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七色の鱗  作者: 河東 鶚
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七色の鱗 21

 昨日見た夢がどうしても忘れらない。

 あの和馬の姿が、言葉が、しぐさが、裕太の脳裏にこびりついていた。

 裕太を正面から見つめて、まっすぐな目を向けて、あきれるほど実直な言葉を語った。あれは夢だったのだろうかと思うが、同時にまるでさっきまでそこにいたかのような感触がまだ体に残っている。

 和馬とはもう何年も一緒にいるがあんな話をしたことはなかった。お互いがお互いを大切に思っても、互いに必要以上のところには踏み込まなかった。そこに何があるのか気にならなかったわけじゃない。でも、そこを見てしまえばもう以前と同じように和馬を見ることはできなくなる。そう知っていたからこそ、それを知らないふりをして、そこを見ないようにしていた。

 互いが互いをかけがえのないものだと思う。それを失うことをそれが壊れることを何よりも恐れる。それが裕太と和馬の間にあるものだ。だからこそ、互いが互いを気遣った。しかし今から思えばそれは欺瞞であり、ただのなれ合いでしかなかったのだろう。

 それを失うことを恐れて、きっといつしか裕太は和馬の奥底には触れないようにしていた。それが壊れることを恐れて、裕太は和馬の裏にある傷に触らないようにしていた。

 それが裕太と和馬の間にあるものの正体だった。嘘と欺瞞と醜い気遣いによって塗り固められた友情。それしかなかったのだ。

 裕太はゆっくりと頭を巡らせた。

 なんだか久しぶりにものを見た気がする。

 その目に一冊のノートが映った。

 そうだ。あれがきっと和馬の中にあって、裕太が見ないふりをしていた傷の正体なのだろう。

 どうして夢が現実にはならないのだと。どうして俺はここにいるのかと。誰が俺を必要としているのだと。叫び続けて、そして砕けてしまった垣根和馬という人間の、その根幹があそこにはある。

 裕太に笑いかけるその裏で、妬み、嫉み、怒りが渦を巻き。しかしそれを決して外には見せなかった。そして裕太もそれを見なかった。

 ああ。なんて美しい関係か。

 汚れたもの、臭いもの、醜いもの、苦しいもの。それらすべてのその片鱗すら見せないその関係は、どこまでも美しく、清浄で、そしてどこまでも欺瞞だ。

 裕太はあのノートを読んでそう思った。

 裕太は窓の外に目を向け、そしてさっき見た夢を思い出す。

 キラキラと輝いた瞳で、臆面もなくまっすぐな言葉を叫んだ和馬の顔が目に浮かぶ。

 裕太は小さく笑った。それはとてもとても卑屈な笑みだった。

「嘘ばっかりだな…」

 裕太は知っている、和馬はあんなに輝くことができる人間ではないと。彼の本質はドロドロと渦巻く怨嗟だ。

 昨日見た夢がどうしても忘れらない。

 あの和馬の姿が、言葉が、しぐさが、裕太の脳裏にこびりついていた。

 裕太を正面から見つめて、まっすぐな目を向けて、あきれるほど実直な言葉を語った。あれは夢だったのだろうかと思うが、同時にまるでさっきまでそこにいたかのような感触がまだ体に残っている。

 しかしあれは紛れもなく夢だ。嘘だ。欺瞞だ。虚構だ。そして何より和馬への冒涜だ。

 和馬があんなきれいな人間であると、押し付けて、塗りつぶして、押しつぶして、握りつぶす。彼自身を装って、彼自身とはまるっきり違った像を押し付ける。

 それが冒涜でなくて何であろう。

 お前はこうしろと、お前はこうでなければならないと、これ以外はお前ではないと。まるで人形遊びでもするように、その振る舞いを決めつける。

 彼を完全に否定して、そこに勝手な夢を見る。

 最低だ。

 そして裕太は自嘲する。

 最低だ。冒涜だ。愚の骨頂だ。言語同断だ。

 しかし裕太は知っていた。

 あの嘘に満ちた欺瞞をしかし心地いいいを感じてしまったことを。

 あの冒涜的な瞬間をずっとどこかで待ち望んでいたということを。

 わかったような言葉で自分と周りをだまして。報われない自分に必死の言い訳をして。でもどこかで認められたくて。誰かの上にいると誇りたくて、振りかざしたくて。そして下を見続けて、上を見ないでいたくて。

 それを望んで、そんな夢を望んで、そんな夢を作り出して。

 そんな奴の名を裕太はもう知っていた。どうしようもないぐらいわかっていた。

 そんな汚いやつの名を、そんな最低の奴の名を。心根が腐りきって、胸の内が汚れ切った人間の名を。

 和馬に勝手な像を押し付けてそこに勝手な夢を見たものの名を。

 それはほかならぬ裕太自身だということを。

 だからこそ裕太はあの瞬間が夢であったとは思えないと、いや夢でなければいいと心のどこかで願ったのだろう。

 夢であると分かっていながらも、それをそうであると正面から見つめたくはない。あの世界こそが、裕太の望む都合のいい和馬がいるあの世界が、現実であってほしいと思っている。

 そうあれは夢だ。

 眠った裕太が見た夢で、目を閉じた裕太が願った夢だ。

 和馬は眼を閉じた。

 黒々とした世界が目の奥に覗く。

 上も下もなくて、ただどろどろとした闇が。

 それを塗りつぶして、覆い隠して、なかったものにしてくれる光を、もう裕太は知っている。その都合のよさを、欺瞞を、冒涜だということも、わかっている。

 でも、忘れられないのだ。

 なぜ世界は自分の望んだとおりにならないのか。

 どうして他人は自分の理想通りに生きてはくれないのか。

 どうして自分は自分の理想通りに生きてはくれないのか。


 白い石は裕太の枕元で静かに朝日を映していた。

 


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