第100話 グレムリン襲来
第100話
「驚いたな」
星城学園の上空──
雷鳴が幾重にも折り重なり、雲の裂け目から稲光が血管のように走る。
魔王ベレスと従者セイレーンは、黒い雨の帳の中、
上空からその光景を静かに見下ろしていた。
「イーナリージアを、我々の知る範囲外の方法で体外へ飛ばす力を持つ少女がこんなに近くにいるとは」
葉山ひまりの話だ。
翔太へ向けて放たれた念の力。
幽世とも、この現世とも違う理と異なる異常な力の放出に、
ベレスは警戒心を持ち、これを観察していた。
「この国の言葉で言う“念”の力というものですね。北藤翔太の中に眠る666の獣を刺激するほどとは……」
「うん。あの子の胎内に、形を成さぬ何かが蠢いている。陰皇の出現といい、第三の理が力を増している。あの子はその“理”の中心付近にいるのかもしれない」
「私たちとは、まったく違う仕組みで発動する力……」
「ああ。幽世がひっくり返るぞ。このまま放っておいていいものではない……」
雷で空が裂けた。
濡れ髪のまま、ベレスはセイレーンに目を遣る。
セイレーンは、どこか遠くを見ているような目をしている。
「……ところで、メドゥーサの結界に入り込んだ人間たちの様子はどうだ」
「メドゥーサの石像の森を抜け、さらに奥へと」
「あまり状況を引っ掻き回してほしくないのだがな」
「私が少し脅して、アレらを洞窟の外へと追いやりますか?」
「いや。少し様子が見たい。あれらの中に、気になる者がいる」
「気になる……。やはり、八雲在斗のことでしょうか?」
ベレスは頷いた。
「あれ《・・》からは『幽世』高位相のものに通じる何かを感じる。何者か感じ取れないほどの結界で自身を隠匿しているのも見事なものだ。だが、その正体を知ろうとすると、やぶべびになりかねない。とりあえずは、勝手に尻尾を出してもらいたい。お手並み拝見といこうか」
◆ ◆ ◆
その海沿いの洞窟──
「そっちへ逃げたぞ。追え!」
国際魔術会議八雲班は、洞窟内で激しい戦闘を繰り広げていた。
それは、突如、現れた。
最初に確認できたのは、一体だけだった。
洞窟の奥、岩陰の暗がりに、小さな影が動く。
次の瞬間、別の場所でも、同じ大きさの影が現れた。
さらに、その隣。
さらに、その奥。
数秒のうちに、洞内のあちこちで同じ反応が連続した。
それが出現した瞬間、洞の闇が“ざわり”と息をした。
数だ。
把握しきれないほどの数に、八雲班は圧倒された。
拳銃のような形をした“念”を飛ばす武具を用いた者が、逃げ惑う彼らを追い回す。
彼らはそれを器用に避け、甲高い笑い声を上げながら、その場を撹乱していく。
剣のような武具を持つ班員が、彼らの一つを真っ二つに切り裂く。
だが、その怪異の群れは、まったく怯える気配はない。
むしろ剣を持つ腕にまとわりつき、その剣を壊そうとする。
「このっ! こいつ! やめろ!」
ワーキャーと騒ぎ声をあげる彼らの無数の影。
八雲在斗は、その光景を、黙って見ていた。
怪異の動き。
出現の間隔。
班員たちへの反応。
それらを確認した上で、ようやくトランクを開く。
中から取り出したのは、棍棒とボロ布、灯油の入った容れ物だった。
作り出したのは松明。火をつけ、彼らがたむろしている場所へ放り投げる。
その灯りで、彼らの姿が一瞬照らし出された。
「なるほど」
八雲は、その一瞬で、その者たちの姿を脳に焼き付けた。
翼の付き方。
四肢の比率。
目玉の位置。
現存する生物と比較して不自然な点を、ひとつずつ確認する。
やがて、その異形のものが火を怖れ、洞窟の奥へと逃げ込む音が聞こえた。
だが、追おうとする班員たちに、八雲は「追うな!」と強い口調で制した。
「班長! なぜですか?」
「今、追い込めばヤツらを根絶やしに出来ます!」
八雲は班員たちの前に立った。
「落ち着きなさい。あれが何か、分かって突撃しようとしているのですか?」
「あ……いえ」
互いの目を見合わせる班員たち。
八雲は、「ほうっ」とため息を漏らした。
「でしょうね。では、少し考えてみましょう」
そう言って八雲は目を閉じる。
「数で撹乱し、直接の殺意は薄い。
火を嫌い、なおかつ統率が甘い。
さらには、人体よりも武具に取り憑く。
目的は殺害ではなく、遊戯──」
「それって……」
班員の誰かが口を開くと同時に、八雲が目を開き、継げた。
「あれは、グレムリンです」
班員たちがざわついた。
「グレムリン……って、あの映画の?」
八雲が頷く。
「そう。あのグレムリン。20世紀初頭。比較的、新しい怪異ですね。ですが、まさかこの島国にまで現れるとは……」
「あれがグレムリン……」
「実在したのか……俺はてっきり英国のおとぎ話かと……」
八雲は淡々と説明を始める。だがそれは、思わぬ方向から始まった。
「この水城市を先日襲った、ゴスロリの姿をした少女たちの群れ。あれの正体がホムンクルスだと私は皆さんに告げましたよね」
班員たちは静まって聞いている。
八雲が何か話す時には、何か意図がある。
それを皆、知っているからだ。
「ホムンクルスを改めて説明しますと、すぐれた錬金術師によって作られる人造生命体。つまり、敵の中には、錬金術師がいる。さらには」
八雲は、トランクから一枚の写真を取り出した。
水城一番街でのゴスロリ少女たちによる惨劇の間に偶然撮られた、
緑色のフルプレートアーマーを着用する六本腕の何者かの写真。
「人々を襲ったホムンクルスの、人体を腐食させる能力。この写真の容貌から私は、ソロモン72の魔王のレラージェと断定していました。この写真を見たところ、このレラージェが装着しているアーマーは、特別な金属。いや特殊な物質で作られていることが見て取れます」
「見ただけで?」
「見ただけで、ですよ」
なぜか断言する。
その八雲の声は、どこか祈りの旋律を帯びていた。
「私は、この世に存在する材質をほぼ、それが何なのか見分けることができます。
この頭の中に、すべてその知識が」
トントン、と自分の頭を指でつつく八雲。
「だから皆さんの武具も、皆さんに応じた最適なものを指定して作らせることができるんです。
ここまでは納得してもらえましたか?」
班員たちは黙っている。
IQ200以上。
この班長は国際魔術会議でも特別な存在。
噂以上の異才であり、天才である。
「よろしい。続けます。その特殊な金属はどのように作られたか。
おそらく、レラージェが使役する錬金術師によるもの。
そこで疑問が浮かびます。そんな特殊な物質を、どうやって加工したのか」
誰も答えることができない。
「答えは簡単。優秀な鍛冶師がいるということです。卓越した技術を持つ鍛冶師。
だから、私はこう考えました。
レラージェの配下には、相当にキレ者の鍛冶師がいる。そこで、私が思い当たった人物が……」
八雲はニヤリと笑った。
「ヴェルンド。ゲルマン人の伝承に登場する男です」
班員たちの間でざわめきが起こる。
その名を知る者が多かったからだ。
「その正体は、北欧神話に登場するワルキューレのヘルヴォルの夫とも言われていますね。古エッダの『ヴェルンドの歌』に、ヴェルンドが“妖精の王”と呼ばれる場面が存在します。これについては、まだ証拠が甘かったのですが、先程のあの写真に写った姿を見て、ほぼ間違いないとの結論に達しました」
写真からそこまでを断定する能力。
それはもはや、異能だ。
天才という言葉すら凌駕する。
何が証拠なのか、その経緯すら、飛ばして結論を導き出す。
班員たちも、八雲の頭の回転についていくのに必死にならざるを得ない。
「大事なのは、錬金術師と鍛冶師が敵の中にいる。
その錬金術師ですが……
おそらく、“錬金術師の祖”であり、錬金術の基礎を作ったとされる、
神人ヘルメス・トリスメギストスあたりを呼び寄せたのではないかと思います。
これはまだ、仮説段階。
そして、ここからですね。
“妖精の王”である鍛冶師が神人ヘルメス・トリスメギストスの作った特別な金属で武具を作った。
レラージェの命に従ってね。
そこまで神秘に富んだモノがあるならば、それが大好物である“怪異”の出現は必然」
「だから、グレムリン……」
「そうです。グレムリンについては皆さん、よくご存知ですよね」
「はい。機械にいたずらをするのが大好きな厄介者。最初に報告された事例が国際魔術会議の資料にもあります。第一次世界大戦時の英国空軍。飛行機や工場に入り込み、飛行機をこっそりと壊したり、配線を入れ替えたり……」
「そう。ですから、そんなに恐れる必要はない。あれは、悪戯をするだけ。ただしその悪戯で、人の命まで持っていくことはありますが」
「ですがどう証明を?」
聞いた班員に、八雲は近寄って、ぽんぽんと肩を叩いた。
「理屈だけでは、現場の判断には足りません」
八雲は、そう前置きしてからトランクに手を伸ばした。
「性質が本物かどうか。
ここで確かめます」
そう言うと八雲は、大量のキャンディの袋を出してきた。
八雲が洞窟前でなめていた、あの飴玉だ。
「飴……ですか?」
「そうです」
「それが、証明に?」
「一見は百聞にしかず。行きますよ」
八雲は指先で飴を弾いた。
甘い匂いが湿った空気に溶け、その瞬間、洞窟の奥が“ざらり”と笑った。
次の呼吸で、甲高い嬌声が反響した。
八雲はその嬌声を背に、両手を広げて「ご覧のとおり」といった仕草を見せる。
「北米の航空機の工場では今も、機材の中にキャンディを仕込ませて納品するそうです。
グレムリンはキャンディ好きですので、
これで機械にいたずらをしないでほしい、というわけですね。
この風習は今も残っています。
で、結果はご覧の通り。
さあ、皆さん。実証終了。
彼らはグレムリンで間違いない。
しかも大好物のキャンディーに夢中。ならば、殺るなら今でしょ」
八雲の言葉は、どれも結論ばかり。
だが、その理由も必要ないほど、正解だけを引き当てる。
八雲班の面々も、いまだ、それに慣れないでいる。
だが、確かに。
今が──グレムリン殲滅のチャンスである。
◆ ◆ ◆
それから一時間。
八雲の言う通り、キャンディに群がったその妖精たちは、八雲班の襲撃で一匹残らず駆逐された。
まさに大量虐殺。
飴玉を取りに競い合うグレムリンたちを、班員たちは容赦なく殺し回った。
戦闘は短時間で終了。
だがそれは、敵が弱かったからではない。
性質を把握された状態で、行動を誘導されたからだ。
八雲が大量にぶちまけた「飴玉」に、グレムリンたちは、その集中力を完全に奪われた。
攻撃されるより、殺害されるより、
大好物の「キャンディー」を選んだ。
そして恐ろしいことに、この後も、八雲の結論が実証されることになる。
グレムリンたちの屍を越え進んでいった先。
そこには、巨大な錬金釜。
また鍛冶用の古風な製鉄所があった。
それ以外はもぬけの殻だ。
八雲班の班員たちは八雲に対し、もはや、畏怖を超えて恐怖を感じている。
これだけでは、本当にヴェルンドや、神人ヘルメス・トリスメギストスのものだとまでは分からない。
だが、その疑惑を越えるほどの確信が、その場には宿っていた。
その説得力は、自らの班長である、八雲の背から滲み出している。
まるで最初から終わりまで、
結果の位置をすべて知っているかのような言動、その指揮能力。
この男は、どこまで、知っているのか。この頭の中はどうなっているのか──
そんな中でも八雲は眉一つ動かさない。
「さて、少しずつ裏が取れてきましたね。とりあえずここはもう使用されてなさそうです。
つまり、鍛冶師も錬金術師も、すでに殺された。
憶測ですが、おそらくは間違いないでしょう。
さすが悪魔。血も涙もありません。
鑑定班。すぐに作業をしてください。
おそらく、この道具の近辺に、死んで間もない可哀想な遺体が、
溶解され、液体状になってこびりついているはずです」
「は、はい!」
小刻みに体を震わせながら、作業をする班員たち。
そして実際に、何者かの完全に液状化された肉体の名残りが発見された。
八雲の、悪魔じみた推理力、分析力、状況把握力が班員たちに、逆に恐怖を呼ぶ。
あまりにも完璧過ぎる推理力。
震える班員たちの前で、八雲在斗は微笑んでいる。
いつものことながら、
その笑みも、悪魔的でありながら、祝福のようでもいて、
自らが断罪されているような、そんな気持ちにさせられた。
班員たちは、もう完全に指示待ち状況だ。
優れたエージェントたちゆえ、状況判断能力には長けている。
だが、この八雲を前にするとこうなってしまう……
それはもう、八雲班に入った者は皆、そうであった。
「石像は、このまま置いておきましょう。いずれ、人の形に戻せます。
それまでは決して触れないように」
もし、人知を越えた存在がいるとするなら、この八雲在斗のことを指すだろう。
その言葉には、不思議と、心を動かす力もあった。
──この男の方が、よほど怪異だ。
その八雲が、ぴくり、と、この洞窟に入って初めて眉を動かした。
「──見られている……」
その言葉が何を意味しているのか、誰も分からない。
分からないまま、洞窟内から撤退をする。
八雲が、特にそれを気にしている様子もなかったからだ。
だが、その口角が小さく上がっていたことを、
そこにいる誰もが、最後まで気づくことはなかった──
記念すべき第100話です。引き続きよろしくお願い致します! もしよろしければ「ブクマ」や「星評価」入れてくださいますとうれしいです




