第六十九話 イシュメル1
先代の賢者イシュメル目線のお話になります。二話ほど続く予定です。
「いいかい、クロエ。賢者になるということは嫌なことをいっぱい見ることでもあるんだよ。それにね、人よりも強い力を持つが故に疎まれ、そして畏れられる。今のうちに親友と呼べる友達をいっぱい作りなさい」
眩しそうに目を細め、優しい笑顔を向ける『火の賢者』イシュメルは、賢者候補になったばかりの孤児院の少女、クロエと話をしていた。
「イシュメル様は可笑しなことを仰るのですね。街のみんなはイシュメル様をそのような目では見ておりません。とっても頼りにしております。私もイシュメル様のように街のみんなに頼りにされる賢者になりたいのです」
「そうだね。今は確かにそうかもしれない。これでも私が先代から賢者を引き継いだ時はとても大変だったのだよ。ちょうど今のクロエと同じ13歳の時だったんだ」
「私と同じ歳の時には既に賢者をされていたのですね。イシュメル様は最初から強かったのですか?」
「まさか。強さは今のクロエとそう変わらないくらいだよ。先代の賢者様は心臓に病を抱えていたんだけどね。ある日突然悪化してしまい、若くして亡くなられてしまったんだ」
「えー! 大変。ニーズヘッグに知られたら、街はあっという間に破壊されてしまうよ」
「そうだね。当時の私にはどうすることも出来なかった。それで、領主様やギルドマスターとの話し合いの結果、先代の死を隠すことにしたんだ」
「えー、すぐバレそう!」
「はははっ、実は、先代と背丈や格好も丁度同じくらいのギルドマスターがいてね、彼に仮面をつけてもらって先代のフリを演じてもらったんだ。先代の服を着て匂いを隠し、なるべくニーズヘッグに近づかないようにしながら、その存在をアピールしていたんだ」
「その時イシュメル様は、何をされていたのですか?」
「私はひたすら強くならなければならなかった。早くニーズヘッグを抑えられるようになる為に、無理なレベル上げを行ったせいで多くの人が亡くなってしまったし、多くの恨みも買ってしまったのだよ」
「で、でも、それはイシュメル様のせいではないじゃないですか!」
「そうだね。でも父親を亡くした残された家族は、その悲しみや憎しみを私に向けることしか出来ない。私はその全てを受け止めなければならなかったんだ」
「わ、私はイシュメル様の味方です!」
「ありがとう、クロエ。クロエはとても優しい子なのだね」
頭を軽く撫でてあげるとクロエは嬉しそうに俯きながら声を漏らしていた。
「えへへ」
「まだ暫くの間は、私が賢者でいられる。クロエが賢者になるとしたら10年ぐらい後になるかな」
「えーっ! そんなに先なの? 私、早く強くなってイシュメル様の力になりたいな」
「それは嬉しいね。でもねクロエ、賢者候補でレベルを上げるのはちょっと勿体ないんだ。賢者になってからレベルを上げた方がステータスの上がり幅が全然違うんだよ」
「じゃあ、まだレベル上げない方がいいんだね」
「そうだね。もう少しクロエが大きくなったらね。賢者を引退しても暫くの間は私がニーズヘッグを抑えておけるだろう。その間にクロエはゆっくり力をつけていけばいいよ」
「わかりました。では、他に何かお手伝いできることがあったら言ってくださいね。私はイシュメル様の弟子になるのですから」
「それは心強いな。じゃあ、今度孤児院でご飯をご馳走になろうかな。大量にボア肉を持っていこう。クロエは料理は得意かな?」
「うわぁ、凄い! ボア肉いっぱい食べれるの? あっ、でもねイシュメル様、私ね料理はそんなに得意ではないの。友達のマリエールと一緒に作ってもいい?」
「勿論だよ。みんなと作った料理の方がきっと美味しいはずだよ」
「ボア肉でどんな料理を作ろうかな! ベネットは最近食べてばかりで、ちょっと太り気味だから少な目にした方がいいかも」
「そんな可哀想なことしないで、たくさん食べてもらおうよ。クロエだって自分が作った料理を楽しくいっぱい食べてもらった方が嬉しいでしょ」
「う、うん。それもそうだね。じゃあ、ベネットにも特別に美味しいボア肉料理を振る舞うわ」
「料理、楽しみにしているよ」
「はい。あっ、そろそろ戻らないと怒られちゃう! イシュメル様、また今度ゆっくりお話してくださいっ!」
そう言うと、クロエは孤児院の方へ走り去っていった。どうやら掃除当番だったのをすっかり忘れていたらしい。
歳相応にコロコロと表情を変化させる少女をとても愛らしく、それでいてどこか懐かしいものを思い起こすようにして、その後ろ姿を目で追っていた。
「この小さな女の子が次の賢者になるというのか……。ニーズヘッグと対面させるまでに、何とかして力をつけさせないとならないね。私もまだまだ頑張らないといけないな」
これが、新しく弟子となったクロエとの初対面の出来事であった。
自分と同じような苦しみをクロエには与えないようにしなければならない。
しかしながら、その考えは残念ながら叶えることが出来なかった。
この日から3年後、まさか賢者を引退する前に自分が死んでしまうことになるなんて、イシュメル自身でさえ夢にも思わなかったのだ。
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