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七色の鱗  作者: 河東 鶚
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七色の鱗 3

「よう裕太、ぴったりだな」

 裕太は公園にいた。時間は午後六時。下はジーンズ、上は白地に青いボーダーの入ったTシャツの上に濃紺のジャケットといういで立ちだ。

 公園で待っていた和馬も同じようなこぎれいな格好をしている。

「それで、僕はどこに連れてかれるのさ」

「まあ、道中話すよ。時間も迫ってるし歩き出そう」

 裕太は和馬の隣にならんで、歩き出す。

「クラスに夏島さんっているの覚えてるか?」

「そりゃもう高校が始まって数か月たってるんだ。クラスメートの名前ぐらい覚えてるさ」

「そりゃよかった。裕太ぐらい人付き合いを嫌ってると、クラスの有象無象なんていちいち覚えないかと思ったよ」

「馬鹿にしてんのか?僕は人付き合いが面倒というだけで別に嫌いでも苦手でもないさ」

「おうごめんごめん」

「それで、夏島さんがどうかしたのか?」

「ここ数日学校を休んでる。その原因って知ってるか?」

「知らないよ。多分風邪とかじゃ……、まさか和馬もしかして」

「察しがよくて助かるよ」

 夏島晶音は裕太たちの所属するクラスのクラスメートだ。線の細い体付きと、長く伸ばした滑らかな黒髪が印象に残っている。裕太はあまり話したことはないがそれは裕太が人付き合いをしなかったからということだけではない。晶音も同じように一人でいることが好きな生徒であった。ほかの女子が騒がしく話している横で一人黙々と本を読んでいるような生徒だ。

 どこか薄いというか儚いというか、そんな言葉が似あう独特の雰囲気を持ち、それが本人のすらりとしたいで立ちや白い肌に不思議とマッチしていた。そのせいか、入学当初は男子に声を掛けられることも多かったらしいが、その後全く話を聞かないところからお察しだろう。

「夏島さんはもう一週間も目を覚ましていないらしい」 

 和馬は淡々と言った。本人からすればもの前に大好物がぶら下がっているのだから叫びたいような心情だろうが、さすがにそれは失礼だと自重したらしい。しかしそれを知ってこう見に行こうとしている以上、どうあっても彼女にはとても失礼なことをしている気がする。

「そんなことどうやって知ったんだよ」

「聞いてたんだよ本人から」

「は?」

 裕太は思わず聞き返す。

「だから夏島さん本人が俺に変な夢をみるって言ってきたんだよ。二週間ぐらい前に」

「お前いつの間に夏島さんと話すようになったんだ?」

「いやその時が初めてさ」

「…?」

「そんな顔されてもそうとしか言えねえさ。何せ俺にも訳が分からないんだ」

 和馬は肩をすくめた。

 聞いてみれば、二週間ほど前夏島さんが突然和馬に話しかけてきたそうだ。最初和馬もまさか夏島さんが自分に話しかけているとは思わなかったらしいが、とにかく夏島さんは何の前触れもなく和馬にこう切り出した。

『最近変わった夢を見るの』と。

 その時すでにその都市伝説について知っていた和馬は耳を疑ったらしい。

 晶音は続けてこう言ったそうだ。

『もし私が学校を長く休むようなら、そういうことだと思って』

 それだけ言うと、晶音は何事もなかったかのように歩き去り、それから和馬が話しかけてももう何も答えてはくれなかったそうだ。

「お前それ騙されてたとかじゃないのか」

 裕太は思わず和馬に問いかけた。しかしそんなことぐらい和馬も考えたらしい。

「実際休み始めたときはなんだか胡散臭いような気もしたさ。でもそれが一週間だ。さすがにおかしいんじゃないかと思ってな、夏島さんの家に連絡網から電話をかけてみたんだ」

「どうだった?」

「最初夏島さんのお母さんが出て、調子が悪いっておっしゃったんだが、どうにもおかしいんで『眠ったまま目を覚まさないとかじゃないですか』って鎌かけてみたら案の定」

「そうか」

「どうも夏島さんのお母さんもだいぶ参ってたらしくて、少しでも事情を知っているなら一度見に来てくださいって」

 和馬がどう電話を掛けたのかはわからないが、クラスメートがちょっと知っているというだけで見に来いと言われるのは普通に考えたらおかしい。

 家族ぐるみでこちらを罠にかけようとしているならまだいいかもしれないが、藁にもすがる思いで手当たり次第に助けを求めているならそれは彼女の状態が本当にお手上げなものだということだ。

「それでこれから向かうのか」

「そういうことだ。まあ俺にもよくわからないから、とりあえず様子を見に行こうと思って」

 和馬はそういうと言葉を切った。

 裕太は和馬がいつになく慎重であると感じた。

 和馬は都市伝説という己の趣味に非常に正直だが、しかしこれでいろいろなところに気を使っている。今回も都市伝説だが、やはり実際に被害者がいるとなるとこの案件は非常にデリケートだ。和馬もそれはわかっているから、話し方も慎重だし、感情を表に出さないようにしているのだろう。

「しかし、女子の部屋に男子二人が無断で上がり込むってどういうことだよ」

 裕太は少しおどけて繰り出す。

「無断でではないだろ。なにせお母さまの許可があるから。しかも多分というか当然、お母さまもついてくると思うぞ」

 和馬も少し笑って答える。

「まあほんとに早めに退散するさ。好奇心で首を突っ込めるかどうかもうかなり微妙なところまで来ちまってるからな」

 和馬はぽつりとそう付け足した。

 そしてそのまま二人は黙々と歩き続けた。


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