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この世界に見つけるまで  作者: 黒野颯
リエリア・フォン・ラードゥス
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氷の銀騎士

翌日、彼女は前日と同じように自らの部屋のベッドで目を覚ました。

変わることのない日常。ただし今日は夢は見なかった。

今目に映る景色と同じ、暗闇だけの眠り。





昨日はあの後、メモを片付けるだけで終わってしまった。


他人には分からないが、メモの順番は大切な資料の一部であり、その順を狂わすことは出来ない。

順不同であれば魔法でサッとまとめてしまえばいいのだが、そうもいかず手作業でまとめていったため時間がかかってしまったのだ。





バサっと夜着を脱ぎ捨てると、顕になった腹部に大きなうっ血が見える。

マーティスの魔術を受けたせいでついた傷だ。

刺すような傷ではなかったが、体内のどこかはやられてしまったのだろう。



だがそれを気にする様子もなく、リエリアは昨日と同じ魔術師の制服とローブに袖を通した。


昨日と違うのは、その腰に一振りの剣を下げたこと。

今日は午後から、別の仕事がある。それには必ず持っていかなければならない、ある意味制服の一部だ。




いつもと同じように研究室へ行き、同じ仕事をする。そして変わらぬ午前を終えると、チラリと壁に掛けられた時計を見て立ち上がった。

そのまま研究室の端に設置したクローゼットを開ける。



中身は自室のクローゼットと同じ。

2種類の制服とローブ、マントだけが掛けられている。その中から魔術師用ではない制服を取り出し、今着ているものから着替え始めた。



糊付けされたように綺麗なシャツ。上から羽織るジャケットには金糸と銀糸で見事な装飾がなされている。

ボタンはごく小さな宝石を散りばめ、美しい光を放つ。

襟元に国の紋が刺繍され、王室の認証を得た制服だとひと目で分かるようになっている。



国に仕える騎士の中でも、各王族個人に配属される近衛騎士の制服だ。



リエリアの制服の胸元には黒と赤の意図で織り上げられた紐で装飾がされている。

これはアサランシア王国第一王子の色。王族はそれぞれに対応する色を割り振られており、配属先はこの色で分かるようになっているのだ。




制服を着用し、一度全身を上から下までチェックする。


一度規定では止めていなければならなかった袖のボタンの一つを留め忘れ、仕置きを食らったことがある。

そんなことを引き起こさないよう、リエリアは出勤前の最終チェックを念入りに行うようにしていた。


全てをチェックし終え、朝研究室に着いてすぐ外して立て掛けておいた剣を腰に下げる。





短く息を吐いて部屋を振り返る。

そして誰もいない部屋、その床の文様に向かって「いってきます」と呟いた。




◆◆◆◆◆◆◆



王城は、巨大な要塞だとリエリアは思う。


中央に鎮座する王宮、国王陛下が執務を執り行い、時に謁見を行う部屋が上階に位置し、中層階には陛下を支える各事務部の部署が控える。

下層階は基本、王宮内の夜会で使われる会場や茶会に使われるテラスなどだ。



その王宮傍には王城を守る騎士達の詰め所、厩舎などが立ち並び、その一角に宮廷魔術師団の詰め所や研究院もある。全ての建物をぐるりと囲むように城壁が巡らされ、その全てをカバー出来るように衛兵が配置されているのだ。


城壁を出た傍には王宮で働く者のための宿舎もあり、宿舎に住む者のための店も立ち並ぶため、ある意味これだけで一つの街とも言える。




研究院を出たリエリアは、朝は素通りした王宮に向かって歩を進める。

午後はこの王城の上層階に近い位置に配置された王子たちの執務室の一つ、第一王子の執務室が勤務地になるのだ。






現アサランシア王国には、国王陛下、王妃陛下の元に3人の王子と2人の王女がいる。一夫一妻制のアサランシアは、たとえ王といえど王妃以外の妻を持つことは許されていない。

もちろんこれは公的に、という話なので、歴史を辿ればどこだかのメイドに、とか権力を求めるどこだかの貴族の娘に、とか色々と噂はあるが。現王にもそういった噂はまことしやかに流れてはいるが、誰も表立ってそれを追求することも、調べることもない。



7歳で宮廷魔術師団に入ったリエリアは、14歳の時に第一王子ルーザスの命令で彼の近衛騎士に名を連ねた。


とはいえ、国王陛下の覚えもめでたい稀代の魔術師。国王としてもいかに第一王子の希望とはいえ、宮廷魔術師団から除籍させるわけにもいかず、今は両方に籍を置いている状態だ。

そのため任務に就く時間は他の近衛騎士の同僚に比べ半分ほど。古代魔術の解明に従事し始めてからは、陛下の命令もあり近衛騎士としての勤務時間は更に減っている。


そのため今日の出勤も2日ぶりだ。





王宮内に足を踏み入れると、その場にいた王宮で働く侍女や衛兵、事務官や謁見に来たのであろう貴族たちの視線が彼女へ向けられた。


女騎士とはいえ細身すぎる体を、衛兵と違い美しく装飾された近衛騎士の制服に包み、それに負けぬ派手すぎるわけではないが静かな美しい顔立ちをし、背中に光を放ちながら揺れる銀髪を流して洗練された所作で歩みを進める彼女は『氷の銀騎士』と呼ばれ、一部女性たちに大人気だ。


ちなみに氷とつくのは、彼女の表情がいかなる時もほぼ変わることなく、冷えた印象を与えるためなのだろう。まさにその通りと言わんばかりに、数多の視線を気にすることなく彼女は目的地へ進んでいく。





『そんなに剣を振るいたければ俺の近衛騎士にでもなればいい。存分に可愛がってやろう』





3年前、突如第一王子から言われた言葉。

その瞬間を思い出すことは出来るが、騎士として忠誠を誓った瞬間や、配属となった時のことなどは一つも思い出せない。本来騎士であれば一番に記憶に残るだろう誇りとなる瞬間を、何一つ記憶していない。


当然だ。リエリアの中に忠誠という言葉がないのだから。


近衛騎士になりたかったわけではない。

それ故なんの感情もなく、割り当てられた仕事をこなす。守れと言われるから守る。


その任務が例え、ルーザスの無茶振りの魔獣討伐であろうが、彼の自分勝手な行動によって引き起こされた誘拐未遂だろうが、守ることが仕事だと言われるから剣を振るうだけ。

自らの主という人間に、どんな評価が与えられているかなど気にしたこともない。




そしてその主が、自分に何をしようと、その事もどうでもいい。

仕事である「守る」ことに支障さえなければ、どうでもいいのだ。





そのまま王宮内を進み上階へ上がると、見慣れた部屋の扉の前で立ち止まり、同僚である近衛騎士に頭を下げた。

交代の引き継ぎをし、1日の日程を確認。今日の夜は夜会があるらしい。

長い夜になるなと思いながら言われる言葉の一つ一つを脳の中に刻んでいく。



全ての引き継ぎを終え、交代となる同僚の代わりに配置に立とうとした瞬間、扉が大きな音を立てて開いた。



恋愛要素が皆無なまま進む恋愛物語

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