第四十八話 リンカスタービール
孤児院を出てから領主様の館へと向かう途中も麦茶の話題で持ちきりだ。一応、原料がすぐに想像できないように、麦茶ではなく賢茶というネーミングで売り出すことなった。
名付けたのはマリエールさん。適当でいてそれなりに考えた名前をつけていた。
「賢者の縁で繋がった商品だから賢茶よ」
「マリエール。そ、そんな名前じゃ、せっかくの商品が売れなくなるぞ」
「賢者人気の向上と、商品に賢者の魔法や知恵が含まれていると思わせるのよ」
「流石マリエールさん。真似されることを防ぐ意味合いも含まれているんだね」
「そうよ。商品がクロエの手助けがないと作れないとわかったら諦める人もそれなりに多そうでしょ」
「流石はマリエールだ。私に作り方を聞きに来る者など皆無であろう」
「クロエ、そこは否定しなきゃ……」
再び広場へと戻ってきた僕達だけど、コップに入れた賢茶を飲む人が多いように感じる。麦茶、確かに美味しいけどさ。そこまで流行るものなのか……。僕が知っている知識なんて知れているけど、ちょっとした物でも役に立てるのかもしれない。
「ハルトは領主様に何か提案しなければならなかったのによかったのか?」
「そもそも、このお茶が売り物になるとは考えてなかったからね。ある意味勉強になったよ。この飲み物のおかげで一つ思い出したこともあったしね。領主様にはそれを提案させてもらおうと思う」
「おぉ、そうなのか!?」
「ハルトからお金の匂いがプンプン漂っているわ」
賢者二人が賢者っぽくなくて、なんだか将来に不安を感じさせる。他の賢者はどうなのだろうか。ちょっと気になってしまった。
領主様の館で門番さんに挨拶をすると、いつものようにすぐに案内をしてくれた。今回の場所は執務室の方らしい。
なんとなく執務室の方がラフに会話が出来るというか、距離感が近いせいなのか踏み込んだ話がしやすい気がする。
「やぁ、待ってたよ。新しい飲み物を開発したハルト殿ではないか。てっきり私に先に紹介してくれるものだと思っていたのだけどね。それにしても何とも香ばしく癖になる味だね」
どうしよう。領主様が拗ねているようだ。
麦茶も大量に買ったようでグビグビといかれているご様子。
「も、申し訳こざいません。こちらは賢茶というのですが、こんなにも人気になるとは思ってなかったのです」
「それで、私には何を提案してくれるのかな?」
「そ、その前にですね。ドラゴンのご報告をさせてもらわないとですね……」
「おぉー、そうでしたね。ではドラゴンの報告から先に聞きましょう」
「では、先にこちらをお渡し致します」
僕はハープナの領主様から頂いた親書をお渡しして、今後についての方針をお伝えした。
「なるほどね。では、そのパーティで数ヶ月の間、カイラルの街に向かわれるということですか」
「私とローランドが付いているから安心でしょ」
「結構な請求額がここに記載されていますけどね。まぁ、二人が協力してくれるのならこちらとしても心強い。この件は、リンカスターにとっても先行投資として考えられなくもない」
「やっぱり褒賞金が減りますか?」
「それは別で考えていますのでご安心ください。賢者殿に渡す褒賞金の半分は本日支払いましょう。勿論、カイラルでの滞在費も私に請求をあげてください」
「ち、ちなみにいくらなのよ」
宝石の巫女は下世話な話が大好きなようだ。
チラッとクロエを見て確認をすると、領主様は口を開いた。
「先に半分の2千万ゴールドをお渡しさせて頂きます。こちらは結果がどうあれ、返さなくても結構です。残りの2千万ゴールドについては共生の道が開かれたらということにしましょう」
「意外と太っ腹なのね」
「この金額は多い方なの? 正直もっとあるのかと思ってたんだけど」
「ハルト、2千万ゴールドを普段暮らしで使い切るには一人でも20年位かかるぞ」
「そ、そうなの!? そう考えるとすごい金額だね。結果次第で更に2千万ゴールド……」
「喜んでもらえたようで安心したよ。ハルト殿、それではビジネスの話をしましょう」
ベルナール・リンカスター、異世界ビジネスに前のめりな領主様だ。
「領主様には是非探してもらいたい植物があるのです」
領主様にはホップを探してもらう。ビール造りにおいてホップは主原料だ。泡立ちを良くして雑菌の繁殖を抑えるので泡まで美味しいエールビールが造れる。
「ツルのような草で先端に蕾のような物がついている植物ですか」
頑張って絵を描きながら説明をした。ハーブ系の香草が他にあればそれを代用してもいいだろう。
「香りの強い植物なので匂いで判断出来ると思います。もしもなければ他の香草でも構いませんので何種類か集めてもらえますか」
「ハルト殿、エール酒のような庶民向けの不味い酒をテコ入れしたところで本当に売れるのかい?」
「今のエール酒とは比べようがない味にすることが出来ると思いますよ。値段も安く提供出来るはずですからきっと人気になります」
「ハルト、このホップとかいう植物だが、傷薬の材料になる薬草に似ているのだが……まさか、あの苦い薬をエール酒に混ぜるのか?」
「えっ! クロエ、ホップを知ってるの!?」
「確かにこの絵は傷薬に混ぜる植物ね。これならすぐに手に入るわ。残念ながらハープナよりも森が近いリンカスターで多く採れるわよ」
ホップあるのか……。となると、後は人材だね。
「領主様、エール酒を製造している人に僕の言う通りの製法で造らせてください。売上の10%を領主様に納めましょう。その代わりに……」
「よ、よし、わかった。不明な点が出てきたらカイラルにすぐに聞きに行かせよう」
後に、リンカスタービールと呼ばれる特有の香りと、癖になる苦みで一世を風靡することになる、新しいエールビールがアストラルに誕生することになる。
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