第七十三話 レベリング
風がまるで物のようにぶつかってくる。とても目を開けていられるような状況ではない。踏ん張る足は既に筋肉疲労でブルブルと現在進行形で震えている。もちろん風の轟音で会話もままならない。話が出来るとしたら、僕のお腹に張り付いている小さなドラゴンぐらいだろう。
とまぁご存知の通り、僕達はヴイーヴルに乗って空を飛んでいる訳だけど、空を楽しむような余裕は全くない。
「さ、流石にこの高さとスピードは怖いよね。ベリちゃんは大丈夫?」
僕のお腹に避難しているベリちゃんはとても元気に返事をしてくれる。
「キュィ!」
どうやら何の問題もないらしい。新しい専用の服がお気に入りなようで前回同様にテンションがとても高い。
「そもそも、ベリちゃんは空を飛べるから不安とかなさそうだよね。何かあったら助けてね」
「キューィ」
任せろと云わんばかりに胸を張っている姿はとても愛らしい。ネコと同じサイズのベリちゃんに僕を助ける力があるかどうかは微妙だけども。
「あと少しの辛抱です。間もなく着陸するので、振り飛ばされないように、しっかり掴まっていてください」
勘弁してもらいたいが、ようやくこの空の旅から解放されるのであれば、少しだけなら頑張ってもいい。
死ぬ気で頑張って掴まっていると地面がぐんぐんと近づいてくる。翼の激しいはためきで一気にスピードが緩むと、一瞬の浮遊感の後に全員が放り出された。
「ひゃあああー!!」
「う、うそでしょっ!」
とはいえ、空中を一回転したあたりでヴイーヴルの尻尾が延びてきて無事回収されたのだけど。
「ヴイーヴル! ひどいわ!」
「すまない。悪気はないのだが、どうやら離陸と着陸はもう少し練習が必要なようですね」
冷や汗を拭い、周りの風景を眺めると見たことがある大きな森が広がっていた。どうやら山の中腹あたりの少し開けたスペースに降りたようで、ここは確かアビスグリズリーとフォレストエイプのいる中間地点といったところか。
「レベリングの相手って、もしかしてフォレストエイプ?」
「えぇ、その通りです。ワイルドボアを狩りすぎるとグリズリーが草原に降りてきてしまうことがあるので、敢えて逃げ足の早いフォレストエイプを狙います」
そういえば、クロエと一緒にワイルドボアを狩りすぎて、いきなりグリズリーが現れた時があったな……。あれって、よく考えたら他の冒険者が遭遇していたら大変なことになっていたかもしれないよね。そう考えると討伐もいろいろと難しい。
「で、どういう作戦でいくの?」
着陸後にヒト型に変身したヴイーヴルにアリエスが質問していた。
「時間も限られていますし、手っ取り早く群れを見つけたら突っ込みましょう。アリエスとクロエは木の上にいるフォレストエイプをとにかく下に落としてください。ローランドは下でハルトを護衛しながらハルトが止めを刺しやすいように立ち回ってもらえますか?」
「了解よ」
「任せてくれ」
「かしこまりました」
「ところで、ヴイーヴルとベリちゃんはどうするの?」
「ベリルは私と一緒に空を飛びましょう」
「キュィ?」
「フォレストエイプは幾つかのグループに分かれて縄張りを形成しています。近隣に生息しているグループをドラゴンの姿になった私とベリルで空から追い込みをかけます。ですので、みなさんは死ぬ気でハルトに仕留めてさせてくださいね」
全員が息を飲んだ。
どうやらこのドラゴン本気のようだ。最近めっきり上がらなくなってきたレベルを1日や2日で2~3上げるとか流石に無理があるだろうとか思っていたんだけど、十分に可能性がありそうなプランを用意していたようだ。
「ハルトが次のレベルアップで必ず防御魔法を覚えるという保証はないのです。レベル15までは最低ラインですね。防御魔法を覚えた後もあわよくば、ハルトの新魔法習得によっては作戦がもっと安全になるかもしれませんからね。ではベリル、行きますよ」
「キュィ」
「ヴイーヴルは本気ね……」
「一体、何体のフォレストエイプが来るのだ……」
「とりあえず最初は、落ちてきたフォレストエイプを私がひとかたまりにまとめていくのでハルト君はある程度まとめて火炎竜巻を撃ってください」
「あれっ? 森の中で撃っていいんですか?」
「ハルト君、考えている余裕はない。山火事になってもヴイーヴルがなんとかしてくれるはずだから、とにかく死ぬ気で仕留めてほしい」
「は、はい」
死ぬ気でって、ヤバい。みんなの緊張が伝わってくる。腰にはたくさんの魔力回復薬を用意しているけど、すぐに無くなりそうな予感。
ホゥーホゥ、ホゥーホゥ、ホゥッホー!!!!
興奮しているフォレストエイプの叫び声が聞こえてきた。かなり近い。やるしかないな。
「クロエ、とにかく枝ごと落としていくわよ。落とせばあとはローランドが適当にやってくれるはず」
「そうだな。逃がすぐらいなら、とにかく叩き落とそう。殺さずに落とすのは難しいのだが、やってみせようではないか」
「ローランドさん、あんなこと言ってますけど大丈夫なんですかね?」
「なるようになるでしょう。所詮はフォレストエイプです」
ちょっ、ピリピリ感が凄いって! あー、セーブするの忘れてた。
「来たわ!」
「しっかり頼むぞハルト」
「りょ、了解」
ホゥーホゥ、ホゥーホゥ、ホゥッホー!!!!
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