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この世界に見つけるまで  作者: 黒野颯
主人と玩具
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玩具の起源

リエリアはその日、初めて王城の敷地内を散策していた。

宮廷魔術師団に入ってから約1年。入る2ヶ月前に祖父母を亡くしたため、喪に服すかのように居室と研究室を行き来していたのだが、ようやく外の景色を見る余裕を取り戻したのだ。


魔術師団に入ったときの説明では「自分の居室、研究室、それと魔術師団用の図書室以外の建物には許可なく入ってはいけない」と言われたが、敷地を散策してはいけないとは言われなかった。

入ってはいけないのだろう場所には衛兵もいるし問題はない、と考え、敷地内の花壇を見ては色とりどりの花々を見て歩いた。よく晴れた日で、とても気持ちが良かった。



だがその散策で、彼と出会ってしまった。





いつもは通らない場所に差し掛かったところで、ふと見上げると一人の少年が目に入った。

自分より少し年上に見える黒髪の少年。

悪戯を仕掛けた後のような、何かを狩りに行こうとする獣のような、そんな笑顔を浮かべていた。


その後ろには6人程の大人が付き従っている。

こちらは少年とは対象的に、緊張したような面持ちだった。



誰だろう?と考えジッと見ていたのがいけなかった。




「誰だお前は?何を見ている」



まだ声変わりはしていない、少年らしい高い声。

だがそこには確かな残忍さを含んでいるような、そんな声音。


気づかれちゃった、と思い答えようとしたリエリアは、次の瞬間ヒュッと空気が鳴るのを聞いた。

そして同時ほどのタイミングで頬に強い衝撃を受ける。

いくら相手も子供とはいえ、8歳のリエリアはいとも簡単にその衝撃で吹っ飛んだ。


焦ったように付き従っていた大人たちが「殿下っ!!!」と叫ぶのが聞こえる。




殴られたのだと分かり、地面に打ち付けられる瞬間、咄嗟に風の魔術で自分の体を包み衝撃を吸収する。

悲鳴もあげず、泣くこともなく。

起き上がろうとしたが力が入らなかったため、それを支えるように自分の体に身体強化の魔術をかけると、なんとか上体を上げて膝をついての最敬礼の姿勢を取った。


殿下、と呼ばれていた。

ならばこの人は第一王子か第二王子のどちらかなのだろう、と。





リエリアは魔術師団に入るまで、外の世界を知らずに育った。

この国に王がいることは何となく知っていたが、国王の名前すら知らなかった。

入った後も助手など周りに人がつかなかったため、王族の名前は聞いても顔や特徴は知らなかったのだ。


それでも王族に会ったら最敬礼を取らなければならないことは、何となく分かっている。

それを怠ったがゆえに殴られたのだろうと、反論はせず跪いたのだ。






だが結果としてこの時のリエリアは、2つのミスを犯した。


1つは王族であるこの少年、第一王子ルーザスの前で、彼の許可なく魔術を使ってしまったこと。


これは王城のルールとして、王族へ危害を加えることを防ぐためのものだ。

本来は魔術師団で説明しなければならないことだったが、まさか王族と会う機会があるとは思わなかった魔術師団の幹部達が説明から省いてしまった。

その結果起きてしまったミスだった。



もう1つは、ルーザスの暴力に耐え、しかも悲鳴を上げることも、泣くこともしなかったことだ。


煩く騒ぎ、すぐに怪我をして動けなくなる者たちばかりを相手にしていたルーザス。

すぐに壊れることに不満を抱いていた彼は、小さな体で自分の攻撃に耐えたリエリアが最高の相手だと気づいてしまったのだ。


たとえそれが魔術によるものであろうと、壊れさえしなければいい。

煩く泣きわめきもしないなら、尚いい。




最高の玩具を手に入れた。






ルーザスは初めて心から喜び、声を上げて嗤った。

楽しそうに聞こえる笑い声。だがその中には確実に人をゾクリとさせる音色を含んでいた。


ひとしきり嗤うと、ニヤリとしたまま口を開く。



「俺の前で、王族の許可なく魔術を使うとは…不敬罪で死刑に処されても当然の行いだな?」



その言葉に頭を下げたままだったリエリアは驚く。

もしかしたら魔術を使ってはいけなかったのかもしれないと気づいた直後、今度は左のこめかみに大きな衝撃が来た。

ルーザスが足を上げ、リエリアの頭をボールのように蹴り飛ばしたのだ。


だが身体強化を掛けたままだったリエリアの体は、頭が少し揺れただけで傷一つ付かなかった。

硬い皮の靴で蹴られたにもかかわらず、当たったはずの皮膚は赤くすらなっていない。



「も、申し訳ございません…っ!」



慌てて身体強化を解除し、再び頭を下げる。


小さな体は震え、強化していた術が消えたせいで力が抜けそうになるのを必死に堪えた。

その様子にルーザスはまたも楽しげに嗤う。



スッとその手が伸び、リエリアの髪を掴むとグイと上に持ち上げた。

髪を引かれ、リエリアの上体が上がる。

控えていた大人たちが焦ったようにリエリアの傍に駆け寄るが、ルーザスは手を離そうとはしない。



「今日のところは見逃してやろう。その代り今後お前のことは、俺が直々に教育してやる。体に教え込めば、お前のような大馬鹿者とて覚えるだろう?ありがたく思え」


「…あ……ありがと、う、ござい…ます……」


「今からお前は、俺のものだ」



痛みに息がつまり、言葉を切りながら何とか答えると、フンっと鼻を鳴らしてルーザスの手が離れた。


倒れ込むリエリアを、傍に来ていた大人が支えてくれる。

それでもリエリアは、泣くことも痛いと叫ぶこともしなかった。


その事に満足そうに笑い、ルーザスは歩き出す。



その姿が見えなくなってから、背を支えてくれた大人が彼が第一王子だとリエリアに教えてくれた。

その日から、リエリアはルーザスの最高の玩具となったのだ。







それからというもの、ルーザスは事あるごとにリエリアを呼び出しては罰を与えた。


話し方、言葉の使い方、王城内での規則。

一つでも間違えば、嬉々としてルーザスはリエリアを痛めつけた。

そのためリエリアは、必死にマナーや規則を覚えた。


それが一段落すると、今度は立ち方、座り方、歩き方。すべての所作の1つ1つを罰した。

それもまた、リエリアは必死に学んだ。



それらが全て非の打ち所がないほどに完成された頃になって、ルーザスはリエリアが剣術を学んでいることを知ってしまった。

もう罰を与えられる理由がなくなるはずだったリエリアは、結果として近衛騎士に任命され、自分ではどうしようもない理由で罰を与え続けられることになってしまったのだ。

魔術師としての任務にあたっている時間顔を出さなければ、主を蔑ろにしたと言われ罰を与えられる。

自分では直しようのない理由。




だからもう、この罰から逃げることは出来ないのだと、リエリアは知っている。

それでも構わないと思う。



死ぬわけではない。

自分は成長し、ある程度の攻撃はそのままでも耐えられる。

よほどの傷でない限り、すぐに治すことも出来る。

死にはしないのだから、問題ない。







ただ、出口のない闇の中にいるような気がしているだけだ。

第一王子は粘着質。


お読みいただきありがとうございます。

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