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七色の鱗  作者: 河東 鶚
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七色の鱗 28

「私にはね、夢がわからないの」

 晶音はそういって話し始めた。

「将来の夢ってあるじゃない。幼稚園や小学校でみんな聞かれるかわいい夢。得意げになってよく知りもしない憧れをめでて、そして遠い星を眺めるようにそれが自らの身に実現することを夢見る。そんな夢が」

 晶音はゆっくりと歩きだす。裕太はその背をつかず離れず追いかけた。

 風邪なんてものはこの不思議な空間に存在しないけれど、晶音の声はぽつりぽつりと風に乗って裕太の耳に届く。

「もちろん私にもあった。プリキュアから始まって、ペットショップのお姉さんになって、お花屋さんになって、パティシエにもなって、きれいなお嫁さんなんて時期もあった」

 晶音は小さく笑う。

「でも今の私には何もない。だから私はここに来たの」

 晶音はそこで後ろを振り返って裕太に問いかける。

「ねえ松葉君。君は自分の未来について考えたことはある?」

 もちろんある、と裕太は答える。

「じゃああなたは自分が一週間後何しているか考えたことは」

 裕太は少しつまってから、しかしやはりあると答える。

「じゃあ松葉君、試しに今から一週間後自分が何しているか考ええてみて」

 裕太は考える。

 いつも通り起きて、いつも通り学校に行って、いつも通り帰宅して、いつも通り食事して、そしていつも通り就寝する。

 裕太のそんな答えに晶音は小さく笑い声をあげる。

「いつも通り、いつも通りっていうけど、じゃあ君が永遠にここから出られなくて、一週間後もベットの上で死んだように眠ったままその朝を迎えとしたら」

 晶音の問いかけに裕太は眉を顰める。

 裕太には彼女の質問の意図がいまいちつかみきれなかった。

「それは…、そりゃ今と同じようにここでこうして君と話してるかもしれない」

「君がさっき考えた学校に行く一週間後と私と話している一週間後。それはどちらが本物?」

 裕太が言い終わる前に晶音は言葉をかぶせた。

「君は今二つの未来を想像した。でもそれってどうしても同時には訪れないもの。どっちかは本物で、どっちかは偽物。じゃあどっちが偽物」

 晶音はまた裕太に背を向けると小さく歩き出す。

 裕太は少し面食らって呆然とするが、慌ててその背中を追いかける。

「そんなのはわからないよ。だって一週間にならないと、何が起こるかわからないじゃないか」

 晶音は歩きながら裕太に問いかける。

「じゃあ松葉君、一週間後にあなたは何をしているの?」

「だからさっきと同じように月並みな答えなら言えるけど…」

「じゃあ月並みじゃない本物の答えを言って」

「そんなこと言われても」

 晶音はまた裕太のほうを振り返って立ち止まる。

「君の未来はどうなっているの?」

「……わからないよ」

 裕太は絞り出すようにそう答える。

「そうわからない」

「……」

「例えば松葉君想像してみて」

「……」

「君は幸運にも明日現実世界に帰れるとして」

「……」

「君は幸運にも明後日には学校に行けるとして」

「三日後には垣根和馬が目を覚まし」

「四日後には二人で仲良く登校して」

「五日目には君の言ういつも通りの生活が戻ってきて」

「六日目には好きな女の子に告白されて」

「そして一週間後。七日目に君は突っ込んできたトラックにはねられて即死する」

 裕太はハッとして晶音を見る。

「松葉君はこんな未来をどう思う?」

「ありえないと思うよ」

 裕太は反射的に答える。だが答えてからそれに気が付く。

「君の言った二つの未来、私の言った一つの未来。この三つにある違いは何?」

 晶音の問いに裕太は答えることができない。

 晶音はそんな裕太をうつし、微笑む。

「未来って何なの。夢って何なの。例えばある人がたくさんの夢を思って、そのために彼なりに努力をして、そしてそれが実る目前で殺人事件に巻き込まれて刺殺される」

「例えば夢を見つつもそれをあきらめた人が、しかし生きるために仕事をして、最初に見た夢はかなわねどそこそこきれいな奥さんと、小さな子供を手に入れて、そしてある日なんの前触れもなく脳卒中で死亡する」

「例えば小さいころから夢を見て、それを大切に育てて、多くの努力と、なけなしの才能と、いくばくかの幸運に恵まれて、その夢を現実にして、そしてある日乗っていた電車が脱線して乗客が全員犠牲となる」

「ねえ、松葉君。夢って、未来って、いったいどんなものなの?」


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