第四十三話 ヴイーヴル
紅い宝石のような瞳、白く美しい翼。体には薄い緑色で紋様が細かく彩られている。大きさはニーズヘッグと比べると一回り小さく体長は15メートルぐらいだろうか。僕のお腹を見て少し笑みがこぼれたような気がした。これが僕が見たヴイーヴルの第一印象だった。
長く続く広い廊下の先に雰囲気を感じさせる竜の間があった。白を基調とした中に宝石のように様々な色が散りばめられた部屋の装飾はまるで美術品。
「リンカスターの火の賢者と、そなたが異世界から転移したというハルトですか?」
とても落ち着いた声で話しかけてくる。神殿の雰囲気がそうさせているのかもしれないけど、なんだか優しくて心を穏やかにさせる声だ。ニーズヘッグと比べるまでもない。
「はい、そうです。初めましてハルトと申します」
「火の賢者クロエ・アイギスです」
「私のことはヴイーヴルと呼ぶがいい。よくぞ参られた。そのお腹に貼り付いているのが竜の子ですか」
「はい、ヴイーヴル。早速、ベリルをご紹介しますね。ほらっ、ベリちゃん」
ローブの中で鼻をスンスンさせて既に気になっている様子のベリちゃんがあっさりと顔を出した。ヴイーヴルの大きさを見ても怯んでいないところを見ると同族は初対面でも平気なのだろうか。……いや、やはり匂いでいろいろと判断してそうだね。
「びぃぃぃ」
パタパタと羽ばたくとゆっくりヴイーヴルに近づいていく。人見知りの激しいベリちゃんらしからぬ行動だ。
「すごい。ドラゴンとドラゴンが対面するなんて史実でも聞いたことがないですよ。こ、これは歴史に残る出来事です!」
物静かな感じだったローランドさんの感情が急に爆発している。どうしたローランドさん。
「ローランドはドラゴンマニアなの。ハープナの神殿で働いているのもヴイーヴルと会える機会が多いからよ。ちょっと気持ち悪い所もあるけど普段は普通だからあまり気にしないであげてくれると嬉しいわ」
お、おう。
「ヴイーヴルは美しい竜なのだな」
「そうだね。ニーズヘッグとは違うね」
ヴイーヴルの近くまで飛んでいったベリちゃんは翼を広げたり、くるくる回ったりと忙しく動き回っている。
「そうですか、その者達に良くしてもらっているのですね」
「びぃ」
どうやらヴイーヴルに僕達を紹介してくれているらしい。ベリちゃん良い子だ。
「ハルトよ。この子はベリルと言ったか、そなたのことをパパと言っているがどういうことか説明してもらえるか」
僕とクロエで竜の巣での出来事をヴイーヴルに説明した。それにしてもベリちゃんと会話できるヴイーヴルがうらやましい。
「ヴイーヴル殿、ベリちゃんは私のことを何と言ってるのでしょうか?」
「多分、ママかな? という、まだ少し曖昧な感情があるようですね。貴女のことはとても信頼されているようです」
「聞いたか! ハルト。私がママだと認められつつあるぞ」
「う、うん。よかったね」
「ヴイーヴル、ベリちゃんはニーズヘッグの子なの? 生まれた場所を考えるとその確率は高そうだけど、あの凶暴が売りのニーズヘッグとはイメージが一致しないのよね」
アリエスが核心をつく質問を放り込んできた。まぁ、それを聞くためにここへ来たのだけどね。
「ベリルは……ニーズヘッグとは種族的には無関係なようです。その青い瞳と白い体はおそらくですがホワイトドラゴンという種族だと思われます」
「思われますというのは?」
「この子がまだ幼生体だからです。ベリルの性格は純真無垢。まだ善悪どちらのドラゴンになるのかはこれからの成長次第ということです」
「それって、ホワイトドラゴンになる可能性もあれば他のドラゴンになる可能性もあるってことですか?」
「そうです。貴方達がベリルを育てるのであれば、きっとホワイトドラゴンになるでしょう。そうですね、定期的に私に会いに来てもらえますか。成長状況などをお伝えできるでしょうし……」
「悪い方向に成長している場合もわかるということですね。わかりました。何か成長させるために気をつけることとかありますか?」
「そうですね。基本的には質の高い睡眠と美味しいご飯、そしてレベルアップが必要ですね」
「レベルアップですか」
「どのくらいのレベルが必要かはドラゴンによって異なります。30日に一度、またはベリルに変化が訪れた時はここまで来てください」
「わかりました」
「それから、移動しやすいように馬車をお渡しします。御者兼、護衛にローランドもつけましょう」
「ちょっと待ってヴイーヴル。私が気軽にリンカスターへ行けなくなるじゃないっ!」
「アリエス、そなたも後学のため同行するとよい」
「喜んでっ!」
「竜の護衛……謹んでお引き受けいたします」
返事がとても早い。そして迷いがない。
「といっても成長するまで3ヶ月程度でしょう。秋の豊穣祭で踊る舞いの準備はしっかりしておきなさい。楽しみにしている者も多いのです」
なんだか、期間限定ながらもの凄いパーティになるようだ。賢者二人に、上級職一人。そしてドラゴンの幼生体。浮いてる、僕一人浮いてるよ。
「アリエス、ローランド、二人は少し残りなさい。豊穣祭の準備について話があります」
「そう。じゃあクロエ達はさっき馬車を降りた場所で待っていて。次は私の部屋で占いしてあげるわ」
「わかった」
「了解。ベリちゃん行くよ」
「びぃぃ」
クロエとハルトが竜の間から出てしばらくした頃、真面目な表情に戻ったアリエスがヴイーヴルに向き直った。
「ヴイーヴル、それで話って何なの? 二人には聞かせられない話なんでしょ」
「そうですね。アリエスはベリルの善悪がどちらに傾くかを近くで判断してください。私ほどではなくとも正確な判断があなたには出来るはずです」
「えぇ……わかったわ」
「ローランド、あなたはアリエスが悪と判断を下した際にはベリルを始末しなさい」
「か、かしこまりました」
「勿論、そんなことになるとは思っていないのですが、竜の力は強大です。また、あの子が悪い者の手に渡らないように気をつけてください。幼生体の頃の感情はとても振り幅が大きい。精神が安定するまで注意が必要でしょう」
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