第三話 ゴブリン
しばらく休憩していると微かに水の流れる音が聞こえたような気がする。
幻聴ではないよね……。
サー…… ザザー……サー…… ザザー……
「……ま、間違いない! これは水の音だ!」
確かに聞こえた水音にまるで力が戻ってきたかのように走り出していた。蔦に絡まりながらも草を分け強引に走り抜ける。
進むにつれてだんだんと踏み潰されたような獣道のようなものが現れる。間違いない! 僕の足は疲れを忘れてしまったかのように更にスピードが上がっていく。
もう水の音ははっきりと聞こえる。滝のようなものがあるのかもしれない。それぐらい大きな音が聞こえてきた。
「こ、これでようやく水が飲める!」
森を駆け抜けると目の前には小さな滝とそこから長く続いていく川が現れた。
「や、やったー! み、水だ」
足元の悪い岩場を越えてようやく念願の水確保! 滝から落ちてくる水飛沫もとても気持ちいい。
「うっわぁ、冷たっ! くぅー、き、気持ちいい!」
川の水は透き通っていて飲んでも大丈夫そうだ。手の汚れを落とすと両手で水をすくって一口飲む。続けて川に直接口をつけて飲んでいく。
「うっまぁー! 生き返るぅー!」
すぐに革靴と靴下を脱ぎ捨て足を川に入れ、ハンカチを浸して顔を拭う。
心底思う。人間、水大事。
あとは食料だよね。川に魚は泳いでいるのだろうか……。火って自力で起こせるのかな……。火起こし出来る自信はないが川魚を生で食べる気にはなれない。せめて塩をふって焼き魚したい。出来れば醤油も垂らしたい。あとご飯も……。
「は、腹減ってきたな」
ふと流れの弱い川面を覗くとそこには予想通りというか、かなり若返った僕が水面に映っていた。
「あぁ、やっぱり。体の動きが違うと思ったんだよね。何というか若いって素晴らしいね」
不思議な世界に迷いこみ、ようやく見つけた水場にテンションが上がり一人はしゃいでしまうのはしょうがない気もする。
しかしながら、この後の展開は全く想定していなかった。ここは異世界なのだ。
シュー、ヒュンヒュン! シュー、ヒュン!
「ぐぁっ! 痛っ、な、なんで!!! や、やめてくれぇぇぇ!」
一瞬何が起こっているのかわからなかった。気づいた時には僕の左腕と右足には小さな矢が深く刺さっていて、最後の一本は僕の頭を掠めて川に落ちていた。
「ヒィッ!!」
滴り落ちる血と次に続く叫び声が冷静さを失わせる。
ギャー! ギィー! ギィアー! ギャー!
この叫び声は……。矢が来た方向を見ると緑色の小さな生き物が木の棒を持ち飛び跳ねながらこちらに近づいてきているのが見えた。
「な、何なんだよ! く、来るなよ! 僕が一体何したっていうんだぁ!」
靴下も革靴も脱いでしまっていることに気付くが、最早悠長に履いてる余裕はない。
早く逃げなきゃ! 心の中では理解しはじめている。あれは話が通じるような相手ではない。あの容姿はきっとゴブリンというやつだ。緑色の小さな体に頭からつき出すように生えている小さな角。身長は1メートルから1メートル20センチ程度。太っているのから痩せ細っているのまで様々な個体が我先にと追ってくる。
喜色の笑みを浮かべたゴブリン達を見て理解する。僕はあいつらに食べられるんだと。
「畜生! ゴブリンって一番弱いモンスターじゃないのかよ!」
一対一なら何とか出来るかもしれない。でも後ろから来るゴブリン達の数は優に20を超えている。しかも、腕と足には矢が突き刺さっているのだ。
「あ、あんなの無理だって!」
僕は河原をゴブリンとは逆方向に走り出す。足が痛いがそんなこと言ってられない。捕まったら殺される。撲殺される。いや、間違いなく食べられるのだ。イヤだ! な、何で、何でこんなことに!
すると何かとてつもない轟音とともに迫ってくるのは火の玉……!?
後ろを気にしながら走っていたら目の前から飛んできた炎の塊に吹き飛ばされていた。
こ、これは魔法なのか。やっぱり魔法もあるのかよ……。
ものすごい音で耳が遠いし、肌と血の焦げた匂いが僕から全てを諦めさせていた。これはもう、ダメだな。すぐに立ち上がろうとするも右足が動かないのだ。思えばゴブリン達に誘導されるがままに動かされていたのかもしれない。
「誰だよ、ゴブリン弱いとかって情報……。こいつら、めっちゃ団体行動するじゃんかよ……」
足音と共に嬉しそうな叫び声も聞こえてくる。怖くて見れない。
あー、空がとても綺麗だ。ファンタジーの世界で生き抜いていくのはとても難しい。
青空が遮られ目の前が急に暗くなると木の棒で頭を吹っ飛ばされた後だった。
ギシャー! ギィアー! ギャー!
それから先は殆ど記憶がない。最初の一撃で気を失っていたのならラッキーだ。何をされるのかわかったもんじゃない。意識があるまま食べられるとかじゃなくてよかった。
異世界に来て約一時間。僕はあっさり死んだ。
……………………
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