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七色の鱗  作者: 河東 鶚
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七色の鱗 14

『今日は学校に行くことができなかった。

 それどころではない。

 どうにか昨日までは学校に行けていたが、とても夢とは思えないあの夢が頭の底から離れなくて、どうにもほかのことが頭に入ってこない。

 テストが返却されれば低い点数。教師が簡単という問題は歯が立たず。部活に行ってもベンチ入りすらできそうにない。

 ああ、これが現実でさえなければ。あの夢が真実であれば。

 何度そう願ったことだろう。

 高校生になってもう一年と数か月。楽しくなかったかと言われればそうでもないが、だからと言って特筆すべきこともない今の生活。それ以上に、やっても上がらない成績とサッカーの技能。

 俺には才能もなければ、その才能のなさを克服できるほどそれに打ち込める情熱もない。

 俺よりも優秀な奴はざらにいる。勉学に置いて俺は決して裕太にかなわない。サッカーも下級生に俺よりうまいやつがいる。

 なんで、と問いかけたところで仕方がない。才能がないからだ。努力が足りないからだ。そんなことは聞きたくない。

 俺が話し掛けなければ誰も俺には話し掛けないんじゃないかと心配になった。俺は特に価値もなく必要とされていない人間じゃないかと不安になった。

 俺に何かを求めている人はいるのだろうか。

 俺を大切と思う人はいるのだろうか。


 俺はどうしてここにいるのだろうか。    』


『なぜこんなにも理不尽な現実を生き続けなければならないのか。

 なぜあの夢が現実ではないのか。

 そもそも夢と現実の違いとはなんだ。

 俺はあの世界で笑い、泣き、仲間と全力で生きたといえる。俺はこの世界で平凡な平和な人生を送ってきた。どちらが生き生きとしていたかと問われれば間違いなくあちらだろう。

 現実とはなんだ。俺が最も俺らしくいられる場所が現実ならそれは向こうの世界だ。

 誰かに必要とされ居場所がある世界が現実ならそれは向こうの世界だ。

 誰かの夢になることができて誰かに影響を与えることができる世界が現実ならそれは向こうの世界だ。

 俺にとっての現実とはあの世界なのではないか。

 あれは夢なんかじゃない、あれは俺のいるべき一つの世界なのではないか。

 この世界ではない別の世界の現実。

 ならばあれだけのリアリティを持って迫ってきたのもうなずける。何せリアルなのだから。

 今俺のいる世界は理不尽で不平等で陰気で陳腐だ。

 この世界には俺を必要としている人はいないし、俺に期待をする人もいない。俺は誰の希望にもならなないし、誰の夢にもなることはできない。

 だが向こうの世界ならどうだ。俺は多くの人に称賛され、多くの人が俺を尊敬し、多くの人が俺を夢見た。

 俺は垣根和馬という唯一無二の存在で、多くの人が必要としている人間だ。

 俺がここにいなければならない理由とはなんだ。

 どうして俺はここにいなければならないのだ

 どうして俺の夢はかなわないのだ。

 どうして俺の理想は実らないのだ。

 どうして俺には才能がないんだ。

 どうして俺が十努力したところを一の努力もせずに過ぎていくやつがいるんだ。

 どうして俺はいつも誰かの後ろにしかいられない。

 どうして。

 どうして。


 どうして俺はこの世界にいるんだ。     』



『この世界は理不尽で不安定だ。

 特に意味もなく学校に通って、よくわからない勉強をしてきた。

 勉強が得意なものはどんどんといい数字を手に入れて上へ上へと昇っていく。

 だが俺のように勉強が得意でないものはどうだ。勉強が好きではなくて、できるようになりたいっと願いながらもそのための努力すら決意できないものはどうだ。ひたすらに腐り下へ下へと沈んでいくしか道はないというのか。

 人にはそれぞれ個性があって、二人と同じ人間はいないといわれた。ならすべての学生を同じような勉強の型にはめ、一律の点数で評価することに何の意味があるのだ。

 人には向き不向きがある。それだけではだめなのか。

 俺は勉強が嫌いだ。

 もともと好きではなかったが高校に入ってはっきりと嫌いと言えるようになった。

 裕太を見ていると悲しくなる。たぶん裕太にも裕太なりの苦労があるのだろう、しかしそれであっても努力をし続けてやっと手に入れたであろうその力は強く輝いていて、到底俺なんかが及ぶものではないとはっきりわかる。

 かといって俺も努力できるかといえばそんなことはない。勉強すればいつか学力が付く。そんな正論はもう聞き飽きた。牛歩のごとく少しづつ少しづつ上がっていく学力を信じて勉強し続けることなど俺にはできない。どうしてもその時間で部活をしたり、友達と遊んだり、高校生というその時その時間しかできないことをやるほうがはるかに有意義に思えてしまう。

 なのに裕太を見ると、悔しくなってうらやましくなって、そして自分でそう決断して勉強しなかったはずなのに、その光にひかれてしまう自分に悲しくなる。

 努力するだけの忍耐がない。努力を信じれるだけの度胸がない。あるのはその場その場でやらない理由をでっち上げる屁理屈だけだ。

 俺はあきらめているのだ。   』


『だがあの世界には俺の願ったものがある。

 俺があきらめなかった世界がある。

 俺の才が生きた世界がある。

 俺の努力が結実した世界がある。

 俺が必要とする世界がある。

 俺が必要とされる世界がある。


 あの世界に……帰りたい』

 

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