第二百一話 考察
「行ってしまったか……」
上空にはまたしてもクロエの魔法を気にする様子も無く、自らの棲みかへとフラフラ戻っていくジルニトラの姿があった。少なくとも僕たちがここで攻撃の意志を示しているにも関わらず全くの無反応。これはやはりおかしい。凶暴なドラゴンが、ちっちゃい人間の攻撃に無反応とかちょっと考えられない。普通でないことが起きていると考えるべきだろう。
「クロエはどう思う?」
「心ここにあらずといった感じだったな。ジルニトラはこちらを確かに見ていた。私たちに関わっている場合ではないということだろう」
「うん、確かにそんな感じだったかも。つまり、アスピドケロンに喧嘩を売る理由も何かあるのかもしれないね」
「お二人とも、今はアスちゃんママの怪我の方が気になります。ご挨拶を兼ねて治癒魔法を掛けてあげませんか?」
「おっと、そうだったね。アスちゃんも心配しているよね。僕とクロエで手分けして治癒魔法を掛けよう」
アスちゃんママには、体力が回復してくれたらいろいろと話を聞いてみたい。何故こうなっているのか少しでも原因がわかるといいんだけどね……。
「は、早く、私に乗って! 私、治癒魔法掛けられないんだから」
海岸まで行くと待ってましたとばかりにアスちゃんが待機していた。ママの怪我が気になっているのだろう。
「僕とクロエで治癒魔法を掛けるから、ママには大人しくしているように伝えてもらえるかな?」
「もう話はしてあるから大丈夫」
「それにしても、酷い状況だね……」
海の色はブルーから血の混じった暗い色に変わっており、逃げ遅れた魚達が、アスピドケロンの電撃で感電死したのだろう。プカプカと数多の魚が浮かんでいる。
こんな状況が定期的に続いているなら、船も遠回りするし、漁をしているような場合でもないのだろう。シンバルの街にもかなりの影響を与えていそうだ。
クロエと手分けしながら体の大きいアスピドケロンに癒しの風を掛けていくと、間もなくしてアスちゃんママが元気になった。古い傷までは治せなかったけど、表面の傷や血は止められたようだ。
「娘の面倒を見て頂いた上に、私の傷まで手当て頂き、誠にありがとうございます」
「本当は、ジルニトラを退治しに来たのですけど、全く相手にしてもらえませんでした」
「黒竜ジルニトラ、あれは壊れかけています」
「壊れかけている?」
「徐々に自我が薄くなってきている。もう間もなく、あれはジルニトラではいられなくなるのでしょう」
「アスちゃんママ、それってどういうことなんですか?」
「アスちゃんママというのは私のことですよね? できれば、アドリアノと呼んでいただけますでしょうか」
「お、お名前があったのですね。それは失礼いたしました。それで、アドリアノさん壊れかけているというのはどういうことなんですか?」
ジルニトラは最初の頃と比べて徐々に様子が変わってきているとのこと。最初は何か悩むようにしてぶつかってきていたのが、最近では何も考えずにまるで決められた行動を、ただこなしているかのように感じているらしい。
「おそらくですが、ジルニトラは私の電撃を受けにきているのかと思われます。どこか、助けを求めているように感じられなくもない……」
「電撃をわざわざ受けに!?」
「おそらくですが電撃を受けることで、少しだけ自我を取り戻すことができるのでしょう。ジルニトラの体に何か別の電極を感じました。私のものとは別に、雷系統の魔法攻撃を受け続けているような痕跡がありました」
「自我を取り戻すためということは、現在、その攻撃によって何者かに操られようとしているというのですね」
「シンバルで雷属性といえば、『雷の賢者』ライオット様か……」
「クロエ、でもライオット様に、そこまでの力があるのかな?」
「わからない。私も詳しくは知らないが、ライオット様は中堅の賢者様と聞いたことがある。シンバルの街自体が何年も攻撃を受けていないことからも、それなりに対応する力があるのであろうとしか……」
正直、ドラゴンが本気で攻撃をしてきて対応できる賢者様とか、僕の知る限りでニーナ様ぐらいしか思い浮かばない。つまり、レベル四十を超えてようやくまともに戦えるようになるのではないだろうか。ライオット様のレベルが現在どのくらいなのかわからないけど、おそらく、三十後半がいいところだろう。少なくとも、ジルニトラを操ろうとするような高レベルとは思えない。
さらに言えば、ベルシャザール王家にその情報が届いていない。そのような状況であるなら、グリーズマン王子の耳にも届いているだろう。もうすぐ、黒竜ジルニトラが排除できるというなら、あそこまで怒りを露にすることもなかったはずなのだから。
「アドリアノさん、次にジルニトラが来るのは何日後ぐらいになりますか?」
「そうですね、怪我の程度から判断すると、おそらく三日から四日程でまた来るでしょう」
「では、私たちはそれまで間に、シンバルの街、ジルニトラのいるオアシス周辺を調べてみます。雷属性の攻撃を受けているというジルニトラについても、何かわかれば情報を共有しますね」
「私も何かわかったことがあれば、みなさんにお伝えしましょう。ご協力感謝申し上げます」
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