十話 妖怪との生活
投稿遅れました事お詫びさせてください。今日の夕方に二話更新いたします。週末は予定がある為、投稿はお休みさせていただきます。
長い見学だった。その為、俺は疲労が襲った。思わず欠伸もする。
「ふぅぁ〜……そろそろご飯食べたいな」
「そうね。幸助は食べないと駄目ね」
「うっ…‼︎今日は俺が作る。買い物して帰ろうか」
一気に疲労が吹き飛んだ。
妖術の才能に魅了されて忘れていたが、雪姫は壊滅的に料理が下手くそである。
「どう言う風の吹き回し?私は疲れてないから作る」
何故、そこで作ろうとする⁉︎
流石に率直に言うのは不味い。
「いや、俺が今日教えてって言ったんだ。そのお礼をさせてくれって話だ!」
「そう……そしたら、今から市場で探しましょ」
ホッ…安心したぜ。
暫くは俺が料理を担当するしかなさそうだ。嘘で誤魔化してはいないからな?
とりあえず、暫くは俺が食の面倒をする必要があるな。
天邪鬼の件もあり、俺を離さんと肘辺りに腕を通して拘束するように歩いた。
「これはちょっと……離してくれねえか?」
恥ずかしい。まさか、19歳で歳上の人に抱きしめられながら歩くとは。ホストの人を見た事あるが、こんな羞恥を繁華街で見せびらかしているのだと思うと、初々しくて同情してしまう。
「駄目。あなたは二度も襲われたのだから、離せば襲われる。絶対に離さない」
「いや…胸がそのぉ……」
死装束だから目立たないが、雪姫は随分立派な胸をお持ちである。やっぱ、有名妖怪だと伝承も盛られるものだな。
「これは私が持つ脂肪の塊。別に、こんなものが気に触るなら削ぐけど?」
怖っ‼︎自分の胸に執着しない殺人鬼の発想かよ⁉︎
「いやいやいや!自分の胸を切るのは駄目だろ⁉︎てか、もうちょい自分を大事にしろ!」
否定し、雪姫の体に自傷は似合わないと言うと、雪姫は自分の胸を撫でる。
「伝承に歪められた悪癖を大事には出来ない」
「えっ…?」
表情が更に冷たくなる。それは、どの冷たさよりも殺意を秘めた憎い顔をした。
俺が見た中で、一番して欲しくなかった表情だった。
「っ…失礼な発言ね。私という妖怪を生み出してくれた作者を侮辱する発言だった。今のは聞かなかったことに……」
苦虫を噛み潰したような顔をし、今日一日、白いフードのような物で顔を隠してしまった。
「あ…なんで顔を隠すんだよ⁉︎」
文句を言うも、雪姫は眼力で威圧感を放つ。
「早く買い物を済ませる。余計な事を聞かないで」
「っ…分かったよ」
俺に顔を見せようとはしなかった。
気不味い空気のまま、今日は会話もせずに雪姫の手料理を食べさせられたのは最悪だった……。
妖術を見せて貰い、次は剣術について観る。
雪姫は刀を異空間から取り出す。
「どうやって取り出したんだ?今パッと…」
「『跡隠し』って言う妖術。昨日、見せていなかったものね」
「いや…普通に凄えよ。物隠しと宝物庫があるタイプかよ」
「私ぐらいの伝承の妖怪なら持ってる。それに、物持ちも良くなるからお勧めね」
まさかの雪姫が認めた妖術。これは使えるようにしなくちゃな。
と言うのも……。
「そりゃあ俺も使いたいと思っていたんだ。無名から貰った金銭や薬が大量だしな。リュックみたいな物に敷き詰めて貰ったんだけど重くて…」
俺が授かった物、それは無名からの慈悲。俺の死を悼み、俺の為に財産までくれた優しい妖怪だった。
だが、俺の荷物はあまりに重く、天邪鬼から逃げようとしなかったのも重過ぎたのも一因だ。
雪姫が収納能力を持つ妖術が役に立つなら、是非とも習得したい。
「そう。その荷物、見せて貰えない?」
「ビックリだな。何か興味あるのか?」
雪姫が俺の私物に興味を示す。よく分からないが、差し出して欲しいように手を差し伸べてくる。
「興味では……兎に角、その荷物を見せて」
「絶対興味あるだろ?」
ない、とは言い切らないあたり、興味はあるんだろう。
俺は部屋に置いておいたリュックらしき物を指差し、雪姫が置いてあるリュックへ迷わず歩む。
サッと口部分に手を付け、慣れた手付きで紐を解く。まるで、夫の浮気を疑うような確信的行動に見えたのは、気のせいでありたい。
「……」
「お、おい⁉︎なんか疑ってねえか⁉︎」
「なんのこと?ただ、あなたが余計な私物を紛れ込ませていないかを確認してるだけ」
滅茶苦茶疑ってるじゃねえか‼︎
「そんな事しなくても、俺は無名から貰った物しか入れてないぜ?」
無実を証明する為、雪姫の隣から動かない。こういう時、妙な事をしないのが良いと知っている。
だが、雪姫が探り始めて直ぐに、俺の不安が込み上げる事態となる。
口部分から雪姫が手にしたのは、随分古くて高価そうな銭だった。
「これ……初めて見る金銭と銀銭ね。珍しい金属で作られてる」
物珍しいそうに吟味する様子は、俺に緊張を促す。相当な金品類なら尚更怖い。
「もう良いだろ…?ただ珍しいだけなんだしよ」
暫くコインのような銭と睨めっこする雪姫に、俺は嫌々言う。雪姫は少し恐い顔をして俺に目を向ける。
「この銭貨、妖都でも使われてない。しかもこの形状、1000年以上の古銭ね」
「だ、だからどうしたって言うんだよ⁉︎」
雪姫は俺の手首を力強く握り、顔を近付ける。俺は気付いた。雪姫は俺を恐れているようだった。
「あなたが出会った妖怪……間違いない。“災禍様”以上の存在よ」
それが意味する事は、天邪鬼が言い放った“災禍様”を超える更なる上の妖怪がいる。その事実で、俺は怖気ついた。
俺が出会った少女が“災禍様”?それ以上の存在であったとは微塵も感じなかった。なのに雪姫の言葉に疑問や予測ではなく、確信的な意味が含まれていた。
得体が知れない少女の正体を知るのが怖かった。そんな存在が無名だったとは考えようとしたくない。
「んな事あってたまるかよ⁉︎あんな小さい子が頂点様みたいなネーミングの“災禍様”以上って神様かよ⁉︎あの子は死者になった俺を助けてくれた。ずっとか弱くて可哀想な子なんだよ!」
俺はムキになって反論をした。
しかし、雪姫はその顔に恐怖が残っているものの、冷静に説く。
「それだったらひとつ聞きたい。私の加護以外にもう一人あなたの加護が憑いている。その力を有しているのは、名のある妖怪の特権。無名…そんな妖怪の名を私が知らないだけかも知れないけど、少なくとも“災禍様”であるのは間違いない」
「名前知らないだけでって、“災禍様”は可笑しいだろ」
「可笑しいわよね。私、妖怪が嫌いで興味がなかったから…」
反論はしたが、流石に気を悪くさせちまったみたい。雪姫が俯き、空気が悪くなるようなものを感じた。
「わ…悪かったよ雪姫。とりあえず、この話はやめようぜ。俺には銭貨なんて価値が全然分かんねえし、聞くなら無名に聞けば良い話じゃん⁉︎元はと言えば、荷物を預けられる妖術を聞いた俺が全部悪いんだ!」
まさか、ここまで話しが深まるとは思わなかった。ずっと大学で話し込んでいた経験はあるが、意外と飛躍して会話するなどなかった。
雪姫が不快に思う部分があったとは思うが、俺的には楽しかった時間だった。
話しはこれ以上伸びなかったが、こういう経験はまた続くのだと確信した。相手は雪姫である以上、俺との会話も増えてくる。
妖怪と喋れるなんて、サークルの奴らに自慢出来たらどうなんだろう?悔しがるかもな。ま、俺死んでるから出会えねえんだけど。
風呂に入り、この世界にも湯に浸かる習慣があって良かった。
「ふぅ……極楽極楽。良い湯加減、普通の風呂みたいだな?」
雪姫から妖術と剣術を学び続けて1ヶ月経った。しかし、残念ながら妖術というものは身に付いていない。
雪姫が扱う『跡隠し』すら習得出来ず、唯一、剣術だけは伸び代があるのが幸いだった。俺が持つ刀剣から発したあの技を出そうとしたのだが、アレから一度も使えずにいた。
ただ、時間と体力の無駄であることに、風呂の中で蹲る。
「雪姫の教え方はめっちゃ分かりやすかった。なのに…俺は、何も得られてない。あんなに一生懸命に指導してもらってるのによぉ…‼︎」
手に滲む痛み、力んで痛みが引かない足のケアを忘れず、ただ虚しく長風呂を堪能している自分が情けなく思えてしまう。
こんなんじゃ、雪姫に申し訳がない。どうにか出来るようにしねえと……。
風呂の中で自問自答とは言えない愚痴を吐いていると、風呂の外から何か布が擦れる音が聞こえてきた。
雪姫が俺の衣服を洗う為に拾いにきたのか?そう思ったのだが、ドアの前に服を置いた覚えはない。服を脱いだのはドア開けて、小さな空間の向こうの廊下に置いていたんだ。
もしかして、一緒に入ってくれる⁉︎と、邪な気持ちを期待したいのもあり、変に鼓動が速くなる。
ドアを優しくノックする音がする。外から、俺に対して声を掛ける。
「湯加減どう?熱くなり過ぎてない?」
なんだ、湯加減を聞きにきただけか。ちょっと期待していたのが馬鹿だった。
「あぁ大丈夫だぜ?毎回薪で調整してくれて助かるわ。俺じゃあ沸かせ方分かんなかったし」
「そう、それなら良かった。幸助が気持ちいいならそれで」
雪姫が住むこの家は、昭和時代より古い湯釜式が備わっている。雪姫が家を造ったので、元は人が住むようなら使わせたいという気遣いで作ったとのこと。しかし、結局300年以上は使うことなく機能させていなかったそうだ。俺が来て、漸く使い道が出来て雪姫が嬉しそうにしてたのは新鮮だった。あの笑顔じゃないが、とても喜んでいた。
俺だけが独占するように風呂に浸かり、贅沢に広い湯船に俺一人。
え?雪姫は風呂に入らないかって?
妖怪だから、食事と一緒で入らないみたいだ。『雪女』である雪姫が、自分の体を洗わないと言う不衛生な伝承があるわけではなく、すべての妖怪に共通する肉体の構造らしい。
身に纏う服の手入れなどする必要はなく、常に新鮮な衣装として永遠に着られるとのことだ。マジで羨ましいと思ったが、それだと自分の清潔さを失いそうだと思い拒否した。
なので、雪姫が風呂に入ってくることはないし、期待した俺が単なる馬鹿なのだ。
でも、こういう世界に来たんだから期待してしまうのも無理もない。
この日、俺は妙に誰かと居たいと強い寂しさに落ち込んでいた。特訓させてくれたのに何も出来なかった自分が情けなくて、ついそんな自負をしてしまっていた。
だからなのか、突拍子もなく口が滑ってしまう。
「雪姫も入ってみれば良いじゃん。あんた、この風呂釜自分で作ったのに入らないのは勿体ないぜ?それに、ちょっと広いから一人は寂しいんだよな〜」
こんな事言えるのは、この世界だからだ。勿論、俺に彼女なんて出来た事ねえし、同居していた親と入るのも小学生に上がる前に卒業していた。普通に女性に言ったら、「セクハラ‼︎」と罵倒されるに違いない。
雪姫からの返答がない。怒らせたと思うと、俺は咄嗟に謝罪を口にする。
「わ、悪い!やっぱ——」
しかし、遅かった。
「そうね。人の子をもてなす為に手間を惜しまず作った釜風呂。それを味あわないのは私に対して失礼ね」
少しばかり曇り声でドア越しから聞こえた。同時に、服が擦れる音も何故か聞こえる。
「おい…まさか⁉︎うあっち‼︎」
俺は急いで上がろうとするが、釜風呂の底にある地面を踏み抜けてしまい、思わず転げてしまう。
風呂板を釜風呂の底に沈めて置かなければ、足が大火傷するという昔ながらの風呂だった。それを忘れて立ちあがろうとは、俺も馬鹿だ。
本当、あいつの方が男の俺にはマズい気がするんだが……。
ドアが開き、その意味をまんま見てしまうことになる。
「大丈夫幸助?底を踏み抜いたのね」
心配する雪姫に対し、俺は雪姫の方を思わず見てしまう。
見惚れたとは違う。神秘と確信出来るものが目の前に映る。
焼け色や余計な毛の無い白色の肌。そこに、やはりと言うべきか、自らが女性姿であると象徴する細いウエストに少々小さい腰。青いようで銀色にも見えなくもない艶のある長い髪、髪に隠れる豊満な胸が視界に映り込む。
これが『雪女』の素晴らしい姿なのだと、再認識させてくれる光景を拝め、俺の心中は幸福で思考が停止する。
妖怪のありのままの姿をこの目に収めたんだ。これで雪姫に殺されるなら悔いない死を………。
「あ……あぁ…」
思わず感嘆してしまった。
見てはいけないとは思ったのだが、タオルすら巻かない神秘的光景を前に、俺は目を瞑ることも隠すこともしなかった。
雪姫は俺を見て、首を少し傾げる。
「どうしたの?私の体に何か付いてる?」
そう言いながら、自身の肌を汚れを払うように滑らかに触る。
その仕草だけで、雪姫が明らかに上品な性格なのかを悟ってしまう。
気付いたら、俺の鼻の穴から血が滲み出ていた。風呂の熱と興奮によって緩んでしまっていたのだ。
俺は不意にも、雪姫をそういう目で見てしまい、後から罪悪感が襲ってくる。
「ち、違うんだ!これは…‼︎」
雪姫は俺に近付き、止まらない血を見て目を細める。
「……湯加減、やっぱり合っていなかったじゃない」
「はぇ…?」
俺は抜けた声で驚いた。
そうだった。雪姫はそういう事に疎いんだった‼︎
「のぼせるのは逆に体に悪い。早く上がりなさい」
「っ……ありがとうございます」
だが、心の叫びとは逆に、俺の口からはお礼の言葉が自然と出た。
「……?」
またしても疑問の表情を浮かべる雪姫の横を、俺は忍びのようにすり抜けて出ていった。
雪姫との生活で困らされるのは、コレに限った話ではない。
食事の際だって、俺は雪姫に驚かされたり赤面してしまったりしてしまう場面に鉢合う。
「しっかり栄養は食べないとね。男の子は特に偏りが酷いと聞いてる」
「あんたは俺のお母さんかっ⁉︎」
「失礼ね。ただ、あなたが心配なのよ。料理は私に任せて」
「………」
雪姫の料理を見て、俺は何も言えなくなった。
正直に言おう。こいつの手料理は壊滅的だ。
誰だよ⁉︎『雪女』は家庭的な料理が作れるとホラを吹きやがったアホは‼︎
全体的に見た目がまずアウトだ。ご飯やおかずの所々に霜のような物体が付着している。恐らく、凍ってしまっているのだろう。その証拠に、俺の口の中でシャリシャリというかき氷のような食感が後味悪く残る。
それと、味付けが薄過ぎる。大学生の俺からすれば、家庭的な料理は寧ろ物足りなさを感じてしまう。一人暮らしで料理は作るが、大体濃い味付けにしているので、これは苦手だ。味がしないんだ、ほぼな。
「なぁ…これ味薄くねえか?」
霜は許そう。だが、味は妥協したくはない。
「そう?人の子の味覚には問題ないと思うけど」
まぁ、こいつが俺の舌を理解出来るわけないよな。
作って貰っている身以上、俺が強く言えるわけではない。言えるわけではないのだが……。
これがマシだと言えよう。
雪姫がヤバい女だと思ったのは、外が暗く静まり返る就寝時だった。
俺が影の奴に襲われて以降、雪姫は寝る時ですら警戒心を解かない。その為、俺の横で一緒になって寝ることが毎日となった。
別に、雪姫が男ならここまで俺も文句を脳内で発することもないんだが、雪姫が女だから困ってるんだ。
「んんっ……んん〜‼︎」
「うるさい。ちゃんと睡眠取らないと明日に響く。何か、思い悩むことがある?」
あるから眠れねえんだよ⁉︎近過ぎるんだよ‼︎
そう言えば良いんだが、雪姫がそう言っても無駄なのは察している。
俺の隣に寝られると、どうしても気になって眠れやしない。
「ねぇよ。そんなもん…」
そう言って自然に眠くなるまで目を瞑る。
俺の様子が変なのを察してなのか、雪姫がそっと体を寄せてくる。密着するかしないかの距離まで詰め寄り、何を思ったのか毛布を一枚かける。
「ごめんなさい。私の冷気で眠れなかったのね。寒いのならかけてあげる」
そうじゃねえんだよ。まぁ、確かに寒いから助かるけども。
「ありがとな……おやすみ」
そう言って、俺は寒さを凌ぎながら眠りについた。




