七色の鱗 10
裕太はふらふらと公園の中に入った。
人っ子一人いない。夜の公園だ。 数日前まさにここで和馬と待ち合わせをした。しかし夜も更けた今、公園は全く違う雰囲気で裕太に迫ってくる。
裕太は手ごろな椅子に腰かけた。
そして
白い月光の中で静かにノートを開いた。
ノートの最初には今日の日付とともに和馬の筆圧の強い文字が綴られていた。
『この日記が君の目に触れているということは俺は誘惑に負けたのだろう。なら、俺が裕太にできることはこのノートに残る記録を渡すことだと思う。この記録が君の役に立って、君までが夢にとらわれることのないように願っている。
まず最初に俺が知っている限り、そして実際に体験した都市伝説の内容をここに記そうと思う。一応俺がそれを最初に見つけたホームページのURLも書いておくのでそちらも参考にしてほしい。
すべての始まりは石を拾うことだ。色は白か灰色、少し青みがかっているということもあるらしい。形はまちまちだ、四角とも三角ともかかれている。まあ形はそこら辺の石とあまり変わりはないと考えても大丈夫だろう。傷が多いとこもあるらしいが表面はおおむねすべすべとしていて、冷たい。そして異様に重たい。
とにかく彼らはどこかで石を手に入れる。
石を手にしたものはそれをなんの気もなしに家に持ち帰る。そして家のどこかに置く。この時から異変は始まる。
その石を家に入れてから、夜不思議な夢を見るようになる。
真っ暗な空間で一人浮かんでいる夢だ。そのうち遠くに白い小さな光が見え始める。引き寄せられるようにその光に向かっていけば、そこには自分が拾った石がなぜか夢の中にあって光っている。
これが一日目の夢だ。ここからはこの夢が何回か繰り返される。
夢を見たものが石を疑い、それをもっと近く、具体的には自分の枕元のようなところに置いたとき。次の夢が始まる。
暗い空間のなかを一人で浮かんでいると白い小さな光が見えた。その光に向かっていく。ここまでは一緒だ。だが白い光に手が届いたとき、今度は真っ白い空間に浮かんでいる。空には雲が流れている。しばらくその中を漂っていると、雲の中で何かが動いたような気がした。
それはだんだんと大きくなり、最後には巨大な龍が姿を現す。
現実味がない話だが、とにかく龍が現れた。俺も実際に目にするまで信じられなかったがあれは間違いなく龍だ。そうとしか言えない。
薄桃色のうろこに包まれた長い長い龍だ。
頭からは二本のシカのような角が生えている。
ここから先が特徴的なのだが、龍は隻眼だった。片目は青空のような薄い青色の目があるのだが、反対側は黒い穴が開いている。
龍はこっちをじっと見つめる。そしてその目を見つめ返してしまったとき、この都市伝説が真の意味で始まる。
都市伝説サイトにある話はここで途切れている。『龍の目を除いたものは、もう後には戻れない』と書いてあるきり、それがどういうことなのか具体的なことは謎だった。
実際に龍に遭遇した時、危険だと分かっていながら俺はその目を覗いてしまった。今から考えればあの時必死で目を閉じていれば少なくともその夜は何事もなく乗り切れたのかもしれない。だが今となっては、もはや何もかも遅い。
次に起こったことは一度知ってしまったなら決して後戻りできない、それどころか取り返しがつかなくなると分かっていても後悔すらできなくなるものだ。
それは極めて危険で、冒涜的で、蠱惑的で、甘美だ。
ここでノートを閉じてくれてもかまわない。そのほうが裕太にとってはいいのかもしれない。その場合はこのノートは厳重に焼き捨て、石ももう誰も手にできないようなところに捨ててくれ。それですべてが終結する。
もしこの先を読むというなら、どうか強い意志を持ってほしい。これは人の身には余ることである。
今俺の手には今日夏島さんの家で入手した石が握られている。俺はこれからこの石を枕元に置いて就寝しようと思う。
きっともう帰っては来れない。それでも俺は今眠りたくて仕方がない。母さんや裕太や学校の友達が悲しむと分かっていても、俺にはこの誘惑を断ち切ることなどできない。許してくれ
せめてこれ以上の被害者を出さないために、そしてこのわけのわからない都市伝説の正体を少しでも明らかにするために、俺が石を拾った初日からつけていたこの日記帳を裕太に残そうと思う。
これは扱いを間違えれば、さらなる患者を生む。取り扱いには十分に注意してほしい。
裕太、本当に済まない。『いつかお前に話す』なんてかっこつけておいて、俺はもうこれ以上ここにいることはできない。なんと詫びればいいのかわからない。本当に、本当に済まない。 あとをよろしくたのむ
垣根 和馬 』
次のページには五日前、つまり裕太と和馬が夏島さんの家に行った日の翌日の日付が記載されていた。そしてそこから何ページにもわたって、和馬はその体験したことを詳細に記録していた。
『記念すべき一日目の夜が明けた。 瞬く間に朝になったような気も、永遠ともいえる夜があった気もする。
結論から言って俺は夢を見た。情報通りの夢だ。
真っ暗な空間で俺はただ一人浮かんでいた。自分の手を見下ろせばはっきりと見えたので、ここでいう真っ暗とは光が差さないという意味ではないらしい。
しばらく(といっても時間の感覚が極めてあいまいだったので短かったかもしれない)すると、遠方に光が見えた。真っ白い光だった。日光とも蛍光灯の色とも違う。しいて言うなら月光に似ていた気もする。
俺は光に引き寄せられていった。この時俺は、理論も理由もなくただ俺はそこに行かなければならないと感じていた気がする。きっとあれは自分自身の意味ではなくもっと、不可思議な作用なのだろう。
光に近づくと温度を感じた。熱いのではなく冷たいのだが。光からは冷蔵庫よりもっとすさまじい冷気が漏れ出していた。
しかし俺はその時、そんな冷気など全く気にせずに光へと近づいた。
冷蔵庫ほどの冷気は瞬く間に強くなり光に手が届くころには、伸ばした指が凍り付いて砕けそうなぐらい冷たかった気がする。しかしやはり俺は躊躇せず光に手を伸ばした。
気が付くと俺は白い空間にいた。さっきの月光のような光に包まれているような感じだ。空には白い雲が流れていた。白いといっても月光の白と雲の白は全くの別物であると俺は初めて知った。
雲の流れをしばらく見ていると雲の中で何かが動いた気がした。
龍だ。
桃色の鱗が月光を反射して輝いていた。
龍は最初遠くに小さく見えていた程度だったが、だんだんと近づいてきた。
すぐさま龍は俺の間の前に到達し、鱗が反射する光でまるで周囲は桃色の水底のようになった。
龍は俺の前に来て動かなかった。
俺は龍の体を順々に観察した。
長い尾は雲の中にあって見えない。
体の後ろのほうにある後ろ足には磨き上げられた石のような白い爪が光っていた。
体は蛇のように細長く薄桃色の鱗がキラキラと光っている。
前足にも大きな爪があり、爪一本だけで俺の伸長をはるかに超えるサイズだった。先は針のように細くとがり、全身の中でもひときわ鋭く光を映していた。
体の頂上にはこれまた巨大な頭が乗っていた。いわゆる龍にたがわず、鋭い牙を備えた大きな顎や、純白の角を持っていた。角の表面はなめらかに輝き、反射して空を映していた。
そして最後に龍の目を見た。
右の目は黒い穴のようになっていた。月光の中であっても、その目の中は真っ暗で距離感や遠近感がくるっていくような気がした。
そして左の目は、青空を映したかのような淡い青色の瞳、その中にまるで剃刀で切ったかのような虹彩が縦に走っていた。
そしてその目を覗き込んだ時。
何かが俺の体の中を激流のように駆け抜けていく気がした。
そして気が付くと朝になっていた。 』




