第二十一話 ウサギとカメ
異世界の朝は早い。キッチンの方から話し声や朝食を作る物音が聞こえている。昨日、激動の一日を経験したせいか、まだお布団から出たくない。別に筋肉痛とかある訳でもなく、レベルアップした恩恵なのか体の調子はすこぶるいい。ただ頑張った翌日は休憩したくなるものなのだ。
「そろそろハルトさんを起こしたら?」
「そうだな。今日は大森林に向かうからな」
キッチンの方から僅かながら声が聞こえてくる。どうやら二度寝は許されないようだ。名残惜しいがそろそろ布団から出るか……。
「ハルト。おっ、起きてたのか。よく寝れたようだな。そろそろ朝食が出来上がるから顔を洗ってくるといい」
「ふわぁー、クロエおはよう。うん、そうさせてもらうよ」
昨日は警戒心の解けた子供達と打ち解けて一緒にご飯を食べたり、童話を聞かせてあげたりと自分で言うのもなんだが大活躍だった。孤児院には年齢3歳から10歳まで計12人の子供達がいる。
「おっ、ハルト兄ちゃん。起きるのおせーぞ。そんなんじゃカメに抜かれちゃうぜ!」
この男の子はドニーといって門の近くで僕とクロエを見ていた最年長の子だ。クロエのことが大好きで守りたいと思っている優しい子なようだ。ちなみに僕が昨日話した童話は『ウサギとカメ』である。
「違うよドニー。僕はウサギじゃなくてカメの方なんだ。だからゆっくりスタートなのさ」
「ダメだよ。明るいうちからいっぱい働かないと貧乏になっちゃうんだから」
「ふっ、僕ぐらいのカメウサギになるとあっという間に追いつくから問題ないんだよ」
「いや、それダメな奴じゃん!? あれっ、カメウサギってなんだよ! そんなのいなかったじゃないかぁ!」
それにしても小さい子も頑張って洗濯のお手伝いをしている光景とか見てしまうとダラダラしづらいなぁ。僕も何かお手伝い出来ることを探した方が精神的に楽かもしれない。大人は働く子供を目の前にして怠慢でいられない。
朝食はとても固いパンと野菜スープだった。このパンは日持ちが長くリンカスターでは一般的とのこと。スープに浸して柔らかくして食べないと食べられない。
「それで何か手伝えることがないかと? マリエール何かあるか?」
「そうねぇ……何だかんだいっても、やっぱりお金かしら」
孤児院の運営は厳しくもないが、裕福でもない。マリエールさん曰く、もう少しお金があれば子供達の人数を増やしてあげられるとのこと。流石、神に仕えるシスターだね。僕とはえらい違いだよ。裕福な食事よりも助けられる子供の数を増やしたいとは。
「ストレートだけどわかりやすいね。よし、僕はお金を稼ごうじゃないか」
「私も教会にはお金を入れている。これからはハルトと協力してマリエールを応援しよう」
「フフッ、二人ともありがとう」
身支度を整えると僕はクロエと共にマウオラ大森林へと向かう。
と、その前に武器屋に寄る。二人とも杖を買うのだ。クロエはニーズヘッグとの戦いで杖が折れてしまったし、僕に至っては左手が杖代わりなのだ。
「杖は魔法の精度やパワーを上げてくれるし、頭の疲労を軽減してくれるのだ。疲労で注意散漫になっては隙をつかれるからな」
「魔法って使うと頭が疲労するんだ」
武器屋に入るとお店のおじさんは笑顔で迎えてくれた。お店の人や屋台の人は割かしクロエに優しい傾向にある。
「すまない、杖をみせてもらいたいのだ」
「あぁ、ゆっくり見ていくといい」
クロエのアドバイスのもと練習用に手頃な値段の物を選ばせてもらった。価格や材質によって効果は様々なようだが、それはもう少しレベルが上がってからでいいと思う。昨日まで左手だったわけだしさ。
今日はホーンラビットはスルーしていく。狙いはワイルドボアだ。
「クロエはワイルドボアを効率よく攻略する考えとかあるの?」
「ワイルドボアは割りと集団で行動する魔物でな。戦うときは複数を相手にすることが多い。他の魔物と比べて鼻もいいので臭いで呼び寄せるのが基本だが、予想以上に集まってしまう可能性があるので注意が必要だ」
なるほど、ゴブリン肉でもすげー集まって来たもんね。知らなかったとはいえ、やはり僕は危ない行動のオンパレードをしていたのかもしれない。ちゃんとクロエの言うことを勉強しながらレベルを上げて行こう。
と心の中では思っているのだけど『冒険の書』があるから油断している。油断できてしまう。今朝も忘れずにセーブしておいたので大森林で何が起きても問題はない。心行くまでレベルアップに勤しめるのである。
「じゃあ、先に何か獲物を捕まえるのかな?」
「そうだな、先ずは陣地を決める。場所的にはハルトと出会った滝のある川辺が理想なのだが領主様の兵が大勢で調査で向かっているであろうからやめておいた方がいいだろう」
「なるほど。じゃあ違う場所に行くんだね」
「水場は給水もできるし、魔物も集まりやすいから何かと好都合な場所だ。大森林の浅いエリアであれば討伐ポイントといえる。リンカスターに続くラウレア川の支流がある。今回はそこへ行こうと思う」
マウレア大森林からリンカスターに続くラウレア川は川幅も大きく緩やかな流れでリンカスター周辺の穀倉地帯に豊穣をもたらせている。また支流もいくつかに分かれており隣街のハープナに続くものもある。
「作ってる作物は麦が多いの?」
「パンは主食だからな。麦は保存も利くので一番多く作られている。ハルトの世界では違うのか?」
「いや、だいたい似たようなものだよ。住む場所によっては麦に代わって蕎麦、米を作る場合もあるけどね」
「ソバ? コメ? それは聞いたことがない作物だな」
「そっかぁ、聞いたことないかぁ」
「私はあまり詳しくはないが、どこかで作っているかも知れないぞ」
「そうだね。いつか余裕が出来たら帰る方法を探す旅とか出るのもいいかもね」
「うらやましいな」
「クロエだってもうすぐ自由になるんだよ。ドラゴンから街を守らなくてもいいのだから」
「そ、そうか。そうだったな……」
「よかったらクロエも一緒に旅に出ない? クロエがいたらとても心強いんだけどな」
「ハルト、私はニーズヘッグと戦い続ける人生しか想像してこなかった。急に自由と言われてもまだピンとこなくてな……」
「そ、そりゃそうだよね。すぐにどうこうするとかでもないからゆっくり考えてくれると嬉しいな」
「そうだな。旅か……」
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