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緋色の香り  作者: シッポキャット


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3/6

3 明かされない過去

    ●

 私は意を決して玄関のドアを開けた。その瞬間に、例えようも無い寒気が背中を襲った。体中から汗が吹き出していた。膝は恐怖のために痛みを感じるほど震えていた。


「だれか、誰かいるのか?」

 室内は庭園とは打って変わって手入れが行き届いていて、今にも人が出て来そうな雰囲気である。

一体、これはどういう事なのだろう。まさか……。


 そんなはずはない。あいつらが生きているはずは……。

私は怯えながらも中に入って行った。どうしてもやり()げねばならない事があったからだ。

 そう、そのために私は、この辺鄙(へんぴ)な村へ舞い戻って来たのだ。


 館内は十年前と寸分違(すんぶんたが)わず、独特の薄気味悪さを(かも)し出していた。

私は確かに(おび)えていたが、しだいに冷静さを取り戻していくのも確かだった。


 十年前、この館には()()()()()がいた。

この家の主人、苅部 武(くさかべたけし)。その妻、美紀(みき)。一人娘、尚美(なおみ)。そして使用人の鍋島治郎(なべしまじろう)。その妻で、家政婦の和恵(かずえ)

いずれも奇々怪々な人物たちだった。たった一人を除いては……。


 私の足は自然と、階段を上って真ん中の部屋……尚美の部屋へと向かっていた。

この十年間、片時(かたとき)も彼女の事を忘れる事はなかった。彼女は私の初恋の女性であり、また女神でもあった。


 ドアは見すぼらしく壊れていて、向かいの壁にはどす黒い色のシミがベットリとこびり付いていた。

十年前の(おぞま)ましい事件を如実(にょじつ)に物語っていた。目を(そむ)けたが、消し去りたいはずの記憶が(まぶた)の中に(よみがえ)ってきた。


 思考を振り切るように目を移すと、室内には古臭い学習机があり、その上に一冊の赤い本が見えた。

尚美がどんな本を読んでいたのか興味がわき、早速その本を手に取った。

『D・I・A・R・Y』

それは、彼女の日記だった。


 私は尚美の日記を途中まで読んで、ほとんど(まばた)きをせずに読んでいた事に気づいた。瞼が乾燥してピリピリと痛かった。


 カタン……


 ドアの方から(かす)かな物音が聞こえた。

ビクリとして振り返ると、ドアの前に、私の思いもよらない人物が立っていた。

私の背筋に、驚愕と戦慄の電撃が走った。


    ▲

小窓を覗くと、外はもう暗くなっていた。

そろそろ帰った方がいいと思い、部屋を出ようとしたが、彼女が慌てて僕を()めた。


「だめよ! 和恵さんと治郎さんが帰ってきたわ」

彼女は小窓を覗きながら言った。

「和恵さんと治郎さん?」

「うちの使用人たちよ。意地が悪いの」

僕が尋ねると、すぐに彼女がそう答えた。


「僕の声、聞こえるの?」

彼女はしまったとばかりに『あっ』と声をあげた。

「……ごめんなさい。悪気があったわけじゃないの」

彼女は(うつむ)いて、上目づかいに僕を見た。


「とにかく、見つかると大変だわ。どうしよう」

彼女の慌てぶりに、得体の知れない恐怖を感じた。

「もし見つかったら、どうなるの?」

()()()()()()知れないわ」

彼女は顔を(そむ)けて呟いた。


 ()()()()()()知れない? この家に入っただけで? どういう事? 僕は自分が置かれている状況を理解する事が出来なかった。

 この【ふわふわ館】には部外者が立ち入るのを厳格に禁止するような、知られてはならないような秘密が隠されているのだろうか。はたまた、あの使用人たちは部外者を極力嫌う、残虐な殺人鬼なのだろうか。


「いやだ!」

僕は思わず彼女にしがみついた。彼女は一瞬びくりとしたが、優しく私の頭を撫で、ゆっくりと言った。


「たすけてあげる……」

何を思ったのか彼女は僕の顎を引き、(あか)く熱い唇を僕の唇に重ねた。口の中で(するど)い痛みを感じた。それと同時に、口一杯に鉄の味が染み渡った。それは彼女の唾液と微妙に絡まって、何かしら幻想的な味がした。


 階下で扉が閉まる音が響いていた。残虐な使用人たちが帰って来たのだ。


    ▽

「君は……?」

彼女は私の問いには答えず、ゆっくりと唇を重ねた。(わず)かに鉄の味がする唾液が私の舌に絡まった。うっすらと目を開けてみたが、近づき過ぎて彼女の顔は分からない。

 彼女は名残惜しそうに唇を離すと、おもむろに手首を差し出した。


「さあ、飲んで……」

 私は彼女の勧めるがまま、その柔らかく熱い手首に唇をあてた。


……やはり私は()()()になっていたのか?

 真っ赤な液体を(むさぼ)るように吸っている自分自身に失望感を抱きつつも、その行為を中断する事が出来なかった。


「だめだ……死なせてくれ」

 その言葉とは裏腹に、なおも私は吸い続けている。もう、私の意志は通用しないのだ。

私は()()()になってしまった。もはや理性の制御は受け付けなかった。

 血を吸うごとに勢いよく動いていく鼓動に、私は諦めに似た感情を抱いていた。


「もう、大丈夫ね……」

女性はゆっくりと私の唇から手首を離すと、再び唇を重ねてきた。血を私に与え過ぎ、ふらついているのか、倒れるようにのしかかってきた。そして私の口から(あふ)れ出した血液を、少しでも取り入れようとするのだった。


 私は女性の長い髪を優しく撫で、ぼうっとした感覚のまま呟いた。

「君は……尚美? ……なのか?」

女性は一瞬びくりとしたが、やがて唇を離し、俯き加減で言った。

「そう、わたしは()()よ。あなたに復讐するために(よみがえ)って来たの」


 私は十年前に起こった世にも恐ろしい出来事を思い出していた。

それは二〇一三年の三月二日から三日にかけての出来事だった。

 私は……私は十年前のあの日、あの【ふわふわ館】にいた()()()()()を虐殺したのである。

苅部 武、苅部美紀、苅部尚美、鍋島治郎、鍋島和恵の五人を。


 彼らは人間ではなかった。人間の皮を(かぶ)った、身の毛もよだつ()()()だったのである。


 私は幼いながらも奴らの攻撃をくぐり抜け、結果的には奴らを思う存分に蹴散(けち)らしてやった。しかしそれが、後々(のちのち)私の人生を狂わせる切っ掛けとなってしまうとは、思いもよらなかった。


 私は死のうとしていたのかも知れない。しかし、尚美やこの私が生き残っていると分かった今、容易に死ぬわけにはいかなくなった。

 尚美を殺し、この私も自殺する。これが私に与えられた使命なのだ。

それは私の正義感から来るものではない。吸血鬼という()()()()()()()を、この世から抹殺するためであり、自分自身が過去に起こした虐殺事件を、一般大衆に(さと)られないようにするためなのである。

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