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七色の鱗  作者: 河東 鶚
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七色の鱗 6

 裕太がそれに気が付いたのは夏島夫人の家に行った日から二日目のことである。

 きっかけは些細なことだった。

「なあ和馬、次の授業ってなんだっけ」

 何気なく裕太が話し掛けたとき。

「…」

「和馬?」

「…」

「おい和馬大丈夫か?」

 裕太が和馬の肩に手をかけると和馬の体がびくっと震えた。そして和馬は慌てたように答える。

「あ、ああ、どうした裕太」

「お前…大丈夫か?」

 裕太が和馬の目を覗き込むようにそう尋ねると、和馬はそっとしかし明確に視線を逸らす。

「大丈夫って何がさ。俺はいたっていつも通りだよ」

 和馬はそういうと窓の外を見上げた。

 青い空には白い雲が幾筋か流れていた。


 裕太も最初は偶然の一致かと思った。しかしそれはだんだんと頻度を増していった。

 朝、会っておはようといったとき。教員に当てられたとき。休み時間に裕太やほかの友達が話し掛けたとき。そして夕方、その背にまた明日といったとき。

 和馬はどこかボーとして、こちらの話など全く耳に入っていないようだったのである。

 翌日つまり夏島夫人に話を聞いてから四日目にはさすがの裕太にも友人の身に何か大変なことが起こりつつあると感じた。

 裕太は夏島夫人の話を回想する。

『どこかボーとしていて話し掛けても答えないことが多くなりました』

 和馬は本来よくしゃべるやつだ。都市伝説に取りつかれたときはまるで熱に浮かされたようになるが、その時ですらよくしゃべる。

 しかし今の和馬はそうではない。話し掛けても答えない。教員に当てられても気づかない。本人もボーと空を見上げるだけで、何も話さない。

 元が小うるさい奴だったせいか、和馬の変化はもう誰の目にも明らかだった。

「おい和馬!しっかりしろ」

「…裕太か、そんなに大声出さなくとも気づくさ」

「どうだか。すでに何回か声をかけてるのに気が付かないやつが僕の目の前に一人いるんでな」

 和馬は苦笑いをした。口の端を小さく上げて、どこか他人行儀に感じる笑みだ。裕太が和馬の変化を気にしているからだろうか、裕太は和馬のその笑い方に不自然さを感じる。どこか卑屈なというかあざ笑うような。向けられてうれしいタイプの笑顔ではない。

「お前、何かあったな」

 裕太は和馬に詰め寄った。

「何があった?」

 裕太の問いかけにまた和馬は眼をそらす。裕太がその方に手をかけても目線は空に向けられたままだ。

「…裕太は空を飛びたいと思ったことはないか?」

 和馬は唐突にそういった。

 裕太は一瞬何を聞かれたのか分からなかった。

「空?なぜ急に?」

「もし自分の背に翼が生えて、もしそれで羽ばたくことができて、もしそれで…自分の望むまま空に飛び出すことができるのなら、それは素晴らしいことだとは思わないか?」

「それは…確かにわからなくはないが」

「空の上から見たら今の俺たちはどう見えるんだろうな」

「なんだよ、それは」

「いや、ふと思ったのさ」

 和馬はそういったきり、結局何も裕太には話さなかった。


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