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七色の鱗  作者: 河東 鶚
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七色の鱗 19

 その日から、裕太の心はあの光の中にあった。

 冷たくもなく、温かくもなく、強くもなく、弱くもなく、白くもなく、明るくもなく。

 ただただすべての色を塗りつぶす光の中に、ただただすべてを飲み込みその意味を剥奪する光の中に、裕太は自ら望んで身をゆだねた。

 和馬のノートを見ても、和馬の家の前を通っても、もう不安を感じない。

 鳥の声を聴いても、そよ風が頬を撫でても、もう喜びを感じない。

 空に浮んだ月のように、裕太に心はすべてを見下ろし、もう何も見てはいなかった。

 学校に行かなければならない。裕太は自らの体に染みついたくせにしたがって学校に行った。

 しかし、誰かが彼に話し掛けても、誰かが彼に触れても、裕太がかつてのように言葉をしぐさを返すことはなかった。

 裕太はただ空を見上げて、流れる雲を見て、そして何も考えなかった。

 教室には二つの空席がぽっかりとたたずんでいた。しかし、いつしか裕太はその意味を忘れてしまった。

 その夜、裕太はあの白い石を手に握って、ゆっくりと眠りに落ちた。


 すべては白い光の中にあった。

 空には雲が流れていた。

 色を忘れたような世界の中で、ただその雲だけが、白く白く空にたたずんでいた。

 裕太はそれを呆けたように見上げた。

 雲は彼など見向きもせずに流れていった。

 

 どのぐらいそこに立っていただろう。

 雲の中で何かが動いた様な気がした。

 長い長い体が、雲を掻きまわした。

 遠くに見えていた影はすぐに大きなその体躯を裕太の前にさらした。

 それは大きな大きな桃色の龍であった。


 色を忘れたような世界のなかで、白い雲だけが色を知る世界の中で、その鱗は桃色に輝いていた。

 鱗はキラキラと光を反射して、雲に桃色の文様を映した。水面に映る光のように、その光は雲間を舞った。

 その角はただ一片の汚れもない純白。雲の白とも、雪の白とも、裕太が見たことのなかったはずの、しかし今の裕太には見慣れてしまった、あの白い石のような色であった。

 龍はその長い頭を裕太の前にずいと突き出した。

 龍の鼻から息が漏れ、湿った風が頬を撫でる。


 裕太は目の前の龍を見つめた。

 龍の目は固く閉ざされていた。


 雲に覆われた空のどこかから、淡い光が降り注いだ。色を忘れた光の中を、色のない光が進んでいった。

 静かな光が龍の鱗を照らした。幾重にも重なる鱗はキラキラと、夜明けの星のように輝いた。

 光は裕太と龍を真横から照らし出した。両者は立像のように、向かい合って、しかしピクリとも動かなかった。

 ただ流れる雲だけが、そこが時間すらも忘れてしまったのではないということを語っていた。


 光がゆっくりと明暗を繰り返した。その様はまるでドクンドクンという音が空の彼方から聞こえてくるようであった。

 そして光が一際強くなり、雲というカンバスに桃色の星が流れ。

 龍の目が開かれた。

 美しい空色の瞳であった。

 裕太と龍は向かい合って、にらみ合って、両者の瞳を静かに覗き込んだ。

 そして次の瞬間。

 世界は暗転した。


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