第二十七話 宝石の巫女アリエス
「ハルト、随分と遅かったのだな……。ギルドで何かあったのか?」
「あー、ロドヴィックさんと少し話をしていたんだよ。ダリウスさんが戻ってきていると伝えてほしいと。2日後には出発できるそうだよ」
「そうか、ようやく竜の巣に向かえるのだな」
「あれっ? なんだか嬉しそうだね。まぁ、褒賞金も貰えるしね」
賢者から解放されるかもしれないのだから当たり前だろう。嬉しそうな顔をするクロエはなかなか見ることが出来ないのでなかなかに貴重だ。
「お金も必要ではあるが、何より自由になるかもしれないと思うと感慨深いものがあるな」
「そうだね。クロエは自由になったらやってみたいことってあるの?」
「実は一つあるのだよ」
「何なに?」
「隣街のハープナで開かれる豊穣祭に参加してみたいのだ」
「何それ? どんな祭りなの?」
「秋の収穫を感謝するために行われるお祭りでな、宝石の瞳を持つ美しい竜ヴイーヴルにお祈りを捧げるのだよ」
出たっドラゴン!
「それは人を食べないドラゴンなのかな? というか、ハープナにもドラゴンいるの!?」
「言っただろう。この世界アストラルには8人の賢者とドラゴンがいると。ハープナにいるのは静かで美しい竜ヴイーヴルなのだよ。宝石の巫女と呼ばれる賢者が祈りを捧げている」
「獰猛なニーズヘッグとはえらい違いだね……。何というか、クロエが可哀想に思えてきたよ」
「まぁ、私も出来ればお祈りを捧げる可愛らしい巫女がよかったのだが、こればかりは選べるものでもないからな……」
「でも、巫女だと一生自由は無いんじゃない?」
「うーん、そこはドラゴンによるのかもしれないな。少なくともハープナにいる『地の賢者』アリエスはたまにリンカスターに遊びに来ている」
「ますますクロエが不憫でならないよ!」
「あまり長く不在にするわけにはいかないらしいがな。アリエスは私のことを気にかけてくれる優しい賢者なのだよ。豊穣祭の最終日にはアリエスがヴイーヴルに祈りとともに舞いを捧げるのだ。一度でいいからアリエスの舞いを見てみたいと思っておったのだ」
「へぇ、舞いね。僕も見てみたいな」
「領主様からお許しが出たらハルトも一緒に行こう。初めての旅になるかもな」
キッチンに入る入口の近くでは子供達が聞き耳を立てている。ガサゴソ音を立てていたのでかなり前からいるのは知っていたんだけどね。
「ドニー、聞こえないよぉ。何て言ってるのぉ?」
「これはデートだな」
「デートでちゅね。しかもクロエお姉ちゃまからの熱いお誘いでちゅよ」
「これがラブよ。ラブなのね?」
「キーッ! くやしいわ! あのクロエに先を越されるなんて」
まぁ、何というか後半は特に丸聞こえである。
「ちょっとー! 聞こえてるんだからね! 早く出てこないと怒るわよ」
「勢いでチューでもしないかと思って心配してたのよ」
なんとマリエールさんもいたのか。
「チュ、チューなんてしないわよ!」
入口で隠れていたのは子供達とマリエール、そしてもう一人、見知らぬ華奢な女性がいた。
「アリエス!? 来ていたのね! もう、びっくりするじゃない」
この人が『地の賢者』アリエスさんか。宝石の巫女とかいうからおしとやかなイメージだったのだけど見た目はともかく口調はかなり巫女っぽくないようだ。
「クロエったら見せつけてくれるじゃない。私より先に男性をデ、デートに誘うなんて!」
「デ、デートじゃないわよ!」
「初めての旅になるかもな。キリッ」
「そ、そんな言い方してないわよっ!」
「あ、あのー、そちらの方はもしかして……」
「えぇ、さっき話をしていた『地の賢者』アリエスよ」
「はじめまして、アリエスよ。クロエを泣かしたらヴイーヴルに言いつけるんだからね!」
「えっ、何それ怖いんだけど!?」
「冗談よ。よろしくねハルトだっけ?」
「はい、そうです。こちらこそよろしくお願いします、アリエスさん」
「子供達に差し入れを持ってきたらマリエールがクロエが恋人を拾ってきたっていうじゃない。びっくりしたんだから!」
「拾ったって……まぁ、あながち間違ってはないんだけど」
「でも、優しそうな人で良かったわ。ハープナに来たら顔出しなさいよ。これでも占いが得意だから二人の相性も見てあげるわよ」
「アリエスっ!」
「良かった。クロエが友達がいないようなことを言ってたけど、ちゃんと心配してくれる友達がいるじゃないか」
「アリエスは、その賢者仲間で……友達とかおこがましいというか、マリエールも普段からいろいろとお世話になりすぎてて友達なんて迂闊に言えない……」
「ちょっとぉー! 賢者仲間って何よぉ。私達って友達じゃなかったの?」
「私はクロエのこと大事な友達だと思ってるわよ」
「ふ、二人とも……あ、ありがとう」
「もう、水くさいわね!」
何故か三人の女の子が泣きながらキッチンで抱き合うのを子供達と一緒に眺めるという不思議な光景に巻き込まれてしまった。でもクロエのことを心配してくれる友達がいたことに少し心が軽くなった気がした。
「兄ちゃん、晩飯まだかな」
「ドニー、少しは空気読めよ……」
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