんてな」
文句の一言を言い、人形に攻撃を続ける。
腕を破壊しても意味がない。瞬時に直り、その手で俺に触れようとしてくる。
「オマエ…こそ、ワタシの手に触れないで回避しているソノォ賢さ、なかなかに勘を持っている」
「触れたら人形化だろ?伝承どおりなら普通にあり得そうだしな」
「うっうっ…ご名答。触れたら終わり。その通り、タッチされたら…お前は人形になる」
人形の攻撃範囲、攻撃速度、回避力を見たが、一向に攻めれるとは思えなかった。多彩のあまり魅入ってしまうこともあるが、人形としての機能を搭載した『人形』が凄すぎた。
壊れてもすぐに修復し、奇怪な動きに見える動作に無駄がない。人形としての機能を有効に使った妖術には、俺の粘りも無駄に終わる。
はっきり言おう。俺じゃあこいつを倒せねえ。
自信満々に言うつもりはないが、今の俺には祓える力はない。
「そこまでして、ワタシに挑む理由などないハズ。この町を捨て、逃げれば生きながらえると思うがぁ?」
片言の多い人形だが、俺の会話をする事でズレが修正されていき、流暢に話すようになってきた。味方なら気軽にしゃべれたが、俺を狙う敵に変わりないので、この状況は最悪そのもの。
「言った筈だ。俺は雪姫に認められねえと監禁されるんだよ。だからこうして戦っている」
「それがクダラナイと言っている。妖怪に指図されるなど人間は不快を抱き、自己を満たす為に我儘へと走る。創作物を作る勝手な人間がソウするんだ。オマエもワタシを不快に思う…そうだろ?」
言葉は機械のように淡々と相変わらずだが、何処か俺と同じような気持ちを抱いているように思えた。
「なぁ…あんた。自分の伝承は知ってるんだよな?自分が人形だってことをよ」
「…知っているぅ。ワタシは人に造られ、最も人に近い妖怪ぐらい。ダガ……人間はそんなワタシタチヲ忌み嫌う。容姿が人間に似ている…それだけで、ニンゲンはワタシ達が恐ろしいと思ってい…る」
休まぬ攻撃をし続けながらも、人形は自分が感じる不満を口にして並べる。
妖怪の不満と言うものを、初めて聞かされる。
「望んで生まれる妖怪はイナイ…。それは、ワタシも雪女も一緒だ。生まれたいから生まれるなんて、人間も等しく同じだ。伝承にモンクなど言えない。生まれてこなければ、こんな感情など抱かない。生まれても……心を持つことが許されないワタシは、人から貰えなければ意思も自我もないガラクタ。人間に作られたと言うのに、心も憎しみも望みも持てないケッカンだらけの妖怪は、ワタシを除いてイナイだろう。ご命令、言われたのにただこなすのは、必要とされているから。だけど…あの方はワタシを心底から何も思っていない。注がれる愛情、感情と言うのは、ワタシには入らない。どうして、人形を作ったのか……理解に苦しむ」
俺は人形の言葉に耳を傾けながら、あることが過ぎる。
「確かにな。俺は妖怪を理解出来ていないのかもな。現に、雪姫のことを理解してあげられていねえ。何がしたくて、俺を拘束するのか?心配だけにしては可笑しいよな?」
妖怪の考えを理解してあげられない。もちろん、人間に対しても同じだろう。
俺が誰かに話したかったのかも知れない。思わず、人形へ語ってしまう。
「人が嫌いなんだ。だから、あんたが言ってることが本当に理解してあげられないんだ。なんで自分をそんなに卑下する事も無慈悲なんて言うのかを。けど、俺なりに言わせて貰えば、人を模って生まれた怪異のあんたが、本当に誰からも心を貰ったことはないのか?」
妖怪が人間を憎む。そんな感情、当たり前のように知っている。
何故か?
俺が伝承を知る上で、大切にするのは人間との関係性だ。善悪を区別するように妖怪を選別するのではなく、疎まれる伝承の背景にも注目しつつ、妖怪を理解する。そうすることで、妖怪の感情に触れることができる。
とは言っても、生きていた頃は自己解釈としての理解度だけだった。死んでから、本格的に妖怪が人を喰らい、人を襲う理由を雪姫から聞き、自己解釈だけでは分からなかった妖怪の心理を僅かでも知った。
だからこそ言える。妖怪も人と同じく複雑な心を持っているのだと。
人形は口を閉じ、ただ何か考えるような無表情を見せるようになった。しかし、攻撃の手は止まらず、俺を執拗に触れてこようとする。
「おい⁉︎なんか言ったらどうだ‼︎」
俺の話を聞いていないように、次々と襲ってくる腕が絡まり、俺が戸惑うのを誘っているように加速する。
「チッ!人形、あんたは他人の指図で生きてんのか⁉︎少しは我儘になってみやがれよ⁉︎俺を殺したいでも良いからよ‼︎」
「……チガウ…」
人形は否定する。俺を殺したくないのか?
「何が違うって言うんだ、じゃあっ⁉︎」
人形は俺に何か欲するとすれば、それは間違いなく俺への執着か何かだ。
「ヒトの形をしたワタシでは、ナニモデニナイ。ご命令…従うしかない。お前、捕まえることこそが、与えられたご命令。ワタシの意思は…決してない。人に、人に模られたこのワタシには、人として同じココロはモテなイ……」
全てが人間の模倣で、自分は本物になれないと語る。それは間違ってはいないかも知れない。
だが……。
「本当は何がしたいんだよ⁉︎」
俺は心を通わせようと試みる。危険だと承知でも、人形をこのまま機械のように扱うのだけはしたくない。
「ナニが、したい…ダト?」
首を傾げる人形。
「人形は人に造られたのは事実だし、実際、俺も人形を気味悪がった時だってある。そりゃあ、不気味だしよ。でも、あんたはあんただ。この世界に堕ちたのなら、やりたい事ぐらい探してみたらどうだ?感情うんぬん言う前に、そこはハッキリさせとけよ」
俺は妖怪を殺さない主義だが、人形を妖怪…それも、俺と同じ立場で話すこそが意味があると思ったから。戦闘中に会話など、普通なら成立しなさそうだと思ったが、案外喋れるものだな。
「俺はあんたを倒し、雪姫に認められたい!だが、あんたは人の命令で俺を捕まえようとしてるなら違うぞ?ちゃんと、自分の意思はあるのかって聞いてんだ!」
カタカタと身体を震わせる人形は、何処か笑っているように見えた。
こいつ、もしかして……。
「ワタシが躍っている…?この感じたことのない心地の良い震えは…ナンダ?」
突如、自分の体を凝視めるように攻撃の手を止めた。
「へっ!知らねえよ。自分に聞いてみやがれ」
「オモシロイ…!名はナント言う?」
人形とは思えない人間のような笑みをして、俺の名前を聞いてくる。だが、その笑みには人形とは違う気色悪さが垣間見得た。
「俺か?松下幸助だ。松の下に幸せを助けるって言う…」
「マツシタ…コウスケ、マツシタコウ…スケ、マツシタコウスケ。その名前…ワタシは生涯忘れない」
その意味を俺は理解できなかった。
しかし、人形が俺へ興味を示したのか、攻撃に力が入る。触ろうという勢いじゃない。完全に殺しにくるような全力とも捉えた。
「マツシタコウスケぇ‼︎オマエがワタシの欠けたものを注ぐ人間だ。さぁ…ワタシに教えてくれ!オマエの持つすべてを⁉︎」
それだけじゃない。俺の名を叫びながら、狂気に笑っていた。
マズい……なんか本気になっちまった。
人形の特性で最も警戒するべきなのは、呪物化する事だ。俺を呪い殺すタイプになればアウトだったが、これはこれで最悪だ。人形が俺に興味を示したことで、確実に負ける未来しか想像出来なくなった。
妖術が使えない俺が魅せれるもの。それを考える暇などない。
「くっ!」
「見せろマツシタコウスケ!オマエがワタシの伝承を引き出す人間となれ!妖怪にしか使えない妖術でワタシを倒セェ。さぁ魅せてみろ‼︎マツシタコウスケェッ⁉︎」
ふざけるなよ⁉︎俺だって俺の力を見せてやりてえよ‼︎叫んで文句でも言ってやりたい。
必死に妖術を使えるか調べたさ。学んできたんだ。なのに……俺は一度も妖術を習得することすら出来なかったんだ!
そんな人間に妖術だと?ふざけるなぁ‼︎
「俺だって認められてえんだ‼︎妖術使って、俺が妖怪が好きと証明してえんだよ⁉︎」
心から欲する我を吐く。それに答えるように人形が感情を露わにする。
「妖術を使い、オマエが妖界に認められるならば、ワタシはもっと輝き!オマエをこの身に刻める‼︎オマエと言う存在を人形に刻んでやる!死すら得られぬワタシ、死して尚、生者であろうとするオマエを知りたい‼︎永遠に残る人物としてなァ⁉︎」
これがさっきの奴なのか?別人に感情あるじゃねえか。
喜ばしいんだろうが、俺には褒める余裕がない。
俺の疲れが出てき始める。そこへ勢いの衰えぬ殺意が襲ってくる。
「どうしたァ⁉︎妖術を使わないのかマツシタコウスケぇ!」
「っ…魅せてやるよ‼︎妖術をなぁっ‼︎」
対して、人形に疲れという概念は存在しない。体力のある俺は、雪姫の加護で増えたにしても、力量を埋められるほどの実力は貰えなかった。
無謀だったんだ。雪姫に騙されていたんだと、薄々思っていたさ。
人間が妖術を使うなんて、この世界には存在しない常識だったんだ。常識を覆すほどの才能がないというのが俺であり、この世界の誰にも認められないのが俺である。
雪姫は俺に言ったんだ!俺なら出来ると‼︎
嘘でも認められた気分を味わいたかったんだ!俺が特別な人間として、誰かに必要とされる未来を想像したかった。妖術を使い、人々を助けるようなファンタジーを。そんな絵空事のようにこの世界に来てから妄想し続けた。
切実に思い続けた願望は、実は虚しいほどの承認欲求だ。
凪美を失い、俺は非常識な人間として見られてからは、俺は誰かに真実を信じて貰いたかった。だが、誰も俺を認めてなどくれない。もう、同じ気持ちを分かり合える奴なんていない。
浮いてばかりの人間が常識人になるなどあり得ない。いや、それが俺らしくて誇れるものかも知れねえ。
皆んな、常識に囚われている可哀想な奴らなんだ。俺はそんな奴に落ちぶれたくない。
常識に従う人間になりたくない………。
俺がどんな事をしようと、俺が認められる未来がある事を信じた結果が欲しい‼︎
全身隈なく力を入れる。俺が本当に望むべき今を刀剣にすべてを注ぐ。
「……ナンダ?この空気は……⁉︎来るか!」
何かが体を巡る感覚を実感する。それが、今までにない得体の知れない感覚の狭間に踏み込んだような不思議な体験だった。
「覚醒の時よ……来るならこい!俺がこの世界の常識を変えて魅せる!」
味わったことのない感覚を全身で掴む。冷たく迸る死の淵で感じた感覚を再現していた。
一度死んだ人間だからこそ、その感覚をバネにして覚醒の機会を漸く掴めた。
『雪女』に憧れ、その力そのものを欲した結果、俺の願いの賜物がこの身に贈られる。
冷たく纏う冷気を刀剣に封印する。
「『氷結心霊剣』。俺一度やりたかったんだ……」
喜ぶというかより、今の自分の心境を理解するのに疲れての言葉を振り絞った。
人形は幸助の可能性を間近で拝んだ。心の無い者ですら、幸助の変化を見た途端、何故か生きる者と変わらない反応をした。
「オオッ…‼︎やり遂げたのか?人間が妖術をものとする瞬間を⁉︎」
感嘆と感動の両方をし、敵である人間へ敬意を表する。
欠けた人形として、幸助から受けれる感情をその身に刻む。
幸助は自身が得た力に涙した。
「やったんだ俺は。やっぱ…雪姫は嘘を吐いていなかったんだ!」
疲れながらも喜ぶ彼を見た人形は、心からの称賛を送りたくなるほどの敬意を抱く。
「おめでとうマツシタコウスケ。ワタシはこの身で真価を見た気がする。心より、その才能をミトメるよ」
拍手を送り、何故か攻撃の手もやめる。
「初めて褒められた気分だぜ。これが妖術……刀剣とは言え、こりゃあ凄い妖力を感じる」
言葉に表しても想像を超える事態を簡潔にはまとめられない。
幸助の身に変化が起き、純粋な願望が力となって開花してみせた。だが、幸助がその理由に気付ける程の頭はなく、純粋に妖術を操れる事に酔い痴れる。
「さぁ…マツシタコウスケ。その力をワタシにブツケテみろ。初めてはワタシで構わない」
人形はその力を身に刻みたいと申し出る。
力の加減は覚えていない幸助。いざ知らず、その力を全力を持ってぶつけに行く。
「あぁっ分かったぜ!あんたに感謝して使ってやる‼︎」
「来い……そのすべてを刻ませておくれ‼︎」
一切の反撃も攻撃もしないのか、人形は無防備に全ての腕を広げる。その顔は人形としての作り笑いではなく、幸助の変化を喜び、心から笑っていた。
人形は本来果たさなくてはならない命令があった。しかし、それを超える探求心が命令を上書きした。
妖怪は気紛れを見せる時、それは感情を宿した時である。
幸助は刀剣を人形へ向かって穿つように走る。
「うぉおおおおおっっ‼︎」
一心不乱に走る幸助を見て、人形の意思は変化する。
(惜しい。この人間を今殺すのは容易い。だが…ワタシが求める人間となってこれからも進化し続けてくれる。そんな予感がする。ご命令…そんなものはワタシには必要ない。ただ…オマエの辿り着く結末をこの身に刻みたい。オマエがこれから苦境や逆行に苦しもうが、絶望しようが……楽しみで仕方がないのだよ。できれば……)
彼のすべてになりたい。そう思わずにはいられない。
(大丈夫だ。あの方の異能は代わりでどうとなる。問題は、ワタシがその人間に追いかけられる事になるかもしれない事だな)
裏切れば死、その言葉を聞かされていた人形は、まさか自分が該当するなど思っていなかった。しかし、それを回避する方法があるのも知っている。
『人形』は古から存在する“太古の妖怪”の領域にいた。今何故、“厄災”に堕ちたのかという記憶はなく、死んだ理由も憶えていない。
純妖であり、進化の可能性のある人形は、自ら消えることが望ましいと考える。
「うっうっ…マツシタコウスケ。人形であるワタシに感情を吹き込んでくれてありがとうぅ…。その礼に、今回は見逃してあげましょう。この気持ち…心が躍る感情を今なら口に出来る」
そう言って、人形は最大限の力を振り絞った幸助に歪んだ笑みを向け、呪い言葉を与える。
「オマエが堪らなく欲しい。その力を発揮した時は、ワタシの人形となれ」
言霊を送り、幸助の妖術を避けることなく待ち構える。その顔には、紛れもなく心が体に伝わって顔に現れていた。
「『雪昌通牙』っ‼︎」
心臓に目掛け、必殺技と決めて放った妖術は、人形の胴部を貫く威力はなかった。しかし、胴部は幸助の妖術によって凍傷の効果を受け、全身を纏うように氷が貼り張る。
致命傷とはいかないが、幸助の攻撃に人形の心は温もりを獲得する形となってしまう。
「くっ…うっ………」
「眠れマツシタコウスケ。その成長、シカト受け止めてやった。これで心置きなく、力を発現出来るようにワタシを期待させておくれ。最都で待ってるゾ…」
その言葉を聞いた最後、幸助の意識は妖術行使の影響で枯渇し倒れた。
人形は雪姫が来る前に妖都を抜けようと、守護者の支配域外を目指す。
その心は人間のようで、壊れた人形の様に躍っていた。
「ククククッ。マツシタコウスケぇ、オマエは妖界を奔走させてくれ。ワタシは“三妖魔”の元へ身を潜めよう。マツシタコウスケならば、彼らに興味ないとは思えないからな」
自ら足を進め、初めて意思という意思を得た妖怪は、本能から彼へ期待していた。
しかし、長らく支配されていた影響なのか、守護者に監視されているとは知らず、偽ることすらしない状態で抜けようとするのは、命を投げ捨てるようなこと。
守護者の従者であると思われる妖怪が、人形の行方を遮る。
「そこの者、止まりなさい」
冷淡に言う者には、九本の巨大な尾が背から生えていた。その人物を見た人形は、面白そうに笑う。
「おや?……仙狐がワタシに何用ですか?この都市を抜けたいので、そこをどいてもらえませんでしょうか?」
「いいえ。貴方を討伐させていただきます。『人形』、その力を野に放つ愚かな真似はわたくしめが許可致しません」
仙狐と言われた妖怪は、この都市から抜け出す者に厳しい目を向ける。特に、名のある妖怪をぬけぬけと通す事を断固として止めようとする。
役割を担う仙狐に、人形は大笑いが止まらなくなる。
「クハハハッ!妖怪様はたかが一人を恐れるか⁉︎ワタシという自我を持った人形が⁉︎」
感情を自由に扱えるようになったのか、生き生きと語る。
その様子は、過去の『人形』からは想像も出来ない変化だった。仙狐は危険と判断し、妖術を行使する。
「やはり伝承を変える人間に変えられましたか?では、わたくしめの手で討伐致します」
討伐へと移行する。無名の狐が扱った『狐火』とは違い、単体で高火力の出力を容易に出す。この仙狐の実力は、この町にいる者の誰よりも実力者である。
『狐火』の火力は村や町を容易に焼き尽くす劫火。まともに受ければ、人形であっても消滅は免れない……。
しかし、人形は傷ひとつ付いていない。それどころか、『狐火』を放った仙狐が大火傷を負っていた。
「コレは?……なるほど、『形代』でこの身を呪いましたか」
『形代』とは、神霊が依り憑く依り代妖術の一種。 人間の霊を宿す場合は人形を用いるなど、神霊が依り憑き易いように形を整えた物日本古来に伝わる呪術であり、特定の条件を満たしてこそ発揮する。
人形は自らが持つ『人形』としての代わり身を召喚し、自身に降り注ぐ筈だった災いを人形へ移し、災いの元である仙狐へ妖術を返した。その影響で、仙狐の皮膚が火傷して爛れていた。
「力を履習し始める妖怪ほど、厄介はいないですね」
痛みは感じるが、仙狐は一瞬のうちに火傷を消すように癒す。自身の攻撃で自滅するほど、彼女は愚かではない。
「ワタシを厄介払いしますカネ?捕まえられるとイイデスネぇ」
「捕まえるのではありません。此処で祓います」
そう宣言し、仙狐は片手で印を組む。瞬く間に妖力が仙狐から漲る。人形は彼女の異質さを改めて理解する。
(この妖怪、やはり…名のある九尾狐の伝承に名を連ねる正真正銘の直系眷属の『褒姒』。その名のとおり、仙狐である肩書き以上のジツリョクだ)
その正体である名を看破する。
人形は他人を褒めることを覚えた。笑顔も覚え、仙狐の正体を知ってから更に感情が昂揚する。
(この妖怪もマツシタコウスケに縁のゆかりが出来るカノウセイガありますね。九尾狐は“太古の妖怪”の根源にして頂点に君臨する妖怪種族ナノで、あの力に惹かれるに違いない!)
妖術を放たれる直前、人形は自らの眷属である人形を大量召喚する。
此処で死ぬという選択肢はなく、彼との再会のために命を惜しむ。
「九尾ヨォ⁉︎ワタシはいつの日か必ず!この欲望を叶える‼︎それまで、ワタシはこの名を捨て、望むままに生きよう!」
その心は既に『人形』という殻を捨て、人間としての生き方を望む。それは、自身の伝承の存続を危うくする行為に走ろうとする意味でもあった。
「人形風情でその発言……自らの伝承を危める危険はさせない。ここでっ‼︎」
「それは叶わないだろう。ワタシが死ぬことはない。エイエンに、なぁ⁉︎」
召喚した人形を盾に、『人形』はその場から消えるように妖都を抜ける。
目的を持った妖怪を荒野へ放ってしまった。コレを超える逃亡は、『両面宿儺』以来のことだった。
一部始終を見ていた人物がいる。その者はこの結果を知っていた。知った上で、この逃亡を黙認した。
仙狐の失敗を罰する事はしない。古都:霊脈の守護者を名乗り、妖都:夜城の守護者の直系の妖狐の一人である者への罰する行為は、守護者に対しては固く禁じられている。
「逃げるもまた、定められた運命じゃな。さて……妾の求む者の生死はどうなってあるのかの」
妖都の守護者は、今尚、探し求める人物を水晶で追う。
そして、人形は自らに“ある禁忌”を犯す。
「ワタシは……マツシタコウスケ。マツシタコウスケとなって、ワタシは今後心のままに心に従う。有り難くちょうだい致したい」
とある妖怪に『契り』と『名付け』を施して貰い、のちに松下幸助に立ち塞がる者として新たな名と心を得た。
名を『マツシタコウスケ』として、己をそう名乗るようになった。




