第八十四話 帰港
港に戻ると相変わらずボスネコのロカが舟に近寄ってきて魚をもらおうとやってくる。ニャーゴニャーゴとアピールがすごい。途中ローランドさんが付与魔法で捕獲した魚が結構あるので、その中から小さな魚を半分に捌いて渡してあげた。
付与魔法でどうやって魚を獲れるのかって? ローランドさんの付与魔法暴風剣だ。風の魔法を付与された剣で魚の群れに向かって小規模の竜巻を作り出し、空に舞い上がった魚をコントロールして船の上に落としていった。舟に落ちてくる音と魚の臭いでぐっすり眠っていたアリエスが怒っていたのはご愛敬だ。ローランドさんも一応は気を遣って到着前の港近辺で魚を獲っていたし、打ち上げにはボア肉だけでなくたまには魚も食べたいと思ったのは僕も賛成だった。
「ロカも魚がもらえて喜んでるしね」
ロカは返事もせずに少し離れたところへ移動して懸命にかぶりついている。感謝の気持ちが全然伝わってこないよロカ。
「舟が一気に生臭くなったわ! ローランド、あなたはベネットのところへ行ってボア肉の手配と舟の清掃を依頼してきなさい」
「はっ、かしこまりました」
「おぅ、そこの兄ちゃん! さっきの魔法はすごかったな。あんな漁のやり方があるなんてびっくりしたぜ」
漁師のブルーノさんがローランドさんの漁を見ていたようで、興味深そうに話し掛けてきた。
「風属性の魔法使いならば同じような漁が可能かもしれませんね。ただ、海のどの辺りに魚の群れがいるかを察知しなければ大漁とはいかないでしょうからその辺は難しいかもしれません」
「そんなの餌を撒けばいいんだ。投網じゃかなりの数が逃げられちまうが、魔法で空へ巻き上げちまえば魚も逃げようがねぇってもんよ。いい漁の仕方を勉強できたぜ。ありがとよ」
「いえ、お役に立てて光栄です」
後にこの漁法は、カイラル流テンペスタ漁法としてアストラルの漁師たちの間で流行していくことになる。この漁法により大幅に漁獲高がアップし、様々な魚料理が生み出されアストラルの食糧事情の改善に多大な影響を与えたとする文献も残されている。特にカイラル名物と呼ばれるようになる特産品が魚の流通に革命をもたらせた。
そして各地からは、『漁師の父』と呼ばれるようになるブルーノさんに漁法や特産品の教えを請う漁師や魔法使いが多くカイラルを訪れたという。殺傷能力のあまり強くない風魔法の地位向上にも貢献したといわれている。
「私が眠っている間に全てが終わってしまったのだな。イシュメル様は……昔の優しかったイシュメル様はもういなかったのだな。記憶が残っているだけで、その考えや思考は別ものであったのか」
クロエが少し残念そうに昔を思い出しながら話していた。シーデーモンは倒すと消滅する。きっと光属性の魔法で討伐した場合も同じだろうとの予想だった。
「シーデーモンに乗っ取られた時点で既に命はなかったのでしょう。その人間の記憶まで利用してくる魔物。ジャミルに至ってはリンカスターの街で生活をしていた訳ですから怖ろしい話です」
「ヴイーヴル、奴らの目的は何だったのかしら?」
「ジャミルがリンカスターを拠点にしていたことからも、何かしらの情報収集をしていたのは確かでしょうね。今となってはそれが何なのかはわかりかねますが、操られる人間が増えていたら更に危険な状況であったことは間違いありません」
先にギルドへシーデーモンの弱点についての説明を行ってから打ち上げの準備をすることになった。マルローさんから各地のギルドへ向けてシーデーモンの脅威について伝えてもらわないとならないからね。
ギルドは相変わらず人が疎らでテーブルの奥ではマルローさんが1人忙しそうに書類を片付けている。早く人を雇えるようになるといいね。
「マルローさん、ただいま戻りました」
「これはこれはみなさん早いお帰りですね。討伐ではなかったのですか?」
「討伐よ。討伐証明が残らないシーデーモンだけどね」
「なんと、アリー様! 奴らの巣を発見されたのですか?」
ちなみに、アリー様というのはカイラルでのアリエスの呼び名である。
「殲滅してきたわ。ちゃんとした弱点もわかったから各地のギルドへも連絡をお願いしたいの」
「かしこまりました。それにしてもちゃんとした弱点ですか? ジャミルさんのとは違うものなのですね」
「マルロー殿、そのジャミルのことなのだが、どうやらシーデーモンに操られていたのだ」
「な、なんと! シーデーモンにそんな特技があるのですか!」
「操られていたのはジャミルだけでなく、先代の火の賢者であるイシュメル様もいたわ」
「そ、そんな、イシュメル様はかなり前に亡くなられたはずでは……。み、みなさん、よくぞご無事で」
「シーデーモンの特徴から弱点まで報告するからしっかりまとめてちょうだい。それからわかっているとは思うけど、私達が死にそうになりながらなんとか集めた情報なの。何を言いたいか理解してるわよね」
「も、勿論です。何よりもシーデーモンの脅威についてはカイラルギルドが一番知っています。この情報は高く買い取らせて頂きますよ」
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