七色の鱗 12
『龍の目を覗き込むとともに夢が始まった。
俺は教室にいた。見れば答案が返却され来るところだった。
クラスメートが低い点数に悲鳴を上げ、教師が苦言を呈している。
裕太も蒼い顔をしている。
俺は自分の答案を見た。そこには平均点をはるかに上回る点数が記載されていた。
俺は得意になってそれを友達に見せた。
普段の俺なら逆立ちしてもかなわない連中がそれを見て歯噛みして悔しがった。
いい気味だと思った。
笑みを浮かべながら答案を折ったとき。
俺はそれが夢だと気づいた。
答案には第二学年期末テストと記載されていた。それはまだ実際には何週間か後にあるはずのテストであった。
夢を見た。
俺は体育館のステージの上にいた。体をきらびやかな衣装が飾っていた。
それが文化祭の劇であると、俺は知っていた。
俺は体育館いっぱいに集まった群衆の前で堂々とセリフを述べ、演技をした。俺がその劇の主役であった。
クラスメート全員が俺を支えるために働き、すべては俺のために用意されていた。
劇は終わりを迎え、万雷の拍手が響いた。
俺は大きく手を挙げて手を振った。群衆が俺に惜しみない賛辞を贈った。
深々と礼をしてひときわ大きな拍手を浴びたとき。
俺はそれが夢だと気づいた。
その劇はこれから数か月後の文化祭で上映するための劇だった。主役は別の男子にもう決定していた。
夢を見た。
俺は茜色に染まる教室にいた。間の前には前から気になっていた女子が立っていた。
彼女は少しうつむきながら赤い顔で俺が好きだといった。俺は驚いたようにも、それとも逆に彼女が何を言うかもうわかっていたかのようにも感じた。
とにかく彼女は俺に告白をした。
うるんだ瞳が俺だけを映した。握りしめた手のひらが俺の答えだけを待っていた。
俺はその告白を受けた。
彼女は小さく目を見開いて、そして満面の笑みを浮かべた。
俺だけが引き出して、俺だけに向けられた笑顔は向日葵のように明るくて柔らかかった。
俺は彼女の温かい手におずおずと手を伸ばした。
俺の指が触れたとき、彼女は一瞬びくっと驚いたように震えたがすぐさま握り返してくれた。
彼女のうるんだ瞳を見つめたとき。
俺はそれが夢だと分かった。
俺は彼女をただ遠くから眺めていただけで、彼女は俺のことなど聞いたこともないだろう。
夢を見た。
俺は大きな掲示板の前にいた。少し待っているとそこに白い紙がばっと張り出された。受験の合格者発表の瞬間だった。
俺の手には受験票が握られていた。そこに記されている大学名は誰でも名前を知っている国立の超難関校のものだった。
俺は顔を上げて紙を眺めた。
俺の番号があった。
隣で裕太が肩を落とした。
隣で俺の彼女が両手を挙げて歓声を上げた。
学校の担任は俺を称賛した。あの大学に合格したのは学校で俺が初めてだった。
塾の担任は俺を賛美した。あの大学に入学できたのは塾で唯一俺だけだった。
俺の名は地元でも有名になった。道行く人が俺をほめたたえた。
俺の名は遠い町にも鳴り響いた。他校の生徒までもが俺をうわさした。
堂々と胸を張って町中を練り歩き、悠々と鼻息も荒く町中をのし歩いた。
母親が感激して涙を見せ、彼女が歓喜の涙を流し、裕太が悔しくて涙をのんだ。
将来に明るい光が満ち、未来にさわやかな風が吹いた。
俺は自らの成功を信じて疑わなかった。
しかしある時、これは夢ではないかと心配になった。
自分の中に夢であると叫ぶ自分と、夢ではないと言い放つ自分がいる。
これは夢だ。だって俺は夏島さんからもらった石を枕元に置いて寝たじゃないか。
これは夢なんかじゃない。俺は名門大学に合格して、かわいい彼女もいて、これから順風満帆な人生を過ごすのだ。
考えれば考えるほどわからなくなった。
しかしだんだんとこれは夢ではないと信じる気持ちが強くなった。
そうだ俺は優秀な人間だ。当然大学にも合格する。裕太には悪いがそれは裕太より俺のほうが優秀だったというだけの話だ。
これは夢なんかじゃない。これこそが現実で、これこそが垣根和馬で、これこそが俺の人生なのだ。
そして……目が覚めた。 』




