第百六十八話 怪我の理由
「なるほど、フェンリルは子を産むと縄張りを離れるというのか」
どうやらシルミーママは自らに子を授かった時に、子供と父親が争わないよう縄張りを離れなければなかったらしい。細かなフェンリル事情は知らないが父親が子育てをしないということらしい。
「シルミーパパはダメな父親なんだね」
(決してそういうわけでもないのだが、人間からみればそうなのかもしれぬな。フェンリルは数が少なく縄張り意識も強い。他の狼とは違って群れになるのは種を作る時のみなのです)
「それで、移動中にドラゴンの縄張りに入ってしまったというのですね……」
(私が寝ている時にシルミーが一人出歩いてしまって……。もう少し注意深く場所を選ぶべきでした)
「地竜バラウールですか……」
ニーズヘッグ、ヴイーヴル、アンフィスバエナ、リントヴルムに続いて五体目のドラゴンさんのご登場だ。残りの三体については霊獣ムシュフシュ、黒竜ジルニトラ、自然竜ファフニールというらしい。
ファフニールについては共生を誓っている心優しいドラゴンとして有名とのこと。ヴイーヴルとも手紙のやり取りなどは行っているらしい。
そして、バラウールであるがモグラのように地中を住処としており、その姿を見たもの自体が非常に稀だ。この地域では、大きな地揺れがあったらすぐにその場を離れろと言われている。もちろん、共生などしていない野生のドラゴンさんだ。
バラウールはノースポリアの西に位置するホワイトピルムを縄張りとしている。さらに北西を住処としていたシルミー親子が移動中に出会ってしまったというのが件のバラウールだったらしい。
(私だけならここまでひどく負けるようなことも無かったと思うのですが、シルミーがまだ小さく、かばいながらの戦いであった為、こっぴどくやられてしまいました)
「それで大怪我をされたのですね。それにしても不思議なのはリントヴルムです。縄張りにうるさいといわれるドラゴンが、何故フェンリルの親子を匿ってくれたのでしょう?」
(気まぐれかも知れないし、優しさなのかもしれない。助かってはいるのだが、どうにも心の読めないやつで困っている)
「リントヴルムについては、もう百年以上前の話にはなるのでしょうが、かなり暴れていたという資料が残っていると聞いたことがあります。何か心境の変わるきっかけのようなものがあったのでしょうか」
(そうなると、代替わりをした可能性がありそうですね。ドラゴンは急に性格を変える種ではない。そう考える方が自然かと)
「なるほど、代替わりした説は、かなり信ぴょう性が高そうですね。そうであれば共生の道に進んでくれるでしょうか」
(リントヴルムは考え方が人間と近い。他のドラゴンが縄張りを攻めてくるのなら戦うのだろうが、自ら攻めることはしないだろうし、そもそも、そんな面倒くさいことはしないとか言いそうです)
「その性格なら三者間契約というのも信じられそうなのかな」
(三者間契約は信じてもらって大丈夫です。私も入っておりますから間違いないというか、信じて頂くしかないのですが)
「シルミーママがそう言うのなら安心していいかな」
(それでは、そろそろ私のお願いの話をさせてもらってもよいでしょうか)
「はい、私たちで叶えられるものであるのなら協力させていただきますよ」
(フェンリルの縄張りの話はしたと思いますが、私とシルミーにもその時期が近づいてきているのです。私のお願いは、人間やドラゴンと揉めることなく、私の新しい縄張りを紹介いただきたいということです)
「えーっと、一応聞くけどシルミーの縄張りは?」
(それはニーナに一任しています。あの子はニーナと心を通わせています。リントヴルムはノースポリアにいても構わないと言ってくれていますが、ニーナはベルシャザール王家に嫁ぐのでしょう。そうなるとニーナはベルシャザールへシルミーを連れていくはずです)
「それは、ベルシャザール王家がまた揉めそうな話だね。賢者の血とフェンリルという伝説級の脅威を一緒に抱え込むことができるのかな」
(今回、シルミーを連れていったのも、ニーナなりの考えがあったのだとは思うのですが……)
「それについては、私たちが考えることではない。ベルシャザール王家とニーナ様が考えて決めるべきことだろう。ベルシャザールが難しくてもノースポリアに居場所がつくれるのだからシルミーは大丈夫だ」
「そうだね。となると、シルミーママの縄張りか」
「ハルト、マウオラ大森林の深淵はどうだろう。元々ニーズヘッグが縄張りにしていた地ではあるが、現在は空いている。洞窟も壊したとはいえ、ずっとあのままにしておくのも、いつまた大型のワイバーンが訪れるとも限らぬ」
「ベルナールさんが頷くかな。クロエの移動制限も王家が解除するのをどう思うか微妙だしね……」
(難しいのなら、リンカスターで仕事をさせてもらえないだろうか。ドラゴンの縄張りでない街であれば生活をさせてほしい。ヒト型になればよいのであろう)
「えっ、ヒト型に変身できるんですか!?」
(そこの小さいホワイトドラゴンと一緒です。私もヒト型になることは可能ですよ)
「わかりました。もしもリンカスターが難しくても、サフィーニア公国に話をすることもできるでしょう。あそこも現在はドラゴンがいませんからね」
(申し訳ないのですが、よろしくお願いいたします)
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