七色の鱗 13
『 目が覚めたとき。ああやはり夢なのかと感じた。そしてとても悲しくなった。
俺は優秀な人間なんかじゃない。偏差値的に中の上という高校で平均点すらとることができない。俺は人気者でもない、秀才でもない、彼女んなんているわけがない。裕太には逆立ちしてもかなわない。
俺はそんなつまらない人間だったのか。
さすがにショックだ。夢の中で、とても夢とは信じたくないほどリアルな経験をしてしまったせいで現実に帰ってきても悲しみしかない。
もちろんこれが現実なのだろう。なんの面白みもなくて、平凡で、そして非常なこれが現実だろう。
そうわかっているはずなのに、そう思いたくはなかった。』
『どうか素晴らしい夢が見れますようにと願って布団に入って、そしてそれから気づいて、慌てて布団から抜け出し、ペンを握って今この文章を書いている。
俺は夏島さんが目を覚まさなくなった原因を探していたはずだ。そしてその原因が石にあると思って危険をとして行動し、そして今その原因が明らかになり始めたところではないか。
私情を挟んではいけない。これはそんな甘ったれた気分で臨んでいいほど単純な都市伝説ではない。あのやつれ切った夏島夫人の顔を脳裏に刻まなければならない。
忘れるな垣根和馬。これはとても危険だ。夢にとらわれてはならない。』
『夢を見た。
俺はサッカーのグラウンドに立っていた。やけに目線が低いと思ったら、そういえば俺は小学二年生だと思い出した。小学生の俺は意気揚々とグラウンドに繰り出した。
試合が始まった。
俺は序盤から相手を攻め立てた。とても小学生とは思えない絶妙な足さばき、とても小学生とは思えない強靭な脚力、とても小学生とは思えない長大な体力。
俺は開始数分で点を奪った。ボールをもらってから一度も味方にパスすることなく、ただ一人の技巧の身で相手を突破した。
結局俺はその試合の二十分しかない前半戦でハットトリックを奪った。
試合の後、チームメイトやコーチは歓声を上げてオレを取り囲み胴上げをした。
両親や監督が駆け寄ってきて『よくやった。よくやった』と俺をほめそやした。
『いやいやたいしたことではないですよ』。俺は満ち足りた気持ちで謙遜した。
その時遠くから一人の見知らぬ大人が歩み寄ってきてこういった。
『私はあるチームのスカウトマンをしているものです。ぜひあなたに私たちのチームに加入していただきたい』
彼は知らぬ人のいないある有名なチームの名を挙げた。
チームメイト、コーチ、監督、両親、そしてなぜか会場にいたほかのチームの関係者たちまでもが俺の答えに注目した。
会場全体が異様な沈黙に包まれた。
『ぜひお願いします』
俺がそう答えたとき、一瞬で会場は歓声に包まれた。張り詰めた糸が切れるように、すべての人が俺の輝かしい歴史の幕開けに涙を流した。
気が付いたらまた俺はマウンドに立っていた。体は高校生のものに戻っていた。ユニフォームは驚くべきことに国の代表選手に与えられるものだった。そしてはたと俺はU-18の代表選手に選ばれたんだと思い当たった。
その日俺は三面六臂の大活躍を演じた。
そのあとのことは今更書くまいが、いつにもまして素晴らしい体験だった。
気が付くと大人になっていた。場所はまたもや試合のグラウンドだった。ユニフォームは日本代表のもの、しかも背番号は10番。
俺はマウンドに繰り出した。
その夜、すべての日本人が俺の左足に望みを託し、全力で祈りをささげた。
その日、世界中の人間が俺の一挙手一投足に注目し、かたずをのんで見守った。
その晩、あらゆる人間が俺一人に注目し、俺から目を離さなかった。
その宵、チームは大勝利を収めた。
俺はこの世のすべての称賛をこの身に集めた。
俺はこの世のすべての栄華をこの手に収めた。
礼賛に酔いしれた。栄耀を極めた。
すべてが俺のためにある。そう思った。
だがある時俺は違和感を感じた。これは夢ではないかと。
そうだ俺は都市伝説の中にいる。
いや違うこれが現実だ。
現実はあのつまらない高校生としての日常だ。
いやあれこそが一時見ただけの夢でこの今こそが現実だ。
いや俺は夏島さんの家から石を持ち帰ってきた。
いや俺には才能があってここに来るべくしてきたんだ。
いや俺は裕太に約束した必ず話すと。
いや俺はもう誰もが夢見る存在で誰もがうらやむ存在で誰もが必要とする存在だ。これ以外のありようなどありえない。
いやこれではだめなんだ。
いや何もおかしいことはない。
いや…
いや…
いや…
そして目が覚めた。 』




