第七十話 イシュメル2
「ロドヴィック、新しい魔物が出たというのは本当ですか?」
「はい、イシュメル様。発見したのは、ゴールドタグになったばかりの魔法使いジャミルという者です。その魔物は海岸沿いにいたようで、命からがら戻ってきたとの報告を受けました」
「ゴールドタグが命からがらとは……。そうですか……で、そのジャミルの様子は?」
「あの窓際に座っている奴です。足をかなり酷くやられたようですが、治療が上手くいき大分良くなってきています。勿論、道案内も出来ます」
「今、ダリウスは王都の武闘大会に行ってるのだったね。では、ジャミルに道案内を頼めるかな。私が様子を見てこよう」
「本当ですか! 助かります。正直言うと、他にお願いする人がいなかったんですよ」
ロドヴィックはギルド内にいたジャミルにすぐに声を掛けてくれた。やはり緊急性が高い案件のようだ。
「おいっ、ジャミル。早速で悪いが、例の場所へ道案内を頼みてぇ。安心しろ、今回はイシュメル様が同行してくれるぞ」
「イシュメル? へぇー『火の賢者』様に、わざわざ来ていただけるとは大変光栄ですね。ニーズヘッグの相手は大丈夫なんですか? 奴が街に攻めて来ても、俺のせいにはしないでくださいよ」
「間も無く冬の時期です。そう街に近寄っては来るまい。念のためすぐに戻れるように馬で向かおうと思うが、ジャミルは乗馬可能ですか?」
「足の状態がそこまで回復してないのでね、後ろに乗せてもらえませんか? 勿論、ニーズヘッグが現れたのなら俺を置いていってもらって構わない」
「他に人を回す余裕もないですしね。かしこまりました。それでは2人乗りで参りましょう」
それからすぐに馬に乗ってジャミルが魔物と遭遇したという場所に向かうことにした。
ジャミルは特に会話をするでもなく、黙って私の後ろに乗っていた。最近は街のみなからも慕われることが多くなってきたのだが、このジャミルという者は私のことをかなり毛嫌いしているように思える。近しい者を私のせいで亡くしているのであろうか……。帰りにでもそれとなく聞いてみるか。
現場に辿り着くとすぐに海岸から上がってくる新種の魔物の群れが見える。
どうやらいきなりのお出ましのようだ。
「あの魔物の倒し方は頭部への魔法攻撃3回と言ってましたね」
「あぁ、それから攻撃が当たる度にスピードもパワーもアップするから気をつけた方がいいぜ。俺も少しは手伝おう。これでもゴールドタグの魔法使いだからな」
まるで靄のように実態のない体と唯一実態のある爪を併せ持った不気味な魔物。確かに初めて見る魔物のようだ。今までに討伐したことのある魔物であればその弱点も賢者の知識として知ることが出来るのだが。
「ジャミルは無理はしなくていい。危険を感じたらすぐに下がりなさい」
先ずはジャミルの言う通りの倒し方とやらを試してみようか。
「流石賢者様。頼りになりますねぇ」
軽く足を引き摺りながらも魔法を撃つ準備をするジャミル。ゴールドタグの魔法使いなのだから、それなりには力になるだろう。さて、ジャミルに魔物を近づかせないように動かなければなるまいな。
それからは、2人で手分けして魔法を撃っていったのだが、この新種の魔物、2回目の魔法を当てると尋常ではないスピードで動きはじめる。
「ジャ、ジャミル、下がれっ! お前の手に負えるような相手ではない。ぐぁっ!」
ジャミルのフォローをしながらの戦いではこれ以上は厳しい。この倒し方は本当に正解なのか? 魔物のスピードが速すぎて攻撃魔法が簡単に避けられてしまう。このままではじり貧だ。
「う、うるせぇ! 俺の心配するぐれぇなら、てめぇの心配でもしてろっ! くっ!」
正直言って、ここまで強くなるのは予想外だった。2回目の攻撃を受けた魔物が既に5体。動きが異常に早く、防戦一方に追い込まれている。本当にジャミルはこの魔物を一体でも倒したというのか?
この魔物は、私でも1体ずつ倒さなければ難しいレベルだ。5体では守り一辺倒で作戦も何もない。……ここは、一か八か広範囲魔法で殲滅を狙うか。
「ジャミル、私が広範囲魔法を撃つ。合図をしたらとにかく後方へ走れ。足が悪いとか言ってる場合じゃないのはわかるな!」
「くそっ! 俺だって最後ぐらいやってやる! 火炎竜巻」
「お、おい! 無闇に魔法を撃つなっ! そんなことしたら……」
ジャミルめ、一体何を考えている! しかも撃った魔法は、決して狙ってはいけないまだ1回しか魔法に当たっていない魔物がいる辺りに向かっているではないか……。
これで2回目の攻撃を受けた魔物の合計は12体になった。な、何てことを!
「う、うわぁぁぁ!! た、助けてくれ!!」
魔物がジャミルを狙うようにして集まり始め、止めをさそうと爪を振り上げていた。私は条件反射的にジャミルを突き飛ばし、身代わりになったつもりでいた。
しかしながら、不思議なことに何故か寸前で攻撃を止められていた。まるで私の体を傷つけるのを躊躇うように。
「よ、よくわからないが、これはチャンスだろう。広範囲魔法を撃つ! ジャミル、走れ……ぐはっ」
後ろから急に頭を殴りつけられていた。振り返って見ると、ジャミルが自身の杖で私を殴りつけているところだった……。
な、何故? ジャミルは敵だったというのか……。
「よ、よしっ! なるべく体を壊さないように手に入れたい。気を失わせろ。狙うのは頭だ!」
ジャミルに口を押さえられ、いくつもの魔物に両腕、両足を押さえられる。魔物は私の頭を揺さぶるように何度も何度もその爪で攻撃をしてきた。
私の目線の先には、口角の上がった気持ちの悪い表情をしたジャミルが立っていた。最後に見るのがこいつの顔か……。
10発目ぐらいの攻撃を受けた後は何も覚えていない。気を失ったのか、もしくはそのまま殺されたのだろう。
深い闇の中に落ちていく。どんどん体の自由が奪われていくような気持ちの悪い感覚が続いている。
ここで私が死んでしまったらリンカスターの街はどうなってしまうのか……。
あの少女は、クロエはどうなってしまうのか。
会ったばかりの、明るく人懐っこい少女のことを思い出す。
食事をする約束、守れなかったな……。
すまないクロエ。
これからとても辛い思いをさせてしまうことをどうか許してほしい……。
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