4話 回生
第4話――回生――
長い……とても長い夢だった。
本来夢とは、記憶の整理の際に見るものであり、自分の知っているものだけで構成されている。
よって、夢のほとんどが自分を軸に物事が進んでゆく。
しかし、今見たものは他人だった。
知らない土地、知らない人々、そして自分さえも知らない人物。まるで他人の人生を体験しているようだった。
それでも、これは夢。目が覚めた時には白露のように消えゆく――――
いつもの天井、いつもの部屋、いつも通りの起床。
今までのことは無かったことに……はならないようだ。
澪が覗き込むように、一途の顔をみている。そのことが今までに起きたことの証明となる。
到底信じることのできない怪異、急死、そして回生。それらが起きてしまった。
「おれ、は……」
「よかったぁ……また死なれたらどうしようかと……」
一途はむくっと体を起こし、自分の腹を触り傷口を確かめる。
しかし傷のあとなど何一つ無く、奇妙なほどに健康体であった。むしろ今までよりも体が軽く力を持て余してしまうほどに。
「なんで、生きてんだ……おれ」
澪は息を整え、話し出す。
「確かに君は死にました、しかし今実際に生きている。この矛盾を説明するにはまず、わたしの自己紹介が必要です。」
自己紹介などとうに済ませてある。だと言うのにこのような事を聞かされれば、疑問符が浮かぶのも致し方ない。
スッ――と澪が息を吸い、口を開く。
「私は、人間ではありません……先ほどの化け物と同じ……人間の血肉を食し、人間とは違う世界に住む者……」
吸血鬼――――人間を襲い、血を吸う生き物。澪は自分がまさにその吸血鬼だと言い切った。
「吸血鬼……?」
自分が生きている理由も知らないまま、そんな話を聞いて動揺しないほうが難しいだろう。
「ま、まさか!俺を食うつもりか……?!」
そもそも、出会いから歪であった。初対面のはずが澪は一方的に一途を知っていた。さらには出会い頭に惚れているなどと言う人間が、真っ当な人間であるはずがない。
つまり、一途はハニートラップにかけられている可能性が高い。
しかし澪はこれを否定する。
「いやいや、食べないから……獲物を生き返らせたりしないから……」
「た、たしかに……」
そう、一途は一度死んでいる。
今生きているのは、おそらく澪のおかげだ。
「で!君が生きてる理由なんだけど…………君、眷族にシチャッタ!」
「???」
唐突な告白に一途は戸惑いを隠せない。
「眷族って……なに??」
「えーとぉ、眷族ってのは……まぁよく言えば家族、悪く言えば奴隷って感じかなぁ」
「ダメじゃん!勝手に奴隷になってるじゃん!」
「じゃあ死んどく?」
激怒する一途に対し澪は冷静にツッコミをいれた。
「いやまぁ、生きてることは感謝してるけど……」
眷族になることによって人間の性質を捨て、吸血鬼の生命力と力を手に入れた。
それにより瀕死状態からなんとか再生が間に合い、今こうやって生きているわけだ。
「てことで、これからは合法的に私と生活をともにしてもらうから……よろしくねっ!」
「まじかよ……」
澪は立ち上がり、なにやらいろいろと説明を始めた。
「今後の私たちがやるべきことなんだけど、今日戦った化け物たちを退治します!」
「ま、まて!おれはまだ君と一緒に生活するなんて言ってないけど!」
「は?拒否権ないけど、眷族になったからには主の命令は絶対なんです!」
澪は自慢気に一途を見下ろす。
「勝手にやってればいいよ、おれはもう君とは付き合えない……」
一途はそういってベッドをでようとするが……
「我が眷族、天方一途に命ずる。主の前で膝をつき、話を清聴せよ。」
主の言葉は眷族に対してある程度の束縛力がある。
冷たい声が響くと同時に、一途は澪の前で膝をつき黙り込む。
「よし!これで説明できるね!」
「まずあの化け物の説明からね、あれははぐれ吸血鬼といって、簡単にいうと主のいない眷族吸血鬼って感じね!貴族以外の吸血鬼は主の支配がないと理性が消えます……それであの化け物になるってわけ。」
一途は膝をついて黙ったまま震えている。
「はぐれ吸血鬼を倒して、吸血鬼界隈の治安維持と人間の保護!これが私たち一族の目標です。ってことでよろしく!」
言い終えると澪は一途の耳に息を吹きかける。
「なにしてくれてんだっ!!」
一途の硬直がなおり、大声を響かせた。
「ま、命令には逆らえないのわかったでしょ?」
「もう……なんなんだよ……」
これから二人は生活を共にすることとなった。
◆
彼女は一途の隣の部屋、つまり一途の兄が住んでいた部屋を使っている。
昨日は色々なことがあり、二人とも疲れて爆睡してしまった。それでも彼らには学校へ行くという使命がある。疲れていても朝早くに起きなくてはならない。
一途は眠い目をこすり、上半身を起こす。ぼやけた視界が次第に鮮明になっていく。
学校のある日の朝は憂鬱だ。行きたくもないところへ急いで行かなくてはならない。
例えるなら、地獄へ行くことを急かされている気分だ。
もちろん一途は澪を部屋に残したまま家をでた。一緒に登校しているところを誰かに見られては変な噂が流れかねない。
それに出来ることなら彼女から逃げたい、となるとわざわざ一緒に行動するのは愚の骨頂。
学校につき一途は教室のドアを開ける。するとそこには――――
「おはよ!一途!!」
「あぁ、おはよぉ……えぇ!!!」
澪がいた。さっきまで家にいたはずの―――いや家にいると思い込んでいた。良く考えればわかることだ、しかし寝起きの彼にとって自分より先に起きているなどとは考えることもできなかった。
「さッ……今日も1日がんばりましょ!」
こうして憂鬱な1日が始まった。
◆
午前の授業を切り抜けて時は昼頃、昨日とはちがい蓮夜とともに昼飯を食べていた。澪が姿をくらませているから実現した友人との食事、楽しまないのはもったいない。
「そういえばさぁ、一途…あの子どうしたの?」
「あ、あぁ……えっと……友達……」
さすがに無理のある嘘だ。というより言い方が良くない、明らかに嘘を言っている言い方だ。これで信じるのは果てしなく純粋な人間かあるいは――――
「そうなんだ!」
「信じるなよ……」
「え?どうして??」
蓮夜はこういう人間だった。
頭が悪いということではない。成績も良く、運動もできる文武両道な蓮夜だが、たまに的外れなことを言う。
いわゆる天然だ。
「というか、お前こそ何かないのかよ……そうとうモテるだろ、お前……」
「モテる……というのがどのようなことを示すのかわからないけど、愛人はいないよ。」
「はぁ……そうですかい!」
圧倒的差のまえに何も言い返すことのできない一途だった。
「あ、そういえば最近、誘拐事件が多発してるらしいから気をつけたほうがいいよ……どうやら一途の家の方面らしいし。」
「誘拐事件……??そんなの起きてるのか?……」
「そうだよ……!ちゃんとニュースとか見なよ?自分の身を守るためにもね。」
「そうか……ありがとな」
一般的に誘拐は子供や女性を狙ったものが多い、そもそも男性を誘拐するメリットがないからだ。
しかしこの誘拐事件では主に男性が狙われているらしい。
「この不可解な誘拐事件に巻き込まれるとは……この時の俺たちは思ってもみませんでした……」
「やめなよ、そんなこというの……」
◆
午後の授業が始まったが、澪は姿を見せなかった。昼休みになるなりすぐに教室をでていき、それ以来戻ってこない。
しかし一途は不安に感じないどころか、むしろ解放されたことを喜んですらいた。
そのまま午後の授業が終了し、帰宅時間になったが澪は姿を見せない。一途を魅了しようと息巻いていた澪がここまで姿を消していると、さすがに心配にもなる。
「じゃ、またなッ蓮夜」
「また明日、一途」
一途は蓮夜と挨拶をかわし校門をでる。
「誘拐か……ま、俺とは無縁だな。」
辺りはすでに暗くなっていて、悪事を働くには最適な環境だった。
すこし歩くと街灯の下に人影が見える。
「人……??しかも子供だ!」
その人影の正体は幼い少女だった。近くに親は見つからず、こんな時間に一人でいるのは危険だと感じた。
「大丈夫?迷子になっちゃった?」
「そうかもしれない。」
「家がどかだかわかる?」
すると少女はある方向を指さす。
「あっち」
「そっかじゃあ、いこうか」
一途は少女の手をとり指さした方向へ歩いていく。
日が落ちたこともあり、すこし肌寒く感じた。
握っている少女の手はとても小さく、冷たかった。
つよく握ると消えてなくなりそうなくらい、弱々しい存在だった。
住宅地をしばらく歩き、まわりが畑しかなくなってきた時、前方に大きめな建物が見えた。
その建物はこの辺りでは珍しく、西洋によくある赤レンガで作られた豪邸だった。
「もしかして……あれが君の家?」
そう聞くと少女はコクリとうなずいた。
そのまま門の前まで歩き少女の手を離そうと思ったが、少女が手を強く握り返してくる。
「ついたよ、君の家…」
「いっしょにきて。」
少女の要望にしたがい手を握ったまま門をくぐった。門をくぐると芝生の庭が広がっていて、レンガ造りの道を歩いた先に玄関が見える。
「玄関開けるよ?」
「うん」
少女を家に返して帰ろうと思ったその瞬間――――玄関が開き、目の前に広がっていた光景に思考が停止した。