第八十五話 試作品
ギルドを出て家に戻ると、扉の前にはリンカスターの兵士さん方が3名が待っていた。領主様のお屋敷にいた門番の人の顔も見える。馬車には大きな荷物も積んでいるようだけど、何か差し入れでも持ってきてくれたのだろうか。
「ハルト様、賢者様お待ち申しておりました。ベルナール様よりエールビールの試作品が完成したので味の確認をしてもらいたいとのことでございます」
「お久し振りですね。試作品、もう出来たのですね。みなさんはもう飲まれたのですか?」
「いえ、私達はまだ飲んでおりません。この後もすぐ馬車で戻らなければなりませんので、ハルト様に試飲して頂いた感想を頂戴したいのであります」
目の前には大樽が2つ。試飲というには多すぎる量だけど、道中で樽が壊れたりした場合に備えた念のためだろう。
「了解いたしました。では、家の中にこの大樽を運んで頂いてもよろしいでしょうか?」
「はっ、かしこまりました」
「ハルト、何か手伝うことはあるか?」
「そうだね。そうしたらクロエは深めの桶を持ってきてくれるかな。アリエスはコップの用意をお願いしてもいい?」
僕は大樽の栓を抜くと鉄製のポットにエールビールを注ぎ入れた。程よく発泡しており、エールビール特有の泡や濁りは少ない。ホップが効いている。見た目には上手くいっているように思える。
クロエが持ってきた桶にポットを入れると氷の魔法で一気に冷やしていく。魔力を注ぎ過ぎないように注意しながら氷の塊を桶の中に敷き詰めた。
「全然臭くないのだな。まだちょっと早いのではないか?」
臭ささが完成の基準になってしまっているのが現状のエールビールの残念なところだ。
「そろそろ冷えたかな? じゃあ、クロエとアリエス、ヴイーヴルの分も用意するから飲んでみてよ。あんまり飲みすぎないように注意してよ」
そういえば、クロエまだ16歳だもんね。僕も今は同じだし、アリエスも対して変わらないはずだ。
「これが売れるのか……」
「濁ってないわね。何なら透き通っているわ」
琥珀色の水は透き通っており、見た目には不味そうなエールビールの雰囲気は一切ない。
「匂いも大丈夫そうだね。じゃあ、飲んでみるか」
グイっと飲んでみる。……まだちょっと雑味が強いかなという印象だ。もう少しホップの割合を増やしてもいいかもしれない。しかしながら、僕自身そこまでビールに詳しい訳でもないのだけど、これなら普通に飲める。というか、既に比べものにならない出来栄えといってもいいだろう。リンカスターのビール職人さん達に感謝だね。
「こ、これがエールビールなのか!? ハルト、これは全然臭くないぞ。というか、泡ごと美味しく飲めるではないか!」
「あらっ、エールビールって冷えていると抜群に旨いのね。今まで飲んだことがなかったけど、こんなにスッキリした味わいなら、何だか今まで飲んでなかったのが損した気分だわ」
「い、いや、アリエス。普通のエールビールはこれと比べたら泥水だぞ」
「泥水って!? そ、そうなのクロエ?」
「ハルト、私におかわりをください」
リンカスタービールの試作品1号としては、なかなか精度の高いものが出来上がったようだ。雑味を抑えることでここまで進化するとは思わなかった。雑菌もかなり抑えているはずだからこれで輸送日数にも耐えられるはず。輸出も見えてきたぞ。
「門番さん、ホップの割合をもう少し増やした方が更に良くなるはずだと領主様にお伝えください。それから提供の仕方についても、僕がやったように氷で冷やすことでもっと美味しく飲めるとも伝えてもらいたいです。値段も安すぎず、それでいて高すぎずバランスをとりながら提供していきましょう」
「ハルト様、ということはホップの量を微調整したら販売してよろしいということですか?」
「はい。爆発的に売れるようになるでしょうから、ある程度大樽のストックを作ってから無理のないように進めてください」
「かしこまりました。では、我々はすぐにリンカスターへ戻ります。また、確認することが出てきましたらご相談に伺わせて頂きますね。それでは失礼いたします」
門番さん達は自分のことのように笑顔で喜んでくれていた。まぁ、リンカスターの新しい特産品が完成したのだ。名物のボア肉のパン包みとも相性は抜群だろうし、これからは輸出で一気に街が潤うことになる。輸出するタイミングでニーズヘッグの消滅を発表できたら一気にリンカスター経済は上昇気流に乗ること間違いないだろう。
「ハルト、このエールビールはまだ完成していないのか?」
「そうだね。まだ少し雑味が強いかな。もう少しスッキリと爽やかに出来るはずなんだ」
「これは本当に売れるわ。しかも腐りづらいのでしょ?」
「そうだね。何度かテストしてみて大丈夫そうなら輸出、そしてフレーバーを追加した新味を投入して飽きさせないようにする。こちらは女性受けもしそうだしね」
「ということなのよ、ヴイーヴル。ハープナはどんどんリンカスターに麦を提供していくわよ」
「なるほどですね。これが異世界の知恵なのですね。ハルト、おかわりはまだ? ハープナも負けてはいられませんね。輸出に備えて麦畑をどんどん拡大しましょう。アリエスが提案した倍の金額を神殿で捻出しましょう」
ヴイーヴルもかなり乗り気になっている。麦がもらえるのは助かるけど、大規模な不作とか起こっても僕は知らないからね。
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