第百八十九話 バカンス2
海は広くて広大だ。アストラルではどうなのかわからないけど、地球では地上で生きる生物よりも海で生きる生物の方が圧倒的に多いと聞いたことがある。
『海で我らアスピドケロンに勝てるものなどいない。ベリルついてくるのよ!』
「アスちゃん、待ってよー」
ポーネリア諸島では、すっかり島に居着いてしまったアスちゃんによる水泳指導がはじまっていた。川と違い海は塩分濃度が高いので、体が浮きやすい。専門家に教えてもらうのはありがたい。
アスちゃんからバタ足を習っているベリちゃん。とはいっても、身体能力が高いので直ぐに覚えてしまったようだ。
『やはり、私の教え方がいいようね。次はドルフィンキックよ』
いきなりハードルが上がったが、ベリちゃんなら問題ないだろう。アスピドケロンが海の王者なら陸と空の王者はドラゴンなのだ。フェンリルは……まぁ、いいか。
クロエとユーリットさんも椰子の実ジュースを飲みながらタープを広げた日陰でくつろいでいる。これがバカンスってやつだよね。
「ところで、アスちゃんのママの件、ハルトさんはどうかされるのですか?」
「あー、それね。とりあえずは、関わらない方向でいいかなと思ってる。そもそも、そんな争い止められないって」
数年前からアスちゃんママと黒竜ジルニトラが揉めているらしいのだ。まったく、よく揉めごとを起こすママだ。ただの巻き込まれ体質なのかもしれないけども。
黒竜ジルニトラ。王都から遠く西にあるシンバルを縄張りとしているドラゴンで、残念ながら人類とは敵対関係にあるとのこと。
シンバルの街は『雷の賢者』ライオット様が守られている。そしてジルニトラだが、縄張りが海に面していることから、海上へ向かう姿も目撃されている。要するに、魚好きのドラゴンさんが海で食事をしていたら、アスピドケロンが「お前わしの縄張りで何しとんねん」といった感じで争いになったようだ。
この海上の争いについては、ライオット様もシンバルの街も静観の構え。というか、関り合いたくないので、船も争いの場を割けるように遠回りをしながら運行しているらしい。
「海ではアスピドケロンが優位らしいですからね。アスちゃんもそこまでママの心配をしていないので、こちらも静観でよいのでしょうね」
ママはドラゴンと喧嘩中なのに、娘はホワイトドラゴンに水泳を教えているのだから、わからないものだよね。
「どっちも関わったら大変そうだから静観なんだよ」
「ええ、そういうことにしておきますね」
ユーリットさんの僕に対する信頼というか、ドラコンでもアスピドケロンでもいけるでしょ? 的な温かい眼差しのよくわからない根拠が意味不明だ。
「僕の魔法は確かにいろいろとおかしいところはありますけど、絶対ではないですからね」
「魔法もそうですけど、やはり、『冒険の書』じゃないですか? セーブとロードというのは神の領域と言えます。失敗しても何度でもやり直せるということですからね」
ポーネリア諸島に来たことで、ユーリットさんとも気兼ねなく、お互いの秘密についても話し合いの場を持ったわけだけど、それは大変驚かれた。
「まぁ、そうなんですけど。ユーリットさんの幻術にも驚かされましたよ」
「ハルトさんのに比べたら大したことないですよ」
ユーリットさんの幻術については汎用性がとても高い。周辺に影響を与える範囲魔法のようなもので、ちょっとした勘違いならお手の物といえる。人に大きく影響を与える物でなければ、その確度は相当高いらしい。
例を出すのなら、ギルドで行った認識を変えてしまう幻術。これは、ベネットをカッコよくみせることにも活用されたものだ。もちろん戦闘でも活用できるものなので、誰かを敵から認識させないようにも出来るそうだ。こうなると魂浄化撃ち放題だね。
もう一つは、対象に幻を見せること。これは、何もない場所にゴブリンを出現させて敵を驚かせるといった使い方ができるそうだ。しかし、実態のないものを見せているので、こちらはバレやすいとのこと。時間をかければ大きな魔物や、建物などを見せることも可能になるらしい。
こちらの使い方としては、相手の隙をついて主導権を握ったり、パーティが危機に陥った時に、敵を惑わしたり脱出、逃げる時に使用することができる。
「ユーリットさんがパーティメンバーに加わってくれて隙がなくなったよね」
「単純にパワーもあって、幻術も戦術に組み込めるとなると本当に心強いな」
「二人して、そんなに褒めても何も出ませんよー。あっ、でもよかったら椰子の実ジュースを甘くしてあげますね。もちろん、実際には甘くはなってない幻術ですよー」
「本当に甘くなったぞっ! ユーリットさん、これはいったい!?」
クロエが驚いている。とても便利な幻術だ。視覚や味覚に干渉できるのだろう。あっ、本当に甘い。
「この幻術ってシルミーも使えるんですか?」
「まだあの子には難しいわね。あと、百年くらいは時間が必要かしら。それから、レディに年齢を聞くのはやめた方がいいですよー」
ユーリットさん、いったい貴女は何歳なのでしょうか?
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