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ゆっくりと瞼を開ける。閉じる前と開けたあとではまったく違う景色が広がっていた。高層ビルの屋上。風は強く月が大地を照らしている。空には満点の星。
「上にも光。下にも光、か」
まるで自分の罪を償えと、光がそう言っているようだった。
「俺は罪なんて犯してねー」
生きる為に喰っているだけだ。人間とどこが違う? 住む世界を間違えた?
どれも間違っちゃいない。
どれもこれも正解なんて世界は存在しない。間違っているのは――。
「おっと、早く隠れねーと」
カードの消費が激しい。それもこれも全部ジョーカーの所為なんだが。あいつは俺に上位のカードを使わせて、なくなったところを襲うという下劣な作戦の真っただ中だ。まぁあくまでそれは俺の妄想だけど。
だからこれ以上は無理。1度カードを全部復活させて万全の態勢になったらジョーカーを殺す。
それまでは逃げるが勝ちってやつだな。
「しっかし、それまでメシ抜きは……きちぃよなぁ」
俺だって喰わなきゃ死ぬんだぞ。たぶん。死んだことねーからわからんが。
はてさて、どこに隠れるかなー。ビルの屋上はなしだ。とゆーかこの地域から少し離れてみるか。もうちょっと建物が少ないようなところ。
俺はジョーカーを警戒しながらビルの屋上を駆けた。するとほどなくして高層ビルはだんだんと姿を消していく。
「ん~、どっかいい場所ねーかなー」
きょろきょろと辺りを見渡すがよさげな場所は見当たらない。とゆーか逆に何もなさすぎるんだけど。
「どこだよここ」
まさかの迷子のピエロちゃん。
「……住宅街?」
ふっつーの家がふっつーに並んでた。なんだが箱に入っているお菓子みたいな地形だな。まぁその表現はあながち間違ってはいないだろう。実際に並んでいる家には御馳走がびっしり詰まってるんだからなぁ。
でも今騒ぎを起こすわけにはいかない。
「また、またいつか来よう。うん、いつか、また」
くそう。ヨダレよ止まれ。
俺はこの場を離れるべく後ろを振り向いた。するとあるものが目に飛び込んできた。
「あん? 公園」
いかにもって感じの小さな公園。多少の遊具がおいてある。ブランコと滑り台と砂場と……あとあれ。あれなんてゆーんだ? あのードーム型の中に入れるやつ? 上にも登れたりするやつ。まったく名前がわからんし、どうやって遊ぶかもわからんやつ。
それを見たとき俺はピンときた。
「よし、あの中に隠れよう」
まさかあんなものの中に隠れるはずがないだろうと普通は思うだろう。あのピエロ様が? はーん、ないない。と思わせておいてプライドを捨てて隠れます。
そんなに大きくない。縮こまっていればまぁいいかな。
俺はそんなドーム型の遊具にそっと近づいた。周りに街灯はあるが、さすがにこの中までは光は届かないらしい。まさに闇。
……こっわ。
まじで猛獣でもいたらどうしようレベル。
まぁこんな住宅街でいるわけねーんだけどな。俺も妄想も大概だなーと思いつつ中に這入ったその瞬間。
闇に浮かぶ二つの光。
「@:$%~?+。“!#|$」
声にならない悲鳴をあげる俺様。
こ、腰抜けた……。そんな俺に二つの光は近づいてくる。眼だ。と理解したのと同時に生きることを早々と諦める俺様。
はー楽しい人生だった……。もうされるがままでいいや。俺は眼を閉じてその瞬間を待ったが、待てど暮らせどその時はやってこなかった。
どーなってんの?
いや、今さら眼を開ける方が怖いんですけどー。何かが眼の前にあったらどうしよう。俺が眼を開ける瞬間を待っているのだとしたらどうしよう。
まじこわっ。世の中って厳しいね。まぁさすがにこのままってわけはいかないんで、ゆっくりと恐る恐ると眼をあける。そこにいたのは猛獣ではなく、可愛らしい女の子だった。
「……へ?」
なんでこんな時間のこんなところに少女がいるんだ? ぽけーっと不思議そうな顔をしてこちらを見つめている。
眼をそらしたら負けだ。
とか冗談言ってる場合じゃねーな。
「あ、あれ? どっかで――」
見たことあるようなないような……。
いや、なんとゆーかちょっと違うな。ん~でもなんか……誰かに似ている、と表現した方がしっくりくるな。誰だ? 誰に似てるんだ?
でもこんな幼い女の子の知り合いなんていねーぞ。でもでもなんか引っかかる。
じー。
と見つめているとピンときた。
「あっ! ああああっ!」
まさかっ! え? まじ? でもなんで子供!?
そうだ俺が見間違えるはずなんてない!
「は、葉月ッ!?」
そうだ。葉月に似ているのだ。たぶん葉月を幼くしたらこんな感じになるだろう。いや、でも……。
「なんで子供の姿なの?」
いや、でも、夢だからか。いやいやでもでも、俺葉月の子供の頃の顔とか知らないし。俺の妄想力すげーなおい。
「ぴえろだー」
と小さな葉月は言った。
ブフーッ! 可愛すぎる! なにこれほんとに生物か? やべー可愛いんだけど。
とりあえず落ち着け落ち着け。それにまだ本当に葉月だと決まった訳じゃない。
「お、お嬢さん、お名前は?」
と聞くと1度首を傾げた。
なんだよーその仕草可愛すぎだろ! まじで凶器。
「はづきだよー」
そして俺の勘的中。
やっぱり葉月だ。間違いはない。
と、ここでふと。
「葉月ちゃんはどうしてこんなとこにいるんだ?」
思わずちゃん付け。
「ん? んーあんまおうちにいたくないの」
「どーゆーこと?」
「ん~おうちいてもたのしくない」
だからと言ってこんな時間に1人で出歩くなんてなんて悪い子だ。変質者に狙われたらどーすんだよ。とゆーか子供でもやっぱり葉月は葉月だな。行動力高いなー。
「……どうしよこれ」
念願叶って夢の世界で葉月に会えたはいいけど子供だし。いや、むしろ子供の方がいいっちゃいいが。う~ん。
さすがに喰う気にはなれなかった。あれほど喰ってやろうと思っていたけどこれは無理だ。さすがに無理。水を手で掴むような感覚で無理。絶対喰うとか無理。
だったらどうする?
「葉月ちゃん、俺と遊ぼうぜ」
「あそぶぅ?」
家が嫌いで帰りたくないなら俺がここで楽しませるしかねーだろ。俺はピエロで道化師だ。道化師の本業は人を楽しませること。だったはず……。
俺はスペードの1のカードを取り出した。
「アビリティコール・オン」
するとカードはポンとジャグリングの道具へと変わった。最初は2本からスタートだ。ひょいと上に投げる。3本目。まだ全然よゆー。
「お~!」
ちっこい葉月が興味を持ったのか輝くような目でこちらを見ている。
4本目。
5本目。
まだまだ。
6本目。
7本目。
8本目。
そろそろきつい。投げる高さも結構なもんだ。
9本目。
そして最後の10本目。
「うぅぉお~!」
最後に10本全部を空高くへ投げた。それを花火の様に爆発させる。
そして最後にお辞儀。で、フィニッシュだ。
「すごーいすごーい!」
ぱちぱちと拍手をしながら羨望の眼差しを貰った。ちょー気分いいんですけどー。
「いかがだったかな」
「すごいすごいすごい! もう1回やってーもう1回」
そんな事言われたら張り切っちゃおうかなー。
そしてそれから公園はまるでサーカスのようになった。まぁ俺の1人舞台だけど。
葉月はかなり楽しんでくれたようだったし、ちょー満足だ。人に奉仕するのがこんなに楽しいとは思わなかったな。これが道化師の本分なのかもしれないな。
最後に葉月を家まで送り届けた。
「ねぇねぇ、明日も会える?」
「ん? あぁいいぞ。でも迎えに来るから家で待っておくように」
夜は危険でいっぱいだ。そんな場所を1人で歩かせるわけにはいかねー。俺がしっかりと守ってやらねーと。
「はーい」
葉月をベッドに寝かしつけてゆっくりと頭を撫でた。
はー可愛い。一緒に寝たい。
ま、まさか、これが母性というやつか。きっも。自分で思って気持ちわりー。
とりあえず明日だな。明日は何を披露してやろーかなー。そんな事を考えつつ、俺は窓から飛び出したのだった。
♠♣♥♦
「はー、いい夢みた」
てくてくと歩きながらそんな独り言をつぶやいてしまった。しかしそれもしかたがないことだ。もう最高の夢と言ってもいい。
「吉夢、ってゆーんだっけな」
目が覚めたあともウキウキだ。最高の目覚めだった。これは今日の夜寝るのが楽しみで仕方がない。ってゆーか学校サボって二度寝しよーかな。そしたらすぐに会えるわけだし。
いやいやいや、楽しみはあとでとっておこう。それに真夜中じゃないとさすがにピエロの姿は目立つしな。
「はぁ~今日の夜が楽しみ」
「何かいいことでもあるの?」
「わっ!」
後ろからひょいと顔を出したのはもちろん葉月だった。
「は、葉月」
「なになに~? 浮気かな~?」
目を細めてじとりとこちらを見る。
いやいや浮気ではないよ。だって相手葉月だし……ちっこいけど。
とりあえず言い訳をしておこうそうしよう。
「いやね、すごいいい夢を見たんだよ」
「夢?」
「そう夢。その続きが見れるかなーっと楽しみにしているんだよ」
「夢の続きとかそうそう見れるもんじゃないと思うけど」
うん、まぁたしかにそうだね。でも僕の場合見れちゃうんだよなー。
「そこは祈るのみ」
と、嘘をついてみる。
「ふ~ん」
と、疑惑の眼差し。
「で? どんなエロい夢だったの?」
「エロいとはなんだエロいとは」
どんなイメージだ。
「違うの?」
「チガウヨ」
断じて違う。癒しの夢だ。と、ここでふと思った。
「ねぇ葉月」
「うん?」
「葉月の小さいころの写真って持ってる?」
あの夢の中の葉月は絶対に葉月なんだけど、やっぱりここは確認をしておきたいところだ。
「ん~、どっかあるんじゃない?」
なんとも曖昧な返事を頂いた。
「見たい」
と、素直に一言。
すると葉月はすんごい嫌そうな顔をした。なんだその顔。骨格変わってない?
「ちーさいころの写真ん~?」
「いやならいいけど……」
すっごい見たい。こう言えば葉月はきっと――。
「……忘れなければ」
そういう性格なんだよなー。
「やった」
これで心のもやもやがとれる。確信はあるけどやっぱ決定的証拠がほしーんだよねー。
「じゃ、取引ね。皐月のも持ってきて」
「……ぇ?」
これは予想していなかった。なんたる誤算。しかしここで首を横に振ればきっと葉月は写真を持ってこないだろう。僕に拒否権はなかった。
「……わ、忘れなければ」
うんうんと満足そうな顔で頷く葉月。
くそう、なんて狡猾なんだ。
てゆーか僕の小さいころの写真? あったっけ? 正直なにも覚えてないし、アルバムとか見た記憶もない。今の時代にアルバムとかあんの?
まぁそれでも一応適当に探してみるかー。そうしないと葉月は本当に写真を見せてくれないだろうし。う~ん、どこかにあるのかなー。
なんてことを考えていたら身体がびくりと震えた。
「どったの?」
それを見た葉月は首をかしげる。
「いや、なんか……殺気?」
「中二病?」
「うっさい」
いやいや冗談とかではなく、本当に何やら悪寒とゆーか殺気とゆーか。いや殺気とか感じたことないし知らんけども。いやあるのか。ジョーカーとかすごいねちっこい殺気だしてくるしなぁ。でもそれとは若干違うなんかすごく嫌な感じ? なんだこれ。
でもなんとなく心当たりがある。きっと“あいつ”だ。
平静を装ってそのまま歩きだす。その間もずっと嫌な感じは続いている。
うわ~も~やだ~。なんで朝っぱらからこんなことになってんのー。せっかくいい夢見れたのにさー。良いことがあったあとは悪いことがあるって本当だねぇ。なんて冗談言ってる場合じゃない。
なんて諦めが悪い奴なんだろう。
こんなことが毎日続くと思うと禿げそうなんだけど。禿げたら労災でるかなあ?
ダメだ。かなり頭がおかしくなっている。いや、頭皮の心配じゃなくてね。
これはどうにかしないと本当に禿げあがるぞ。でも自分から行動を起こすとか僕にはできないし……。どうしたものか。
でもでも一刻も早くなんとかして僕の頭皮を……じゃなくて葉月を守らないと。でもどーやって? 説得して通じるならもう諦めているはずだし、話し合いの解決はありえないだろう。
あれ? 今日1限目なんだっけ? 体育かー! よしサボろう。保健室でゆっくりと今後を考えるか。
♠♣♥♦
天罰って知ってる? 悪いことをしたら天から罰が下るってやつ。
もーなんてゆーのかなー自業自得?
そんなものが本当に存在するのかはわからないけど、きっと今の状況を例えるならその言葉がピッタリなんだろうなぁとしみじみ思う。実際そんな悠長なことは言ってられない状況なんだけどね。まじ禿げそう。
保健室に這入ると保険の先生の稲葉先生はなんだか忙しそうだった。
「あ、あのー体調が――」
「適当にしてて!」
まさか職務を放り出して適当にしててとかあるまじき行為、というか言葉なんだけど今のぼくにとっては最高にありがたい。いちいち変な言い訳を言う必要がなくなるしね。せっかく考えてきたのになぁ。これは次回使わせていただこう。
名簿に自分のクラスと名前を書いてベッドに潜り込む。
「はー極楽極楽」
さてさて、一応目的は達成できたんだけど、ここからが頭の痛いところだ。
問題はあの生徒会長。えーっと名前なんだっけ? なんだっけ?
葉月に未だに付きまとっている生徒会長。生徒会に入れたいみたいだけど、あれは絶対に他の目的がある。きっと葉月の事が好きなんだろう。それで自分の近くにおいて口説こうって根端か。そーは問屋がおろしませんがな。
さてさて、それをどーやって阻止するかだけど。まず僕がいるのはお構いなしらしい。とゆーか僕と葉月が付き合っているのを認めたくないらしい。
親かっ!
そして説得は難しいだろう。
だったらどうする?
「……どうしよーか」
何も頭に浮かんでこないぞ。放置しとく?
「いや~あのねちっこい性格が諦めるとは思えないし……」
だったら何か行動を起こさないといけない。
どんな行動を起こす?
階段から突き落とす?
「僕が捕まっちゃう!」
いやでも痛い目を見せるってゆーのは良い手だと思うんだけど、痛い目を見たところで……って思ってしまうんだよなー。諦めそうにない。
どんだけ鋼の精神なんだよ。
もー何をしても諦めてくれそーにない気も……。
「待てよ……」
僕はここでピンときた。
「流れを止めるんじゃなくて、方向を変えれば……」
つまりどーゆーことかと言うと、生徒会長の好きな相手(葉月)を変える、ということ。心変わりするようなもっと可愛い子が現れてくれれば……。
「その子には犠牲になってもらおう。なむー」
そうすれば丸く収まる気がする。なんて良いアイディアなんだろうか。僕あったま良いな!
よし、解決。これで完璧だ。
「さぁ寝るか」
僕は意気揚々と目を閉じた。
しかしその可愛い子を見つけるってゆーのがまた難題なんだと気が付いたのは次に目を開けた瞬間だった。そしてそこからどんでもなく面倒な事態が待っている事をこの時の僕は知るよしもなかった。きっと犠牲にしようとしたどっかの可愛い子の怨念なのかもしれない。
はーん。