3
俺はゆっくりと目を開けた。
今日もこの世界にやって来た。
そう。
この夢の世界へ。
これはいつもの事だが、この夢の世界にやってきて、まず1番初めに思う事がある。それは、
「あぁ、腹減ったなぁ……」
それもそのはずだ。俺は1日1食しか食べていないんだから腹も減るに決まっている。本当は1日5食ぐらい喰いたいもんだけど、そうもいかない。その理由はハッキリしている。そう。いつもあいつが邪魔をするからだ。
俺の宿敵? みたいなキャラのジョーカー。
「毎日毎日ネチネチネチネチと……。あいつはあきないのかねぇ」
どこの夢の世界にもネチッこい奴はいるもんだ。
「嫌気がさす」
つくづくそう思う。これもそれも全部ジョーカーのせいだ。
「はぁーまじでなかった事にしてぇ」
ここでふと俺はある事を思いついた。
「ジョーカーがいなくなれば……」
俺はこの世界で好き勝手できるじゃないか。
「そうだ。ジョーカーがいなくなればいいんだ」
なぜ今まで気がつかなかったんだろうか。簡単な事だ。しかし俺は正直ジョーカーと争うのは避けたいと思っている。俺の方が数字は小さいし、ガチで戦えば勝つ確率の方がずっと高いだろう。
そんなこたぁわかってんだよ。
それでも、なぜかジョーカーとは戦う気になれないでいる。と、いうのが今の現状だ。
「どうしたもんかねぇ」
そもそもなぜ戦う気になれなのか。
「そんな事、俺が知りてぇよ」
同じ道化師だから? 俺は今までジョーカー以外の道化師に会った事がない。だからかもしれない。敵であっても同類と戦うなどしたくはないと考えているのかもしれない。
「なんて思う訳ねぇよな」
俺は自分の考えを否定する。俺はそんなに優しい訳じゃない。俺が優しくするのは葉月だけだからだ。その他の人間なんて死ねばいいと思っている。否、俺が喰い殺してやる。
考えは一向にまとまらずに時間だけが過ぎていく。
「はぁ。限界だ。こんなくだんねぇ事を考えてても仕方がねぇか。せっかく夢の世界に来てんのによ。考えんなら、つまらねぇ現実世界にいる時にすっかな」
俺は意識を切り替えて夜を駆けた。
ビルとビルを縫うように進んでいく。
「さぁ今日はどんなご馳走がいるのか」
そんな事を考えるとワクワクする。血が沸き肉が踊る。その衝動を早くぶつけたかった。
俺はビルの上から下を見下ろして、今晩の食材を決める。
「どいつにすっかなぁ」
時刻はすでに0時をまわっていた。俺がどうでもいい事を考えていたせいだ。でもその原因はジョーカーにあると俺は考える。あいつが悪いに決まっている。
さすがに時刻が時刻だけあって子供はいない。
「はぁ……。仕方がない。今夜は大人にするか」
全くもって憂鬱だ。でも、ま、出来るだけ若そうな奴にすっかな。そして喰うなら女に限る。男は筋肉が硬くて不味いのだ。
「おっ? 俺好みのいい女はっけ~ん」
俺はビルの上から獲物に狙いを定めた。しかし、直ぐに狩るなどという浅はかな事はしない。こんな人が大勢いる場所で攫えば騒ぎになる。騒ぎになるとどうなるか。あいつが出てくるに決まっている。そしたら飯が喰えなくなってしまう。さすがに飯抜きは勘弁願いたいものだ。
俺はビルからビルに飛び移り、女が人気のない場所へ行くのを待った。狩りは時間をかけて苦労すればしただけ喰った時の美味みが違ってくるもんだ。それを考えただけでヨダレが出る。
そして女は人気のない場所へ入って行った。
「はっはっは。ご愁傷様」
俺は一気にビルから飛び降りた。落下していく間にどこからどう喰ってやろうかと考える。いやその前に前菜を頂かなければいけないな。
さぁ……最高の悲鳴を聞かせておくれ。
女が何かに気がつき上を、つまり俺を見る。その瞬間に女の顔は変わった。
嗚呼、なんていい顔してんだよ。そんな顔されたら――。
俺が女に触れようとしたその瞬間だった。巨大な看板が俺と女の間に割って入った。
「あぁ?」
俺は不機嫌な声をあげた。看板が落ちてきた? いや、頭上に看板などなかったはずだ。
女は腰を抜かし尿を漏らしながらも必死で立ち上がって逃げた。
「ははっ。逃げられるとでも――」
俺が追いかけようとした瞬間、背後に何者かの気配を感じた。そして振り返ろうとした時、俺は吹っ飛ばされた。
「が……はっ……」
何が起こったのか理解できなかった。唯一理解できたのは今夜の飯が逃げて行ったこと。
今日は飯ぬきになりそうだなと心の中でため息をついた。
そして視線を前に向けるとそこにいたのは、先端がとんがっている赤い靴、ピエロとは違って身体にピッタリとフィットした服、三角の帽子、そして三日月の形をした目と口がある仮面。
「ジョーカー!」
何も言わずに俺を見つめている。目は見えないが視線を感じる。
「てめぇ、なんでここにいんだよ。ってか……」
早すぎる。俺はそう思った。いくらなんでも早すぎる。騒ぎは起こしていない。まだ未遂だ。なのになんでこいつがここにいる? 考えられる要因は1つ。
「待ち伏せたぁ、おもしれぇ事してくれんじゃねぇか」
俺は罠にかかったのだ。飛んで火に入る道化のピエロってとこか。
しかもジョーカーは既に能力を発動させている。でなければ、俺があいつの接近に気づかないはずがない。そしてもっとも厄介なのは、どれを発動させているかだ。それによって俺の手は限られてくる。能力はクラブの肉体強化。これはわかっている。ジョーカーはほぼ九十パーセントがクラブだ。よほどその能力が好きなのだろうか。
「ちっ。めんどくせぇなぁ」
俺は考えるのが嫌いだ。駆け引きなんてものは嫌いだ。
過程よりも結果を求めるタイプ。だがそんな事を言っている場合ではない。おそらく威力的にそこまで強くはない。もし上位の数字を使っていたら今の1撃で終わっていたかもしれないからだ。となると疑問が1つ出てくる。なぜ上位の数字で攻撃をしなかった?
これは単なる予想だが、当たるとは思ってなかったんじゃないだろうか。きっとジョーカー本人が1番驚いていて、1番後悔をしているはずだ。
俺も俺で可笑しな話だ。いくらメシに気を取られていたからといって、あんなものをまともに喰らうなんてほんとうにどうかしている。
おそらく威力的に数字は5以下のやつだろう。そうなると俺は必然的にそれ以上の数字を使うしかない。
「アビリティコール……オン!」
俺の足元で真っ赤な魔方陣が光り輝く。
「よう。今日は相手してやんぜ」
俺はジョーカーに向かって言葉を投げた。しかし予想通り、というか当然ながら、
「ダンマリかよ」
こいつ口がねぇんじゃねぇの? もしくは縫い付けられているとかか? あぁ、そんな事を考えている場合じゃなかったな。さぁ殺し合いを始めようか。
「待ったなし、だ」
俺は勢いよく地面を蹴った。アスファルトにはヒビが入り、景色は凄まじいスピードで後ろに流れていく。俺はジョーカーを引き裂くべく、指をたててそれをジョーカー目掛けて振り抜いた。
まぁ普通なら爪で引き裂く、と表現するのかもしれないが、生憎と俺は、ってか道化師は手袋をしているので爪は見えない。そもそも肉体強化をしているので、指だけでも十分すぎるほどの力がある。指1本で鉄筋すら貫通させる事も出来る。それが肉体に当たれば、例え相手も肉体強化していても無事には済まないだろう。しかも俺はジャックの数字を使っているわけだしな。さっきの1撃の事もあるし今日はけっこー本気だ。
しかし、俺の指は空をきった。
「ああ?」
そこにジョーカーの姿がなかったのだ。
「はっ。これで確定だな」
ジョーカーが使っているのは肉体強化だ。
それ以外では今の俺のスピードについて来れるはずがない。
「さっさと終わらすぜ? 俺ぁ腹減ってんだよ」
俺の胃が人間を欲しているのだ。早く喰わせろとバクンバクンと動いているのがわかる。
そう急かすなよ。
ジョーカーは構える事もなくこちらを見ている。
「わりぃけど、お前今日死ぬかもな」
自然と俺の口は歪んだ。正直楽しくすらもある。弱い者イジメは最高に楽しい。
俺は腰を落としてジョーカーに狙いを定める。すると予想だにしていなかった事が起こった。
「なっ……」
ジョーカーが逃げたのだ。
「……」
あまりに予想外でジョーカーが逃げていった方向を見つめながら1歩も動けなかった。
「意味わかんね……」
しばしその場で呆然と立ち尽くした。
そしてその時の俺に唯一失敗があったとすれば、それはその場から直ぐに動かなかった事だ。
ジョーカーは去った。俺はひと呼吸入れて気持ちを入れ替える。
「なんなんだあいつ……。まぁいいか。いいのか? まぁいいんだろうさ。さぁ食材を探しにいくか」
訳がわからないので自問自答をしてみるが、やはり訳はわからなかった。
そして5分が過ぎて能力が消える、と同時に理解した。
「まさか……」
能力を使わされた?
俺に上位の数字の能力を使わせるのが目的だった?
そう考えると合点がいく。カードが復活するのは1週間がかかる。それまではそのカードは使えない。このまま上位のカードがなくなって相手に上位のカードがいっぱい残った場合……。
「……やばくね?」
さすがに対抗できる気がしない。いや、気合い入れればできるのかもしれないが確実じゃない。リスクの方が圧倒的に高い。もし仮に本当に俺の考えが当たっていたなら最悪だ。予想が当たるのは嬉しいことなのだろうが、今回はそう思えるはずもない。
「……よし、逃げよう」
それしかない。カードが復活するまでどこかに隠れてやり過ごすしかない。あいつはきっとねちっこいので躍起になって俺を探すだろう。1回見つかったぐらいじゃ大丈夫だろうけど、これが数回続いたら確実にやばい。
「いや、でも……」
ジョーカーもカードは使っているはずだ。これだけは確実に言える。つまりあいつは自分は数字の低いカードを使ってやり過ごして俺に上の数字を使わせるってことだろ? つまりつまり?
「逃がさなきゃいいだけの話じゃね?」
これは向こうにもリスクがある。とゆーか、むしろジョーカーの方が危険性は高い。その危険な橋を渡り終える事ができたら勝利ってやつか。
「なるほどな」
これはゲームだ。
「のってやろーじゃねーか糞野郎が」
なーんて思っていたらどこからともなくゴミ箱が飛んで来やがった。まぁ当然当たるはずもなく。
つーか、あいつゴミ箱好きだな。人間はゴミ箱なくなってけっこーびっくりしていると思うんだが。
ここでカードを使うような愚行はおかさない。あくまでも素の状態で対処する。あいつはどこからか見ているはずだ。そしてカードを使った瞬間に猛スピードでまた逃げる。
いたちごっこもいいとこだな。
俺はこのまま逃げ切って姿を隠す。もしかしたら俺の考えは外れているかもしれないが、可能性がある限りそれを稀有することはできない。
なんたって命がかかってんだからな。これぐらいは当然のことだ。
それからジョーカーは諦めたのか、それとも俺がうまく撒けたのかわからないがゴミ箱が飛んでくることはもうなかった。
結局この日は飯ぬきになってしまったが、まぁぶっちゃけ喰わなくても全然平気なのでよしとしよう。それでも色々と萎える1日になってしまったのは言うまでもない。
♠♣♥♦
夢から覚めると僕はため息をついた。
「最悪な夢だ」
悪夢と言っても過言ではない気がする。いや悪夢だ悪夢。悪夢に決定だわーい。
まったくジョーカーは最低な奴だ。しかし今回のジョーカーはらしくなかった。この追いかけっこに飽きてきたのか。
「近々ガチンコ勝負かなぁ」
まったく夢の中なのに難儀な事だと僕は思う。ここれふとある事に気がついた。
「夢の中なんだから死んだって大丈夫……?」
これまでなぜ浮かばなかったんだろうか? そうだ。所詮は夢の中の出来事なのだ。夢で死んだとしても現実の僕が死ぬ訳ではない。なぜ今までこの事実に気がつかなったんだろうか。
しかし、
「それでも僕は死ぬ気なんてさらさらないけどね」
夢の中だからといって容易く殺される訳にはいかない。
そんなものただの逃げだ。逃げるのは現実世界だけで十分だ。夢の中までも逃げるなんてありえない。
しかしながら本当にジョーカーの考えていることがわからない。
そもそもなぜ人間の味方をしているか、ってゆーのが最初の疑問。道化師にとって人間は食料だ。それ以外はありえない。
それを守る理由ってなんだろ? 家族でも人質にとられてるとか? いやいや、ありえないね。仮にそうなら力づくで取り戻せばいいだけの話だし。
でも僕にはそれぐらいしか思い浮かばないなぁ。人間側もどうにかしてる。だってそうでしょ?
ジョーカーは生きているんだよ? それがどういうことかわかるでしょ?
前にも言ったと思うけど、道化師は人間を食べて生きている。喰わないと生きていけない。つまりジョーカーも確実に人間を食べてるはずなんだ。
なのにジョーカーに味方する人間がいるという事実。
その人間は馬鹿なのかな? 自分だけは喰われないとでも思っているのかな? 何度も言うけど僕たちにとって人間は食料意外なにものでない。
お互いに持ちつ持たれつの関係にある? 何か取引でもしたのか? そう考えるほうが妥当だけど……ん~やっぱわかんないや。
こーゆー場合は他の視点から見るのが1番いい。
まぁ単純な話、他の誰かに聞いてみる。まぁその相手は葉月なんだけどね。でも葉月も葉月でちょっと変わってるとこがあるからなぁ。
なんだかまともな答えが返ってきそうにない気がする……。それでも一応は聞いてみようかな。まったく僕が予想できない答えを期待してみよう。
「別に理由なんてないんじゃない?」
おっとそうきたか。葉月らしいといえば葉月らしいけど。
「ようはさ、利害が一致しているだけってことなんじゃないかな?」
「なるほど」
本来は敵同士だけど、倒す目的が一緒だからとりあえずは手を組んでみる、って感じかな。その倒す目的ってゆーのは僕なんだろうけどね。僕モテモテだな。
ちなみに葉月にはピエロだのジョーカーだのというのは言っていない。あくまで本の中の出来事の様に説明した。さすがに葉月に『え?中二ですか?』とか真顔で言われたらちょっとショックかも。別に誰しも妄想はするんだから恥じることはないんだけどさ。
それでも葉月に嫌われるのは嫌だ。それだけは我慢ならない。もし仮にこの世界で葉月に嫌われてしまったら僕はずっと寝続ける。あっちの、夢の世界へずっといる。
まぁ寝続けられるのかという疑問が残るけど、そこは考えようだよ。植物状態にでもなればいい。そうすればずっと寝続けられる。
もうこっちの世界にいる理由はなくなるんだしさ、この身体がどうなってもかまわないよ。僕はずっと夢を見続ける。でもあっちでジョーカーに殺されたらどうしよう。
もし仮にずっと夢の世界にいることになったなら、うん、その時はジョーカーを殺そう。それが1番いい選択肢だ。
そんなことを考えていると葉月が僕の顔をジーっと見つめていた。僕は無意識にたじろいだ。
「……なに?」
「ん? いやあ、なんか悪い顔してるなぁって思って」
しまった。思わず顔に出ちゃった!?
「まぁ皐月がどんなエロいこと考えてるのか知らないけどさぁ」
ちょっと待って? 僕はエロいことなんて考えてませんけど?
「それ、浮気だからね?」
妄想しただけで浮気になるの!? それはきつくない?
「まぁ冗談だけど」
「冗談かよっ!」
良かった。本当に良かった。
「さっきの話だけどさ」
そう言って葉月は話を戻した。
「利害が一致している相手をどうやって丸め込むつもりなんだろうね」
「ん~どうするんだろうね」
正直どうでもいい。手を組んでいるかもしれない。それがなんだっていうんだ。どっちも僕の、ピエロの敵じゃない。人間なんて食料だし。ジョーカーだって僕が本気を出せば倒せると思うし。
ただ今までそれをしなかっただけだ。ここいらでそろそろハッキリとさせないといけないのかもしれない。
正直、毎日毎日鬱陶しいし。よくも飽きずに僕を狙ってくるなと感心してしまうほどだ。もうジョーカーはストーカーだと本気で思おう。
そんな奴には罰を与えないとね。次会ったときがあいつの最後になりますように。
そんな事を考えていると学校へ到着した。なぜ学校なんてものが存在するのだろうかとは誰もが1度は考える事だろう。
しかし僕はいうほど学校が嫌いじゃなかったりする。友達いないけど。いないけど!
ときどき、生徒全員が食べ物に見えてしまって1人で笑ったこともある。夢に影響されすぎな。
「じゃ、ちょっとトイレ寄っていくね」
そう言われて僕は葉月と別れた。それを見ていて待ってましたとばかりに1人の生徒から僕は声をかけられた。
「おい」
顔は合わせたことはあるが、会話など1度もしたことがない。のにもかかわらず、この第一声。よくそんな声のかけかたが出来るものだと逆に関心してしまう。
相手はいうまでもなくあいつだ。
「なにか?」
「ちょっと話がある」
はじめて先輩からのお呼び出し。ついて行かないでこのままバックレた方がいいのではないかと本気で思うけど、これは引き下がれない。理由は簡単だ。きっと話というのが葉月の事だからだ。
そして人通りの少ない階段で足を止めて振り返る。
「お前、なんなんだ?」
なんなんだと言われても困る。そもそもそれは質問になっていない。こいつはきっと馬鹿だ。
「なんだ、と言われましても」
なに、自己紹介でもしろってゆーのか?
「お前、あいつと付き合ってるってホントか?」
あいつ、ときたか。
「えぇ、まぁ」
「ちっ、なんでお前なんだよ」
それは同意する。激しく同意する。そんなもん僕が聞きたい。
でも、それを他人から言われるのは好きじゃない。
「諦めた方がいいですよ。二重の意味で」
「あ?」
おっと、つい本音が。これは明らかに勘に触ったご様子で。でも僕もここで引くわけにはいかない。めっちゃ怖いけど。
「葉月は生徒会にも入る気はないそうですし、諦めた方がいいですよ」
視線を外すことなく言った。ちなみに足は震度7強ぐらい揺れている。どうかバレませんようにバレませんように。
「……」
うわー、なにこの沈黙。僕殴られたらどうしよう。
なんてことを考えてきたら神のチャイムが鳴った。最高のタイミング! よし、さっさと帰れ馬鹿!
あれ? おかしいな、動かないぞこの人。
おそらくどうするか考えているのだろう。仮にも生徒会長が遅刻するだとか名誉にかかわりそうなことだし、でもこのまま帰るのも。ってな感じか。
わずか数秒だったが、チャイムが鳴り終えると同時に帰って行った。
「は……はふ~……」
座り込んでもいいかな僕。ってゆーか、もうこのまま帰りたいんだけど。てゆーか帰ろうかぁ。あの雰囲気だと昼休みも来そうなんだけど。でもここで逃げたら負けを認めることになりそうだし、それは絶対に嫌だ。葉月を渡したくない。かと言って何をするでもなく……。たぶん1番いいのは相手にしない事なんだろうけど。
「あ~ここが夢の世界ならなぁー」
ぼっこぼこにしてやれるのに。泣き叫んだって許さないし、自分の身体が喰われる音と自分の悲鳴を聞かせてやれるのに。
しかし、本当にどうにかしないと。どうにかできるのか僕が?
「……めんどくせー!」
なんでいちいち割り込んでくるかなー。
「はーあ、なかった事にしてぇ……」
空を見上げると目を背けたくなるほどの清々しい青空が広がっていた。