第四十七話 麦茶
ぐっすり眠るベリちゃんをローブの中に隠し、領主様の館に向かっていたのだが、広場の手前から長い行列が出来ているのを見かけた。
「ハルト、この行列って、ひょっとして孤児院に向かってないか?」
「あ、あれっ? そ、そうだね。何かあったのかな」
「そこのあなた、これは何の行列なのかしら?」
鍋を抱えて行列に並んでいる奥様に、迷うことなくアリエスが声を掛けた。なかなか行動派な賢者だ。異世界に来たばかりの僕や人見知りなクロエにはハードルの高い行動である。
「なんだい、あんたまだ知らないのかい? 孤児院で新しい商売が始まったんだけどこれが大ヒットでさ。茶色い水を売ってるんだけど、これが香ばしくて美味しいのよ」
「ハルト、これはあれか……」
「うん。何でかわからないけど、あれを販売してるみたいだね」
現代っ子の僕が水に飽きたために、何かないかと探した結果辿り着いたのがお茶。いや、麦茶であった。パンが主食のため麦があることはわかっていたので、マリエールさんにお願いして古くなった麦を貰って作ったのだった。
作り方は、簡単で軽く洗った麦を鍋で茶色くなるまで焙煎するだけ。パンに使われているので小麦系なのかもしれないけど、でんぷん質が多い分、ほのかな甘みも抽出される。一気に孤児院の子ども達の人気飲料に登りつめた。
ちなみに、アストラルで飲み物というとエール酒がポピュラーだ。他にもリンゴ酒、葡萄酒といったお酒に加えて蜂蜜や果実を使用したジュース等もあることはあるのだが、加工費用が高く値段がそれなりにするため一般的ではない。
ちなみにエール酒であるが非常に不味い。酵母の概念とかないと思うので作り方は適当だし、雑菌も入ってしまっているせいか、泡を飲まずに液体だけ啜るような飲み方で酔えればオッケーといったところなのだろう。
「ハルト、とにかく一旦、孤児院へ行こう」
「そ、そうだね」
「よくわからないけど面白そうね。何だかお金の匂いがするわ」
孤児院に到着すると、年長組のメンバーが忙しそうに応対していた。
「ドニー、これはどんな状況なのだ」
「あぁ、クロエお姉ちゃん。実は、年少組が水筒に入れたお茶を広場で美味しそうに飲んでいたらさ、お店の人達が気になったらしくて少しあげたらしいんだ……そこからはあっという間に広まっちゃって、売ってくれと孤児院に人が集まって来ちゃったんだよ」
麦茶でこんな行列するのか。嗜好品の少ないアストラルならではなのかもしれない。
「ドニー、いくらで売ってるの?」
「鍋一杯で300ゴールドにしようってマリエールさんが」
「なるほど、流石マリエールさん。なかなかいい値段をつけているようだね」
「ハルト、キッチンに行くぞ」
「あっ、うん」
「何だかお金の匂いがするわ」
いや、もうお金の匂いしかしないよ。仕入れ原価も低く、簡単に作れるだけにレシピの秘匿が長く売れるキーとなりそうだ。作り方はあまりにも簡単過ぎるし、麦の仕入れ量ですぐにバレるだろうしね。
「マリエール、凄い騒ぎになっているな? 大丈夫か?」
「クロエ、ハルトさん! こんな人気になるとは思わなかったんたけど、よかったのかしら?」
「えぇ、稼げるうちに稼ぎましょう。マリエールさん、一応作り方を見られないようにキッチンの周りに子供達を見張りに立てて。それから古麦の仕入れをなるべく見つからないようにしたい。何か良い案はないかな?」
「それならリノアのお父さんとお母さんを通じてスラム街の人達に農家を回ってもらえばいいかな?」
「マリエールさん、リノアの両親ってスラム街にいるの?」
街の外で薬草の採取をしている時に倒れているリノアを子供達が連れてきたのだという。ガリガリの栄養失調だったらしい。
その後、リノアがスラム街の子だとわかり、我が子を必死で探していたリノアの両親と会って体力が回復するまで孤児院で預かることになったそうだ。
「なるほどね。スラム街の人達ならお金になる仕事をわざわざ他に漏らすこともないわね。やはりプンプンに匂いがするわね。もっといい方法を教えるわ。古麦はハープナから運ばせるわ。これでリンカスターの農家から話が漏れることもないかしら」
「ハルト、領主様の褒賞金の前借りで倉庫付きの店を借りてもよいか?」
「もちろん構わないよ。クロエのお金でもあるからね。そこでスラム街の人を雇うつもりなんでしょ」
「そうか、ありがとう」
「二人ともありがとう。しばらくはリンカスターの農家を気づかれない程度にリノアの両親に回ってもらうわ。その後はハープナからの麦を仕入れて事業拡大ね!」
マリエールさんもかなり乗り気だけど、麦茶で事業拡大してしまって大丈夫なのだろうか? 一抹の不安はあるが、そこは僕が何か他の商品を全力で考えよう。
「明日から一定量の古麦を運ぶようにハープナには話をしておこう」
「あらっ、アリエス、今日は泊まっていかないの?」
「マリエール、実は私達、今日から3ヶ月程リンカスターを離れることになったのだ。だからその連絡をと思ったのだが、その、あまり無理をせずに進めるのだぞ」
「あらっ、そうだったのね。何か大きなクエストのようね。気をつけてね」
「少し多めにお金を預けるから運用は任せるがあまり無茶なことはするなよ」
「大丈夫よ。3ヶ月後、孤児院の拡大をしちゃってるかもしれないけど。お土産はいらないからハルトさんは異世界新商品レシピを何か考えておいてね」
忙しさと夢に目が眩んでいる点がとても不安だ。もしもロードする機会があるのならアドバイスぐらいはしてあげよう。
僕のお腹に貼り付いているベリちゃんには全く気づいていないマリエールさん。まぁ、敢えて言わなくてもいいだろう。仔猫サイズのベリちゃんはゆったりしたローブの中では動かない限りわからないからね。
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