第九十二話 幼女ベリル
クロエへの挨拶が終わると次はヴイーヴルにダイブし、アリエスに頭を撫でてもらってからローランドさんを一瞥して戻ってきた。
それでいい。ローランドさんは絶望的な表情を浮かべているが、軽い犯罪臭が感じられるのでベリちゃんも何となく察したのだろう。既に僕の背中にへばりついて警戒している。いや、人としては頼りになるし、優しい方だとは理解しているんだけど、何でこんなにドラゴン愛が深すぎるのだろうか。
「ローランドはいつかベリル様とふれ合える日を楽しみにお待ちしております」
手を広げているローランドさんの目が本気だが、しばらく距離をおいた方がいいだろう。
「嫌なの」
「ぐふぉっ」
子供、特に幼女が場の空気を読んで発言するようなことはない。回答は基本的に好きか嫌いかによって判断される。まぁ、いつか仲良くなる日も来るだろう。く、来るよね?
その日は神殿で宿泊してから翌日馬車でリンカスターへ帰ることになったのだが、問題は寝る時に起こった。
「やー! パパとママと一緒に寝るの」
言葉が喋れるようになったことで、意思疎通がしやすくなったのもあるのだろうし、勿論、年齢的なこともある。甘えたい年頃だし、我が儘だって言ってみたいのだ。
「しょうがないな、ベリちゃんは。今夜は特別だからな」
「やったー!」
男らしいクロエの一言で一緒のベッドで寝ることが決まってしまったのだが、そ、その、えーっ!!!!
「い、いいの」
「しょうがないだろう。このままだとベリちゃんが泣いてしまいそうだし、その、ハルトは困るか?」
「い、いや、どちらかというと僕よりクロエがその、平気かなと」
「へ、変なことをするわけではあるまいし、き、気にしすぎだっ!」
気を使ったつもりが逆に怒られてしまった……。僕的にはクロエみたいな美少女が隣に寝ていたらと思うとドキドキして寝れないのではと思ってしまう。しかし、二人の間には幼女が挟まっているわけで、うん、大丈夫だろう。
「なんだかいやらしいわね」
「はい、とても羨ましいです」
「な、な、何がいやらしいのだっ!」
アリエスが悪い顔で、とても楽しそうにからかってくる。
「ハルトもクロエにディープスリーパーを使って変なことしたらダメよ」
「つ、使わないし! というか、馬車で野宿とかしてるし今さらでしょ」
「冗談よ。まったく、本気にしないくれる? ほほほっ」
相手にすればするほどドツボに嵌まりそうだ。そう思ったのはクロエも同じようだったみたいで、ベリちゃんを抱っこすると寝室へと向かって歩き始めた。
「ほらっ、ハルトも早く来るのだ」
「わ、わかったから、ちょっと待ってって。アリエス、ローランドさん、おやすみなさい」
「……あの二人どうなるのかしらね」
「ハルト君とクロエさんですか? えっ、えっ? そういう関係なのですか!?」
「ち、違うわよ。今はまだね、じゃなくて! これからどうなっていくのかってことよ」
「今はまだですか。……領主様のベリル様の扱いによっては、それどころではなさそうですよね。クロエさんはずっと辛い思いをしてきた方ですし、賢者の役割を解放されるといいのでしょうが……」
「それは難しいわよね」
「えぇ、例え解放されたとしても何かしらの条件はつくでしょう。ただ、ハルト君がいるので強引な策にも出れないというのもありそうです」
「そうね、あと私達もいるわ。ヴイーヴルもそのあたりは抜かりなく手紙に書いているはずよ」
「そうですね。私達に出来ることであれば協力していきましょう。では、私はベリル様の洋服をお土産に用意させて参ります」
「採寸してないじゃない」
「私の目は、あの一瞬でベリル様の全てを焼き付けておりますのでご心配なく」
「なんだかとっても心配よっ!」
一方、寝室の扉を閉めた僕達の前にはキングサイズと思われる大きいベッドがあった。大きいベッドに少しだけ安心したというか、残念に思ったりとか頭の中をぐるぐるしていたらベリちゃんがベッドに飛び込んでいた。
「すっごい、ふっかふかなの!」
無邪気な笑顔で振り返るベリちゃんを見たら、そんなことはすっ飛んでしまったみたいだ。
「あのね、わたし、パパとママといーっぱい、お話したいと思ってたの!」
「うん、僕達もベリちゃんとお話したかったんだよ」
「じゃあ今夜はベリちゃんが眠くなるまでいっぱいお話しようね」
「うん! パパは奥ね、ママはこっちで、わたしが真ん中だよ」
眠る場所は既にベリちゃんに決められているようで、ベッドをポンポンとたたくようにして急かされている。なんだか本当の家族みたいだなと思いながら、とても自然な感じで横になった。
それからはいろんなことを話した。驚いたことに、竜の巣で初めて会ったことも覚えていた。時間を巻き戻して順を追ってゆっくりと話していく。
「パパはとっても暖かい匂いがするから安心したの。最近はママの匂いも落ち着く」
生まれたばかりで目がはっきり見えてなかったのだろう。嗅覚で安全かどうかを判断していたのかもしれない。話はロカが馬車の上でブルブル震えていたところまで。頑張って話していたベリちゃんだが、やはり睡魔には勝てなかったようだ。
「本当に可愛いな。しかもこれだけ信頼を寄せられていると嬉しいものだな」
「そうだね。この子が、ベリちゃんが一人立ち出来るまでは僕達で守ってあげよう」
「うむ。勿論だ」
話の端々に僕達に対する信頼を感じる。多分これは無償の愛というか、家族に対して向けられる親愛。ベリちゃんとそういう関係を築いてこれたことを誇りに思うと同時に、僕とクロエもこの小さなドラゴンを守る為に出来ることは何でもやろうと決めたのだった。
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