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道化師  作者: 夜行
1/15

A


 夢の世界。

 そう言われてどんな世界を思い浮かべるだろう。

 現実世界でも夢のような感覚には陥る事が出来る。

 可愛い彼女がいて、毎日が楽しい。まるで夢のようだ。

 でも世の中は思い通りにはならない。それは当たり前なんだけど。

 しかし思い通りになる世界もあるのも事実だ。その世界は誰もが知っている世界。

 つまりそれが夢の世界。否。夢の中の世界だ。

 普通は夢の中でさえ思い通りにはいかない。むしろ夢の中の世界の方が思い通りにいかないだろう。でも僕はそんな夢の中の世界を自由に動かす事が出来る。いや自由に動かすと言う表現は少し違うかもしれない。

 感覚としてはまるで現実世界の様な感覚だ。全てが鮮明で全ての感覚もある。そんな夢の様な夢の中の世界。

 でもそれはあくまで夢なのだ。だからその世界は僕が創っていると言っても過言ではない。だからなんでもやり放題。何をしても許される。そんな世界。

 にもかかわらず僕自身以外は僕の思い通りには動いてくれない。矛盾している。ん? 何を言っているのかわからないって? それは奇遇だな。僕もわからないんだ。最近ではどっちが現実世界なのか区別がつかなくなってきている。まぁ一言でまとめるなら、僕は夢の中の世界で自由に動くことは出来るけど、僕の夢の中なのに僕以外の人、物はそれぞれ意思があって僕の思い通りには動いてくれないってこと。一言じゃなかったな。

 それにそれは言ってしまえば、当たり前のことだ。夢だからといって相手の行動をすべて僕の意のままにするなんて出来ない。

 そんなもの夢じゃなくて現実世界だろと思う。でも夢なんだ。

 それはなぜか。

それは、僕はその夢の中の世界で人を喰らう凶悪な化け物だからだ。





 ♠♣♥♦




 ここは現実世界。風は心地よく春風が吹き、桜の花びらが舞う。現実世界という表現の仕方は少々おかしいのかもしれない。他にも世界があるような言い草だ。しかしそんなものは存在しない。世界はこの素晴らしいここだけだ。それを証拠に――。

「皐月ぃ」

 僕は呼ばれて振り返った。そして目に飛び込んで来たのは走ってくる僕の彼女だった。短いスカートをなびかせてまるで蝶のように走ってくる。

 あんまりその短いスカートで走らないでほしいんだけど。なんて思うんだけど、僕の目の保養にもなるから言わないでおこう。

「もう、おいてかないでよ」

「ごめんごめん」

 学校が終わり、帰り道の出来事だ。

 彼女の名前は葉月。付き合って半年になる僕の彼女だ。長い黒髪をいつも頭のてっぺんで団子状にしている。毎朝セットするのが大変だろうによくやるなぁと感心してしまう。そんなセットする時間があったら、僕は確実に寝る方を選ぶ。

 背は僕よりも少し低い。まぁ僕がそんなに高くもないのだけれど。ちょうどいい僕に合った身長の可愛い女の子だ。そんな可愛い彼女は言う。

「空見上げて何を黄昏てたの?」

 どうやらしっかりと見られていたようだった。

「ん~? いやぁ、こっちは平和だなぁと思って」

 特に考えもしないで思っていた事を口に出してしまった。しかも迂闊にも『こっち』と言ってしまった。これは非常にやばい。説明なんてできるわけもない。

しかし葉月は気付かなかった様に続けた。

「平和が1番。平和には無限大の可能性を感じるしね」

 そう言って微笑んだ。

 危なかった。痛いやつだと思われてしまうところだった。

 あっちの世界ではありえないほどの平和さだ。まぁ所詮、僕の夢の話なんだけど。

「なぁ葉月」

「なに?」

「葉月はいつもどんな夢を見ている?」

 他人の夢に興味があった。他人も同じように、僕と同じように夢の中で自由に動く事が出来るのだろうか?

「そんなの毎日違うし、あんまり覚えてない」

 当然の回答だった。それが一般なのだから。そう考えるとやはり僕は異質なのだろうか? 自分が特別と思うのは浅はかだと誰かが言っていた気がする。

「だよねぇ」

 納得は、出来ていない。しかし理解はしている。

 もうすぐ太陽が沈み、1日が終わる。これから夜の時間だ。

「んじゃまた明日ね」

 葉月はそう言うと手を振り別れた。

今日も夜が来る。

そして眠り、夢を見る。もう1つの世界。その中で僕は――。

 僕は早々にベッドの上で目を瞑る。まだ時間は夜の8時だ。

「よし、行くか」

 夢の世界へ。眠るという感覚ではない。

 僕は目を閉じ、数秒後目を開けた。そこに広がる景色は絶景だった。夜の街で高いビルの屋上から見下ろしている。そして僕の、いや、俺の格好は独特のものへと変化していた。

 その姿とは、真っ白に塗られた顔で真っ赤で丸い鼻と大きすぎる唇がついた仮面。そして派手な白と赤のギンガムチェックの服。そう、つまりはピエロ、道化師の格好だ。

 俺はこの夢の世界ではピエロとして生きている。人間ではないのだ。なぜこうなっているのかは自分でもわからない。気が付けばこの格好で、そしてこの世界を闊歩していた。

 時刻は夜の九時を回っている。目を瞑り、あけたのは一瞬でもやはり夢を見るまでは多少の時差があるようだ。

「腹減ったなぁ……」

 そんな事を思いながら街を見下ろしていると子供が1人で歩いているのが見えた。

「嗚呼。なんて悪い子だ」

 こんな時間に1人で出歩くなんて悪い子に決まっている。最近はこんな世の中が普通になってきてしまっている。

 まったく困った世の中だ。

 俺はそう呟き、ビルの上から飛び降りた。

 それから数分後。誰もいない路地裏に俺はいた。

「嗚呼。やっぱうめぇな。なんでこんなにうめぇんだよ」

 俺は食事をしていた。頭蓋を割り、中身を取り出し啜る。

「やっぱ脳ミソ最高だぁ」

 そう。俺が今喰っているのは先ほど拐った子供だ。

「やっぱ喰うなら子供に限るな。大人とは違って肉が柔らかくてとろける様だ。しかも殺す寸前のあの顔がまたたまんねぇよ。思い出しただけでも勃起もんだぜ。さて、次は脚いっとくか」

 迷うことなく脚をもぎ取った。そしてそのまま口へ。これでもかというほど大きく口をあけて貪り喰う。骨がいい音をたてて砕ける。もはや俺に慈悲の欠片もない。いや、それは当たり前だ。人間だって物を喰うときに慈悲など思わない。そんな人間なんて俺の知っている内ではいない。俺の場合、喰う対象が人間なだけだ。俺は差別などしない。全てに等しく全てに無情だ。それがこの世界の俺、道化師ピエロだ。

 そして食事を続けているとある気配を感じた。

「はぁ……。俺はなぁ、食事中を邪魔されんのが1番きれぇなんだよ。しかもそれをわかってやって来てるっつーのが尚更気に食わねぇ」

 俺はゆっくりと立ち上がり、背を向けていた方向へ振り返ろうとして、そのまま後ろに飛んだ。すると今まで俺が立っていた場所にゴミ箱が投げられた。

「ふん。お前はゴミだって言いてぇのかよ。なぁ……」

 1度言葉を切り、そいつのいるであろう場所に視線を向ける。そいつはそこに何食わぬ顔で俺を見下ろしていた。俺は怒りを込めてそいつの名前を叫ぶ。

「ジョーカーッ!」

 道化師ピエロの対なす存在ジョーカー。ジョーカーも道化師だ。そいつのその姿は、先端がとんがっている赤い靴、ピエロとは違って身体にピッタリとフィットした服、三角の帽子、そして三日月の形をした目と口がある仮面。それがジョーカー。

 表情は全く見えない。三日月の形の目の隙間から微かに本物の目がチラリと見える程度だ。実際俺はこいつの事をよく知らない。冗談ぬきで最初は機械か何かだと思ったぐらいだ。その最たる理由は――。

「またダンマリかよ」

 こいつは喋らないのだ。1度も言葉を聞いたことがない。しかし喋れない訳ではない。それは確信が出来ている。それはなぜかと言うと、道化師にはある能力がある。そいつを発動させるには言葉にしなければならないからだ。いつもボソボソと言って能力を発動させている。つまるところ、俺と殺し合いをしているって訳だ。

 なぜ同じ道化師同士で殺し合いをしているのかと言うと、それは俺が聞きたい。こいつ、ジョーカーは道化師の癖に人間に味方をしているのだ。馬鹿な奴だと思う。人間なんてものは所詮、食料でしかないのだ。こいつも生きている。つまりはジョーカーも人間を喰っているはずだ。なのに人間の味方をしている。日々、この街で悪さをしている俺を追い掛け回し、殺そうとしている。俺のストレスの1つの原因と言ってもいい。

 正直、俺はこいつと戦いたくない。俺は平和主義者なんだ。人間を喰うのは生きるためだ。まぁそりゃ時には惨殺なこともするが、それも致し方ないと思ってくれてもいいんじゃないかと俺は思っているが、どうもあちらさんはそれが気に食わないらしい。

 いつからこんな殺し合いをしているのかわからない。だが1度も勝負はついていない。俺は逃げるのがうまいんだ。さぁ今日も逃げるぞ。

 俺は何も持ってない手から手品のように1枚のカードを取り出した。そのカードとはトランプだ。

「アビリティコール・オン」

 すると俺の足元に緑色の魔方陣が出現した。

 そして右手をジョーカーに向けた。すると俺の掌から激しい炎が放たれる。

「……」

 ジョーカーはボソボソと何かを言う。するとジョーカーの足元にも魔方陣が出現した。しかしその色は俺と同じ緑ではなく黄色だった。

「ちっ。今日はえらい本気だな」

 ジョーカーは一気に俺との間合いを詰めくる。だから俺は自分の周りを炎で覆った。これならジョーカーも近づいて来られない。かと言ってこのまま膠着状態のままって訳にもいかねぇ。次の手を考えねぇと。

 俺が能力を発動させて約2分。あと3分持つ。俺とジョーカーの誤差は3分ある。その3分を一気に使って逃げるしかねぇ。しかしそれは奴も考えているだろう。

 今使っている能力的にはあいつの方が上だ。だから無理やり突っ込んでこようと思ったら来れる。

 なーんて考えてたら、ほら来やがった。

「おっと」

 炎の壁を突き抜けてきやがった。多少焦げてはいるものの、なんてこたーないようだ。致命傷には至るはずもない。若干焦げた服をパンパンと払いながらさらに向かってくる。

「まったく……忙しい奴だな」

 俺はまた手をジョーカーに向けた。今度は炎ではなく水が飛び出した。水圧でジョーカーを吹き飛ばす。

「はっはー! どうだ気持ちがいいだろ? 熱かったと思ってな。冷やしてやったんだぜ」

 ビルから落ちたジョーカーは予想通りに何事もなかったかのように戻ってきた。こちらとしては時間が稼げればそれでいい。

 そして俺は今度は指を鳴らす。すると地面に落ちていた木の葉がみるみるうちに成長して木になった。その木はジョーカーを縛り付ける。水を吸って強くなっている木は力強い。

「はい、じゃーさようなら」

 もうジョーカーもわかっているだろう。次はもちろん炎だ。

 その木を燃料にして炎は爆発した。轟々と燃え上がる炎。まるで生きているかのように体をくねらせて燃え続けている。

 俺はそれを黙って見つめる。

「嗚呼、綺麗だな」

 炎の光を見るのはとても落ち着く。色だけで感じる事のできるこの暖かさ。これは至福の時なのかもしれない。しかし、これに負けず劣らずの存在がもう1つある。それは夕焼けだ。炎と違っていつまでもいつでも見れるわけじゃない。限られた時間でわずか数分。何もかも忘れて魅入ってしまう。まるで今まで自分が殺して喰ってきた悪行がすべて洗われるような感覚だ。

 なんてことを言ったら、自分が穢れて反省をしている風に聞こえるがそんなことはこれっぽっちも思っていない。逆に、さぁ次も頑張って殺すかと元気がでるぐらいだ。

 いつまでもこの炎を見ていたいがそうもいかないだろう。こんな事でジョーカーが死ぬはずがないと俺は信じているからだ。むしろ信頼していると言ってもいい。

 ほら、そんな事を思っていると炎の中の黒い影が不気味に動いている。

 来る。

 俺は瞬間的にそう感じ取って意識を戻した。それと同時にジョーカーが勢いよく炎の中から飛び出して来た。

 人差し指と中指を合わせて、指だけを下から上へと動かす。すると俺とジョーカーの間に土の壁が出現した。しかし、そんなことで止まるジョーカーではない。あいつの今の能力は肉体強化だ。こんな壁は一瞬でぶち破ってくるだろう。

 まるで豆腐の壁を突き抜けるようにいとも容易く突き抜けてくる。いや、わかっちゃいたが、簡単にそれをされるとどうも面白くないな。

 だが、その壁は布石だ。ただの目くらましだ。壁を突き抜けた直後に俺は1本の槍を投げつけた。

 自分の背よりも長い1本の槍。先端の刃先は3つに分かれていて真ん中の1本だけが短い。ようは左右の刃先で首を挟んで命乞いをさせてから真ん中の短い刃先でトドメをさすというとても素晴らしい拷問器具のような槍だ。

 俺はこれを具現化能力で精製した。

 壁を突き破った瞬間にそれが目の前に迫っていたのにも関わらずに、紙一重で避けるジョーカー。

「まーじか。それ避けんの?」

これは相手を褒めるのがベストだろう。こちらにミスはない。完璧なタイミングだった。肉体強化をしていなければ確実にあたっていたのは言うまでもない。

はてさて、どうしたものかね。どうやって時間を稼ぐか。防御に回ってもダメだ。攻撃する事で相手の手数を落とすに限る。

 かと言って何か有効な手段を考え付いたわけではない。

「ふ~む、どうすっかな」

 相手の動きを鈍くする方法。絶対的力……それは自然の力だ。

 俺は自分とジョーカーの周りを土の壁で覆った。天井まですべてだ。そしてその中は闇に包まれる。ジョーカーは警戒しながら周りをキョロキョロとしているだろう。この闇に乗じて攻撃を仕掛けてくるかもしれないと思っているだろう。

 炎を出現させて灯をともす。

「俺はここだ。逃げも隠れもしない」

 小さな灯が俺の姿を映しだす。それを発見して身構えるジョーカー。

 正直なところ、この中を炎で包んでもいいがそれは俺も危険だ。この炎は俺には影響はないが、違う影響が出てしまう。それは酸欠だ。さすがにそれはやばい。俺へのダメージも深刻だ。

 まぁこれからどうするかというと――。

 ジョーカーは空気を読まずに突進してきた。

「おいおい、もうちっと待ってくんねーかなぁ」

 こいつは本当に馬鹿だ。人の話なんて絶対聞かないタイプだろう。まぁそんなことはおいておいて、さぁショーの始まりだ。

 向かってくるジョーカー。その瞬間に俺の後ろから大量の水が出現した。小さな炎の光の後ろから水が一気に押し寄せる光景はそれはそれは恐怖だろう。俺は驚くジョーカーを無視して炎を消した。それと同時に高くジャンプをする。

 すると背中が天井にぶち当たる。と同時に俺の目の前に壁をつくる。

 つまりどういうことかというと、天井が二重構造になっている訳だ。その隙間に俺。壁1つ挟んで下にジョーカーと大量の水。さすがに息止めの我慢比べなんてこたーしない。とゆーか、俺は水が嫌いなんだ。雨が嫌いだ。濡れるのすら絶対に嫌だ。

 雨は夕日を隠しちまうしな。

 下の階ではジョーカーが必死に策を巡らせているだろう。と言っても方法は1つしかない。いたって単純。壁を壊すことだ。

 だから俺も少々仕掛けをしてみた。下の方でドンと大きな音が水を伝って振動してきた。おそらくジョーカーが壁を殴ったのだろう。そして今は絶望の真っ最中か?

 壁の中には金属の壁があるからだ。そう簡単に土壁みたいに壊せない。予想外の事が起きてジョーカーはパニクっているはずだ。水の中では息も長くは続かない。それが拍車をかけて焦らせる。何度も、何度も殴る音が聞こえる。

 このままいけばジョーカーは死ぬかもしれない。

「そろそろだな」

 俺の能力が切れる。別にこれでいい。俺はジョーカーを殺そうなんて少しも思っちゃいない。

 そして俺の能力が切れる。5秒前……4……3……2……1……0。

 それと同時に俺の具現化能力は消える。つまりこの壁のドームも水も消え失せる。

俺は叫ぶ。

「アビリティコール・オン!」

 今度は俺の足元に光った魔方陣は赤色だ。クラブの10。これで互角以上。あと数秒でジョーカーの能力が切れるが、奴は満身創痍だ。

 そしてジョーカーの能力が切れる。3……2……1……0。それと同時に一気に逃げる。

「はっはー! また俺の勝ちだ。せいぜいそこで指でもくわえて俺の逃げ様を見てるがいい!」

 負け犬の遠吠え宜しくといった感じで俺はそんなセリフをはいてその場を後にした。あいつは追ってこれない。俺は肉体強化能力の赤を発動させ、あいつの能力はきれているし、今にも死にそうだ。俺のスピードには追いつけない。こうして俺はまんまと悪事を働き、ジョーカーを振り切ったのだった。



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