第九十八話 市場調査2
「それにしても、ベリルがヒト型になって現れるとは驚きだったな」
ベリちゃんが目を大きくしてニコニコ顔をしている。久し振りに会う二人のことをしっかり覚えていたようで何よりだ。あの頃はほとんど僕のロープの中にいたはずなのだけどね。
「ハルト君たちが戻ってきたということは例のクエストが終了したということですか?」
「そうですね。ひとまずクエストは完了です。あとは領主様と今後の話し合いとか、いろいろ残ってはいますけどね」
僕が苦笑いをみせると、それはそれでしょうがないとでもいうように、ロドヴィックさんもダリウスさんも同じように苦笑いをしてみせた。
「それはそうでしょうね。それにしてもベリルがヒト型でいられることは選択肢が良い方向に広がると思いますよ」
「ドラゴンのこととなると話はそう簡単じゃねぇからな。昔から多くの者がその命を落としている。リンカスターに住む人間にとってはドラゴン=ニーズヘッグだからな。どうしても凶悪なイメージが強く残る。なかなか難しいだろうけどよ。でも俺たちは仲間だ。何かあったら相談ぐれぇ乗るし、力にもなるぜ!」
「はい、心強いです。よろしくお願いします」
そんな話をしていたら店員さんがリンカスタービールと賢茶を持ってきてくれた。さっきの店よりも提供されるまでの時間が早い気がする。
「じゃあ、乾杯するか! 久しぶりの再会に」
「乾杯っ!」「かんぱーい!!」
さっきのお店とは段違いに違う。温度もかなり低いし、何より美味しい!
「うわっ、このリンカスタービールは美味しいですね。噂通りだったね」
「本当だなハルト。さっきの店とは比べ物にならないな。これではこの店が人気になるはずだ」
「帰ってきたばかりでよくそんな噂知っていたな。ここはエールビールの時から神泡師と呼ばれる専任がいてだな。注ぎ方に特長があるんだよ」
「く、詳しく聞いてもいいですか?」
「俺もよくはわかってねぇんだけどよ、何でも泡が美味しくさせるコツらしいぜ」
「本人に聞いてみましょうか。タルコットさーん、ちょっといいでしょうか?」
「ダリウスさん? 注文ですか? ちょっと今、手が離せないので落ち着いたら伺いますね!」
注文ではないことをダリウスが首を振ったことで理解すると、再び忙しそうにリンカスタービールを注ぎ入れている。入れ方にさっきの店と違う点があるとすれば、神泡師の名前の通り泡をコップに盛っている独特な注ぎ方だろう。あとは、樽からコックを外して専用の器具を取り付けていることだ。鉄製のような器具を通して箱の中を通過して、出て来る時には冷えたリンカスタービールが注がれている。つまり、あの箱の中で提供する直前に冷やされているということなのだろう。
お店に入れない人がリンカスタービールの持ち帰りを注文しているようでタルコットさんはしばらく手が離せなそうだ。
「他店と違って提供までの時間が早いんですよね。しかも美味しいのですから益々人気が出ています」
「前のエールビールの時は泡入れんじゃねぇ―って客が多かったのにな。タルコットの入れ方が本当に美味しい入れ方だったんだな」
「エールビールの時は泡は入れてほしくなかったんですか?」
「食事の席で言うのもなんだけどよ、エールビールは安い飲み物だったってのもあって泡に小虫やら製造時のカスなんかが紛れてるのが普通でな。みんな泡を飲まねぇように飲んでたわけよ。ところが、リンカスタービールは樽を閉じたまま配送されてくるから清潔そうだし、一緒に飲んでみたら泡が美味しいんだってことをみんな最近になって知ったんだ」
「ビールは生き物ですから、注いだ瞬間から味は劣化していきます。僕の入れ方はリンカスタービールが空気に触れないように泡で蓋をしているんですよ。しかも飲んでも飲んでも泡が無くならないようにね!」
少し落ち着いたタイミングでタルコットさんがテーブルまで来てくれた。
「おぉ、タルコットようやく来たか。紹介するぜ、こちらがリンカスタービールの生みの親のハルトだ」
「どうもはじめまして。あなたが異世界からの旅人ハルトさんですね! タルコットと申します」
どうやら僕のことは知られているようだ。リンカスタービールに携わる方だからだろうか。
「はい、よろしくお願いします。タルコットさん」
「タルコットは昼はリンカスタービールの製造を手伝って、夜は店に立ってビールを提供しているんだ」
「ビール製造の方もやられているのですね」
「はい、元々エールビール職人専門だったんです。ハルトさんのことはそこで聞いて知りました。ずっとエールビール造りを学んできたのですが、ほらっ、エールビールって安いけど人気なかったじゃないですか。それがなんだか悔しくて、少しでも美味しくエールビールを飲んでもらえるようにって研究していたら、この店のオーナーに声を掛けてもらいまして実験と言いますか、いろいろ試させてもらっていたんですよ」
「タルコットさんは研究熱心なのですね。ビール職人としての知識と店で美味しく飲んでもらう為の工夫が、リンカスタービールになった時に花開いたという感じでしょうか。努力が報われるというのは良いことです。冒険者も努力とか頑張っているのがわかる若者が育ってきてもらいたいところですよねロドヴィック」
「まったくだぜ、ダリウス。危険な職業だけに無理は言えねぇけど、もう少し根性がすわっている奴が出てきてほしいぜ」
「あ、あの、もしよかったら、冷やしている箱をみせていただいてもよろしいでしょうか」
「はい、ハルトさんなら問題ございませんよ。しかしながら、これは機密事項ですので他の店には内緒に願いますよ」
「はい、もちろんです」
そりゃ、秘密にしないとお店にも怒られるだろうし、注ぎ方はタルコットさんの努力の結晶でもある。これを流石に無償で提供してよという訳にはいかない。
提供スピードの速さは売上に直結するし、それだけ回転率も注文数も増すのだ。箱の中は見ないでも何となく想像できるけど、これをリンカスター全体に広げていくには……どうしたものかな。
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