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この世界に見つけるまで  作者: 黒野颯
主人と玩具
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長い夜

シャワーを浴びながら思い返していたその日を、目を瞑って無理やり記憶から追い出す。


再び栓をひねって飛び出してくる水を止めると、頭をプルプルと振った。

飛んでいく水滴を見ながら、フゥと息を吐く。

そのまま魔術を使い、体や髪の水分を乾燥させた。



扉を開けると、更衣室の中は先程と変わらないまま。

昔を思い出していたリエリアからすると、少しの違和感を感じるが、気にするほどではない。


音もなく出しておいた制服に近づき、着替え始めた。





◆◆◆◆◆◆◆





ルーザスの執務室の前に戻ると、侍女たちはいなくなり、近衛騎士たちだけが残っていた。

彼らに向かい、ペコリと頭を下げる。



「戻りました。申し訳ございません」


「いや、早かったな。大丈夫か?」


「もっと休んでていいんだぞ。かなり出血してただろう」



戻ってきたリエリアを見て、心配そうに聞く同僚たち。

大丈夫です、と答えて袖を捲ってみせた。



「治してきましたから、大丈夫です。抜けてしまい、申し訳ございませんでした」


「そんな事はいい。怪我は治せても、流れた血は戻せないだろうが。大丈夫なのか?」


「大丈夫です。任務が終わったら、増血剤を飲みます」



いつものことなので、リエリアの居室には増血剤が大量にストックされている。

輸血するための血液のストックも、日頃自分で作っていた。

任務中だから戻るわけにはいかないが、帰ってから飲めばいい。


そのセリフに、騎士たちは苦い顔をした。




騎士は衛兵と違い、殆どの場合騎士学校を卒業してから入団する。騎士学校の卒業年齢は、一番早くても17歳のため、リエリアは現在でも騎士団では最年少だ。

まして近衛騎士となると、配属先の主となる王族直接の任命でない限り、騎士団である程度経験を積んだ者が騎士団長の命令で就くため、皆リエリアより年上になるのだ。


つまり彼らにとってリエリアは、新任騎士達と同じ、まだ子供のような存在。



その子供が、あれだけの大怪我をし、出血していながらも何でもない事のような顔をする。

痛がるわけでも、辛いと言うわけでもない。

おまけに増血剤を常用している。



それがどんなに異常なことか、分かっているのに止められない。




「……貧血になったりしたら言えよ。交代出来るように詰め所にいるから」



リエリアと交代になった騎士が、絞り出すような声で告げる。



今リエリアを配置から外せば、それはまた次の時にリエリアが罰せられる理由になる。

外した自分が罰せられる分にはいいが、なぜかそうはならず、必ずリエリアが罰せられてしまうのだ。


それが分かっているから、外れろと命令も出来ない。

かと言って、このままでいいとも思えず言うと、リエリアは相変わらずの無表情のままコクリと頷いた。



夜会の配置換えについて再度打ち合わせ、それぞれが担当の場所へ戻る。

ルーザスが執務を行っている間は、扉の前で控えつつ警護するのが基本だ。

執務が終われば夜会出席のための準備をするためルーザスの私室に戻り、その後出かけることになるだろう。



それまでは、暫くの静かな時間だ。


リエリアは自分が立つ位置につき、辺りを警戒しながら頭の中であの文様を思い出していた。

あれが解ければ、この闇から抜け出せる気がする。

そんな予感と共に。




◆◆◆◆◆◆◆




「まぁぁ!ルーザス殿下!!よくお越しくださいました!」



光の溢れるホールに足を踏み入れると、前から豪奢なドレスを纏った女性が気づいて声を上げた。

そのまま一直線に向かってくる。


眼の前を歩くルーザスは、いつもよりはにこやかな笑顔でそれを迎えている。



「フレリアード公爵夫人、久しぶりだな」


「まぁまぁ殿下!ようこそお越しくださいまして…ありがとうございます」



フレリアード公爵夫人と呼ばれた女性がルーザスに礼を取るのに合わせ、後ろに控えていたリエリアともう1人の騎士も礼を取った。

王子であるルーザスが礼を取らなかったとしても、ただの騎士であるリエリアたちは、必ず礼を取る必要があるのだ。


美しい所作で礼をし顔を上げた公爵夫人は、あら!と楽しげに笑った。



「今日の殿下の護衛は、有名な氷の銀騎士様なのですわね!」


「暇なヤツだからな。連れてきた。夫人の所作でも見て、少しは学べばいいだろうと」


「まぁまぁ…殿下!銀騎士様の美しい所作は、皆知っておりましてよ」



クスクスと笑って公爵夫人はルーザスを会場内に招く。


ルーザスが参加すると分かっていたからだろう、ホール内の上段に、ルーザス専用と思われる席が用意されている。

本来夜会は着席ではないのだが、ルーザスは大抵専用の席が用意されるのだ。


それが王族だからなのか、ルーザスだからなのかはリエリアには判別がつかないが。



席に着いたルーザスの後ろに、同僚と共に立つ。

夜会が終わるまでこの状態で、挨拶などで近づいてくる者たちに警戒しなければならない。

不特定多数が参加する夜会は警護者としては負担も大きいものなのだが、夜会に参加することも仕事の一つであるルーザスなので仕方ない。




暫く離した後、公爵夫人がルーザスの前を辞すと、待っていたかのように参加者たちが近づいてきた。

夜会の主催たるフレリアード公爵は別として、今夜の参加者達は皆、格上の身分たるルーザスに挨拶しなければ帰ることも出来ない。


それがなくとも皆王族に顔を繋ぐため、必ず挨拶には来るだろうが。


対するルーザスは興味なさげにそれをあしらっている。



彼にとって夜会で挨拶に来る者たちの殆どが、興味ない相手なのだ。

どちらかといえば、その全てに警戒しなければならないリエリアの緊張を考えるほうが楽しい。

それを見たいが故に、全ての挨拶を受けるが、長く話すつもりはないのだ。





一通りの挨拶を終えると、そのタイミングで一人の男が近づいてきた。

60代も過ぎた頃に見える男性。これまで挨拶に来ていた者たちより、威厳のある雰囲気を持っている。



「殿下、本日はお越し下さりありがとうございます」


「公爵か。中々盛大にやったな」


「殿下がいらっしゃると知って、皆何を差し置いても参加してきたようですな」


「わざわざ言ったのか?」


「えぇ…これからも色々と働いてもらわねばならぬ者たちですので。たまには殿下に拝謁するご褒美もやらねば」



クスリと笑って言う男に、ふぅん?と笑いながら応えるルーザス。

今夜の主催、フレリアード公爵は、その様子に苦笑いを浮かべつつ「煩わしいとお思いなのは存じ上げてますが」と返す。



「皆、ルーザス様が王太子になられる日を今か今かと待つ者たちです。どうぞお許しください」


「まぁよい。今日は気分もいいしな」


「そういえば今日の護衛は氷の銀騎士様でしたな。我が娘たちも喜んでおりました」


「何がいいのかサッパリ分からぬがな。まぁこれも客寄せが出来るのなら、多少なりとも役に立ったということであろう」



嘲笑を浮かべながら振り返るルーザスに、リエリアは礼を返す。



リエリアがルーザスのお気に入りであることは、貴族たちの間では周知の事実だ。

婚約者よりも傍に置く娘なのではないかと、噂されるほどに。


王妃とはならずとも、いずれお手つきがあるのではないかと考え、リエリアに媚びを売る貴族もいるほどだ。



だが噂にも一切興味がないリエリアは、自分がそう言われていることを知らない。

近づいてくる貴族たちにも興味がなく、媚を売られていることにも気づいてはいない。





その様子にクスリと笑いつつ、公爵はルーザスを別室へと誘った。

今日の本題はここでは話せないということなのだろう。


ルーザスはため息混じりに立ち上がると、公爵と共に会場を後にする。その後ろに控えながら、リエリアの頭には再びあの文様が浮かんできた。




本当に今日は長くなりそうだと思いながら。

男装の麗人はいつだって女性のアイドル。



夜会のイメージを言葉にする語彙力のなさが浮き彫りになってしまいました。

精進します。

お読みいただきありがとうございます。

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