第二百二話 シンバル
シンバルの街は、建物も白と茶をベースにしており、全体的に色味が同じだ。街も領主様の館を中心として円形状に広がっており、道端も似通っていることから、その、なんというか、迷子になりやすい。
「ハルト、ここは、さっきも通った道ではないか?」
「そ、そうかもしれないね。ライオット様の家、もっと目立つ場所にあったらよかったのに」
ギルドに併設されている酒場で情報収集をしたところ、黒竜ジルニトラとアスピドケロンの怪獣大戦争については、シンバルの人達も迷惑をしているとのことだった。当たり前だけど、大型の船便は数も減ってしまうし、街の防衛にもかなりの費用がかさんでいるらしく、財政は火の車らしい。グリーズマン王子が本当にここの領主になるのなら喜ばしいが、いやもうその線はないか……それに住んでる人には関係のない話だ。
慢性的な物不足に加えて、冒険者にもこの地域が危険と判断されているのかクエストの受注状況もかんばしくないようだ。ライオット様を中心に周辺にいる魔物の討伐を進めているのだが、追いついてないらしい。そして、冒険者の減少、そして街の防衛に兵が駆り出されることで、シンバルの治安は悪化していく。
という訳で、僕たちは『雷の賢者』ライオット様に会うために家を探しているのだけど、同じような景色が続くこの街はとても迷子になりやすい。
「ハルトさん、後ろから着いてきている方々はどうしますかー?」
路地に迷いこむと、大抵の場合において面倒なことに巻き込まれるらしく、ユーリットさんが後ろを指差しながら質問してきた。
「ハルト、どうやら、前からも来たようだぞ」
クロエは寝てしまったベリちゃんを抱っこしながら前方からくる輩を見ていた。
ニタニタと悪どい笑みを浮かべながら、冒険者崩れのような格好をした男たちが、僕たちを囲うようにして近づいてくる。
「おいっ、兄ちゃんよー、見たことのねぇ面だな。こんな場所に女連れで来るなんて馬鹿なのか? 女、子供と金目の物を置いていけば命だけは助けてやる」
「お前らは体を拭いているのか? かなりの悪臭がするからそれ以上私たちに近づくな。それに残念だが、お前らの言う通りにするつもりもない。こう見えて忙しいのだ、道案内するというなら、鼻をつまんで許してやってもいいぞ」
クロエが、寝ているベリちゃんを起こさないように、抱っこしながら喧嘩を売っている。いや、喧嘩を売ってきたのは彼らの方か。
「てめぇ、痛い目見ないとわからねぇーようだな」
「兄貴、やっちまいますか?」
「女はなるべく傷つけるなよ。男は、最悪は殺しても構わねぇー」
命だけは助けてくれるって話だったのに、事情が変わってしまったらしい。
「お前らは私が倒そう。その代わり、ベリちゃんの目が覚めてしまったら、お前たちは残らず殺す」
殺気のようなものだろう。一瞬、暴漢さんたちの動きが止まったが、気のせいだと思い、再びこちらに向かってきた。一人ぐらいは道案内として怪我をさせずに確保しておきたいな。
「そこまでだ!」
大きな通りの方から、身なりの整った冒険者? のような人が走ってやってくると剣を抜いて、暴漢さんたちの方を向いた。
「オ、オーベルグ!?」
「な、なんでレジスタンスがこんなところに」
レジスタンス……。レジスタンスって抵抗組織だっけ? 何に抵抗してるの? ベルシャザール王室に!? どうやらヤバそうな人が助けに来てくれたらしい。それよりも、
オーベルグさんは、ザザーっと暴漢さん達の方へ走り寄ると、剣の平たい部分や柄の部分を使って一人づつ確実に倒していく。六人いた暴漢さんも残りは一人。正にあっという間の出来事だった。オーベルグさん、強い。
「オ、オーベルグ、動くな! こ、この女がどうなってもいいのか?」
そして、残り一名となった暴漢さんは、ユーリットさんを後ろから抱き寄せ、首もとにナイフをあてていた。そんな状況にも関わらずニコニコ顔のユーリットさん。きっと、この場の雰囲気を楽しんでいらっしゃる。しかしながら、鼻をつまんでいるのは、やはり体臭が酷いからなのだろう。人の形をとっているとはいえ、ユーリットさんはフェンリルなのだから臭覚はかなり鋭いはずだ。
「卑怯者め。そんなことをして、助かると思っているのか」
「あぁ、少なくとも俺一人は助かるだろ」
「では、しょうがないな。命はとらないようにしていたが、ここからは殺すつもりでいく。今から、お前に魔法を撃つ。ナイフを動かす前にお前の頭は弾け飛んでいるだろう」
「う、嘘だっ! 魔法は時間がかかるはずだろうが。そ、そんな嘘には騙されねぇぞ!?」
「試してみればいい。どちらが早いかわかるだろう。あー、その前にお前は死んでいるから理解出来ないかもしれないけどな」
切羽詰まった状況のようにも思えるが、焦っているのは暴漢さんだけだろう。ユーリットさんも困った表情はしているが、特に困ってはいないし、いつでも抜け出せるであろう。
「ちっ、わ、わかった。この女は解放する……だから、せめて俺一人だけでも逃がしてくれ」
「悪いことをしている者を逃がすつもりはない。ここで逃がしても他の者が同じような目に合うのだろう。ならば、ギルドに連行して相応の罰を受けてもらうべきだ」
「なるほど、この世界の法律は抜け道も多く、逃げた者が得をすることが多い。安全のために逃がすことも考えましたが、やはり罰は受けるべきでしょう。それにあなたの言う通り、ここで逃がしてはまた誰かが被害に合う」
「な、なんだよ……」
「そういうことだ、別に逃げてもいいぞ。すぐに追い掛けて倒すがな」
「くそったれがっ!」
ナイフをオーベルグさんに投げつけてから逃げ出した暴漢さんだったが、簡単に避けられると、数十メートル先であっさり取り押さえられていた。ステータス的には僕より全然強そうだ。
それにしても、この世界の法律は、か。まるで違う世界を知っているような口ぶりだね。
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