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七色の鱗  作者: 河東 鶚
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七色の鱗 2

「なあ知ってるか裕太?最近変な夢を見るやつが増えてるって」

 友人の言葉に松葉裕太はため息をついた。

「またいつもの都市伝説か?あんまりそんなんばっか見てると頭悪くなるぞ」

「いきなり痛いところを突くなよ…。先週のテストもなかなか刺激的な点数だったからなあ」

「ほら見ろ」

「まあそれはひとまず置いといてだな、今回のはなかなか面白いぞ」

「まだこの話続けるのかよ」

 裕太はため息をついた。

 松葉裕太は地元の高校に通う高校生だ。何よりの特徴は『高校生だ』ということ以外に何ら特別な説明ができないというたぐいまれなる無個性さである。しいて言うなら勉強の成績はいいほうだが、行事だ部活だと騒いでいる高校二年生にとってちょっと成績がいいことなど全くステータスにはならない。

 裕太の目の前でしゃべっているのは垣根和馬。裕太とは中学からの付き合いだ。あまり人付き合いをしない裕太にとって数少ない友人だ。特徴は大の都市伝説マニアだということだ。ツチノコやら口裂け女やらという古典的なものから、謎の実験施設だのタイムマシンだのまでなんでもござれだ。

 裕太はよくそんな和馬の話相手にされていた。残念ながら裕太は都市伝説の類には全く興味もないのだが、適当に相槌を打っているうちに、いたく気に入られてしまった。

 そんなこんなで、和馬はよく裕太に胡散臭い話をする。たいていは荒唐無稽なのだが、時たま幾分か信憑性がありそうな話が混じっていると裕太は非常に困る。なぜならそんな時和馬はがぜん鼻息が荒くなって、その真偽を確かめずにはいられなくなり、そして不幸にも裕太がそれに付き合わされるからだ。

 夜の街を多少散策する程度ならいいほうで、未確認生物探しのために休日をつぶして山を駆けずり回ったり、どう見ても立ち入り禁止な洞窟に潜入したりとなると、命の危険すら感じる。

 そんな和馬が今日も、帰宅しようとしていた裕太を捕まえて鼻息も荒くさっきの話を始めたのだった。

「この話にはまだ続きがあってな、変な夢を見るといったやつはだんだん様子がおかしくなるらしい」

「どんな風にさ」

「なんでも怒りっぽくなったり、泣きわめくようになったりするらしい」

「はーん」

「だがこれもまだ中盤なんだ」

「そうか」

「怒ってたやつも泣いていたやつも総じてしきりに眠りたがるようになる」

「・・・」

「そして最後は…」

 和馬はそこでぐっと呼吸を置いた。

 もはや相槌を打つ気も薄れていた裕太も、つられて幾分か真剣になる。

「最後はどうなるんだよ」

「……目が覚めなくなるらしい」

 和馬はおどろおどろしい口調でそう言った。

「目が覚めないって…、つまり死ぬってことか」

「いや、文字通りの意味さ。体はなんの問題もなく健康なのにある日眠ったまま目を覚まさなくなる」

「医者に見せてもだめなのか」

「そりゃそうさ、体には何の問題もないんだ。お医者様といえどもかかってもいない病気の治療はできない」

「原因はわかっているのか」

「だから原因も何も体は全く問題ないんだって。健康な人間が眠ったまま目を覚まさない。もちろんゆすったり、たたいたりしてもなんも変化もないそうだ」

「それは不思議な話だな」

「だろ」

 いつにもまして和馬は饒舌だ。裕太は一抹のいやな予感を覚える。

「でもあくまでただの都市伝説だろ。しかも眠ったままで目を覚まさないのは確かにおかしいけど、それだけだ。こんな言い方は失礼かもしれないけどインパクトには欠けるんじゃないか」

「それがそうでもないのさ」

 和馬が待ってましたとばかりに目を輝かせる。裕太がしまったと思ってももう遅い。

「いくら寝ているだけとはいえ、その間食事も何もできないんだから痩せてくはずだ。しかし、しかしだ。この症状が出ている者は食事をとっていないにもかかわらず体重が全く変化しないらしい」

「点滴で入れてるとかじゃなくてか?」

「医者も最初はそうしようとしたらいいが、点滴をするまでもなく、まるでどこからともなく栄養が湧き出してるかのように体は正常に保たれ、しかも寝ているだけなのに筋肉の減退も一切確認できないみたいだ」

「それは確かに…、まあ、不思議な話だな」

「だろ!お前もそう思うだろ」

 和馬は感極まったように叫ぶ。裕太はそれを見て頭痛を覚える。

「夢から覚めない人々!時の止まった体!これこそ現代科学じゃ説明のつかない超常現象!気になるだろ?」

 和馬はぐいと身を乗り出す。

「気にならないわけではないけど、でもそれは都市伝説であって…」

「そうか!気になるか!そういうと思ったよわが友よ。実はこの症例が身近にあるらしいのさ。お前も来い!」

 裕太の言葉を遮り、和馬は声を上げる。

「今日の午後六時に『桜の辻公園』に集合。人様の家に上がるからこざっぱりした服で来ること。じゃあまたな」

「まて和馬!僕は行くなんて一言も」

 裕太の叫びもむなしく、和馬は勢いよく走り去ってしまった。

「またかよ…」

 前回山登りに付き合わされた時もこんな感じで押し切られた。テンションが上がった和馬は都合の悪いことは一切聞こえない便利な耳を持っているらしく、こちらの話は一切聞こえていない。

「仕方ないか」

 裕太は嘆息する。

 和馬は持っているが、裕太はポリシーで一切の通信機器を持っていない。そのため面と向かって言わない限り、行かないと和馬に伝えることはできない。

 行くといってない以上、何も言わずにさぼるのも手だが、小心者の裕太にそんな度胸はないし、あのテンションの和馬なら裕太がいなければうちまで突撃してくるだろう。

 幸か不幸か今夜何か予定が入っているということでもない。

 裕太はせめてどうか早く終わりますようにと願いつつ、帰途のつくのであった。


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