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この世界に見つけるまで  作者: 黒野颯
リエリア・フォン・ラードゥス
3/46

魔術師団の彼女

じっと何も変化のない入口を見つめること数秒。

扉の先から少しずつ、カツカツと靴音が聞こえ始めた。その音に、少しだけ目を伏せる。

音は扉の前で止まり、コンコンとノックの音に変わった。



どうぞ、と声を出すまでもなく投げやりに片手を振る。

すると扉はゆっくりと開かれた。そのことに、扉の前に立っていた相手が苦々しげな顔をする。




「相変わらずの魔力操作だな」


剣呑とした雰囲気を滲ませながら、扉の前に立っていた男が舌打ち混じりに言う。リエリアが魔法で扉を開いたことに気づいているのだ。


立っていた男はリエリアと同じ濃紺のローブに金糸の刺繍。違うのはその胸元に大きな胸章をつけていること。背丈はリエリアより少し大きい程度だが、顔や手には年相応のシワが浮かび50代そこそこに見えた。



リエリアはため息を心の中に押し込め、丁寧に腰を折ってお辞儀をする。



「マーティス副師団長様。ご機嫌麗しゅう」


「フン…相変わらず気持ちの悪い挨拶だな。自分は貴族だと示したいわけか」


「そのような事は……申し訳ございません」



これまでも何度か指摘されてしまっていたのに、切り替えるのを忘れたなとひとりごちるリエリア。

実際に彼女はアサランシア王国で爵位を預かる伯爵家令嬢である。ただし魔術師団に入って以来実家とは断絶状態にあるため、貴族令嬢として行動することは皆無と言えるが。


頭を下げたままの彼女の前にいるのはマーティス。宮廷魔術師団の副師団長であり、研究院の統括幹部でもある。

つまりはリエリアの上司にあたる存在だ。



頭を上げないリエリアを一瞥し、そのまま床に描かれた文様に視線を移したマーティスは、嘲るような笑みを浮かべた。



「少しは解明は進んでいるのか?」


「…劇的に、という結果は、まだお知らせ出来る段階では……」


「報告書の時期が迫っているというのに、悠長なもんだな」


「……申し訳ございません」



再び謝罪の言葉を口にし、黙り込むリエリア。

その様子にマーティスはフンっと鼻を鳴らした。苛立たしさの中に、優越感を混ぜた笑みを浮かべている。


報告書とは、研究院に所属する全ての魔術師に課された義務だ。

三月に1度、国王陛下に宛てて自らの研究の成果を報告する書類を提出しなければならない。

いくら魔力を持ち、魔術を行使できるとはいえ王に仕えるのだ。その給金は国民の税金から出ているため、ただ在籍しているだけでいいというわけにはいかない。


何かしらの結果を出していかなければならないのだ。



「1年半だったか?ほぼ成果を出していないのは貴様ただ1人だ」


「…大変申し訳ございません」


「陛下や殿下の覚えがいいからと調子に乗っていると、いずれ痛い目に遭う。肝に銘じておけ」


「…はい」



古代魔術の解明に乗り出して以来、リエリアの報告書は大きな進展はない。

術式の一部の文字は読み解けてきたが、それが何を示すのか、どう組み合わさって術式を構成しているのかがさっぱり掴めていないのだ。それでは成果としてはないに等しい。


分かっているので、反論もせず微動だにしないリエリア。




その姿に苛立ったのはマーティスの方だった。


いつもだ。いつもこちらがどんなに詰っても、どんなに馬鹿にしても、平然と表情も態度も変えることがない。17歳の小娘のくせに王族に気に入られ、その強大な魔力はいずれ押しも押されもせぬトップへ登り詰めることが約束されたかのようなもの。


対するマーティスは、そんなに魔力が強いわけではない。

魔力量は人並み、魔力の質は人より少し優れているかもしれないが、それだとて高位魔術師の中では中の下といったあたりだ。



それでも副師団長まで登り詰めることが出来たのは、ひとえに彼の政治手腕ゆえと言えるだろう。



動かないリエリアを責め立てながら、マーティスの脳裏には在りし日のリエリアが浮かんだ。


リエリアが魔術師団に入ってきた時、こいつは使えると思った。

たった7歳のガキ。少し脅せば簡単に言うことを聞くだろう。こいつの手柄を管理出来れば、自分はどこまでも登っていけるはずだと。


だが実際にリエリアに接すると、彼女の言う術式の無駄も、術式の解析内容も、自分では理解の及ばない範囲にあることが分かってしまった。

これでは手柄の半分を自分のものにしようとしても、王への説明が出来ない。


仕方なく自分の管理下に置き言うことを聞かせようとしたが、リエリアの反応はなかった。


無表情、無反応。都合のいいように報告を上げても、こちらの意図を汲み取りもせずその報告を覆す言葉を吐く。おかげで1年前の代替わりの際、総師団長の座を得ることが出来なかったと言っても過言ではない。




苦々しい思いが腹の中にたまり、チッと舌打ちをして踵を返す。



「お前の進展がなければ、我ら宮廷魔術師団のメンツも立たぬ。貴様のせいで我らに迷惑がかかることがあれば、貴様の居場所はない。分かったな」


「…かしこまりました。肝に銘じます」



頭を下げたままコクリと頷き、退室しようとするマーティスに目線を合わせるため上体を上げる。

その瞬間、彼女の腹部をめがけて空気の塊が飛んできた。


それを腹部に受けて、大きな音を立ててリエリアが吹っ飛ぶ。

細い体は机の横、壁に激突して止まった。吹き荒れた風に、机上のメモがバラバラと飛のが視界の端に映った。

床に転がったリエリアの耳元へ、下卑た笑いを湛えているだろうマーティスの声が響く。



「私に不快な挨拶をするなと、これで体に刻まれるであろう?直々に指導したのだ。以降同じことを繰り返すなよ」



言い終えて、カツカツと止まることなく部屋を出ていくマーティス。

かしこまりました、と何とか口にしてそれを見送ると、部屋を出たのを確認して再び手を振った。

それだけで静かに扉が閉まる。



部屋に一人きりになり、床に倒れたままだった体を起こすと、ふぅとため息をついた。



「…片付けなきゃ……」



魔術を食らって吹っ飛んだとは思えない軽さで立ち上がり、ポツリと呟く。


本当は部屋に入ってきたときから、マーティスが魔術の発動を待機させているのは分かっていた。

それが自分に向けて放たれるであろうことも。

そして本来簡単に打ち消せるそれを、避けることも打ち消すことも許されないことも。



痛みはない。

理不尽な言葉への苛立ちも、悲しみもない。


言葉のとおりに淡々と部屋を片付け始め、ふと瞼に浮かぶのは夢にいた人たち。




生きてさえ、いればいい。

それだけが大切なことだから。

いるよね、こういうオッサン。

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