第九十六話 商会の本分
「し、失礼いたします。ケオーラ商会のベネットと申します。この度は新しい事業へお声掛け頂き、誠にありがとうございます」
硬い表情のベネットが緊張した面持ちで応接間へと入ってきた。
「はじめまして、ベルナール・リンカスターです。新しくリンカスターに責任者として赴任してきた方だと伺っております。ベネット殿は出身がリンカスターなのでしたね」
「は、はい、クロエと……賢者様と同じ孤児院で幼少期を過ごしておりました」
「商会の考えといいますか、ケオーラ商会の目指す方向というのを知りたいのですがお伺いしてもよろしいですか? それとも、これは商会長さんに聞くべきことですかね」
「い、いえ、私はまだ若輩者であることは理解しておりますが、目指すべき道、商会の本分は共有できております。ケオーラ商会の本分は、人々の暮らしを豊かにすることです。人が豊かになることで商会も豊かになるという教えを受けてきました。その為に出来ることを商会は率先して行って参ります」
「なるほど、素晴らしい考えですね。ところでベネット殿、ハルト殿からは輸送関連と輸出に関わる商いをケオーラ商会に任せたいとの話がありました。ベネット殿としてはどのようにお考えですか?」
「はい、街道の整備には正直かなりの時間が掛かると思っています。しばらくは小型の荷馬車を数用意することで対応させて頂きたいと思っております」
「ほぅ、商会で街道の整備までやるつもりですか?」
「時間は掛かると思いますが、リンカスタービールにはそれだけのポテンシャルがある、と商会長も踏んでおります。大型の荷馬車を通すには膨大な費用の拡張工事が必要となります。しかしながら、これは他の商会へのガス抜きにもなると思っています。ここまでの先行投資はおそらくデリーズ商会でも出来ないでしょう」
ちなみに、ハープナとリンカスターにおいて大きな商会は2つあり、ケオーラ商会とデリーズ商会なのだそうだ。ケオーラ商会がポーション系に強い商会であるならば、デリーズ商会は武器や服飾に強い商会とのことだ。
「そこまで理解しているのなら話は早い。街道の整備にはリンカスターとハープナで事業費の半分を持ちます。実際、街道の整備はこちらの仕事ともいえますからね。税収が上がることを期待して予算をとりましょう。ですので……」
「すぐに取りかかりなさいということですね。かしこまりました」
「王都からも労働者を募集しておきましょう。道が広がれば運べる量が格段に増えます。そうすれば、すぐに黒字化することができるはずです」
「王都の労働者にリンカスタービールをPRすることも出来ますね!」
二人とも前のめりに商談が進んでいっている。水を差すようで悪いけど、工場はこれから建築するんだよね。供給量は間に合うのだろうか。
「領主様、リンカスタービールの量産化については目処は立っているのですか?」
「実はホップの確保と生産にも成功しています。もっと増やしていく必要はありますが、こちらはもう大丈夫でしょう。工場はこれからですが、ビール造りの形、レシピも既に出来上がっています。麦もハープナからの協力を得られそうですから今のところ大きな問題はないですね。供給量に合わせて増産していくだけです」
お互いに最初は赤字だけど投資していくよという判断なのだろう。先ずはリンカスターで流行するように僕も何か手伝いたいところだ。
「ハルト殿、他に心配する点や提案などないでしょうか?」
「そうですね。リンカスターでの販売状況をお伺いしたいのですが」
現状の問題点から改善策が何か提供できればいいのだけど。
「そうですね、冷やして売ると価格もその分上がってしまうのですが、最早冷やさないと売れなくなってきています。氷の魔法を使える人材が圧倒的に不足していますね」
「冷やして販売した方が美味しいですからね。冷やし方に工夫があればコストも抑えられるかな……。しかしながら単価アップに繋がっているのは成功といえますね。何か問題点とかクレームとはないですか?」
「お店ではリンカスタービールを注ぐ人によって美味しさが違うと店の人気に片寄がで始めています。もちろん男性ならば、可愛い女性がついで注いだ方が美味しいく感じるのでしょうけど、どうやら実際に味も違いが出ているようなのです」
ビールを注ぐのに泡が大事だと聞いたことがあるような無いような。きっとそのお店では注ぎ方の上手な人がいるのではないだろうか。
「よかったらそのお店を教えていただいてもよろしいでしょうか。あとで行ってみて他の店との違いを見比べてみましょう」
「それはありがたい。工場の方にはそこの店だけ美味しいリンカスタービールを運んでいるのではないかとか疑われている程でして、配達の者もかなり困っているようでしたからね」
「現状のビールサーバーや提供の仕方を見たうえで改善点を提案させていただきますね」
領主様とベネットさんはまだいろいろとお話がありそうなので、僕たちは先に帰らせてもらおう。帰りがけにリンカスタービールの市場調査兼夕食もとらないとならないしね。
「それでは、僕たちは先に失礼いたします。改善点が見つかりましたらまたご連絡させていただきます」
「うむ、ハルト殿、賢者殿、それからベリルちゃん。今日はゆっくり休んでくださいね。帰ってきてそうそうご報告と打ち合わせ、ご苦労様でした」
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