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5,魔人退治は骨が折れる

 絹のような少年は微笑みを浮かべながら、木枯龍馬を見つめて動かない。

 バットも両手を添えられ、差し上げられたままだ。

 動けば、千両の損とばかり、突っ立っていた。

 目が涼しげに、相手を射抜く。

 それは、緊張感をともなって、三度みたび繰り返された。

 絹のような少年は、最後まで不動のままであった。

 黒い剣は一度も閃光を放つことなく、静かに闇に溶けていった。

 不気味な雰囲気だけを背中に背負って、すごすごとベンチ引っ込んだ。


 続けざまにピンチヒッターが繰り出される。

「鼻垂れ魔人を叩いてこい!」 

 大同寺監督が送り出した代打は、相撲取りと見間違いそうな大男だった。

 出っ腹を突き出し木枯龍馬を睨む。

 いかにも破壊力がありそうだ。

 木枯龍馬も一瞬怖気づく。

 しかし、木枯の右腕から放たれた速球は大男のへその辺りを三度みたびかすめて捕手のグラブに吸い込まれた。

 今度もバットを一度も振ることなく三球三振。

 三球目の内角をえぐる剛速球は、たまらず腹をへこませた大男のユニフォームのボタンを勢いよく弾け飛ばし、体制を崩した大男は大きなお尻でグランドに見事な穴を開けていた。


 大同寺監督は三人目の代打を告げた。

「屁こき魔人に臭いのをかましてやれ!」

 今度は小柄な、いかにも非力そうなバッターだ。

 バットのほうが大きく見えて、その重みで身体が押し潰されそうである。

 木枯龍馬は鼻でせせら笑うと右腕が弧を描いた。

 一瞬、ボールの行方を見失うほどの剛速球が捕手の手元で伸びた。

 どんな状況でも人を侮ってはいけない。

 バッターボックスの小さな身体に力がみなぎるる。

 バットは太陽の光を浴びて一閃した。

 真一文字に振りぬかれたバットから火花が散った。

 白いボールはバズーカ砲から打ち出された弾丸のように、火の球となって木枯龍馬を襲う。

 油断が木枯の動きを鈍らしはしたが、さすがに魔界の風である。反射的に身体をそらすと、咄嗟とっさにグラブが動いた。

 ああっ!

 見ている皆が声を止め、視線が一点を向く。

 その時、マウンドの上で木枯龍馬は天に祈るように膝を折っていた。

 突風がグランドで渦を巻き、弾丸は木枯龍馬の顔前でグラブを震撼させた。

 白い煙が砂塵とともに舞った。


「魔人退治は骨が折れるわい」

 大同寺崋山監督は手の中のクルミを握って転がす。

 

 木枯龍馬はその日、八回に内野安打を打たれるまで一本もヒットを許さなかった。

 そして、八回が終わった後に、木枯は監督にこんな進言をする。

「たまには里村にも投げさせてやってください。試合が面白くなるかも知れませんから」

 里村保はベンチ前でキャッチボールしていた。

 西山中学校では木枯の言うことが絶対に近い。

 監督はうむうむと頷くと、里村を呼んで九回の登板を指示した。

 試合は5対0で勝っていたし、里村に実戦経験を積ませようとの思いもあった。

 絶対エースの木枯がいる西山中学の試合で里村はほとんど投げることはない。

 久しぶりの登板だ。

 マウンドに上ると緊張する筋肉をほぐすように大きく息を吐いて、内外野に両手を上げた。

 内野手がグラブを上げ、里村頑張れと声をはる。

 里村の目にバッターボックスを囲む白線が、ひときわ鮮やかに映った。

 対するバッターは闘志を燃やし、小刻みにバットをゆすりながら里村をにらむ。

 里村は視線をそらすと、初球のストレートを外角いっぱいに投げたが、僅かに外れた。

 木枯龍馬のストレートと比べあまりにも遅い球に、バッターが面食らう。

 二球目も同じ外角の低めにまっすぐが伸びてきた。

 里村の渾身の力を込めて投じた球だ。

 バットが回転すると、快音を残して鋭いライナーが里村保の頭上を越えて、さらに白球は伸びる。

 バックしたセンターがジャンプ一番、これを好捕した。体はグラウンドに転がったがボールはグラブから落ちない。

 少ない応援者から拍手がおこった。

 次のバッターは里村の初球を叩き、火の出るようなゴロはサードを襲った。

 追跡不能な豪打。

 砂塵を蹴散らしスパイクが跳ねる。

 目をつぶったサードが横っ跳びで出したグラブにボールが飛び込んだ。

 素早く身体を回転させ、空を飛びつつ矢のような球を一塁に投げて間一髪アウト。

 このプレイには味方選手はもとより敵である大道寺監督も、さらに伊達すら拍手をするほどだった。

 野球らしくなってきたと大道寺監督は思った。

 里村保はとにもかくにも、あと一人までこぎつけた。

 大同寺監督が目を細め、おもむろに立ち上がり代打を告げた。

「面白い投手じゃの。鼻垂れ魔人と比べれば鼻クソが飛び出た時ほど気持ちがいい。いいか、あの里村という投手のために一発かましてこい」

 大同寺監督は代打の尻を、何度も叩いて送り出した。そのバッターこそ東山中学の四番バッター、いや、世界選抜の四番を打つ伊達武蔵だった。

 大同寺監督の手から、伊達を目がけてクルミが飛んだ。伊達は左手でクルミを受け取ると、目を瞑って力を入れた。

 ゆっくりと歩いてゆく伊達の足元には、粉々に砕けたクルミの殻が落ちていた。


 監督の思惑で木枯との対戦を避けた伊達だった。

 木枯龍馬の力を恐れたのではない。鼻垂れ魔人のボールなど見せたくなかっただけだった。

「木枯、やはり伊達はお前から逃げていたな」

 監督はベンチの木枯龍馬に声をかけた。

 木枯龍馬は伊達武蔵の登場で、監督の慧眼を悟ると内心ほくそえんだ。

「誰が来ても同じだけど……」

 木枯は冷たく言い放った表情には、過ぎたる驕りが宿っていた。

 

 伊達がバットを構える。

「伊達がどんなバッターか知らないけれど、僕のもてる球を投げるだけだ」

 里村は息を吸い込んだ。

 初球。

 大きく振りかぶって左腕がしなる。指から離れたボールは鋭い回転を繰り返しながらホームベースの外角を過ぎる。

 伊達のバットは一閃した。

 白球はそのまま捕手のミットに収まっていた。

 空振りだった。

 しかし、そのスイングは十万億土さえ震わせかねない迫力だった。

 続いてまっすぐが内角一杯のボールゾーンにきた。それを待っていたのか、研ぎ澄まされた一打が外野後方に飛んでいった。ファールボールは緑のフェンスを越えて場外に消えた。

「頑張れ!さとむら!ファイト!」

 声援が飛んだ。

 里村が打ち込まれる無様な姿を目に焼き付けるつもりだった木枯にとっては、面白くない声援に怒りを込めた表情を向けた。

 

 里村は三球目を投げた。

 タイミングを外したボールが外角へ流れる。

 それを悠然と見送った伊達は内心ヒヤッとしていた。

 今の球は打てない。

 たとえ、ボール一個、内側に入っても打てなかっただろうと……。その時、伊達は大同寺監督の言った言葉の意味を知った。

「あの投手のために打って来い」

 そうか、この勝負は真剣勝負だ。

 負けられない。

 世界選抜の四番バッター、伊達の手に力が漲っていた。

 里村はそれを気づいたのかまた、外角低めにさらにボール半分、外に投げる。

 観戦している人々は動けなくなり、固唾をのんで二人の対戦を見ていた。

 ベンチの木枯龍馬ですら無意識に身を乗り出した。その自分の行動に気づくと、ため息をつき無表情のまま奥に座りなおした。


 里村はあわてなかった。次も誘い球を投げた。それを伊達は見送った。

 カウントはツースリー。

 里村に迷いはなかった。

 ホームベースの一角、伊達が見送った外角いっぱいに里村渾身のストレートがきた。伊達は表情を変えることなく、狙いすましたようにバットは一閃すると、乾いた音を残してボールはレフトのヒノキの大木を巻いて緑のフェンスに当たって落ちた。

 マウンドでがっくりする里村の姿を木枯龍馬は嬉々として眺める。しかし、それを違う目で捉えている人がいた。

 大同寺監督である。

「投手は打たれてなんぼなんじゃ」


 大同寺崋山監督はつくづく思った。

 里村投手が東山中学校にいれば、こんな監督冥利につきることはないと、手の中のクルミをグリグリと転がした。

読んでいただき有難うございます。

次回は親同士の謎に迫ります。


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