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??回目の2019年7月19日

「レポートです」


 どこかにある倉庫、中には簡素な事務机とパイプ椅子。

 そしてスーツの男と女の姿。男は女の渡したレポートを興味深く読んでいる。


「どうやら本当に、彼は()()()()()()()()ようだな」

「ええ、驚きました」

「これでまた、我々は世界の真実に近づけたな」

「かなりの進歩よ。でも、私にとっては残念な結果だわ」


「だろうね。君は()()()()()()だったものな」

「でも、時間が一個人に巻き戻せるだなんて。明らかにシミュレーション仮説を補強する証拠だわ」

「実在論者の君が証明したんだ。これ以上ない証明だよ」

「証明といっても、50の1000乗分の一以下の確率でまだ実在論の可能性が残っているわ」


「50の1000乗が5回じゃなかったのか? ランダムな文字列を書いた紙は100枚しか用意してなかったんだろう? もし彼が100回以上挑戦しようとしたときはどうするつもりだったんだ?」

「その時は最初の一枚を出すわ。100回前の記憶なんて残ってないでしょ?」


「それはそうか。しかし、私は君の能力の存在でさえ、実在論を否定するには十分だと思うんだがね」

「人の心を読めるぐらいで実在論は揺らがないわ」

「どうだかね。どっちにしろ、答えははっきりした」


 男は女をまじまじと見つめている。


「なに?」

「その……もう任務は終わったのだろう? その格好をまだ続けるのか?」


「何? この格好が気に入らないの? ああ、そう言えばあなた、子供っぽい格好が好きだったわね。気にしないで。たまにはこんな格好をしたくなる日だってあるわ」


「女心は世界の謎より難しいか……。まぁいい。長期間の調査ご苦労だった。好きなだけ休暇を取ってくれてかまわない」


「ええ、お言葉に甘えるわ」

「珍しいな。君が本当に休暇を取るだなんて」

「あら、そうかしら? たまには休みたくなるときだってあるわ。あ、そうそう。彼の記憶によると私は50回は死んでいるそうよ。死亡手当てはずんでくれるんでしょう?」


「実際に死んでいないんだ。手当ては出ない。だいたい、死んだように見せかけただけだろう?」

「そんなの彼にしかわからないわ。出さないっていうのならこっちにも考えがあるわよ」


「仕方ないね。死亡手当は支給しよう。ただし、もう一度死んでからだ!」

 

 男は拳銃を女に向けている。


「もう用済みってこと?」

「人の心が読める能力者は惜しいが、ターゲットに心を奪われるような人間は必要ない。こんなに不抜けた君は見たくなかったよ」


「おどろいた。これまで殺意が全くわからなかった」

「当たり前だ、おまえが裏切ったときの対策を立てていないわけがないだろう? 残念だよ。これまでご苦労だった」


 男は引き金を引こうとする。

 彼女は死を覚悟している。



 あの顔を、俺は何度見たことか!

 俺は奴の手をスリングショットで狙い発射する。鉛玉は奴の手に命中し、拳銃を落とす。


「そこまでだ!」


 俺は颯爽と二人の前に現れる。


「どうして、どうしてなの?」


 彼女は驚いている。やれやれ、俺もまだまだだな。


「愛する女の変化に気づかないほど俺は鈍感じゃないんでね」


 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。

 今日は145回目の2019年7月19日だ。


 1回目の今日、彼女が家を出るとき、いや、家を出る前から、彼女は何かいつもと違った雰囲気を感じさせていた。

 なにか思い詰めたような、悲しい雰囲気。俺はその理由が昨日の俺の巻き戻しテストにあると直感した。その後、俺は彼女の残した1000文字の50音が書かれた紙を探した。


 するとどうだ、同じようなランダムな文字が書かれた紙が100枚も出てきたのだ。



 俺は確信した。

 彼女は何か重大なことを隠している。


 そして、俺の能力は本物だ。


 だとすれば、俺がやることはただ一つだ。彼女を救う、それだけだ。彼女があの紙を残していったのは、俺に何か伝えたかったに違いない。

 俺はまず時間を巻き戻し、彼女を追うことにした。彼女は保険販売の仕事に行くはずだったが、なぜか港の方に向かっていた。

 その先にある古びた倉庫。そこに彼女は入っていった。



 そこで見たのは、知らない男と話をしている彼女。どうやら俺のことを話しているらしい。

 それも、俺の能力について。やはり俺の能力は本物だ。

 しかしあろうことか、彼女が殺されようとしている。

 俺は彼女を助けようと、何度も時間を巻き戻した、そして、ついに彼女を救うことができたのだ。


「144回も君を死なせてしまった。おいおまえ、144回分の死亡手当を出してもらうぜ」


「やはり、無力化させていなかったのか! だが、おまえの対策をしていないと思ったか?」


「思わないね。だが、なぜ今が145回目だと思う?」

「まさか……」

「おまえの仲間は皆無力化させてもらったよ、残るはおまえだけだ」

「くっ……」



 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。

 今日は1回目の2019年7月20日だ。


「おはよう」

「おはよう。いい朝だね。これで君を助けた昨日が確定した。もう安心していい」


 彼女の所属していた組織は、俺や彼女のような超能力を持った者が集まって、この世界について研究している組織なのだそうだ。

 俺は男に彼女の脱退と、死亡退職金を支払いを約束させた。彼女は死亡扱いで、もう二度と俺たちには干渉しないと約束させて。


「しかし、なぜ奴らは俺が寝ている間に俺を殺そうとしないんだ?」

「シミュレーション仮説を支持している彼らにとって、世界を巻き戻せる能力を持っているあなたは特異点なのよ」


「特異点?」


「あなたは世界に愛された存在。あなたを殺すことで世界にどんなことが起こるかわからないから殺せない。そういうこと」

「なるほどね。だから俺に俺の能力を疑わせて、無力化させるしかなかったってことか」

「ま、失敗しちゃったんだけどね。さすがは世界に愛された男だわ」

「それは違うさ」


「どういうこと?」

「俺にとっては、世界に愛されるより君に愛されることの方が大事だったってことさ」



 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。

 

 完

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