第八十六話 新商品
「ハルト、昨日食べた魚はびっくりするぐらいに美味しかったな。私は川魚しか食べたことがなかったから、その臭みが苦手だったのだが海の魚というのは全然臭くないのだな」
リンカスターで暮らしていたクロエにとって魚といえば川魚だったようで、海の魚というのは格別だったようだ。獲れたてなのでそれは美味しいはずだ。
「川魚も種類や時期、場所によっては美味しいのもあると思うよ。水の綺麗な場所の草食の魚とか美味しいって聞くし。あとは内臓の処理が下手だと苦味が広がっちゃうからね。そういう要因もあるんじゃないかな」
「そうだったのか。何事もチャレンジしてみないことにはわからないことが多いのだな」
昨日はいつものボア肉とは別にお刺身や焼き魚を提供したのだけど、僕とローランドさん以外は誰も手をつけなかったのだが、あまりにも美味しそうに食べていたのか、興味が湧いたようでみんなが食べ始めたのだった。
「そもそも魚はすぐ腐るからって食べさせてもらえないのよ。体に悪いとかいって肉ばっかり。これだけ美味しいのなら、たまには魚も食べたいわ」
アリエスがそういってヴイーヴルの方をチラッと見ているので、魚料理を禁止しているのはヴイーヴルらしい。
「魚が日持ちすればいいんだよね?」
「まさか、そんな手段があるの?」
「流石に生のままという訳にはいかないけど、水分を飛ばすことで旨味を凝縮させる方法なら知っているよ。干物っていうんだけどね。焼き魚にしたらとても美味しくなるんだ」
「日持ちもして、更に味も美味しくなる? 本当ね? ハルト、その干物とやらについて詳しく教えなさい!」
という訳で、今朝は漁が終わったばかりのブルーノさんの家へとお邪魔させてもらっている。
「そろそろ魚を売りにいかないとまずいんじゃけど何か用か? 急ぎでないなら昼頃に来てくれぃ」
「魚なら全部、私達が買うから安心しなさい。今日は商売の話をしに来たの。もしも、その魚が10日も日持ちしたらどうする?」
「10日だと? 腐って食えたもんじゃないわい。漁師は朝が命なんだ! 遊んでる暇なんかねぇんだ、さっさと帰んな」
「あらっ、残念ね。日持ちもして更に魚が美味しくなる秘策を教えてあげようと思ったのだけど。しょうがないわ、ケオーラ商会にでも話を持っていこうかしら」
「ちょ、ちょっと待て。魚が更に美味しくなるだと? 聞き捨てならねぇな。その話、聞くだけ聞いてやろう」
「いえ、いいのよ。無理にお願いするような話でもないわ。商会の方が金払いも良さそうだものね」
「……わ、悪かったって姉ちゃんよ。マーマンのせいでカイラルの漁師は苦しめられているんだ。何かしら打開策があるのなら素直に聞くべきだった。頼む本当この通りだ」
「全く、しょうがないわね。さぁハルト、早く教えてあげなさい」
アリエスが偉そうだが、文句を言っても話が進まなくなるのでとりあえず説明をしよう。
「ブルーノさん、僕も上手く成功するかやってみないとわからないところがありまして、魚代とかはちゃんと保証するので2~3日お手伝いお願いしてもよろしいですか」
「おう、それで何を手伝えばいい?」
まずは魚の選別からかな。干物に向いている種類とそうでないものとを分けなければならない。次に、魚を捌いて開きにしたものを海水に浸ける。そのための桶のようなものが必要になるだろう。とりあえず初日はこんなもんかな。
「ブルーノさんは僕が選別した魚をお腹から半分に開いてもらっていいですか? 内臓は綺麗に取り除いてください」
「おう、わかった!」
「ローランドさんとアリーは選別して残った、魚と貝類を売ってきてください。出来ればそこで新製品の開発アピールをお願いします。明日には試食会を行いますと伝えてください」
「わかったわ。美味しくなかったら承知しないわよ」
「クロエとヴィーさんは魚を浸ける桶を探して海水をたっぷり入れてきてもらいたいんだ」
「うむ。任せろ!」
「ヴィーというのは私のことですよね?」
「はい、お願いします」
「キュィ」
「えーっと、ベリちゃんはね、僕と一緒に干物を乾かす台を作るのを手伝ってもらえるかな?」
「キューィ」
「ブルーノさん、使わなくなった網とか古材とかありませんか?」
「奥の倉庫にあるはずだ。中のものは何でも使っていいぞ」
「助かります。ありがとうございます!」
こうして、急きょ干物作りを行うこととなってしまった。ベリちゃんの成長も順調に進んでいるようだし、シーデーモンという脅威が一段落したこともある。息抜きがてら且つ、今後の食生活の向上に向けてちょっとぐらい舵を切ってみてもいいのかなと思っている。暮らしにゆとりを、食に彩りを。
そんな甘い考えが災いしたのか、その夜事件は起こったのだった。
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