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花結び

作者: 北峰希

 花はどこか特別なものだと思う。道に咲く野花ではなく、これは花屋に並んだりするものの話だ。どちらも人を魅了するものだけれど野端ではないそれは、人に贈ったりするなにか個人の特別な思いが込められることが多いものだと思う。だから僕は冒頭で述べたように花はどこか特別なものだと思う。

 僕の働いている花屋は、いつも思いを込めて花を包んでいる。いわば僕らもお客様に思いを込めているようなものだ、と店長は言っていた。アルバイトという立場からすればそんなことはどうでもよくてお金だけ稼げればいいかもしれないが、僕自身その考えが何となく好きで時給もさして高くないここで働いている。


 この時期は店を少し行った先の公園の桜が見頃で、風の強い日だと桃色の雨がちらちらとこちらに舞ってくる。掃き掃除なんかをしているとよく目にするから綺麗だなとつい目を細めてしまうくらいだ。僕は人に贈る花も、ひとり懸命に育って生きる野花も桜も、どちらも好きだ。

「すみません」

「…ああ、はい。いかがしましたか」

ぼうっと外を掃いていると自転車にまたがっている青年が声をかけてきた。

「少し、中を覗きたいんですけど店の前に自転車とめても大丈夫ですか」

「かまいませんよ、お好きに」

どこか嬉し気な青年は丁寧にそれを店前に止めて中に入っていった。

 彼は誰にどんな花を選ぶのだろうか。もしかすると自身に贈る一輪かもしれない。はたまた仲良くなりたいと感じる誰かに贈る花束かもしれない。そんな意味もない、けれど楽しい妄想をくれ返しながら、外掃除をしていった。


 日がだいぶ傾いたころ、店長に声をかけられた。

「そろそろ花を結んでみませんか」

そんなことを言われて驚いた。花を結ぶとは、まあ簡単に言えば包む仕事である。しかし店長はその作業こそ大切にしていて、僕自身横目でいつも眺めるばかりだった。そんな仕事を僕が、とどきどきした。

「いいんですか」

「君もここにきてもうすぐ一年だし、興味もあるみたいだから」

「ありがとうございます」

「まあ、やり方自体はだいぶ前にしっかり教えてるしゆっくりやれば大丈夫だと思うから。ね。」

「は、はい。なんとかやってみます。」


 そうして渡された依頼書には三種類の花と要望の『結び方』が書いてあった。

「この依頼のおねえさん、来週取りに来る予定だからそれまでに頑張って」

「はい」



 依頼書を抱えたまま、ゆっくりと帰り始める。桜が咲いたとはいえまだ夜や風は身を縮こまらせる。

ふと通り過ぎた公園では立派な桜木が中央にひとつ、静かに花を咲かせていた。今年は少し早く開花したみたいだが、夜の寒さと風の弱さからか花を身にまとっている時間が心なしか長く感じる。なんとなく見惚れて、そのまま公園のベンチに腰を掛けることにした。


 初めて任せてもらったしごと、わくわくする反面きっと自分じゃ上手くできないだろうと不安だった。桜に見惚れている間、脳みそが空っぽになった気がして、いつもだと考えないような心配事だったり昔の後悔だったりが駆け巡る。ただ綺麗だと思いたいだけなのに余計なことばかり邪魔して、それがなぜだか大人になってしまったんだなと思えた。

「大丈夫ですか」

「…お疲れ様です」

ふとすると、紙箱をもった店長がいた。そういえばこの人も、ここは帰り道の途中だった気がする。ゆっくりと僕の隣に腰をかけて紙箱をそっと開いた。

「新作のドーナツ、だいぶ買ってしまって、ひとついかがですか。君が食べられるようなあまり甘くないやつもありますよ」

 箱の中は桃色と緑色ばかりのドーナツで埋まり、おそらく入りきらなかったであろうひとつはすでに半分以上食べられて店長の手元にあった。この人は僕とは違って甘いものが大好きでよく口にしているのを見かけるがここまでだとは思わなかった。僕の思考を見透かしたかのようにこの人は言葉を繋げる。

「言っておきますが、君に会わなかったら明日の朝と昼とおやつに分ける予定だったんですよ。流石に自分一人で一食、この量はきついですから」

「はあ」

「これとこれなんかはチョコもかかってないし、抹茶味でほろにがらしいです。あ、そこに自販機もありますから温かいお茶でも買ってきますね」

「ありがとうございます」

 唐突に現れた店長はなんだかいつも以上にマイペースで、その流れに流されるようにドーナツを受け取った。

「コーヒーとお茶、どっちがいいですか」

少し離れた場所でそんな声が聞こえる。

「コーヒーで。ありがとうございます。」

夜に大きな声を出すことに抵抗がありつつも、遠くの店長に話しかけると「はーい」と返事が聞こえた。


温かいコーヒーは春夜にはちょうど良くて、缶の口からふわりといい匂いが漂ってくる。ドーナツの二個目に手を出した彼女は幸せそうに笑いながら花を見ていた。


「お客様の花結び、良いイメージできましたかね」

「あんまり、ですかね」

「貴方はわりと真面目に考えすぎなとこがありますから。もうちょっとふんわり考えればいいのにって思います」

「店長はひとりひとりしっかりやってるじゃあないですか。僕もおんなじくらいできないと」

 根を詰めすぎなのかもしれない。やっぱり出来ないかもしれない。そう思うけれど、やっぱりやるからにはちゃんとしたい。そんな無理みたいな理想を抱えて、だけど出来ないと分かっている現実を抱えて、もやもやとしている。こんな感情に名前があるのであれば教えてほしいような、よくわからない気持ちだった。

「依頼の方。いままでのお礼とお別れのために私たちのお店を選んでくださったみたいですね。おそらくお花の色合いのオーダーもそれぞれ渡す方のイメージなんだと思います。――『優しい赤と温かい青とうららかな黄色の花』なんて仰ってましたから。貴方が何を選んで、どう結ぶのか楽しみです」

「どうでしょう。僕に出来るか、」

「出来ますよ。なにせ私はあなたを信用するだけじゃなくて、信頼してますから」


 店長の言葉を聞いて、なぜだか心がすとんと音がした。僕は『信用』と『信頼』は似て非なるものだと思っていて、それが店長も同じことに驚いたし、僕を信じて頼ってくれていることがとても嬉しかった。嬉しいだけでは不安は埋まらないけれど。

 それでもやってみようという心持になった。言葉一つで動けてしまう僕は、もしかするとただ流されているだけかもしれないけどそれでもやろうと思った。



「素敵ですね。どれも春の花だし」

 初めてお客様のために結んだ花は店長のように華やかではなくて、けれど贈るであろう人のために想いを込めた、僕なりの『結んだ花』だった。

「どれも部屋に飾りやすい、持ち帰りやすい小さなブーケにしてみました。思いやりのある方への感謝を込めたポピー、春の別れを知らせる勿忘草、また会う日を待ち望む想いをこめた山吹。どれも色が優しくて鮮やかな花たちです。それぞれカスミソウと共に結んで華やかに仕上げてみました。」

「ありがとうございます」

「あの、いかがでしょうか。ご希望に添えましたでしょうか」

 緊張で胸がいっぱいで、だけれど花を結べたことがどこか嬉しい自分がいた。震えながらもお客様に問う。

「とっても素敵です、みんなに贈るのが楽しみなくらい。」

 彼女はそう言って大切そうに花を抱えた。

 その姿があまりにも綺麗で、きっとあの花を渡した後は贈った人との別れの寂しさがこみあげてくるはずなのに、そんな想いもひっくるめて美しくみえた。

 


 桜木に葉が増え始めても、つい上を見上げてしまう。次の春、咲くべき時までひとりで耐える姿に見惚れて、花の散る姿であの日のお客様の満面の笑みを思い出して。



今日もお店の前の掃き掃除を僕はしている。












人生で主役になった瞬間が過去に何回かだけあったなとふと思い出す。友達とも家族とも言い難い人と過ごしていたあの日々だけは、僕の青春で、主役になれた瞬間だった。彼女がこの世にいなくなってから何年も経ち、二度とあんな時間が送れないことと思うと苦しくなるが、彼女と過ごした記憶を、どうにか忘れないよう抱えながら大切に過ごしている。

彼女の命日、ふたりでみた桜のもとに向かった。

先日彼女の担当だった医師から久方ぶりに連絡があり「亡くなってから数年たってから連絡するようにと言伝を預かっております。私にはわからないのですが、『花元に思い出を埋めたので確認するように』とのことです。」と伝えられたからである。彼女と見た花は桜と檸檬の花しかなく、またこの時期に伝言するということは季節柄桜であろうという僕の浅はかな考えであった。

そんな浅さのなかで昔、木の下に缶を埋めたのを思い出した。気まぐれな彼女がタイムカプセルなんてやったことないからやってみようという不意な提案からしたもので、もしかすると彼女との記憶のなにかが眠っているのかもしれないと思った。

だんだんと思い出せなくなってきた彼女の声と朧げな記憶を頼りに桜木の下の土を軽く掘ってみる。

すぐにぐるぐるにテープで巻かれたクッキーの缶がでてきて見覚えがあるものだなと思った。丁寧に解いてあけると数枚の紙が入ったビニール袋が出てくる。袋の封を切ると、何枚もの写真と言葉数の少ない手紙がでてきた。


「拝啓、親愛なる君へ。

まだ私との思い出を覚えていること、嬉しくも悲しくも思います。だってそれは未だに私との日々にとらわれてるってことだから。ひとまず桜を見に来てくれてありがとう。そして誕生日おめでとう。覚えててくれてありがとう。

君のことだからきっと毎日がありきたりになってしまって、けれど大変な日々を送っていることでしょう。頑張ってねも頑張りすぎないでも頑張ってるよも言いたいけど。そんなの今の時代どれもありきたりな言葉に聞こえると思います。僕には君にだけ届く言葉がいいたいけどそんなありきたりな言葉しか知らないから、いつもお疲れ様とだけお伝えします。」


手紙と共に入っていた紙切れは彼女の日記の行方を示したメモと、華やかで小さな花束の写真だった。花束は彼女とふざけて作ったいびつなもので、けれど確かに彼女のために想いをこめたあたたかいものだった。


桜が降る中、手紙と写真を丁寧に握りしめる。彼女のいなくなった生活の寂しさを思い出して、ただ美しい桜をみて、しずくをすこしだけ溢していく。


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